【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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62_霧の中で思ふ

 

「一級探索者」

 

 幼馴染の父親(コウキ)と接しているとわからなくなる事が一つ。一級探索者というのは、本来、アキヒロのような一般人では会話することすらできない相手だ。トップアスリートや政治家に等しいだけの遠さがある。

 

「一級ダンジョン」

 

 人類最強たる一級探索者をして、万全の状態で望まなければいけない。それが、1級のダンジョン。

 輝ける谷。

 初耳にして、情報は全くない。

 情報を集めるとしても莫大な資金が必要になる。

 ダンジョンの情報が商工会で取り扱われているのは知っていた。その他にも、いわゆる情報屋と呼ばれるような職種の人間たちであれば、ある程度の情報をつかんでいるだろう。こちらもまた金の問題はある。

 

「ソフィアの親父さんが一級探索者で、一級のダンジョンに挑んでいる?」

 

 ダンジョンの踏破を目指している。

 それは理解できる。

 しかし、それがソフィアの現状に関係するような理由になるとは──アキヒロの常識内では到底思えない。

 だが聞くところによれば一級探索者というのは精神が崩壊しているらしい。それならば……ソフィアの父親もまた同じならば、その話が通用するかもしれない。

 

「そうなったらどうする?」

 

 その話が本当だとして、ソフィアに救いはあるのだろうか。

 この、しょうもない男の妄想が現実だったとしたなら……それをあの少女に伝える意味はあるのだろうか。

 彼女の問題は解決するのだろうか。

 

 しない。

 深い悲しみが彼女の心を覆い尽くし、精神の均衡破壊するだけだ。そして、限界を超えて傾き切った天秤を直すことはアキヒロにはできない。

 

「先へ進むことだけが正解じゃない……なんて言ってる場合じゃないんだ!」

 

 膝を叩く。

 胸を叩く。

 沈み込んでいきそうな気分を鼓舞した。

 目的達成のために辛いことをしなければならない。やりたくないことだってある。でも、感傷を混ぜてはならない。

 

「フォーカスしろ。助けるんだ。ソフィアを助ける。絶対に助ける。俺が助ける。やるんだ、アキヒロ」

 

 迷っている暇なんてどこにもない。

 彼女の暴走の頻度、症状の程度。

 どんどんひどくなってる。

 当人ではない以上、その辛さを分かち合うことはできない。だからこそ迅速に進むしかない。

 

「はぁ……」

 

 彼が知る意味での医者が存在したならば、こんな馬鹿なことはしなかっただろう。

 回復薬で全てが代替されるこの世界で発展しないのは必然だったが、医学の進歩も未熟だ。東洋医学レベルの民間療法がほとんどで、アイテムショップや探索者が手ずから作る薬の作用する機序など全く解明されていない。

 

 商工会も、公的機関としてはあまりに未熟だ。

 頼るには人間臭さが強過ぎる。

 個人として信頼できるものはいても、組織の公平性についてはイマイチだ。

 

「輝ける谷に行くかどうか……いや、そんな立場の話じゃないか」

 

 10分間でもその場に立っていられれば御の字の環境が自分たちを待っている。

 ウルフたちがいればどうにかなるだろうか。

 

「どうする……どうすればいい?」

 

「くぅん」

 

「! …………コマちゃん、いつのまにきたんだ?」

 

 足元に寄ってきていた小さな体を抱き上げる。ロイスと一緒にいるのに飽きてしまったのか。

 

「なにしにきたんでちゅかー?」

 

「ぶっ!」

 

「!?」

 

 追加人員。

 慌てて振り向くとネルがいた。

 

「いるなら言ってくださいよ……」

 

「…………そうでちゅね……ぶふっ!」

 

「……」

 

「なにか悩んでるの?」

 

「命の儚さについて、ですかね」

 

「一番逞しそうな見た目してるくせに何言ってんだか」

 

「見た目で強さがどこまでも盛れるなら、話が楽だったんですけどね……ダンジョンって、そんな簡単な場所じゃないんでしょう?」

 

「あー……まあね」

 

「商工会の人間として率直な意見をいただきたいんですけど……ウルフさん達と俺たちとで輝ける谷に挑めると思いますか?」

 

「無理じゃない? だって二級探索者でしょ? あの人たちが死ぬ気で準備して、死ぬ気で戦ってどうにかなるとかそんなんじゃない?」

 

「ふわふわしてますね、話が」

 

「探索部とかじゃないし、ダンジョンに入ったのだって数回ぐらいしかないもん」

 

「そうなんですか」

 

 商工会といえば探索者。

 探索者といえばダンジョン。

 職員ならば、誰もがダンジョンについて詳しいものだとばかり考えていた。

 実際はそんなことない。

 

「じゃあ……どうしようかな」

 

「四門光輝が知り合いなら聞いてみればいいじゃん。私も会ってみたいし」

 

「聞いてみるとしたら電話で充分ですけどね」

 

「……そもそもも、なんで輝ける谷に入ろうとしてるの? ソフィアちゃんのお父さんが出てくるの待てばいいじゃん」

 

「なんでかな……なんでだろ」

 

「まずはソフィアちゃんと話さない?」

 

 もう怒りは消えたのか、優しい口元だった。

 

「ふふ、そもそも庭まで来ないであのまま話してれば良かったじゃん」

 

「人といると、どうしても気が削がれますから」

 

 会話しながら思考に集中するなんて器用なことはアキヒロにはできなかった。

 

「なんか嫌な感じ! それ!」

 

「そうですね……我ながら良くないとは思います。でもまあ、そういうことなんで」

 

「ずっと立ってたの?」

 

「ええ、この通りなんで」

 

 物理法則を無視したように長期間続く霧の季節だが、霧自体は物理法則に従って、地面にゆっくりと舞い降りる。深山家の庭を覆うように植え付けられた芝生の葉の先から水滴が滴る程度にはしっかりとした水分だった。

 

「高校生がそんなの気にすんなよ〜」

 

「中に戻ったときにケツが濡れてたらおかしいでしょ」

 

「ふーん……えいっ」

 

「──」

 

「あぇ」

 

 ネルが胸先を人差し指で軽く押すと、発泡スチロール製の人形のように腰を落とした。斜め下へのベクトルだったと言っても、彼女の細腕では筋肉質な彼の身体を押し倒すなどできまい。

 彼に抵抗する意思がなければ別の話だが。

 

「……大丈夫?」

 

 大の字で寝転ぶ彼を見下ろしてお姉さんぶる。

 自分がやったことは棚上げだ。

 

「ネルさんに押されて倒れちゃいました」

 

「ちょっと、あんな軽く押しただけで倒れるわけないでしょ? そんな身体しといて」

 

「背中が冷たい……」

 

「ねえ、私悪くないからね」

 

「……頭が冷える」

 

 何かがそこにあるようにぼーっと空を見上げる。

 しかしネルが見上げても、そこには霧しかない。

 茫洋として掴みどころのない霧空は、視界が数十メートルで途切れてしまう。見ようとすることに意味はなかった。

 

「いつまで寝てるの?」

 

「空を見上げれば思考が整理されるんですよ。だから……何か思いつかないかなって……」

 

「ひゃあ! 冷たい!」

 

「…………?」

 

 芝をずりりと後頭部で轢き慣らしながら横を向く。

 何故かネルも倒れ込んでいた。

 

「──ふふっ」

 

 霧で濡れた前髪がぺったりと額に張り付いていながら、気にせずに明るい笑みを浮かべている。

 

「何を……」

 

「そんな暗い顔してないでさ! もっと出来ること考えよう?」

 

「…………」

 

「前向きに生きなきゃダメでしょ?」

 

「……ええ、そうですね」

 

「なにか案はある? 私ならまずはダンジョンについて調べるけど」

 

「そうですね……今から探索者になるか、借金して探索者を雇うか考えていたんです」

 

「お、おお……全然前向きだ……前向きか?」

 

「あとは親父さんがやってくるのを待つか、ソフィアの異能で無理やり全てを凍らせて進むって案も一応──」

 

「いやいやいやいや!」

 

「どうせならソフィアの異能が暴走したら街がぶっ壊れるってことでコウキさんに緊急依頼を出してもらってダンジョンを飽和攻撃するってのも……」

 

「何言ってるの!?」

 

 恐ろしい。

 大事に扱っているはずのソフィアをここに来て酷使しようとは。人間の心をどこかに置き去ってきたかのような案がポンポンと出てきた。

 

 探索者に対する絶対命令である特級職務発令や人民の安全確保のための非常事態宣言とは違う、高位探索者が有する権限。

 即座にダンジョンあるいは出現したモンスターを攻撃しなければ、近隣の街に終局的な破壊がもたらされる危険があると認められた場合にダンジョンに要請することができる依頼。

 最強種たるリヴァイアサンは滅する事が事実上不可能な為、対象外となる。

 高位探索者を含め、現場が必要と判断した人員を好きなだけ確保できる。

 低位探索者は実績・信頼・判断能力共に低い為、この権利が与えられていない。

 

 アキヒロがグリフィンとアクフレキングについて商工会に行ったが、あれはあくまで情報提供という位置付けだ。

 

「法外すぎるよ……」

 

「ソフィアのお父さんが戻ってきてくれれば、それが一番良いですけど……入り口付近までは近寄れますかね? 

 

「行ったことはないけど……一応、行けるらしいよ? 入り口の手前までなら」

 

「そうか……」

 

「行く気?」

 

「はい、何にせよ知らなければ始まらないんで」

 

「…………」

 

「明日行きます」

 

 言外に、ついてくるかを尋ねていた。

 すぐに答えることなどできるわけもない。

 なにせ彼女は商工会の職員というしっかりとした定職についているのだから。ついて行くということは、その仕事を投げ出すことに他ならない。

 

「…………」

 

 アキヒロは身体を起こした。

 釣られて起きるネルのシャツは肌に張り付いている。思春期の少年であればその煽情的な姿に赤面するのが、健康的な反応だが──ゆっくりと、彼女の手を包み込んだ。

 

「来てくれますか?」

 

「……」

 

 既に充分だろう。

 彼女は探索者ではない。

 だから、仮にダンジョンに挑むとしても、何の力にもなることはできない。

 それに、与えられていた役割は12分に達成している。

 それでも付いてきてくれるならば……と、期待を込めた瞳で見つめる。

 

「…………」

 

 ネルは瞳を見つめ返すのではなく、握られた手をこそ見つめた。

 

 乾いた状態と濡れた状態では、温度を奪われる速度が20倍違う。気化熱によるものだ。

 霧とはいえ水分によって2人の体は湿り、気温以上に冷感を身に浴びている。

 

 握っている手だけが──触れ合っている部分だけが温かいくて心強い。それは、ソフィアが寒さの中で見出した救いと同じものだった。

 

「ここで……」

 

「はい」

 

「ここで行かないって言ったら……何のために怒ったのか分からなくなっちゃうもんね」

 

「そうですね」

 

「生意気」

 

「──お願いします」

 

「うん、お姉さんがついて行ってあげるよ」

 

「心強いかもです」

 

「は?」

 

 

 

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

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