【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
「また指差しか」
「え?」
「……そういうことだな」
「アキヒロくん?」
アキヒロは立ち上がった。
ドラゴンの強靭なる指が示す方向の崖際に寄って目を凝らすと、そこはまた別の世界だった。
「海……」
海の割れ目をはるか下に降りていくと、そこには海があった。サイドに存在する壁である本物の海は、もはや光の届かぬ遥か深海。ソレでも光りを放っているのは、争いに敗れたモンスター達の残骸が上層から降り注ぐからだ。
1つだけおかしいのは、水平線が真っ暗なこと。
「これでどうしろっての?」
ロイスの愚痴も正確だ。
精々が帆船しかないこの世界で異常な海を渡るなどと、正気ではできまい。
「しかも熱くね?」
防具によって熱耐性を得ているはずにもかかわらず、湿度の高い夏を過ごしているような不快な暑さが止まない。ドラゴンは、ここを行けと言っているのだ。
「私たちは……殺されるんじゃねえのか?」
ルクレシアは呆然と呟いた。
ドラゴンはいつのまにやら、岩を地面に接させるほど移動させていた。
クリスタルの地と海の境界。美しくクリスタルが降り積もった砂浜には二階建ての一軒家ほどもあるヤドカリと幼ドラゴンが並んで日向ぼっこをしている。
そう、ここには太陽があった。
いつの間にか戦気は薄まり、日光消毒されてどこかに消え去ってしまった。
「俺……夢でも見てるのか? ここって地下だよな? なんでまた海が……」
「まあダンジョンだしな」
「ソレで済むかよ!」
「済むだろ」
「……そうだけど! そうだけどさ! ……ソフィアは大丈夫か?」
隙あらばソフィアの安否確認というのもなかなか板についてきた。
しかし、アオキはどうするのか。彼は天空にて凄まじい勢いで吹っ飛ばされてからまだ合流していない。
ウルフもそうだ。回復したとはいえ、先ほどまで皮膚がズタズタに切り裂かれ、焼かれ、探索者でなければ間違いなく死んでいたであろう負傷の深さ。ソレを回復薬で無理やりに通常状態へと回帰させたのだから、その悲鳴たるや凄まじいものだった。
「ぐ……」
「無理すんな、掴まってろ!」
「……すまない」
ルクレシアが支えていなければ立ち上がれないほどの疲労。今にも砂浜に崩れ落ちそうなウルフは、それでもドラゴンの前に歩いて行った。
『フゥ〜……』
ドラゴンはなんと、人間のように脚をポテっと伸ばして座り込んでいた。存外に可愛らしい側面を持っているのだ。
しかし、ボケーッと海を眺める麗らかなひとときを邪魔する音。
「お前は……なんだ……!」
ウルフがよろめきながら砂浜を踏み締めていた。心配そうに寄り添っていたルクレシアを押して進み、剣幕にて竜へと迫る。
「はぁ……ぁ……っ……! ──お前は、何者なんだ!」
『……』
無感情に見下ろすドラゴンへ向けて、苛立ちと共に言葉を吐き出す。
「我々を……敵を……殺さない、だと? ……あまつさえ、行くべき道さえ、示して……! 貴様、ドラゴンの皮をかぶった──ぐっ……」
「だから無理すんなって!」
「…………肉体はすぐに回復する。だが、こいつの正体だけは……ここを逃したら、次! いつ、になるのか、分からないんだぞ!」
息も絶え絶えだ。
肉体が負ったダメージがあまりにも深刻すぎたのだ。二級探索者とはいえ、はるか格上を相手にしては脆いものだった。
しかし、それでもと迫る執念。ロイスは恐ろしい気持ちでウルフを見ていた。
「貴様は、なんなんだ!」
『…………』
「き、貴様!」
ゴロンと横になり、休日の親父のような雰囲気で海を眺める。というか、幼竜を気にしている様子からして、ソレそのものな気すらしてくる。
「取り合わない気か!」
「もういいから! お前は休め!」
「は、なせ……!」
「これが振り解けねえんじゃ、やっぱ休ませなきゃダメだな!」
何はともあれ、ここは一時的な安全地帯だった。
存分に休むしかない──というわけにはいかない。
「…………う」
ソフィアの異能の力はますます強まっていたのだ。深刻だと言わざるを得ない。
全て、準備したものが崩れ去っていくようだった。
「──ここだな」
寝込んだウルフ。
そしていまだ合流していないアオキ。
ルクレシアはまだ動けるが、砂浜に着いたタイミングで崩れ落ちたソフィアは、もう自力での移動が難しかった。
アキヒロは1人悟った。
「コマちゃんもいよいよ抑えられないレベルまで来た」
そもそもコマちゃんが何故ソフィアの異能を抑える力を持っているのかもわからなかったが、ソレにも限界があったのだ。もはやソフィアと一体かのようにピタリと離れないが、漏れた冷気は砂浜に霜を降らしている。
『クルル?』
『ガルルル』
『ピィ!』
興味津々でその現象に近寄った幼竜を、ドラゴンはピシリと尾で嗜めた。ソレでも諦めきれないのか、ちょくちょくと隙間時間を見つけては氷に触れようとする。
その度に止めるのも嫌になったらしいドラゴンは、一旦様子見モードに入った。
『……ピィィ!?』
氷に触れた瞬間、指先が凍りついた幼竜は完全なパニック状態で走り回る。しかし多少凍りついた程度でドラゴンが死ぬわけはない。ピィピィと喚き散らしていると他のドラゴンがやってきた。幼竜よりは遥かに大きいが、アキヒロたちを運んでそのまま寝転がったドラゴンよりは小さい。
『……コロロロ』
『ピー! ピー!』
母竜だろうか。
心配そうに様子を見たかと思えば、パクりと丸ごと体を加えて結晶地帯の中へ帰って行った。ヤドカリが大きな目を貝殻から突き出して一部始終を見ていたが、喧しいのがいなくなって再び目を戻す。貝殻の一部は鉱物化し、輝いている。持ち帰ればかなりの額になることは間違いなかった。
そんな値打ちものに目もくれず、少年は決心を固める。
「ソフィア」
「……はい」
アキヒロはソフィアのそばにしゃがみ込んだ。
決断を迫る時が来たのだ。
「もう時間はない。今からする決断がきっと、最後になるはずだ」
「…………アオキさんは?」
「飛ばされた程度で死ぬ人間は二級探索者になんてなれないよ」
「……私は……死ぬんですか?」
静かに、悟ったような顔でソフィアはそう尋ねた。
「そうかもしれない」
「……そうですよね」
それに対して憤慨する男が1人。
「何言ってるんだよ! ここまできて諦めんのかよ!」
「…………もう、抑えられないの」
「そ、そんなこと!」
「自分のことだから、分かるんだ」
「だから……そんな……こと……」
「ロイスくん…………ありがとう。私……ロイスくんが一緒にいてくれて……すっごく嬉しかった」
「や、やめろよ……何でそんなこと言うんだよ……!」
ロイスはソフィアの瞳を見つめ返すことができていなかった。震える声で、根拠のない否定を繰り返すばかり。ここに至ってもロイスは温室育ちの少年で、ソフィアはか弱い少女でしかなかった。
「……っ!」
しかし、俯いては彼女の顔が見えない。
「俺は……」
最初からそうだった。
「俺も……」
ただ、励ましたかっただけなのだ。
「俺も、楽しかった」
たとえ始まりは
「ソフィア、楽しかったよ俺」
「……うん」
住み慣れた家から離れたロイスが目にしたのは、これまで生きてきたのとはまるで違う世界だった。
衣食住全てが揃った秋川家と違い、加賀美家はあらゆるものが不足していた。あんなに狭い家で4人も住んでいることには驚愕したし、ご飯を食べるためにわざわざ狩りに行かなければいけないというのも信じられなかった。
それでも、憧れの人と同じ生活をして、可愛い女の子と同じ生活をして、凄いことを体験しているという実感だけはロイスの中に溜まり続けていた。
だからこそ、折れずにここまできた。
体力が足りなくても、筋力が足りなくても、知恵が足りなくても──可愛い女の子がそばにいて、その子を支えたいと思えばこそ踏ん張ることができた。
「一緒にいたいよ……」
「……っ」
「ソフィア……死ぬなんて言うなよ……」
情けない。
男が涙を流すなど。
何もできないくせに、一丁前に感情の発露だけはする。
その気持ちこそ、ソフィアが何より求めていた暖かさだと言うのに。ロイスは流れる涙を拭うことすらせず、ソフィアの手を握った。
何かが変われと。
変えてくれと。
神ではなく、もっと別の何かに祈った。
だから、ソフィアも縋った。
目の前に立つ、得体の知れない存在に。
出会って、名前を知って、ネルと一緒に暮らして、彼の家族を知って、彼の生い立ちを知って、ロイスやルクレシアたちと出会って──それでも未だに分からない、不可思議で未知の男に。
「──アキヒロさん」
「ああ」
「私は……何を決めれば……いいですか?」
「実質1択みたいなもんだけど……俺は君に2つの選択肢を提示しよう」
まず1本指を見せつける。
「1つ目は……ここで死ぬことだ。この先で何が待ち受けているかわからない。もしかしたら死ぬよりひどい目に合うかもしれない……だから、少しの間ここにいてもいい。──その間、何をしようが自由だ」
「!」
チラリとロイスを見た。
気付いたソフィアがほんの少しだけ赤面するのもお構いなしに2本目の指を立てる。
「2つ目は大きな賭けだ」
「…………」
「やる事は簡単。この海を渡って、奥に何があるのかを確かめるんだ。地獄か天国か、それともまた別の何かがあるのか……でも、ここに来たのには意味があると、俺はそう思っている」
「海を渡る……」
船がない。
幽霊船でも、ボロ船でも丸太船でもいいが、それすらない。
だからといって泳ぐことは推奨されない。
この世界では水泳は特殊技能だ。
実際のところ、マトモに泳げるのはアキヒロだけだろう。しかもモンスターがどこに潜んでいるかもわからない。ヤドカリがこんなサイズでいる以上、この先にいるのは巨大なモンスターなのではと想像できた。
「海を渡る方法は1つしかない」
「…………アオキさん……ですか?」
「違う」
アキヒロはソフィアをじっと見つめた。
正確には、ソフィアの身体を。
ソフィアの身体から漏れ出す冷気を。
「海を凍らせるんだ」
「…………」
俯いていたロイスが顔を上げた。
ぐちゃぐちゃの顔面をさらに歪め、掴み掛かる。
「何言ってんだよ!」
「──ソフィア、お前が決めろ」
「やめろ!」
「俺は選択肢を提示することはできる。でも……決めるのは俺じゃダメだ。納得して終わらせろ」
自分の命をか。
それとも、この物語そのものをか。
何を終わらせるのか。
「…………!」
強く脳に呼びかける感覚。
ソフィアは海を見た。
海の向こうを見た。
水平線の暗闇のさらに先を見た。
「その呼び掛けがお父さんかはわからないぞ」
そう言いつつ、何を選ぶかは分かっているようだった。
「…………やります」
掠れた声。
弱々しく、とてもこれから『やる』人間とは思えない。
「ソフィア!」
立ちあがろうとした少女は腕に力が入らない。そんな彼女に慌てて肩を貸すのはロイスだった。
アキヒロは見るだけだ。
「ロイスくん……」
「────本当に、それでいいんだな?」
「……うん。どうなっても……やって後悔したい」
「あー…………もう分かった! 分かったよ! それなら、失敗したら一緒に死んでやる!」
「……えへへ」
えへへ、で済むことではない。
だが、少女が嬉しそうだった。
ならばそれでいいのだとロイスは心を決めた。
「でも、凍らせるってどうやるんだ?」
「……あそこまで連れてって」
「わかった」
それは波打ち際。
紫の粒が現れて小さな球体になるまで、無限に繰り返される場所。
ロイスは、刻一刻と冷え固まっていく自分の肉体を完全に無視してソフィアを支えている。
ソフィアも敢えてそれには言及せず、海に手を差し入れようとした。
「う…………あ……ああ…………」
「つっ……!」
細かな震え。
肉体と精神の限界。
さらに冷気が強まる。
これ以上強まれば肉体が彫像と化す、というタイミングでロイスはタタラを踏んだ。何者かに引っ張られたのだ。
そのまま首根っこを掴まれて引きずられ──気付く。このシチュエーションは前にもあった。
「……コマちゃん!? は、離して! 離せ!」
「わおぅっ」
「うっ」
お前に用なんかねえ! すっこんでろ! と打ち捨て、そのままソフィアの足元に寄り添った。
「……いつもありがとう、コマちゃん」
「くぅ」
感謝しか起きなかった。
だから、あとはそうするだけだった。
「──!」
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない