【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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63_寒々しき幻想

 幽玄の景色。

 アキヒロは無言で立ち尽くす。

 空をゆっくりと泳ぐナマズも、紫の月も、世界を破壊しようとする怪物も、失われた文明も。

 全ては既知から分岐したもの。

 あり得たはずの未来に至ることはなく、彼の知識は何の役にも立っていない。

 そんな世界で、久しぶりに思い出したことがあった。

 

「……つ、強い風が海を割った……水は左右に分かれ……乾いた大地を人々が進んでいく……」

 

 至って普通の海風だ。

 高波を起こすほどでもない。

 凡そ特別なものは感じない。

 何を言っているのか。

 

「こんな街の近くに……」

 

 海が割れている。

 イスラエルの人々がモーセを信じて起きた奇跡のように。

 エジプトの民を沈めたときのように。

 割れた海の断面は美しいターコイズブルーを晒し、泳ぐ魚と目が合うような気がした。

 もちろんそんなのは気のせいで、泳いでいる魚などこの距離では見えない。見えているのは水棲型のモンスターだ。近くまでやってきたら食べようと狙っているのだろう。

 

「こんな近くで一級ダンジョンを少しでも見られるなんてのは、ここだけかもな」

 

「得難い経験だ! 湧いてくる……湧いてくるぞ……!」

 

「鬱陶しい……」

 

 割れ目には簡単にアクセスすることができる。海岸に緩やかな下り坂が現れ、そこを進むだけだ。

 だが、そこを進む者は殆どいない。

 海岸に来る人間の絶対数がそもそも少ないこと以上に、ここが危険なダンジョンの近くであることも関係しているだろう。

 

「寂しいな……」

 

 興味心に惹かれてやってきた悪ガキどもの姿は見受けられる。あまり人目にさらされたくないのか、顔を隠した集団が時折やってくるのがせいぜいだろう。

 

 彼らにしたってそうだ。自然の妙すら超えた奇跡を目の当たりにして感動を覚えているのは、ウルフとアキヒロぐらい。

 季節の縛りを破るほどの環境によって霧が晴れたおかげで水平線を望む場所にいるネルは青ざめた顔で口を抑えている。

 

「うぷ……」

 

「──」

 

「そ、ソフィアちゃん?」

 

 ネルは、ダンジョンを見ているだけでを全身を襲う寒気と恐怖への共感を求めようとした。自分と同じ位弱いソフィアも同じ顔をしているのを見て安心しようとした。本当は手を握りたかった。

 だけど、その顔を見てしまったから。

 

「…………」

 

「ソフィアちゃん……」

 

 魂を抜かれたかのように遠い目をしている。本当に遠くを見ている──とも思えない目つきだった。やがて、その状態に他の皆も気づく。

 

「ソフィア、どうした? ……ネルさん」

 

 一番近くにいて、最も早く状態に気づいたネルに声をかけるのは当然だが、そのネルも何が起きたかわからない。

 

「いや、あの、横を見たらこんなんで……あっ」

 

 力なく垂れた腕が持ち上げられ、心臓の位置と、そして片方の耳を抑える。

 

「聞こえる…………」

 

「え……?」

 

「声が……聞こえる……」

 

「…………や、やめてよそういう冗談……声なんて、どこからも……」

 

「──お父さん?」

 

 神降し。

 イタコ。

 霊能。

 人がスピリチュアルと呼ぶ分野の中で、このように分類されるチカラがある。彼ら彼女らは人ならざる者を身に降ろし、その言葉を代弁する。

 

 厳密には状況として違うが、アキヒロはそんなチカラを思い出した。

 

「いるの? お父さん……どこに……!」

 

「っ──ソフィア!」

 

 ふらふらと前進を始めたソフィアの体をロイスが羽交締めにした。だが、想像していたよりもずっと力が強い。ロイスの体が引きずられ始める。

 

「お父さん……お母さん……!」

 

「ソフィア! 止まれえ!」

 

「ソフィアちゃん!」

 

 ネルも加勢する。

 2人がかりで何とか止められているが、そう長くは保たないだろう。

 アキヒロが足を踏み出したところで、足元をすり抜けた存在に気付く。

 

「コマちゃん?」

 

 トコトコと歩み寄った小さなスコティッシュテリアは、ソフィアの足元で可愛らしい足踏みをした。

 

「──!」

 

 その瞬間、何かが切り替わった。

 感覚的で説明が難しいナニカ。

 それと同時、喜びの声が上がる。

 

「ソフィア!」

 

「あ、あれ……私……」

 

「よかった! 正気に戻ったんだな!」

 

「ロイスくん? ………………あの……ちょっと恥ずかしい、かも……」

 

「あ、ご、ごめん!」

 

 両腕をホールドアップし、無実を訴える。

 

「私はいいの?」

 

「あ、ネルさんもいたんですね」

 

「ショックだよ〜……というか、今の何?」

 

「今の……って……あ──お父さん! お母さんが! 私を!」

 

 どうやら、状況は混迷を極めているようだった。

 

「──お父さんたちが呼んでた?」

 

「呼ばれてたわけじゃなくて…… 2人の声が聞こえたんです」

 

「なんて言ってた?」

 

「……来ちゃダメだって」

 

「他には?」

 

「…………」

 

 ソフィアは力なく首を振った。

 広がった沈黙の中で、気にせず口を開いたのは戦闘狂(アオキ)だった。

 

「信じられねえな。ダンジョンの中から声を娘に届けるだと? どんな異能だそれは……」

 

「待て、まだ異能と決まったわけではない」

 

「ああん? じゃあなんだ、この嬢ちゃんが聞いたのは都合の良い幻聴だってか? 俺はそうは思わんけどなぁ」

 

「そうは言ってない。だが、今の情報だけで全てを決めるのはあまりにも危ないだろう。もう少し他の角度からの情報が揃えば判断も容易になってくるが……厳しいか」

 

「無い物ねだりしたってしょうがないんだから、あるものの中から答えを見つけ出すしかねーだろ」

 

「ううむ……アキヒロ少年はどう思う?」

 

 輪に背を向けてダンジョンとコマちゃんを交互に見ていたところにパスが飛んできたアキヒロは、目をつむりながら振り返る。

 

「んん〜……」

 

「先程の現象について、何か思うところはあるか?」

 

 本来ならば、意味のない質問だろう。

 自分よりも年上の人間が半数を占めるこの場で発言をできる子供がどれだけいるか。ましてや探索者も含まれるのだ。萎縮して黙り込むのがオチというものだろう。

 

「ソフィアが不思議な声を聞いた……そこはいいでしょう。この世界ならそういうこともあるはずです。俺がまず聞きたいのは──ソフィア、お父さん達と別れる直前の事は思い出したか?」

 

「……」

 

「そうか……」

 

 先程の事では、ソフィアの記憶の鍵は開かれなかったようだ。

 そもそも何が起こってソフィアの記憶が失われているのかがわからない以上、期待するのもおかしな話だが、逆に、他に期待できそうなことも今のところ起きていない。

 

「でも……」

 

「!」

 

「うっすらと何ですけど……ちゃんと覚えてるわけじゃなくて、少しだけ、思い出せるような気がするんです、けど……」

 

「大丈夫だ、少しでもいい」

 

「お父さんたちの声を聞いて、その声が途切れてから……ふと思ったんです。昔……ここに来てたんじゃないかって」

 

「ここって……あそこ?」

 

「はい」

 

 しかし、それに否定を唱える人間がこの場にはいる。

 

「一級ダンジョンに遊びに来てたぁ? それは流石に……さっきの声の話よりもよっぽど信じられねぇぜ?」

 

「そうだな。私達だってそれなりにやってるけど、こんなところにおふざけで挑もうなんて思わねえ。父親が……娘を連れてこんな危険な場所に来るなんてことあるか? ねーだろ」

 

「あー……リヴァイアサンが攻撃した場所を見て勘違いしたとかじゃねーのか?」

 

 ダンジョン、モンスターについて深く理解している二級探索者だからこそ、ありえないと断言しているのだ。そして強く出られてしまえば、なるほどと思うのが普通の人間だ。

 

「……そうかもしれません」

 

「ソフィア、遊びに来てたってのはどこまで遊びに来てたんだ? 中に入るっつってもほんの入り口かもしれないし、まだ決めつけるのは早いだろ?」

 

「…………断片的になにかを覚えてる気がするんですけど、まだ……すみません」

 

 潮風に吹かれっぱなしの状況で話しても気持ちが悪いだけだ。ということで本部へ。

 

 

 ──────

 

 

「なんで酒場なのよ……!」

 

 本部is職場な女であるネルは、まっとうな憤りを感じていた。確かにここなら広めのテーブルがあるけど、商工会の職員だって言ってる自分がいるのに、わざわざここを選ぶのは意地が悪くないか? 

 

「ネルさん、これ着てください」

 

「……パーカー?」

 

「フードで顔隠せるでしょ」

 

「!」

 

 やっぱり頼れるのはアキヒロだけだ! 

 ネルが着ると裾や袖がだいぶ余るが、フードもその分大きいので顔を十分に隠すことができる。

 そこで気づいた。

 

「気づいてたんなら、別の場所提案してくれてもよくない……?」

 

「まあまあまあまあ、ほら、座りましょ」

 

「…………」

 

 ジトーッと、自分の肩を押さえて座らせにかかった少年を睨む。

 

「顔見られなきゃバレないでしょ。それに、全員から顔覚えられてるわけじゃないでしょう?」

 

「そういうこと、思ってても言わないほうがいいよ」

 

「まあまあ、ほら、お水飲みましょ」

 

 ごまかすように、彼女は世話を焼かれた。

 

「お腹減ってるな確かに」

 

「うん、私も」

 

「何が美味しいの?」

 

「えっとねぇ……スジツムギの包み焼き美味しいよ」

 

「スジツムギ? 聞いた事ねえや」

 

「真っ直ぐに生える、竹みたいな見た目の植物なんだけどね。こう……5つの花びらがある花みたいな断面してて、花びら同士の間のスジの部分に果実がぎっしりできるの。幹の中は空洞だからそこにお肉を入れて焼くと、臭みが取れるし油で果実が美味しく焼けるんだ」

 

「へー、詳しいじゃん」

 

「うん。ふふ、今思い出した」

 

「もしかしてさっきの?」

 

「かも」

 

「何の肉?」

 

「ふふ」

 

「何の肉!?」

 

 アキヒロはネルの世話をしつつ耳を大きくしていた。

 

「ねえ」

 

「…………」

 

「ねえ」

 

「あ、はい」

 

「これ」

 

 今、ソフィアが説明していたスジツムギの包み焼き。それをご所望だった。

 

「全員分まとめて注文しようかな。ウルフさん達は何食べるか決めました?」

 

「うむ」

 

「決まってねーよ! お前また勝手に頼む気だろ! おい! 決まってねーからな!」

 

「早くしてくださいね」

 

「んだこいつ……!」

 

 しかし、少々悪目立ちしている。

 ウルフ、ルクレシア、アオキは本職ということもあり溶け込んでいるが、他の4名が浮いていた。飯を食べるためだけに悪人の巣窟の社員食堂に突入する善人がいないように、一般人が四人も商工会併設の酒場に来るなんてのは無いことだ。

 稀とかではなく、無い。

 振る舞いも風貌も全くもって探索者からは外れる。

 いわば部外者だ。

 あまり歓迎の目で見られることもない。

 ちょっかいをかけられないのはウルフ達がいるからとしか説明のしようがない。

 

「お待たせしました〜」

 

 しかし、商工会の人間はそんな彼らにも分け隔てなく食事を持ってくる。あくまで中立というスタンスはここでも崩れなかった。

 

「お行儀のいい食事も偶にはいいけど、やっぱ俺たちはこれだな」

 

「商工会の食事がお行儀悪いとは思わないが……」

 

「このバカ騒ぎの方が落ち着くだろ。人の家で食べると俺たちがお行儀よくしなきゃならねえ」

 

「何ともまともな話だな」

 

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

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