【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
ゴーレムと聞いてアキヒロの頭に浮かぶのは、頭部・胴体・四肢を持つ岩肌のモンスターだ。しかし実際に目にしたのは、凹凸が少なくて四角に近いモアイの顔面の左右に、遊離した腕がついている姿だった。
「アレがゴーレム……」
極低温の肉体を保有しているのか、かろうじて元の色が緑だとわかる程度でしかないくらいには霜で覆われている体。浮遊し、ぽっかりと空いた丸い穴から音を放つ姿も無意味に不安を掻き立てた。
「ゴーレムは……まあ、一級ダンジョンなんだからいてもおかしくねえやな」
「ええ」
「どうだ。ガクブル震えてやがったか?」
「え? ……ああ、まあ確かに震えてましたね」
「ちげえよ、お前だよ」
呆れた表情だった。
「確かに怖かったですけど……全然生き物じゃないモンスターを見ると実感しますよね。生きてるって」
「なるほど…………俺はお前が怖い、それだけは確かだ」
「いやいや、世の中には不思議が満ちてますから。自分の想像力のなさを喜びこそすれど、未知との遭遇に悲しむようなマイナス思考は持ってません」
「はいはーい」
やってられないと言わんばかりに会話は打ち切られた。背中を向けたのは明らかな拒絶。これ以上話を聞きたくないと耳まで塞いでいる。
「面白いではないか、何が不満なんだ?」
「お前と一緒にすんな。俺の感性は至ってフツーなの。イカれた奴を見て喜んでやれるほどそっち側に寄ってないんだよ」
「……ほお……戦うことに至上を見出したにしては随分と自己評価が高いな」
「もういいから、さっさと移動するぞ。またあいつがやってきた時に隠れたままでいられるか分からねえんだから」
一行はさらに先へ進む。しかし、地に足付けて歩いている時と違って、アオキの力を借りて樹上を少しずつ進むのはとても効率が悪い。初日の進行速度と比べると10分の1以下になっていた。
「よいしょっ! いやあ……なんか段々悪い気になってきますね、アオキさんばっかりに負担かかってくると」
「そか」
すげなく会話を終え、ロイスとソフィアを連れてきた。
「はふう……」
「だんだん、俺たちも慣れてきたな!」
「うん、でも……どこまで続くんだろうね」
「…………」
相変わらず空が下にあるが、このまま時間がさらに進めばやがて夜になる。
移動はそもそもアオキが担っているため体力的な消費はない。しかし、気力の消費が日常生活の比較にならず、食事を摂るときの休憩だけでは全く足りなかった。
空の上にいる恐怖は少しずつ和らいでいるものの、今の段階ではまだ克服には及ばない。一度大きな休息を取る必要があるだろう。
「俺たち、ここで寝るの……?」
そういう話だ。
木の上で寝るのはすべての少年にとっての夢だが、下が奈落に通じているとなればそこに対する感情も変わってくる。
「ロープでぐるぐる巻きにする?」
「うーん……鎧置く場所もないんじゃなあ」
「寝てる間に落ちたら…………ううっ」
「そ、そういうこと言うなよ!」
しかし時間は無慈悲にも過ぎ去っていく。
進んで進んで、結局あの洞穴のように安心して休めそうな場所を見つけることはできなかった。
その代わりに──
「でっかいな」
「これだけ太けりゃ俺たちも休めるな!」
人が3人立っても余裕がある幅の枝を持つ木が突然に姿を現したのだ。これだけ大きければ遠目に見えてもおかしくないにも関わらず、気付いたのは樹冠が空の景色を遮ってからだった。
「ここで火焚いてもいいよな?」
「大丈夫だろ。最悪はソフィアに消して貰えばいい」
「アキヒロくん! ソフィアは都合のいい道具じゃないぞ!」
「だから手伝ってもらうんだろうが」
「…………!」
弾ける火の粉。
香る夕飯は持ってきた乾物がほとんどだが、反転した木の上でキャンプをするという風情によってアキヒロは大いに機嫌を良くしていた。
「良い夜だ」
子犬を撫でるソフィアにその視線は注がれる。
疲労の高まりによってやや冷気が漏れ出していたところ、コマちゃんは自然とソフィアの胸元に収まったのだ。
しかし、良い夜だと言いながら女子の胸元を見つめるのは──
「お前、視線が露骨すぎるだろ……」
「へ?」
素っ頓狂な声が表す通り、全くそんなつもりはなかった。しかし見られている側は関係ない。ソフィアは自然に身体を背け、ロイスの隣にもう少しだけ近づいた。
「うん? どうした?」
「ううん」
「……そっか」
そんな2人のやりとりを見て、アキヒロは首を捻る。
ルクレシアに言われた『露骨』の表すところが分からなかったからだ。
「どういうことですか」
「…………説教していいか? するぞ?」
「え?」
訳もわからぬまま離れた位置に連れていかれ、男があーだとか女はあーだとか存分に分かりきったことを説かれているアキヒロの顔は、全くもって混乱の中にあった。
「???」
「おい、なんでいきなり物分かりが悪くなるんだ。いつもはもっとアレなのに」
「俺がソフィアのどこかに視線を集中させてたってのが……確かにコマちゃんは見てましたけど」
「マジだとしたらそれはそれで男として終わってるとは思うぞ」
「あー……まあ確かに終わってはいるかも」
「え? お前勃たないの? 童貞すぎない?」
「いや勃ちますけど」
「じゃあ終わってるって何が?」
「そこは個人のアレということで」
火の前に戻るとウルフが立ち上がっていた。腕を広げ、拳を突き上げ、空に届けるのが目的かのように声を張っている。ロイスとソフィアは興味津々だ。
『"だから、煌めく星に願いを──"そう呟いて1人の男が旅立った。……何故だ? 何故こうなった? 良き生活を送っていたはずだ。正しき行いを心がけていたはずだ。街でなんと言われようと、森に住む怪物だと罵られようと、彼はその力を妄りに振るおうとはしなかった──彼女を守ること以外には。だというのにこの仕打ちなのか? 彼女は、もはや動かぬ彼の手を取った。先ほどまで確かにあった、失われてしまった熱が思い起こされる。辱められた自分を優しく救ってくれた手だった。傷ついた自分を、これ以上はと全てから守ってくれた手だった。例え彼の過去がどうあったとしても、彼女自身にとっては紛れもなく英雄だった。だから、決まっていた。辛かったからこそ、嬉しかったからこそ、楽しかったからこそ──悲しいからこそ! 彼女は願った! そうだ! 願いは初めから決まっていたのだ! 彼が何を言う前から! 彼が彼女に選択肢を投げる前から! 最初から! 出会った時から彼女は心のうちに秘めていたのだ!』
なんとも盛り上がっていく。
火の勢いが増したのも拍車をかけているのだろう。
モンスターがいるかもということなど気にせず声を張り上げた。
そしてそれを、誰も止めなかった。
ルクレシアはともかくとして、基本的には正論を言うだけの男であるアキヒロも、戦闘についてシビアなアオキも、ただ静かに聴衆と化している。
「なるほど……確かに、疲れが少しずつ抜けていくのを感じる」
アキヒロは、ウルフが詩人として探索者をやっていることのメリットを肉体で実感した。
──ウルフの詩を聞くことは肉体に強化を、あるいは精神に強化を、疲労の回復をもたらす。
教えてくれたのはアオキだ。その効果というものをこの厳しいダンジョンでしっかりと感じつつ、しかし首を捻る。
「なんで詩なんだ?」
「突っ立ってるだけで何かが回復してくなんて、そんな都合のいい話ねえだろ」
「それはそうですけど……それもそうか」
異能というのは、危機に対応して得られる力だと良く聞く。最も効率よく情報を伝えるのは光だが、その次に効率のいい音でというのは理に適っていると言えた。
話している間にも疲労が抜け、細かく傷ついた手肌が赤ん坊のもち肌に変わっていく。
「どうしてこんな力を?」
「アイツに聞け」
RPGゲームであればヒーラーという職業に分類されるであろう。しかし、回復薬の広まったこの世界ではあまりにも不要だ。
彼がその力を手に入れたのには何かしら特別な経緯があるのは分かりきっていた。そして、特別な理由というヤツは大抵が碌でもない。
「落ち着いた時にしますか……」
「火の番はルクレシアからだ。俺は一足先に寝るぜ」
「………………俺も寝るか」
子供2人は爛々と目を輝かせていた。
寝付くのはしばらく後だろう。あまり遅く起きないように注意しようにも、話しかければ詩を邪魔してしまう。
どうしようかとアキヒロが手をこまねいていたところ、ウルフがチラリと視線を寄越したので任せる事にした。
モゾリと身体を雑に横たえ、腕で枕を組んで目を閉じるとすぐさま意識が──
「──はっ!?」
チリチリと小さく虫が鳴くのが聞こえる明け方。
突然にアキヒロは目を覚ました。
「なんだ?」
やけに感覚が鋭敏で、細かな音さえもハッキリと蝸牛をかき鳴らした。起こした身体、目はぱっちりと開いている。眠気など目を覚ました瞬間にはどこかへ消えてしまった。
そして、アキヒロはこの感覚に覚えがあった。
「嫌な感じだな……」
最寄駅で降りそびれた瞬間に目を覚ましたような、やり残した仕事に気付いたのが帰宅後だったような、強烈な刺激を伴う覚醒。
ドクドクと強く打つ心臓は運動力の増加に起因するモノではなく、突然に現れた巨大なストレスが原因だ。
「俺は……何かを忘れてるのか?」
涼しいのにじっとりと汗ばんでいく。
静かに立ち上がり、周囲を見まわした。
「それとも何かを見落としてるのか……いや、そんな筈は……」
『──』
「!」
気配すらなく、ソレはそこにいた。
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない