【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
「あれ、コマちゃん」
コマちゃんがいつの間にか扉を開けて入って来ていた。自分の名前が呼ばれているということがわかったのだろうか。
「おいで」
「ひん」
トコトコと歩み寄ってきたコマちゃんを抱き上げると、昨晩と同様に舌を出す。
「耳良いなぁお前……というか足が汚れてるな、ちゃんと拭かなきゃ。すいません、雑巾ってお借りできますか?」
「ぞ、ぞうきん? 何で雑巾を……」
「はい。雑巾で足を拭きたいので」
「雑巾で足を拭く!?」
どこに驚く要素があるんだよ。
「なんと不敬な……か、上山さん、綺麗な布を」
「こちらに」
上山さんという老紳士から布を受け取った。
すべすべとした触り心地で、汚れの一片も存在しない美しい布だった。
「絹じゃねーか!」
「んなっ!?」
「犬の足を絹で拭くとか、ドバイの金持ちか!」
「何を仰います! …………そう! この方は神より賜りし神獣なのですぞ! 雑巾などで足を拭くことは不敬極まりないのです!」
「お犬様ってか!」
「そうです!」
「真面目か!」
「真面目です!」
だめだ、やはりこの一族は話が通じない。
「──むっ! ……少し席を外します」
そんで秋川さんはコマちゃんを連れ立って部屋を出て行っちまうし。結局足拭いてねえよ。
「はあ……おっ?」
「──!」
気が滅入りそうだったので外に出ると見覚えのある姿があった。両手に握られた一振りずつの剣。世にも珍しい二刀流の探索者であるアオキがいた。ジリジリと足元の細かい砂利が踏み締められる音を鳴らしながら、剣を上段に交差して構えている。
「…………」
こんな朝っぱらであるにもかかわらず、鎧と兜は相変わらず身につけている。筋金入りの秘密主義というやつなのか、常在戦場の心構えなのか。
何をどうするのかが気になって思わず見入った。
「──しっ!」
振り下ろされた二振り。僅かに前に進む身体の勢いを活かすように前中を行い、体を捻って左の一振りをさらに振り下ろした。
「ぬっ……!」
振り下ろした左手は地面にめり込んでいた。
恐るべき腕力で埋められた左手を軸に、右の足刀が弧を描いて架空敵目掛けて放たれる。
まだまだ終わらない。
「──!」
一撃の後に生まれる隙を潰すように繋がっていく連撃は一見すると舞のようで──しかし同じ動きというのは見えず、無形の型というのが相応しかった。
さらにおかしいのは、その動きが俺にも見えるということだ。探索者の全力の動きなど、多少目が慣れた程度で目で追って理解できるものではない。
俺に気を遣ってそうしているのかもしれない。そう思いながら美しい型稽古をしばらく見ていた。
「──子犬がどうとか朝から楽しそうだったな」
「地獄耳ですね」
「はっ、こんくらい当たり前だ」
アオキは汗をかいているようだった。探索者があの短時間で汗をかくというのは、どういう理屈だろう。
「そりゃあ簡単な話だ。素の状態でやってりゃあ誰だって汗くらいかく」
「……素人目ですけど、相当な修練を積んでいると分かりました」
アレはいわゆる剣術というやつなのだろう。武芸に疎い俺には流派やら型なんてものはわからないけど、少なくともボクシングの技術でアレに割り込むのは厳しいというのが見込めた。
人間的な速度ながら、そのつながりの流麗さは人間の単純な反射速度が対応できる領域を超えていた。
剣道3倍段という言葉が示すように、生身の人間が武器を持った人間と相対するというのは並々ならぬワザが求められる。そして俺にはそれができそうもなかった。
「そりゃあ練習したからな」
「どこかの流派ですか?」
「流派だあ? 知らんなそんなもんは」
「独学ですか!?」
「強いていうなら探索者流だな。色んな探索者どもの動きから少しずつ良い感じの動きを抜いてった」
それは逆にすごいのではなかろうか。
「それにしてもルクレシアがすぐにお前さんの事を気にいるとは思わなかった。気位だけ高いやつだからな」
「俺が若いからじゃないですか?」
「おっ、そうだな。それはともかく……なんで子犬なんぞにこだわる?」
「子犬なんぞ」
「お前、ガキを助けたいんだろ? それならそっちに集中したほうがいいんじゃねえか? お前みたいな無力なガキがガキを助けるってんだから、実際のところ余裕ねえだろ」
「片手間でなんとかなりそうだったんで」
犬を飼う事はそこまで大変じゃない。
うんちはちゃんと埋めるとか、ご飯は食べさせるとか、歯磨きをさせるとか、そういう基本的なことの繰り返しができるのであれば特に苦労はない。
まあ時代が時代だからな! 外飼いするならそれでええねん!
「お前なんか余裕あるよな。心の方」
「犬を飼う飼わないで乱れたりはしないですよ流石に」
「そうか、まあそれはどうでもいいんだが……話し合いが終わったみたいだな」
「え?」
「ん」
ちょいちょいと指差す先はお座敷の中。
どうやらコマちゃんを連れて行った秋川さんが話をしていたらしい。
「何話してるかは全然分からなかったけどな、時折ぶつぶつ言ってたぜ」
「いつも思うんですけど、レベル高い人って生きづらくないですか?」
「切り替えだ切り替え。耳も目も、切り替えられるように特訓すんだよ」
「ストイックですね」
──────
「結論から言うと、コマちゃんを連れて帰っていただいて構いません」
「!?」
「私にも何故こうなったのかは理解できないので、質問はしないでいただけると……」
秋川さんこそがご当主であり、最終決定権も彼にあるはずだ。そんな彼が何故他人事のように話すのか、とても驚いた。そしてそれ以上に、煤けたようにも見えるその姿を前に、追求をしようとはならないだけのまともな理性が俺にはあった。
「コマちゃんを連れていくにあたって……なるべく守っていただきたいことがございます」
「あ、はい」
一つ、コマちゃんを大事にすること。
二つ、コマちゃんを偶に連れて帰って来ること。
三つ、少しの間ロイスを同行させること。
四つ、あのまっくろくろすけを退治するのを手伝うこと。
最後の約束に関しては本当にお願いベースという感じだったが、最も気持ちが強く感じられるのも最後の約束だった。
「最後の話に関しては分かりました」
「……ありがとうございます」
「ただ、ロイス君のことはちょっと……もう少し納得できる話をしていただかないと流石に承諾しかねます」
何故このタイミングで、という気持ちが一番だった。
さっきアオキが言い当てた通り、心理的にはともかくとして実際的な余裕はあまりない。金とか時間とか。
そんな状況でロリとショタを連れ歩いてみろ。もうわけわからんことになるぞ。ソフィアは女の子だから比較的大人びてるけど、ロイスなんか腕振り回しながらあちこち走り回りそうだ。
「何が目的なのか、なんのメリットがあるのか──お互いにとってですよ? 俺には全く理解できません」
「……これもまた、我が一族の定めなのです」
そんなものは存在しない。
一族の定めなんてものは妄執であり、妄想であり、実在しない思い込みに過ぎない。彼らが信じる歴史などたかだか数十年の、紙っぺら一枚に収まるような深みしかない。
そう言い切ることはできた。だけど、心底から苦々しげに呟く一人の父親が息子をどれだけ思っているかということに想像が至らないわけでもない。
「定め……定めねえ……具体的な期間というのは?」
「……分かりません」
「困ったな」
まさかコマちゃんを連れ帰る程度の話でこんなことになるとは思わなかった。今更連れてくのやーめた! なんて言えるわけもないし、秋川麾下の上山さんらも涙そうそうなのでそういう流れになってしまったっぽい。
「アキヒロくん……」
「…………」
「やったね!」
「え」
ロイスだけが明るかった。
定めとやらの重みを一分も感じていない顔で、一緒にお出かけできる事を喜んでいるような雰囲気だ。お出かけで済むんですか?
「なんつーか、完全に余計な一言だったな」
コマちゃんを抱っこしていたら、ウルフルズ(適当)がやってきた。
「いやあ……犬一匹を連れてくのに追加があるとは思わないですよ」
「ふはは! 奇妙な事を言うな! 私が目をつけた人間が尋常に道を歩むことができるなどと思ったか!」
「人死が出るんですか?」
「滅多な事を言うな! そんなわけないだろう! そもそも私たちを前にして死ぬほうが難しいわ!」
確かに、ウルフが本気で守ろうと思ったら大抵の危険からは身を守ってもらうことができる筈だ。おもんな。
「な、何故そんな目をする! 頼もしい! 抱いて! となるところではないか!」
「俺、守ってもらうのあんまり好きじゃないんですよね」
「守ってもらうに好きも嫌いもあるか!」
「ほら、情けないじゃないですか。男のくせに自分の身も守れないとか」
「し、思想が強い……!? いきなりなんだこいつ……!」
「だから筋トレしてるんですもん俺」
「た、たしかに合点はいくが、少しばかり極端ではないか? 時には誰かから守られることもあるだろう。それこそ親から守られることだって──」
「赤ちゃんの時はノーカンでしょ」
それが認められるならキンタマ袋の中にいる時からだってカウントしますよ俺は。
「ひゃんひゃん」
「お腹すいた?」
「ひゃん!」
「なんかもらいまちょうね〜。あ、ちょっとご飯もらってきます」
「お、おお……キモいな」
赤ちゃん犬がこの世で一番可愛い。
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない