【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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66_陽気なやつら

 飛び交う怒号は、船が海をかき分ける音にすら負けない。それら全ては船を正常に運営するためのもの。決して船長から船員へのパワハラなどではない。

 少し進めば水深は変わる。

 複雑な地形を持つ第一セクター沿岸だからこそ必要な技術で、だからこそ海洋モンスターは都市にまで上陸することが稀なのだ。

 

「近づいてきた……」

 

 先ほどに比べると船団は距離を積めていた。

 考えられる理由はいくつかあるが、最も分かりやすいのは彼らの身振り手振りだ。誰かが指を刺した方向に目掛けて網を投げる。着水し、取り付けられた錘が機能すると深く沈み込んでいく。

 合図と同時に引き上げられると、大量のヒレが跳ねていた。

 

 ──眩く、赤に染め上げられる。

 

「……っ!」

 

 熱波。

 熱風。

 思考性と攻撃性を持ったそれらは、歩いているだけのアキヒロをすら容赦なく巻き込もうとした。中心部分であれば木の発火点など優に超えているであろう熱量。

 いきなりの火事──ではない。

 

「漁師が火なんか使うな!」

 

 煌々と照らされているのは、海の黒さに沈んでいたネレイド。長い髪を不気味に揺らしながら、今か今かと獲物を待ち構えている。

 

「せめて海坊主だろそこは」

 

 実際に出てきたらとんでもないことになるのは承知だが、日本にネレイドはあまりにも──という感覚があった。娼婦よりも艶かしい目付きと、こちらへおいでという手招き。

 人型のモンスターというものがこの世に存在することが、アキヒロには受け入れ辛かった。

 

「──と、何やってんだ俺」

 

 花火大会でもないのに立ち止まって見ている必要はない。ダンジョンをもう一度見に行こうと、わざわざ危険なスラムを通り抜けてやってきたのだ。

 海の方へ完全に正対していた身体を前へ向き直す。

 そこそこの距離があるので、まだしばらくは歩きだ。

 

「歩きで一級ダンジョンに行けるのがおかしいと思うんですけど……」

 

 ボヤく。

 彼の言い分は全く持ってその通り。しかし、一休ダンジョンにわざわざ行こうとする一般人がいないのもまた事実だ。

 ()()()()イベントにこりごりしているというのもある。

 

「……ん?」

 

 妙なものが視界の端に映った。

 海だ。

 駆ける帆船が、アキヒロと並走している。

 船員たちも明確にアキヒロへ手を振っている。

 接触の意思あり、というところか。幸いなことに海賊などという暇な職業は存在しない。悪意を持って近付こうとしている可能性は低いだろう。

 

「──びっくりしたぜ! 1人で歩いてんだもんなぁ!」

 

「おい、兄ちゃん! なんで1人なんだ。家は? なんでこんなとこにいるんだ?」

 

 迷子と勘違いされていた。

 

「この先にはめちゃくちゃ危険なダンジョンがあるんだから! 帰れ! ばか!」

 

「バカ! バカ!」

 

 しかし、海賊はいないと言ったが、海賊風の男ならいた。

 

「オウム!」

 

「あん?」

 

「初めて見たぞ! オウムなんてどこで捕まえたんですか」

 

「オウム? 何言ってんだ、こいつはマネだぞ」

 

「マネ? それがその鳥の名前ですか?」

 

「ああ、真似するからマネ。可愛いだろ」

 

「ダロ! ダロ!」

 

「ああ、個体名ね……」

 

 種族の話と名前の話で微妙に話が噛み合わない。

 改めて聞き直すと、海の向こうからやってきたという話を聞くことができた。

 

「俺たちも長年やってるけどよ、海ってのは複雑なんだ。気づいたら迷子さ。そんな時、お日様の光の中からこいつが現れたんだ」

 

「へぇ」

 

「信じてねえな? だけど嘘じゃねぇ。こいつは俺たちをいつも助けてくれるんだ。海からの贈り物さ」

 

 渡り鳥は海をも超える。

 地上から遥か上空、偏西風に乗って数千キロの旅を成し遂げる。

 そんなオウムがいるのだろうか。

 肉体のフォルム的には長旅に向いているようには見えない。もっとスマートで、飛ぶのに適した鳥の形を取るものではないか。

 さしものアキヒロもそこら辺の知識は乏しい。

 ただ、飛んできたというならそうなのかもしれないと曖昧に同調した。

 

「羅針盤の代わりをしてくれるってわけですね」

 

「あんな高いもん使えないけどな……んお? ……よく知ってるな、羅針盤なんて。お前もしかして漁師の息子か」

 

「貧乏人の息子です」

 

「だははは! そうか! スラムのガキか! だが、それにしちゃあ育ちがいいな!」

 

「どうです? いい感じですか?」

 

「うんにゃ、てんでダメだ。ネプリもエイサメもいねえ。こういう時は大抵でっかい化け物がいるもんだがな……だから来たんだった! お前、どんな事情があるか知らねーけど、こんなところに1人で来るんじゃねえ! さっさと帰れ!」

 

「それはできませんね」

 

「はあん?」

 

 友人が困っている。

 助けるためには、この先にあるダンジョンについて調べないといけない。

 何があるかはわからないが、止まることはない。

 制止も無駄だ。

 

 入り口まで1人で行くことを伝えた。

 

「なんだお前、隠す気もねぇな」

 

「違いねえ。スラムの奴らにダチなんて持ってるやつはいねーからな」

 

 先ほどからスラム、と。

 なんとも自然に定着してしまっているのだというショックがあった。地方セクターの方がまだマシではないか。

 内情を垣間見たが、資本の集まるところにこそ貧富の差が生まれる。その上下の閾値もまた大きくなるのだ。

 

「根性のあるやつだ、気に入ったぜ」

 

「はい?」

 

「どうだ。船──乗ってくか?」

 

「おお……ぜひ!」

 

 

 ──────

 

 

 揺れる甲板。

 長く生きても、本物の動いている帆船に乗った事はなかった。

 波が船体にぶつかると、軋む音が木を伝って届く。なんとも貴重な体験。胸を焦がしていく炎の弱まる気配がないのは、目の前で働く彼らがなんとも生き生きしているからか。

 

「そんなところ突っ立ってたら網に引っかかるぜ!」

 

「落ちたら餌になるしかねーぞ! ギャハハ!」

 

 口調の荒さなど関係ない。

 彼らの顔には笑みが溢れている。

 釣られるように上がっていく頬。

 さすがは漁師といったところか。

 

「いい身体してんな!」

 

「1人でダンジョンに行くって? 見上げた野郎だ」

 

 すれ違う度、新しい顔が一言だけ告げていく。

 根本的に忙しいのだ。

 気持ちのいい風を感じながら船頭から先を見る。

 

「良いな……! 漁師ってのも……!」

 

「おっ乗り気か? 船だけに!」

 

「いやあ、ただの感想ですよ」

 

「へっ! 飾り気のねえやつだな! ……で、お前は何者だ?」

 

「さっきも言いましたけど、本当に貧乏人の生まれでしかないですね。それ以上に俺を指す記号なんて、今はまだありません」

 

「名前は?」

 

「加賀美明宏です」

 

「そうか……覚えておく!」

 

「船長、俺の記憶に間違いがなければそろそろ見えてくるはずなんですけど……」

 

 陸地を見ていた。

 起伏、特徴的な岩、破壊痕、そういった要素のみを抽出して記憶するのは得意なのだ。

 だが、その姿は一向に現れない。

 

「当たり前だろ? あのダンジョンは海から見えねえんだ」

 

「そうなんですか!」

 

「知らなかったのか?」

 

「ここに来るの2回目ですから──っ!」

 

 爆音が貫く。

 鼓膜を大きく揺さぶられ、耳鳴りによって平衡感覚を奪われた。前のめりに倒れ込むと、続いて気付くのは匂い。

 

「……またさっきの」

 

「ネレイド共は、ああやって定期的に燃やさなきゃな」

 

 人型のモンスターを潰すことに彼らは何の抵抗も覚えていない。

 考えてしまう。彼らはもしかしたら人間からモンスターになったのかもしれないと。

 

「趣味の悪いやつはアレに手を出すこともあるけど……まあ、やめとくのが吉だな」

 

 アキヒの思考を読んでか、全く体幹をぶれさせる事なく眼下の藻屑たちを覗いた。

 美しい肢体は焼けこげ、バラバラになって海面を漂うだけ。こうなってしまえば美人も醜女も同じ土俵だ。

 

「そら、海岸につけてやる」

 

「ありがとうございます」

 

「酔わないなんてやるじゃねえか。やっぱ才能あるぞお前」

 

「はは……良い船、良い船長、一緒に働ける人間はラッキーですね」

 

「っかー! 帰りも乗せてってやりてえ! ……が、残念ながらおっかねえのが待ってるからな」

 

「いえ、ここまでで十分です。ありがとうございました」

 

「……やっぱ貧乏人ってのは嘘だな」

 

 甲板の上から不敵な笑みを見せた男は、周りの小舟とともにアキヒロの元を離れていく。

 スピーディーで、無駄がなく、手戻りのない船捌き。

 

「あれがこの世界の漁師か……」

 

 なんとも奇特な人間たちだった。

 ダンジョン同然の海に出て食料集めをしようというのだから多少おかしくなければやっていられないだろうが、それを差し引いても愉快という言葉が当てはまる。

 

「何もできなかったら……漁師になるのもありか」

 

 戻ってきた。

 世界の切れ目とでも呼ぶべき断崖が海の奥の奥、黒く見えなくなるまで続く場所。

 

「……変わってはない、か」

 

 数時間で変わるとは思ってないが、ここはダンジョン。常識が通用しないことなど学ばなくともわかる。

 

 まず見つけたのは、自分たちの足跡。

 散々地面を踏み荒らしたそれは消えずにある。波や風が影響を与えていないということがひとまず分かった。

 砂に触れて指で擦り合わせると、極めて細かい粒子で構成されている。やはり風はないようだ。

 

「…………」

 

 奥に何があるのか。

 ソフィアの父親はどうなっているのか。

 進みたくなる気持ちを捨てて、辺りをうろうろと探った。アキヒロが生きているのは、立っている場所があくまでダンジョンの近くであってダンジョンそのものではないからだ。

 中に足を踏み入れれば、途端にひどい目に遭う。

 

「意味なし!」

 

 しかし、ウロウロしたところで望みのものなど見つかるわけもない。隠し通路やら、残されたメッセージやら、そんな都合のいいものは現実には存在しないのだ。精々が捨てられたゴミくらいで、それもじきに分解されて消える。

 

「うーん……足元よし、周囲の確認よし、飛散物なし」

 

 指差呼称による認識レベルの上昇も試みたが、変わりはなかった。なにもなさすぎて、若干不安になる程度には気配を感じない。

 弱小モンスターの一匹とていない。

 いたら死ぬが、いなさすぎて寂しいのだ。

 

「ダンジョンってこんな感じ?」

 

 街に発生することの多いダンジョンとして地下洞窟(アンダー)があるが、基本的には人気地帯だ。

 探索者の出入りが頻繁で、活気という意味では露店通りと同程度と言っても良い。

 

「──」

 

 風が通り過ぎた。

 輝ける谷の形状は、風の通り道としてあまりにも機能しすぎている。海からは見えない不思議な地形ということもあり海風は吹かないが、気味な風切り音は止むことなく奥から響際立っていた。

 そこに混じって時折聞こえる異音は、モンスターの鳴き声である可能性も。

 

「何もないか」

 

 自分なら何か見つけられるかもしれないと甘い見込みがあったのは事実だ。しかし、ソフィアの父親がこれほどまでに長期間、ダンジョン内にいるのだとしたら。そして生きているのだとしたら。

 

 ──確認しなければならないことは、まだあった。

 

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

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