【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
その店は酒場であるはずなのに、誰も騒ぎ立てていなかった。何か、触れては行けないものが店の中に入ってきているかのように。はるか格上のモンスターが潜伏中の自分の横を通り過ぎたかのように。探索者ですらが口を噤んでいる。
邪魔できるはずもない。
「どういうことなの?」
「…………」
カウンターに向かい合って、少女に視線を向けない男。酒の代わりにもらった
ため息ともに温かな吐息が吐き出され、空気に溶け消えていったかと思えば隣のミニマム少女はソレを真似した。
「ねえ」
少女は彼の腕を掴んだ。
逃す気はないとその目が語っている。
修羅場か、ソレともまた別の鉄火場かと酒場内は全神経を研ぎ澄ませた人間ばかりだった。
「……すぅ」
少年は口を開き、息を吸う。
逃げる気じゃないと強い視線が少女に向けられた。
「何でだと思う」
「……」
「何で俺は色々なことを知っていると思う」
まず、少年らしさがそこにはなかった。
得意げですらない。
淡々と、自分は多くのことを知っていると主張するその口端は、どちらかと言えば、ヘの字に曲がっている。
「……本?」
「本は高いな……それでも俺は、本で何かを学べるかな?」
「……教科書とか」
「うーん」
当たりそうにないな……とつまらなさそうに眉を上げる仕草にプライドを傷つけられたのか、フブキは更に視線を鋭くした。
「えらそーに……」
「そんな気はないんだけど」
「絶対当ててやる」
しかし、女子というのは──殊更にお嬢様というのは行儀よく食べるのが体に染み付いている。話していては食事も進まない。すべては食べ終わってからということで、一旦座り直した。
「こんな静かだったっけ……?」
途端に騒ぎが元に戻る。
『この前リューズが大量に獲れてさあ!』
『おんおん!』
『素材がやっと揃ったんだよな!』
「…………気のせいかな」
食べる時、フブキはとても静かだ。
この場にそぐわない程に背筋が伸び、大きく頬張ることなく小さく切って口に入れる。おかげで時間がかかることかかること、見ているアキヒロが焦ったくなってくるほどだ。
「コユキちゃん、あの子はいつもあんなに食べるの遅いのか?」
「うん、お父様もあんな感じだよ」
「マジか」
どうやら父親譲りの遅さだったらしい。
遅いというか丁寧だが、妹には継承されなかった。
「早いほうが良くない?」
「早食いはやり過ぎると命に関わるからほどほどにな」
「えー!」
『『『えー!?』』』
「……」
『ピュ、ピュルルリュブッ』
『ゔぁあああああ!?』
背もたれに肘を乗せて振り返ると、下手くそな口笛を吹こうとして唾を吹き出している男が1人。目の前にいたパーティーメンバーの少女はぶちぎれていた。
「何をしてんだか……」
「あむっ」
「…………美味しい?」
「………………ごくん。……んんっ、まあまあだね」
「おそっ」
「く、口の中にものが入った状態で喋るなんて端ないでしょ!」
「世界観違くない? みんなを見ろよ。歯ぁ真っ黄色にして油もんばっか食べてるだろ。フブキちゃんもああならなきゃ」
「…………」
「ガチの嫌悪感…………エグいな!」
誰が好き好んで歯を真っ黄色にするんだと、フブキはそれまでよりも更に小さく口を開けて物を食べる。何だか少し恥ずかしかったからだ。
『俺、黄色?』
『ドブ色だな。前歯が腐ってる』
『私は!?』
『……ああ!』
『ちょっとー!?』
「ちなみに俺の歯は綺麗だ」
「ほんとだー」
「コユキちゃんは? いー」
「いー」
「綺麗じゃん」
「いひひ」
「……ふふ」
頭に手を乗せ、力を込めずに左右に揺らす。目を閉じて受け入れるコユキはゴールデンレトリバーのようだ。手を離すと両手で戻されるので、暫くはそのまま。酒場にあるまじきホンワカとした空気が流れていた。
──────
「さて」
「!」
一行はのんびりとした時間を過ごしていた。最初は鼻を摘んでいたフブキも次第に慣れて、それなりの量を食べ終える頃には平気な顔だ。ドカ食い気絶ではないが、ウトウトとし始めた2人。その肩を叩くとアキヒロは立ち上がった。
「行かないと」
「……?」
フブキは眠さで口を開く気は起きないが、かろうじて反応を見せた。コユキは背中の上。暫く起きないだろう。
では、どこに行くのか。
「俺たちは会話をすることができた。だから……もう大丈夫だ」
「…………」
「準備を終わらせる」
再びやってきたのは深山家。
大量のアイテムと、そして当主がそこにいた。
「……」
言葉なく交わされた視線。
見定めるつもりなのか、腕組みで部屋の隅っこにいる。この屋敷の主人とは思えない姿に、メイド達もビビり散らかして近付けなかった。
「…………一級ダンジョンは……いや、そもそもダンジョンとは生身の人間が行けるような環境では無い」
「でしょうね」
「何故、それが分かっていながら向かおうとするんだ?」
「意味がわかりません」
「愚かな選択と賢い選択。賢い選択を選べる立場にありながら、何故、くだらない夢物語を追いかける」
「生憎と、夢物語を笑うほど大層な立場にいないもんで……」
「……嘘をつくな! 誰よりも現実を見ているだろう!」
「現実? 俺が現実を見ていると、そうおっしゃるんですか」
「そうだろうとも!」
「今見ているものが間違いなく現実だなんて、誰が証明してくれるんですか? どうやって証明するんですか?」
「くだらない言葉遊びをするために、この部屋にやってきたわけじゃないぞ! …………その知識を使えば、巨万の富が手に入る! あるんだろう! まだ出していないものが! 知恵が! なぜそれを使わない!」
君子危うきに近寄らず。
メイド達は退散し、娘であるフブキたちすらもあまりの恐ろしさに縮こまっている。
「娘さんの前で声を荒げないでください」
「…………確かめたぞ。確かにあれは緩衝材として機能した。シンプルで容易に作れるところも含めて役に立ってくれるものだ。──段ボールとか言ったな」
「ええ」
「……深山商会に入らないか?」
「それはないですね」
「何故だ」
話している間にもテキパキと準備は進めていく。ロイスの分はソフィアのと纏めて荷台に乗せ、自分のは着込む。
それが終わるまでの間が、アピールタイムといったところか。
「貶す意図はないです。様々な商品を揃えているし、ソフィアのことに関しても、柔軟に対応してくださったことには心から感謝してます」
「ならば──」
「でもそれは、多様性が確保されているからだ」
「……どういうことだ? 多様性とは何だ?」
「例えば俺が深山商会に入ったとして、モチベーションはない。自分が働く場所としては、ここに価値を見出せませんから」
「ならば、何が望みだ? そのモチベーションとやらは何を基準に上がっていくんだ」
「さあ……なんでしょう。最終目標は決まってるんですけど、そこまでの道のりをどうやって行くかがまだ決まってなくて……自分探しの最中にソフィアを見つけたってわけです」
「商会に入って見えてくるものもあるだろう」
「ないですね。大手の企業ってことで優秀な人材は揃うんでしょうけど……この世界に本当に必要なのは、バイタリティーに溢れた人間達なんです」
「それは……だが、程度というものがある」
バイタリティーに溢れた、という言葉の意味を男は正確に理解していた。その上で、
だからアキヒロは首を振った。
「早すぎる」
「何がだ」
「
「……なんだ?」
「悲しいことですけど、深山商会が大きくなればなるほど取り扱う商品っていうのは普通のものになっていく。尖ったものを扱ってたら一般ウケしなくて売り上げを支えられないから」
「ふむ……それは、そうだな」
「この世界はもう、魔素ナシではやっていけない。鉱山資源があったとして、それを活用する為に必要な順序を踏めない段階にきてしまった」
人里近くにすら鉱山がある。
アキヒロの住むセクターの近くにすら金山があるし、ダンジョンでも算出するらしい。
だが、それを真の意味で活用するには化学が必須だ。物性を解剖し、電気技術を発展させ、金の加工性と伝導性を活かす場があることが必須だ。
「ただ、個人レベルでなら話も別なようなので……そういうのは積極的に応援したいな、みたいな」
「…………約束しよう。私たちの元にくれば、その知識を必ず役立てられるように支援すると」
あまりにも破格。
会長自らが支援を確約するなど前代未聞だ。
フブキは開いた口が塞がらない。
目の前の男は、本当に何を父親に吹き込んだのかと聞きたい。しかも、自分が深山家の娘じゃなかったら今の話へ一も二もなく飛び付いているというのに。
「いえ、そういう話じゃないんで」
そんなことを宣う。
「結局はまた誰かが思いつく程度のことです。今回は必要に迫られたので使いましたけど……これを使って直接世の中を変えたいとかは無いですね」
「理解できない。何故無駄な遠回りをするんだ」
「…………思うところはありますからね」
「ソフィア──彼女を助けることは確かに大事だろう。だが、彼女のように苦しんでいる人間は他にもいる。知識を使って皆を平等に助けようとは思わないのか?」
「俺みたいな貧乏のガキが何をするんです? 児童保護施設でも作りますか? でも、何をするにしても金は必要です。空から降ってくるわけじゃない。地面を掘ったら湧いてくるわけでもない。
「…………深山商会には、どう足掻いても入るつもりはないと」
「ええ、母は残念がるでしょうね。さて──準備は終わったので失礼します。このアイテムの数々は──残ったものはできるだけお返しします。使わなかったら一つ残らず」
「…………」
この少年はその言葉を違えないだろう。後ろ暗いことをして弱点を作る、そういう愚かさとは無縁だからこそここまで目立つこともなく生きてきたのだ。
そんな確信を持った男の前で少年は深く頭を下げる。
「本当にありがとうございます」
「……そう思うなら、話を聞いてほしいものだな」
「いえ、そういうのは意欲のある人達にお願いします」
「はぁ……恐らく帰ってくることはないだろうが……帰ってきたら話を聞かせてもらおう」
「ええ、必ずお聞かせしますよ」
何とも心強い返事だが、心意気だけで乗り越えられるような場所ではない。『ない』と言っても、この場にいる誰も本当の意味ではダンジョンの恐ろしさを知らないので、全てが皮算用だ。
──小さな足音。
「…………」
無言で見上げる少女の瞳は行かないでと言っている。
楽しかったからだ。
新しい世界に踏み出すきっかけをくれた人に、無駄に命を捨ててほしくなかった。だが、
口を開けば独りよがりな言葉を言ってしまうことがわかっているから、無言で見つめることしかできない。
そんな少女の前に少年は片膝をついた。
既に全身が竜鱗の鎧で覆われ、頭以外はなんとも
「俺は絶対戻ってくるよ」
「…………」
そんな言葉だけを信じられたらどれだけ良かったか。
暗く沈み出した少女に手を見せた
「コユキちゃん、小指を出して」
「……?」
何も分からぬまま小指を差し出した少女。
それを絡め取り、上下に揺らす。
「ゆーびきーりげーんまーんうーそつーいたーらはーりせーんぼーんの──ます……指切った」
「?」
「おまじないだよ、約束を破ったら俺が針千本飲まされるっていう」
「痛そう」
「そうだな、すんごく痛いと思う。嫌だから約束守らなきゃな」
「!」
「な?」
「うん!」
抱きつく少女の背を撫で、そっと突き放すと再び立ち上がった。置いていたヘルムを被ると、物々しい探索者モドキがその場に現れる。
『じゃあ、またな』
「またね! 絶対だよ!」
『ああ! フブキちゃんもな!』
「…………」
『アルピニストってこんな気持ちなのかな……』
謎の言葉を最後に、部屋には父娘だけが残された。
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない