【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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68_コレだから女/男は……

 

「…………」

 

 背もたれ。

 預けた背中には、湿度の高さとは関係なく湿った感触。男の心中を占めている清々しいほどの敗北感とは、まるで方向性が違う。心と身体が乖離しているようだった。

 肘掛けを指先でタップする度、側に控えている若いメイドの背中が震える。

 男自身、よくない行動だとわかっていながら、落ち着かない気持ちをどうにかさせるにはこうするより他になかった。

 

「ふぅ〜……」

 

 長く細い。

 家の中に入り込んで来ない筈の霧が彼自身の体内から排出されたような、濃くて避けようのない息。

 会長という重くて権威のある立場の人間が吐くそれは、周囲にいる人間の気持ちすら同じように重苦しいものにさせる。

 

「どこからの入れ知恵だ……?」

 

 そんな独り言は空に溶け消えていく。

 半ば愚痴にも等しい口調は、紛れもなく誰かに向けてものだった。

 

「小雪……お前は一体誰を……何を見つけてきたんだ?」

 

 

 ──────

 

 

「…………」

 

 重苦しい空気。

 そう感じているのは実際のところ自分1人だけで、実は気にすることじゃないのか。だけどやっぱり──ネルが思考の迷路に迷い込むのも仕方ないことだ。

 

「ふんふーん……いやあ、実に利のある話し合いでした! こちらは何も出さず、それでいて最良の結果を得る! マザーテレサもニッコリだ!」

 

 言っている事はわからない。

 しかし、先ほどの訳のわからなさに比べればマシだ。

 

「装備品を整える算段はついた……後は──」

 

「さっきの──」

 

「え?」

 

「あ、いや……」

 

 何も気にしていないような目が怖かった。

 この目で拒絶されたとしたら、冷たい足跡だけが心に残ってしまうだろう。いつまでも消える事なく、あの時の目は何だったのかと忘れられなくなってしまう。

 出会ってまだ少しなのに、何故こん何恐ろしいのか。その由来がわからないことがまた恐ろしかった。

 

「ネルさん、ありがとうございました」

 

「…………へ?」

 

 いつのまにか足元を見つめていた視線をのっそり上げると、苦笑が張り付いている。ありがとうが何を示すのか、苦笑の意味は、そのどちらもわからずに呆け口を晒した。

 

「やっぱり、隣に人がいると心強いですからね。心理的な効果ってやつ? 1人だとあそこまで強く出られないんですよ」

 

「…………フォローはいいよ」

 

 ネルは感情論しか持っていなかった。

 大金持ちは好かないけど、それはそれとしてあの会長の言っている事は受け入れる以外の選択肢がない。自分たちは金や物品の無心をしに来た立場で、どうにかこうにか何とかすると、あてのない自信を頼りにアキヒロについて来た。

 

 いくらしっかりしてると言っても所詮は未成年、自分が軸になって話を進めないといけない。だけど策はない。そんな状況で出来るのは、少年の目の前でひたすらに貶されることだけだ。

 

 そう考えていたのに、全く別の角度から話が進んでいった。

 

「フォローとかじゃないですって!」

 

「…………」

 

 そもそも彼が何を言っているのかもよくわからなかった。あっという間に話を進めて、余裕綽々だったあの会長の瞳が大きく見開かれたかと思えば、アキヒロは畳みかけていく。一連の流れで覚えているのは、急流のように話が一気に進んだというところのみ。

 その内容を理解することは。

 

「ほら、飴ちゃんもらいましたから! 飴ちゃん! 一般人には買えないような高級品ですよ!」

 

「……ん」

 

 カラコロと口の中で転がすと、お高い味が広がって多幸感を味わうことができる。頭が冴え、何でも出来るような気分になってくる。

 浮ついた気分になりかけて先ほどのことを思い出す。

 

「私、いらなかったよね」

 

「だから言ってるじゃないですか! ネルさんは横にいてくれるだけで元気が湧いてくるんですって!」

 

「……そういうのいいから。だって、それって私じゃなくてもいいって事だよね? 隣にいれば誰でも良かったんだから」

 

「知識を悪用しないだけの理性と知性、そして善性を持った人間じゃなきゃ俺だってあんな話しませんよ」

 

「……私がバカってこと?」

 

「なんでそうなる!? ちょっと後ろ向き過ぎだな……いいですか? 世の中には悪い奴がいっぱいいます。俺が持ってる知識は、カケラでもそんな人間たちの手に渡れば悪用されかねない。街角先生と同じだけの危険性を秘めてます。だからこそ、信頼できる人じゃないと一緒にいられないんですよ」

 

「…………どこでそんな事知ったの? 貧乏なのに……」

 

「風の噂ですよ」

 

「風の噂なのに、どうして危険な知識だってわかるの?」

 

「そこはスルーしてください」

 

「…………やっぱり、信頼してないんじゃん」

 

「してますって! でも、信頼してるからって全部を話せるわけじゃない。ネルさんだって……そうだなあ……自分の胸の大きさとか教えてくれなんていきなり言われても無理でしょう?」

 

「…………話が、違うし」

 

「違うけど、話せないことだってあるでしょう?」

 

 ネルは、年下の男の子に道端で慰められて、惨めな気分を味わっていた。

 恥でどこかに消えてしまいたいような衝動。しかしそんなことをしようとしても、目の前の少年は必ず自分を見つけ出す。既に別の少女に対してそうしているという嫌な実績が、逃走の道を選ばせなかった。

 

「胸の話は……関係ないし……」

 

 ネルは自分の胸に手をやった。

 サイズを、と言われても──

 

「教えろとは言ってませんから! ちょっとアレだ! お茶でもしましょう! リセットリセット! ほら、行きますよ!」

 

 自分の手を引く少年はどこまでも頼もしくて、どこまでも惨めに感じた。

 

 

 ──────

 

 

「そんで? 何で俺んちにきたんだ」

 

「現状報告的な」

 

「あっそ、じゃあ報告してみろ」

 

 暗い雰囲気を纏ったままの成人女性を従えてやって来たことには言及せず、男は机に腰掛けている。

 

「一応、援助の見込みはつきました」

 

「はっや」

 

「でしょう?」

 

「早過ぎだろ。昨日の今日で話進んでんじゃねえか。何だお前、実は有能なのか?」

 

「気づきました?」

 

「有能なら、そこの暗い嬢ちゃんも何とかしてくれや」

 

 勝手に椅子を占領し、机に突っ伏してしまったネル。このままいられては邪魔で仕方ないので、報告したならさっさと帰って欲しい──という態度が明け透けだった。

 

「そんなこと言わず、力と知恵と飯と飲み物を貸してくださいよ」

 

「自惚れんな」

 

「だって、俺のせいで落ち込んでるのに俺が何言っても意味ないじゃないですか」

 

「知るかって言っていいか?」

 

「だめです。街角先生も重要な協力者の1人なのでなんかしてください」

 

「そもそも街角先生ってどんな呼び方だよ……」

 

「名前が長いんだもん」

 

「失礼という言葉を知らないのかな?」

 

 男2人で話していても現状は変化しない。

 面白いものでも見せれば気分は直るのでは? という提案からラボ内捜索が始まった。

 

「……規格化に挑んでます?」

 

「あ? なんだ?」

 

 見つけたのは固定具の一種。金属製で、似たものが二つ並べて置かれていた。

 

「冷蔵庫やらクーラーを見てて思ったんですけど、部品がバラバラで直すのも無理だなって」

 

「そりゃあハンドメイドって話だからね」

 

「それは良いけど、作るものはせめて同じ大きさにしろよ」

 

「俺に言われても……」

 

 職人たちは凄まじい技巧を有している。素人がやれば日が暮れるまでかかるような加工も、彼らの手にかかればトイレが済むまでの時間で終わってしまう。

 特有の異能が発生しているのではという説が有力だが、その製作する物品の精度というのはやはり職人個人の技能に左右された。

 時代にそぐわぬ携帯端末もそれに該当する。ミツキとアキヒロの持っているものは種類は同じでも微妙に見た目が違った。

 

「……私は?」

 

 人を喜ばせようとしてくれているのか期待して待っていれば、置いてあるモノのサイズについての談義が始まった。これは不平の一つでも言ってやろうと顔を上げた。

 

「ほら、ここに使ってるコレ。この金具」

 

「が?」

 

「二つで違うじゃないですか」

 

「ちょっとだろ、出来てるものは一緒なんだから気にすんなよ」

 

「精度が命の科学者が何言ってるんですか! 同じものを誰が使っても同じ結果になるように。同じものを誰もが作れるようにするのが仕事でしょう!」

 

「ちげえよ。そもそもコレ作ってんの俺じゃねえし」

 

「え」

 

「知り合いの鍛治師に任せてんだよ」

 

「鍛治師? 職人じゃなくて?」

 

「コウキを挟んだ知り合いだったんだ。職人共はうっせえから嫌いなんだ」

 

「へー……でも、こんな立派な炉があるじゃないですか」

 

「素材を溶かす用だ」

 

「金属は素材じゃなかった……?」

 

「うっせえなあ……鉄は全部鍛治師に任せときゃ良いだろうが!」

 

 男はやっぱりクソなんだ。

 そんな思いを胸に秘めて、女は立ち上がった。拍子に椅子は転がり、2人は振り向く。

 

「何だ、元気そうならツラしてんぞ」

 

「女性は強いですから、1人で立ち直ったのかもしれないですね」

 

 そんな自分勝手な感想を揃って口にするオスよ。

 彼女の怒りを知れ。

 

「何で放っておくわけ?」

 

「おや」

 

「やっぱり私なんかどうでも良いって? そのよく分からない何に使うかも分からないものが大事って? ねえ」

 

「おやおや」

 

「いいよ? だって私の役割終わってるもんね。商工会から情報引っ張ってくるっていう一番楽な仕事をこなしたんだから、お荷物でも関係ないもんね」

 

 ジトジトと、ネトネトと、ネチョネチョとした怒りが主にアキヒロに向いていた。

 関係ない男はめんどくさそうに引っ込んでいる。

 

「一瞬ミツキに空目した……いや、何でもないです。ネルさん、まずは落ち着きましょう」

 

 大説得タイムが始まった。

 

「──つまり、何も出来なかったのが嫌だったんですね?」

 

「やっぱりそう思ってるんじゃん」

 

「これはネルさんの自己認識の確認で、実際はそうじゃないって俺は思ってますよ。…………いいですか? 話を整理しますからね?」

 

 最も大枠で見ると、ダンジョンに潜るにあたって必要な物品の調達。それを分類すると、ソフィアの異能の暴走を止めるための薬、そして単純に身の安全を確保するためのアイテム──防具やら何やら、という二つだ。

 薬は街角先生から。

 アイテム類は深山商会から。

 既に目処はついている。

 

 これは現時点での進捗。

 最も進展がある今現在の話だ。

 

 では、時系列を戻せばどうなるか。

 今回の件で最も始原的な話をすれば、何をしたらソフィアの問題が解決するのかということに行き着く。

 そこが分からなければ進むことができない。加賀美家に連れて来たり秋川家に行ったりと、だいぶ迷走していたのはそのせいだ。コマちゃんとロイスはソフィアの安定に役立っているが、それは結果論に過ぎない。

 最も大事なポイントというものが何も見えていなかった。

 

 真っ暗で何も見えなかった幕に切先を突き入れて未来への道を切り開いたのは、他ならないネルの功績だ。

 

 という話を、長々とした。

 

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

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