【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
火の番であるはずのアオキも寝てしまっているが、それは仕方ないだろう。しかし他に誰も立っていなかった樹上に、フードの何者かが立っている。たじろぐアキヒロよりは背が低く、フードに隠された顔は何故かうまく認識することができない。口元だけは、というところだ。
こんな場所に普通の人間がいる筈はないが、アキヒロはそれでも誰何を問うた。
「君は誰だ?」
『初めまして、やっと会えたね』
「……なんだ?」
ニコリと微笑んだ。
どうやら友好的なようだ。
『私は遠くからやってきて……そしてあなたを見つけた』
「何を言ってる? 言葉が…………観光かい?」
『こんなところで会うとは思わなかったけれど……いつかは出会う運命だった。それが今だったってだけ。あっ……そっか、運命じゃないんだよね。私の運命……か……』
どうにも話の通じない様子だ。
アキヒロが何を言っても返ってくるのは知らぬ言葉。
『…………』
「!」
右手を挙げた。
雪で覆われたような薄らとした白さ。
武器を使う者ではないだろう細さ。
それでいて整った形と爪の手入れ。
フードの前に持ってきて、またつぶやく。
『やっぱり見えないし読めないや。どういう理屈なのかな……こんな人間が本当にいるんだよね……びっくりだ。これも、この地域が特殊だっていう証拠なのかな? ……そんなわけないか』
「……敵じゃないのか?」
『確かに敵だけど、本当はアナタこそが──と言っても言葉がわからないんだよね? うーん……文字でも言葉でも伝わらないっていうのはこんなにも不便なんだ、初めて知った』
「だから、わからないんだよ。こっちの言葉は分からないのか?」
『…………』
「キミは……」
何故だろう。
アキヒロにはその雰囲気が、自分を憐れんでいるようにすら思えた。
『あなたが悪い人間じゃないことは見ただけでわかったよ。でも……そういうことじゃないんだね。やっぱりダメなんだ』
「なんとなく悪く言われてるのはわかるぞ……」
『エリュシアの民が来て……そして、皆を導こうとするだろう。世界のさらなる変化に備えて一致団結しようとする筈だ。そんな中でアナタは──ううん、やめておく』
「……」
『でも、やっぱり悪い人じゃない。だから……そんなあなたに今だけはヒントを』
静かに指差した方向へと一筋の光が伸びる。
「! …………あっちに何かあるのか」
『うん。本当は……誰も傷つかない方がいいから』
いまだ警戒は解けないが、その光自体に敵意を感じることはない。アキヒロは静かに次を待った。
すると、指先が指す対象が虚空から、近くで眠るソフィアへと移る。
『その子、良くなるといいね』
「……そうだな」
『…………わかるの?』
「今のだけは分かった。ありがとな」
『そっか……』
「じゃあな、すぐにいなくなるんだろ?」
『うん』
「キミがどこの誰かは知らない。だけど、また会えるといいな」
『そうだね……じゃあ』
「ああ、ばいばい」
『あ────バ、バイバイ?』
現れ時と同じように、気付けば──瞬きをした次の瞬間にはその姿がなくなっていた。
「なんだったんだ? ……ソフィアの親父さんの知り合いか?」
「…………」
「──ウルフさん?」
いつもは束ねている髪を下ろした姿。
焚き火を囲み、子供らを前に楽しく語っていた時とはまるで別人の──信じられないとばかりに大きく見開かれた眼。
冷たく引き結ばれた唇では、詩人として物語を紡ぐことなどできまい。
「どうしたんで──」
「今のは誰だ」
「え?」
「今のは誰かと聞いている!」
「うっ!?」
なんと、ウルフは掴みかかってきた。その力強さたるや、服がそのまま裂けてしまうのではないかというほどだ。 下手に抵抗すれば怪我をすることになると一瞬で悟ったアキヒロは、襟を掴む手の激情に満ちた勢いを受け入れた。
幸いなことに、夜の間も使える防御系のアクセサリーは身につけている。皮膚を強化してダメージを軽減する効果だ。
それが働いたのかはわからないが、されるがまま押し切られても怪我はなかった。ただ、苦しいだけだ。
そのまま持ち上げられた。
「お、おちついて……ください……」
「誰だ! 今のは貴様の知己か!」
「ちがい……ます……!」
「ならば、何故一緒にいた!」
「がっ……起きたら……っ……そこに……」
まずい。
首がしまっている。
だんだんと意識が遠のいていくのを感じる。
このままでは自己弁護をする暇すらなく縊り殺されてしまう。
「──」
白く染まっていく視界で、ウルフの後ろにさらに誰かが見えた気がした。
「答えろ!」
「──おい」
「!」
「おらあっ!」
「ぐおっ!?」
突然、体が自由になった。
「げほっ! げほっ!」
肺の中に酸素が取り込まれることで急激に戻っていく世界の色。四つん這いで息を整え、顔を上げるとウルフが頬を抑えながら尻餅をついている。握った拳を下ろしたアオキが見下ろしていることからして状況はすぐに掴めた。
「落ち着いたか?」
「……ああ、すまない」
「俺に謝ってどうすんだよ」
「む……」
ウルフは気まずそうにアキヒロに手を貸した。
「……すまない、アキヒロ少年」
「説明が欲しいです」
「…………」
「あの子は何なんですか? 知り合いですか?」
「…………」
ウルフは、沈黙を保ったまま肩を落としている。風を肩で切って歩く普段とは真逆の、どこまでも自信がない姿だ。
「どこから聞いてたんですか?」
「……話は聞いてない。ただ、いなくなる直前に姿が見えただけだ。だから……奴と密会していたのだと……」
「それは根本から違くてですね。俺もいきなり目が覚めて、そしたらあの子がいたんです」
「そうか……」
「いやーでも……話をしたっていっても、実質してないようなもんですよね」
「?」
「その子が違う国の言葉で話すもんですから、何言ってるか分からなくて」
「……意味がわからないな」
「こっちも!?」
とにかく、初対面ということはハッキリと伝えた。
今度こそウルフの番だが──あまりにも反応が鈍い。口篭るばかりで、絞殺しそうになった理由を一向に話さない。
「…………」
「勘弁してやってくれねえか」
途中で起きてきたルクレシアは雰囲気から状況を掴んだのか、いつもよりも腰低めにアキヒロに頼んでくる。心なし上目遣いで、男口調からのギャップによってロイスならオチていただろう。
だが、そんなことは関係ないとアキヒロは軽く睨んだ。
「俺はいい。でも、同じことをソフィアやロイスにまでされたら困るんですよ。この場だけの問題じゃない、今後繰り返さないためにも教えて欲しいんです」
既に夜は開けた。
さらに世界は一変し、海に見えていた両側の立ち上がりは赤く熱された何かに変わっている。
流動性を持ち、時折何かが蠢く音が聞こえる様子は、それが溶岩であってもそうでなくても触れてはいけないものだろう。
これから更に環境が過酷になっていくことが予想される中で、ソフィアとロイスをイタズラに危険な目に遭わせる可能性は摘んでおかないといけなかった。
「話してやりゃいいじゃねえか」
一歩離れていたアオキは、面倒くさそうにアキヒロを支持した。
「お前が悪いんだからケジメくらいつけろよ。俺が止めなきゃどうなってたか分からねえんだぞ」
「うむ……」
「それとも何だ。最初の目的はもう忘れちまったか? お前の復讐はそこまでか? それならそれでいいけどな」
「そんなわけはない!」
「だったらゴニョゴニョ言ってねえで話しやがれ! いつまでも女みてえに縮こまってんじゃねえ! そもそも、広めるいい機会だろうが!」
「……」
「ふう……いざその機会が本当に来たら躊躇するってのは分かるけどな。コイツなら絶対に役に立ってくれるはずだろ」
「それは……」
「だあーもう! 覚悟決めろ!」
「………………ええいっ!」
頬を強く張った。
「聞くか!?」
「え」
「聞くのか!?」
「あ、はい」
「…………聞くんだな!?」
「はい」
「いいだろう……まずはこの私が母の腹からこの世に生み落とされた偉大な地と私の悲運について語ってやる」
そこまで遡ってくれとは言ってない……が、彼の精神状態も含めて聞くのが得策だ。
起きている面々は朝日の中で焚き火を取り囲む。昨晩と同じくウルフの話を聞くためだが、彼の顔は歪められていた。
「すぅー……ふぅ〜……すぅー……ふぅ〜…………」
何度も深呼吸を繰り返して、そうしてやっと口を開いた。
「──花に囲まれたその地は人々からクラリックと呼ばれた。ゆるゆると流れゆく時間。穏やかで変わりのない、美しい日常。どこまでも澄み切った小川と共に暮らす人々に紛れることなく我が身は生まれ落ちた。それはさながら、一匹の蝶が羽化するようなものだっただろう。なにせその美貌ときたら、赤ん坊の姿でさえ村の大人を魅了して止まなかったのだから」
誇張はあるのだろうが、人の少ない村で子供が生まれたら歓迎されるというのはアキヒロにも覚えがあった。
「遅ればせながら現れた麗しき2人の乙女とともに、私は世界を見た。空を竜が舞い、さらに高くを浮遊する最強の漂流種。地を這う我々の何とか弱く不自由なことか! だが……それでも彼の地は美しかった。愛しき乙女達と共に健やかに私は育ったのだ」
それは正しく彼の黄金期というやつだったのだろう。話すうちに和らいだ表情で幸せそうに、どこまでも愛おしそうに過去を語った。
「優しい母と厳しくも聡い父。狭くとも確かにあそこには愛があり、不変の価値を私は微塵も疑うことなく享受していた。それは暮らしていた民草の誰もが感じていた真実であり、アレこそがこの世の理想郷だった……」
ウルフは詩人として語りながら、私人としても昔日を懐かしんでいるようだった。
「いつしか許嫁となった2人を初めて真正面から抱きしめた感触は今でもこの腕の中に残っている…………いいや、いつまでも残り続けるのだ。あの尊い瞬間の感触を忘れるなど、私の心臓が溶岩の中にでも置き去りにされない限りあり得ない」
何ともロマンチックな話だった。
2人の幼馴染と婚約などというのはアキヒロの価値観からはかけ離れているが、それがきっと祝福されていたのだろうことは想像がついた。子供が増える事はいいことなのだから。
「う……ぐ…………!」
だが何かがおかしい。明らかに雰囲気が壊れている。拳を握りしめた男を中心に空気が歪んで見えた。
「私は……愚かだった……全ての世界は永遠に回り続け、同じ日々を笑顔で迎え続けられると思い上がっていた。2人を娶り、幸せな日々をいつまでも過ごせるものだと…………だが、それは誤りだった。……今でも思い出せる。あの日の……あの場所での事を……!」
それはきっと夢の終わり。
彼の永遠が奪われ、世界が色を失った日のことだ。
「父と共に隣の村に行っていた私たちが帰還した時……すでに村は焼き尽くされ、生きるものは誰もいなかった……! 焼き尽くさたのは我が身以外の全てで、それを為したのはどこの誰とも知らぬ一団だった!」
この感情の唐突な発露は、きっと常に内で燃えているものがあるからだろう。
「彼奴等はいずれも値千金の容姿を持つ男女の集団だった……金銀の髪が陽の光に照らされて何とも美しい光景だった! ──私の目を見ろ!」
「っ!」
彼の瞳を、無理やり覗かされた。
「我が故郷を滅ぼした火の渦、緑の雷、黒き呪い! その全てが刻まれている! 奴らのことを広めねばならぬと、決して世界に奴等が存在することを許してはならぬと、私は理解したのだ!」
怒り。
悲しみ。
憎しみ。
愛しさ。
その全てがないまぜになっていた。
つまり彼は──明るくて、笑顔の素敵な詩人であるウルフは──狂気に身を焦がされているのだ。
「村で一番の力持ちだった父は私を逃した。背から聞こえる雄叫びと破壊音だけが私の道標だった。高くから我々を見守っているはずの太陽すら隠れるような悍ましい術を使うあの蛮族どもに、父はたった1人で立ち向かったのだ。その勇姿を、幼い私は目にすることができなかった。故に……その生き様を私が語ることはできない」
詩人ならば、それでも語るものだと思っていた。
「どんなに美しい言葉で飾っても、その拳のたった一振りに込められた思いすら再現することは敵わない。それに……語る資格も無いのだよ」
「…………」
「私は逃げた。雨の降り頻る中を裸足で……野を走り回っていた足の裏は硬く、隣の村まで行くことはできた。だが、さすがの私も体力までは保たなかった。三日三晩寝込み、起きた時には既に隣村にも話は伝わっていた──歪んだ形で」
感情に満ちた瞳で、強く握りしめた拳を見つめる。
「モンスターが滅ぼしたと村長は言った。そんなわけはない、私は見たのだから……などというのは子供の戯言で、誰も信じはしなかった。だから……詩人だった。時折村にやってきて新鮮な話をしてくれる者達がいた。多くの村に話をばら撒くという彼らと同じになろう。そうすればきっと、いつかは怨敵に辿り着く」
結局のところそれなのだろう。
彼が詩人になったのはその仇をみつけるためだったのだ。
「あの容姿を私が見間違えるわけがない」
「……でも、あの子は髪色なんて分かりませんでしたよ?」
「フードだ」
「なるほど」
つまり、同じフードをかぶっていたということだろうか。しかし、人の故郷を焼くなどと──先ほどアキヒロが話した人物がそんなことをするとは思えなかった。
「フードなんてどれも似てません?」
「……あれは認識阻害のローブだ。幼い時も、フードをかぶっている人間の容姿はハッキリしなかったが……脱いだ途端に、中身がわかった」
辛そうだった。
詩のように言葉を紡ぎ終わった途端、一言一言が喉を引っ掛けているかのように顔を顰める。
「つまり……あの子はその仇の身内だと?」
「そうだ」
「…………」
危険な思考だとアキヒロは視線を下げた。
同時に、そんな危険な団体が蒼連郷に潜んでいることに顔を顰めた。
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない