【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
邸宅をしばらく散歩していたら、霧が赤く染まって行った。つまりは夕方になったということだ。メイドさんとすれ違う度に頭を下げるのを見て社会を感じていると俺担当のあの子がトトトと軽い足音を立てながらやってきた。
「ゆ、夕餉の時間でございます」
「はい、わかりました」
「こちらへ!」
昼間とは違う部屋へ案内され、中に入ると既に俺以外の面々は揃っていた。散歩しているのは俺だけだったらしい。でかい建物に来たらとりあえず散策するものかと思っていたんだけど、2人とも夕方までのんびりしていたらしい。
だけど、ネルさんが普通にいるのにはビックリした。
「もう酔い覚めたんですか?」
「……はい」
「え? どしたん?」
なぜか恥ずかしそうにしている。
「お、お見苦しいところをお見せして……」
「そんなこと気にするんですね」
「す、するよお! ……はっ!?」
何か言いたげにこちらを見つめる当主代理。食事の始まりの合図かと思いきや、ネルさんに向けて口を開いた。
「ネルさん、お酒は美味しかったかしら?」
「は、はい……大変美味しゅうございました……」
「ふふ、それはよかったわ」
「……ありがとうございます」
なんの会話ですか?
「私、お酒が結構好きで集めてるんだけど……あのお酒は西の部族の村から強奪したものを元に作っていて、工房が一つしかないからなかなか手に入らない一品だったのよ!」
「ピェッ」
「商談に待っていくにはちょっと味が柔らかすぎるし、1人で飲んでも楽しくないから良い機会を待っていたの。そしたらあなた達が来てくれたから、ちょうど良かったわ!」
「そ、そんな高いものをなんでこんな庶民に……」
「お酒に関する知識がある人たちはお酒になんて興味ないのよ。知識を得たからそれを活用したいだけ。手に入れても死蔵するばかりで、本当に勿体ないわ! 綺麗な言葉をいくら重ねたって、美味しいの一言と飲んでいる人の幸せそうな顔に勝る評価なんてあるわけないのに……」
「お、美味しかったです。実際」
「分かっているわ! あなたが飲む姿、ちゃんと見ていたもの!」
「うああああ……なんで私、あんなことしちゃったのお……」
「緊張してたのよね? 大丈夫、分かってるわ!」
「全部分かられてるし……」
「あ、お食事が揃ったわ! いただきましょうか!」
「マイペースだ……この人マイペースだよ……」
どうやら使われている食材は昼間と同じようだが、その調理方法がだいぶ違った。
「専属の料理人を雇っているの。まだ若いけど色々な調理方法を知っていて、素晴らしい技術の持ち主なのよ!」
「羨ましい限りですね」
「でしょ!」
「どこで雇ったんですか?」
「ちょうど酒場をクビにされたところで出会したのよ! 直感的に逃しちゃダメって思ったから引っ張ってきたら大当たり!」
探索者に破壊されるのが日常茶飯事な酒場でクビになる? どんなことをしたらクビにされるんだ?
「店長の指示とか注文を全部無視して自分の作りたい料理を提供していたらしいわ」
バケモンじゃねえか。
「腕は確かなのよ。つまり、日によってこちらが何か言わなくても絶品を出してくれるってこと。これって素晴らしいじゃない?」
「それはよくわかんないですね」
「ええ?」
「食事は自分で食べたいと思ったものを食べたいだけ食べるべきだと思う派なんで」
1日3食焼肉にしたければすれば良いし、朝ご飯いらないと思えば作らなければ良い。
「でもそれだと栄養が偏ったりしないかしら。ほら、お肉だけ食べてると病気になるとか聞いたことあるわよ」
「そこは自分で考えてってやつですね」
「…………もしかして、あんまり美味しくない?」
「いやいや! 今とは関係ないです。もちろんこれは美味しいですよ」
たとえ味付けが薄くて若干物足りなくても、素朴な味を楽しめば良いというだけの話だ。俺の舌がありし日の醤油と焼肉のタレに染まっているのが悪い。
その料理人は何にも悪くない。
「ん! 嘘ね!」
「え」
「私わかるのよそういうの!」
「いや、美味しいのは本当ですけど……」
「だけど満足はしてないわね」
そんなに詰めることじゃないじゃん……詰めても誰も幸せにならないじゃん……
「いえ、彼女は全ての人間に美味いと心から言わせないと気が済まない人間なのよ」
やっぱりバケモンじゃねえか……
──────
「私の食事にケチをつけるバカがいると聞いて」
バケモンだあああああ!
わざわざ部屋までやってきたぞおおおお!
誰が助けてええええ!
「私はリコ、料理人よ」
「料理は美味しかったですよ。ケチなんてつけてないです。なのでお帰り頂いても……」
「ユキさんの直感は正しいわ。私を見出してくれたこともそう、ご当主と結婚したこともそう、だからあなたは私の料理にケチをつけているの」
「マジでケチはつけてないです」
「なら何が不満なの?」
「…………塩味が薄い」
「塩味? 十分使ってるわよ。アレ以上使ったら濃すぎて逆に美味しくないじゃない」
言いたいことはわかる。この世界だと塩は調味料のさしすせそに必ずしも含まれてるわけじゃないので、そこまで舌に馴染んでいないのだろう。
だから、店で飯を食うと『味がしねえ!』ってなることがある。もちろん、全く見かけないなんてことはない。海水から作れるから値段自体は多少張る程度に収まっているしな。だけどやっぱり輸送がね……敵に塩を送るじゃないけど、海から離れた土地にまで塩を輸送するってのは相応に難しいんだ。
逆に、俺はこれまでどうやって塩分とか取ってたのかって話だけどソルトベリーっていうのが生えてんだよな。だから、必要になったらそこから取るっていう……これもあんまり知識としては広がってないっぽい。
俺が狩りをしてて自分で気付いたことでしかないしな。
「俺はもっと塩の濃いのが好きなんだ」
「ええ? 舌腐ってんじゃないの?」
「お好きに言ってください」
「……塩ねえ」
意外と真面目に検討してくれているのか、天井を見上げている。
「味音痴に美味しいって言わせようとすると、他の人が美味しくないのよね……」
「流石に俺より味覚が鋭い奴はいないと思うけど……塩用意してくれれば自分で好きなだけかけるよ」
「……最悪はそれでいこうかな」
何に拘ってんだ。
「私は完璧な量を出したいの。ドレッシングを後からかけるとか、口直しに何かを食べてからとか、そういうのが嫌なの」
「へー」
料理人ってのは気位が高いくらいが良いのかもしれない。俺だって焼肉には一家言持ってるし、女の子が料理全般に対してこう! っていう思想を持ってても良いよな。
「じゃあね」
「もう帰るんだ」
「なに? 別に私たち友達じゃないし、明日の仕込みもしなきゃいけないんだけど。みんなと違って夜も暇じゃないのよ」
なんというか、体に染みついた料理の匂いも含めて強烈だった。オーダー全無視しててあのスタイルだったらクビにだってなるだろう、労働者の保護なんてないんだから。
「ちゃんと寝られてるかね……」
ないとは思うけど、昼間のことを気にしてソフィアが勝手に出ていってしまうのが怖い。だからメイドさんに一応頼んではいるけものの、流石に夜中ずっと見ていてもらうわけにはいかない。
ネルさんは話が進んでいくうちに食事も進んでいって、食べ終わる頃には若干腹が膨らんでいた。普段食べることのない高級食材に昼も夜も舌鼓を打って楽しそうだったな。
今頃は多分ドカ食い気絶部に入部してると思う。
「…………眠れねえ」
何も考えまいとしても、積み上がっていく思考のせいでなかなか意識が消えない。おそらく考えすぎで交感神経が優位になっているのだろう。
こんな時はどれだけ寝っ転がっていても仕方ない。一旦起きて思う存分考えよう。そうすれば自然と眠くなるはずだ。
布団から抜け出ると、屋内に入り込んでいた霧に足が触れた。この世界の建物はそこまで気密性が高くないので、外に満ちている霧が建物内部まで入り込むのだ。だけど流石の大邸宅──というよりはアイテムショップの元締め。布団に潜っても湿度で寝苦しいということがないのはおそらく何かしらのアイテムを用いていると思われる。
その状態が布団を出たことで解除されたってわけだ。
「──」
魔灯から仄かに発される光が足元を柔らかく照らし出し、無駄なものが置いてない廊下の道行を確かにしてくれる。誰もいない廊下を進むと、やがて庭に出る扉にたどり着いた。
扉に手をかけると、背後から気配が。
「何してるの?」
「……吹雪ちゃん」
「こんな夜中に、何をしてるの?」
警戒されている。
「寝付きが悪いから少し庭を見ようと思ったんだ。そのうち眠くなるかなって…………吹雪ちゃんは?」
「関係ないでしょ」
「会話だよ、会話──ん? それは……」
「……!」
何かを左手に持っているのが慣れた目でやっと分かったタイミングで、後ろ手に隠されてしまった。
「読書? 小説か何かか」
「…………」
「目悪くしないようにな」
それこそあまり突っ込んでも良いことはない。しつこくしすぎて嫌われる前に扉から抜け出た。
「──!」
眼前に広がる光景にタタラを踏んだ。
「こ、これは……」
確かイブルナイトローズという品種だったはずだ。
その花弁が空に向かって伸び、紫の光を周囲に向かって放っている。
「放射光……なんの意味が……」
植物が光を放つのは、エネルギーを無駄遣いするだけのはずだ。確かに光る植物は存在するが、このような紫の光を自然的に放つということがあるのか。
「知らないの? アレは魔素を大量に吸収した物体が放つ光だよ」
「……そうなのか」
硬い言い回しだった。
「こんなことも知らないなんて……やっぱり学校なんて行く価値無いね」
「ん?」
「この程度の知識も無いのにどうやって生きていくの?」
「そりゃあ知ってる人がなんとかしてくれるからな」
「……」
黙り込んだ吹雪ちゃんは、俺が何もしなくてもそのうちお気に入りの場所に行くだろうと思って足を踏み出した。
「はぁ……」
ため息が漏れた。
幻想的な光景というのは、こうも心を洗ってくれる。見ているだけで晴れやかな気分になるような、救われた気持ちになるような──写真や動画では収められない光景がこの世には存在するんだ。
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない