【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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72_く、くさい……

 

「いーやーだ!」

 

「そう言わんと! ちょっとだけ! 足先だけ入ってみようぜって!」

 

「絶対にイヤ! 入らない! だってあの人たちって臭いじゃん!」

 

「臭いかどうかはちゃんと嗅がなきゃわからないだろ!」

 

「臭かったから言ってるんでしょ!」

 

「過敏すぎだって! 実際のところそこまで気にするほどじゃないから!」

 

「そんなの嘘!」

 

「……もういいから! 入るぞ! これも社会勉強だ!」

 

「わっ!?」

 

 有無を言わさず担ぎ上げる。汚いものから目を逸らしているだけでは成長しない。適度に泥を被ってこそ人生というもの。

 アキヒロの肩の上で暴れる少女は、少々潔癖な環境で生き過ぎていた。今こそ──美しく整えられ、何不自由なく暮らすことができた檻の中から飛び立つ時が来たのだ。

 

「わ、わかったから! おろして!」

 

「はい」

 

「お、降りた……意外と……素直?」

 

「言葉が嘘が本当かぐらいわかる」

 

 さあ、地獄に参りましょう。

 

「くっ……」

 

 入った途端に鼻を貫く臭い。

 幾日も体を洗っていない人間のすえた匂いが酒場に充満していた。商工会併設ではなく民営の酒場だ。全員が全員探索者というわけではないので、そういう意味では安心だが、探索者ではないゴロツキたちが集まる場所でもある。

 

『……』

 

 入ってきた少女2人、そして少年。

 いずれも顔立ちが整っている。

 彼らの視線は鋭く尖り、3人へ集中した。

 

「そんな臭いか?」

 

「嗅覚が腐り落ちてるんじゃないですか?」

 

「そんな言う? ……コユキちゃんは?」

 

 果たしてサンプルの二つ目は。

 

「え? くさいよ?」

 

「あ、そう……」

 

「ロイスとソフィアも言ってたよ。臭いけど我慢してたって」

 

「なんだそれ!? それじゃあ俺が子供達に気を使わせて臭い店に連れ込んだ人間みたいじゃねえか!」

 

「みたいっていうか、そのものだよ」

 

「なんだって……!?」

 

 意外とストレートに飛んでくる罵倒に、大いにショックを受けた顔で席に着く。あまりに滑らかで、フブキ達も自然と彼を挟むように座った。

 

「だいたい、アナタは──」

 

「遠い遠い遠い遠い遠い!」

 

「ええ?」

 

「名前! 俺の名前!」

 

「…………」

 

 カモン! というジェスチャーに、フブキは本当に嫌そうに顔を歪める。

 

「そんなにイヤか?!」

 

「……まだ認めてないから」

 

「なにを?」

 

「…………何頼めばいいか教えてください」

 

 お互いにモヤモヤとした気分を抱えながら、注文するべき食事を探すフェーズに入った。しかし、アキヒロは困り顔で頭を掻く。

 

「何だかよくわかんねえな」

 

「え?」

 

「アキヒロ?」

 

「ちっ……毎度のことだけど何書いてあるかよくわかんねぇんだよな……」

 

 まさかのカミングアウト。

 姉妹は唖然として顔を見合わせた。この姉妹にとっては特に珍しい意見の一致だ。

 ──まさかの文盲!? という視線に気付いたのか、メニュー表をパタンと置くと肩をすくめる。

 

「文字が読めないわけじゃない……ただ……」

 

 苦々しい顔だ。

 

「食材の名前がさぁ……ぐちゃぐちゃすぎて頭の中で結びつかねえんだよ」

 

「?」

 

 彼の言っている事の方がぐちゃぐちゃで、フブキたちに理解することはできなかった。食材の名前がぐちゃぐちゃというのは、完璧な教育を受けている2人からすれば1ミリも共感できないことだ。それに、彼女たちの父親を説得するほどの何かを持っている彼が、このような俗なことで躓く意味がわからない。

 

「食材は……っていうか、物にはそれぞれ名前があるだろ?」

 

「何その当たり前の話」

 

「まあ聞いてくれよ。2つ以上の言語を取得すると、頭の中でまずは第一言語に翻訳して物事を咀嚼する。頭の中に入ってるコイツらがそもそも第一言語で設定されてるからな。だろ?」

 

「…………」

 

「でも……同じ言語のはずなのに、あまりにもかけ離れてるんだ。最初は、方言みたいな感じでうまく頭に入ってくれるよなぁと思ったんだけど……なんでかわからない。上手く覚えられないんだ」

 

 こめかみを何度も叩く。

 

「これって、誰かわかる人いるのかね?」

 

 散々思ってきたことをを誰かに言う機会を得たからか、いたく満足気だ。

 

「──何言ってるの?」

 

「え?」

 

「第一言語って……変な言い回しだね」

 

「そんな変かな……インターネットがあまり普及しないとそんなものか……わからん、情報の拡散度がわからん」

 

「第二があるみたいじゃん」

 

「確かにな〜」

 

「ちゃんと答えてよ」

 

「どうせ俺たちはこの地方から出られないんだから意味もないし……知らなくていいことばっかりだ」

 

 知っている地理知識に限っても、アキヒロたちが住んでいる領域は巨大な半島らしき部分を西の部族と半々程度に分け、南と東はすべて海で囲まれ、北は、数千メートル級の山々が連なる天命山脈によって閉じられていうことが明らかになっている。

 

「そんなことわかんないじゃん」

 

「…………」

 

 山を登るのはとても大変だと、アキヒロは過去に身をもって体験している。モンスターと戦うことや、ダンジョンに潜ることなどよりもよほど痛烈に、そして幾度となく繰り返してきた。人は、実際の痛みよりもイメージしやすい痛みに共感し、恐怖、嫌悪する。故にこそ、遠くに見えるあの高い山々を越えることは決して出来ないと諦めていた。

 

「ねえ、聞いてる?」

 

「ん?」

 

「なんで出られないの?」

 

「……フブキちゃんは知ってるだろ? 東西南北囲まれてること」

 

「でも、一級ダンジョンに入るよりは楽でしょ?」

 

「天命山脈にはドラゴンがいるって話だし、海にはリヴァイアサンがいるし、西には蛮族がいるし、何が楽かは人によるのかなあ……西が一番楽そうなのがマージで終わってる」

 

「なに? どこかに行きたいの?」

 

「行きたい行きたくないで言えば行きたいよね。フブキちゃんたちは? 外の世界を見てみたくない?」

 

 青天の霹靂だったのか、姉妹は揃ってうんうんと考え込んでしまった。アキヒロは、2人が一生懸命考える様子に軽く微笑むと酒場のマスターを呼ぶ。

 

「酒を」

 

「ガキはこれでも飲んでろ」

 

 出てきたのは適当な草を煮出したお茶。

 まずいわけではないが、子供の飲み物だ。

 酒場で酒を頼めば、大抵はこういうものが出てくる。

 

「なかなか悪くないからな、こういうテンプレートも……ついでにおつまみもください」

 

「……お、おう」

 

 まるで動じない。

 ついでに、ガタイが良くて威圧感がある。

 それに彼の両脇にいる少女2人の身綺麗さと来たら、あまり意地悪をすると怖い人間が飛んできそうな雰囲気すらあった。

 

「……くっ!」

 

「なんだ? どうした?」

 

「負けたわけじゃないから!」

 

「…………」

 

 訳がわからないので、再度お茶を啜る。

 程よい苦味が、どうでも良い話を脳みそから引っ張り出して胃酸の元まで連れて行ってくれるようだ。

 

「それで外の世界は?」

 

「はいはい!」

 

「はいコユキちゃん」

 

「私はまず蒼連郷そのものをよく分かってないから、そこから知りたいです!」

 

「おっ! 良い答えだ!」

 

「えへへ〜」

 

「フブキちゃんは?」

 

「…………」

 

「何言ったって笑わないから教えてよ」

 

 フブキは答えなかった。

 むっつりと黙り込み、まだ考え込んでいたからだ。

 コユキと一緒に注文をしたところで、やっと口を開いた。

 

「そもそも……外って何?」

 

 膨大な水がある。

 雄大な山がある。

 強大な敵がいる。

 世界とは、既に広い。

 人類では解明しきれないほどに。

 ダンジョンは空にも地中にも広がっている。

 魔素は今も世界を侵食している。

 列車の窓から盆地を望めば樹海が広がり、多くの犠牲を払って橋がかけられた谷底からは得体の知れぬ怪音が鳴る。

 常に空に浮かぶ巨大なナマズ。

 静止して動かぬ雲。

 代わりというように岩が一つの生命として動き出す。

 

「充分じゃない?」

 

 そもそも、彼らにとって宇宙とは蒼連郷とその周辺のみで完結している。そこから先があろうがなかろうが──というよりも、行けないとわかっていて考える意味はない。だから、フブキの出した答えも正しいものだ。

 

「確かに十分だわな」

 

「…………」

 

 私は真摯に答えを出した、だからお前も真面目に答えを返せ、と圧力をかける。

 

 本から飛び出してきたような少年は、少なくとも彼女と視点が違った。どんなスケールで、どんな角度から世界を見ているのか。何をもって外に行きたいと言っていて、何を理由に外の世界なんてものがあると信じているのか。

 

 フブキは、自分が同年代の男の子に興味を抱いていることを認めていた。

 

 彼の口ぶりは、外があると信じて疑わないものだった。先には果てなき海しかないかもしれない。山の向こうには崖があるだけで、飛び降りる以外の選択肢がないかもしれない。西は先の先まで支配されていて、行っても情夫だの奴隷だのになるしか道は無いかもしれない。

 何を根拠に、何を信じて、何が突き動かすのか。

 

「牛だな」

 

「…………うし?」

 

「牛だよ、牛。モーモーって鳴く牛」

 

「が、何?」

 

「俺、牛の牧場を作りたいんだよね」

 

「…………」

 

 一旦目を閉じた。

 目を揉んで、耳を揉んで、もう一度目を開いた。

 

「牛」

 

「…………」

 

 聞き間違いじゃなかった。

 

「牧場」

 

「…………あのさ……私、真面目に答えたよね」

 

「おっと、やめてくれよふざけてるなんて言うのは。俺もちゃんと真面目に答えて──」

 

「それが真面目な人間の答え!?」

 

 一気にボルテージが上がった彼女の気勢に味方するように、カテラリーが跳ね回る。一個いくらのそれらが壊れたところで痛くも痒く無い、幾つでも弁償してやろう。

 ──などと考えているわけもなく、単純に逆鱗を撫でられているだけだった。

 

 さて、可愛い女の子が怒ればどうなるか。

 

『ひゅー、昼間っからやるねえ』

 

『こわ……若くても女っておっかねえなあ』

 

『私があのくらいの時はもっと貞淑だったけどね』

 

 少なくとも、自分から関わろうなどという輩は消える。

 話しかけるタイミングを見計らっていた不埒者もこりゃいかんと諦める。

 その場には遺憾の意を示す少年と、机を叩いた手の痛みでうずくまる少女と、姉の癇癪を初めて見た驚きと困惑と恐怖で少年に縋る妹が残される。酒場の主人公は酒飲みではなく3人だった。

 

「誠に遺憾です」

 

「っつぅぅぅぅ……」

 

「…………とりあえず、机を叩くのはやめような? 痛いし、お店にも迷惑がかかるから。叩くならせめて俺にしてくれ」

 

 と言いながら、片腕でコユキ(ひっつき虫)の背中をポンポンと軽く叩いている。

 

「牛は高いんだ。つっても多分2人は食べたことあるんだろうけど……値段ほどのおいしさじゃない。あれは値段そこそこで、たまの家族サービスや仕事帰りに食べる為にあるのが一番健全なんだ」

 

「……だからなんなの」

 

「俺が世界を変える」

 

「…………」

 

「牛を一般的な生き物に戻す」

 

「……ぷっ」

 

「魔素の収束を──っておい、何で笑うんだよ。俺は真面目な話を……」

 

「ぷふっ、馬鹿みたい」

 

 心底からおかしいと肩を揺らす。

 アキヒロの言葉など聞いていない。

 彼が吐いた大言壮語の馬鹿らしさに囚われて、しばらくは会話などできそうになかった。

 

「ふぅ……まあ、分かってるよ。こうなるって」

 

 フブキだけじゃない。

 

『う し !」

 

『やばい! 息できない! 牛! 牛て! どういうこと!』

 

『私も世界変えようかな……牛で…………ブフゥゥッ!』

 

『きったねえな!』

 

 アキヒロは天を仰いだ。

 悲しみはない。

 恥ずかしさもない。

 ただ、一抹の寂しがある。

 失われて初めて気付いたものなどいくらでもあるが、世界そのものが失われたこの世界で、その中身について本気で考えられるのは自分だけなのだ。

 

 しかし、だからこそやりがいを感じているのは事実だった。簡単に達成できるのなら、他の誰かがやり遂げているのだろうから。

 

「──ねえ」

 

「ん?」

 

 フブキは唐突に動きを止め、アキヒロを見上げた。小さく呼びかけるの口元は弧を描いているが、周囲の人間の小馬鹿にするようなソレとは違う。

 

「良いじゃん、ソレ。バカらしくて良いと思う」

 

「……あ、そう? ありがとう」

 

「でも外の世界関係ないと思うんだけど」

 

「あるある、めちゃあるよ〜」

 

「どういうこと?」

 

「ここら辺だと発展してない技術が、別の地域だと発展してる可能性があるから」

 

「他の地域……」

 

「山を超えた先だな」

 

「…………」

 

「仮にモンスターがいないとしたって、山越えと海越えは万全な装備整えても厳し〜って感じだから、まあ無理よ」

 

「無理なの?」

 

「え、なにその目は……」

 

「無理なの?」

 

「…………」

 

 期待。

 その瞳の名前を人は期待と呼んだ。

 

「で、できらあ!」

 

 え!? 今から山越えを!? 

 いや、お前は今から海へ行くんだ。

 というわけで、3人の元へ運ばれてきたのはコユキチョイスの一番高いピザ風の何か。

 

「ピザかな……」

 

「ピザ食べたことあるの?」

 

「逆にフブキちゃんはあるんだ」

 

「なにそれ、私のこと自分と一緒だと思ってる?」

 

「シンプルな疑問なんだが?」

 

 お前も貧乏だったのか? なんて一言も言っていない。

 

「小麦は人の生活を支えた最もポピュラーなら穀物の一つだ」

 

「昔の話でしょ。もう数も少ないし、あんまり食べられるものじゃないはずだよ」

 

 何でお前は知ってるんだ? とピザを口に運びながらも視線はついて離れなかった。

 

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

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