【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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93_しょうがねえなあ

 

「っ……!」

 

 駆ける男は少年2人を小脇に挟んでいた。

 自らの満身創痍を無視して。

 背後についてくる女が少女をおぶっているのと同じ速度で。女が憂いを帯びた目で自信を見ているのも構わずに。

 

 赤い髪の少年は常に少女のことを気にしている。海を凍らせて以降、少女はこれまでと比べてもあまりに白い肌で、既に事切れているのではとすら思わせるような状態だったのだ。

 

 1人、黒髪の少年だけは話し続ける。

 黙り込んだままでは何も伝わらないから。

 暗い雰囲気とかそういうのは若者に任せていた。

 

「あの子とドラゴンは、俺の考えが間違いじゃなければ同じ方向を指差していた! だからきっと、ソフィアのお父さんはこっちにいるんだ!」

 

 海を示す。

 

「海だ! 水が流れ着く先は最終的に海なんだ! だからここはきっと、谷の終着地点だ! その先に……終わりの先に何があるのかは、これから分かる! だからウルフさん、しっかりしてくれよ!」

 

 なんとも自分勝手な言葉だ。

 自分は運ばれているだけのくせして、負担しているものには最善を求める。

 

「薬も効いてるのかわかんねえからな!」

 

 街角先生に用意してもらった薬は、確かに初めこそ効いていた。だが、あまり使いすぎても良くないのでなるべく控えていたのだ。基本的に薬とは毒にもなりうるものだから。

 そうして満を辞して使われた薬は、しかしソフィアの体に何か影響を与えているのか分からなかった。それでも、微かに動く口元と顰められた目元、ルクレシアが背中に感じる鼓動は本物だ。

 

「…………モンスターが氷を割って出てこないなんて、どれだけ深く凍らせたらこうなるんだ」

 

 多少の氷程度は、この深層のモンスターならばぶち破って現れるだろう。しかし、彼らは海に出てから一度たりともモンスターに遭遇していない。

 それが仮に氷の厚みによるものなのだとしたら、ソフィアの全力が分かろうというものだ。それがたとえ命と引き換えだとしても。

 

「頼む……! 急いでくれ……!」

 

「アキヒロ!」

 

「!」

 

「くっ……れ、冷気がどんどん増してやがる!」

 

 彼女が通った後には霧が生まれ、広大な海では逆に通った道筋がわかるようになっていた。だが、それを無邪気に喜べるような状況ではない。

 意味していることは明らかだからだ。

 

「ソフィア! しっかりしろ!」

 

 ルクレシアは異能によって自らとソフィアを同時に熱している。あまりにも荒っぽい方法だが、そうでもしなければ凍り付いて一体化していた。

 

「おい! どこまで走りゃあいいんだ!」

 

「……ソフィアならわかるはずだ!」

 

「はあ!?」

 

「きっとソフィアは、お父さんの居場所を感じ取ってるんだ!」

 

「だからなんだ! それが今何の役に立つ! 気絶してるんだぞ! 死にそうなんだぞ! ふざけてんのか!」

 

「それでも──なんだ?」

 

「おい! なんだこれ! またなんかあんのかよ!?」

 

 ルクレシアとウルフ、そしてアキヒロは、自分たちの速度が増していることを明確に感じ取った。それもかなりの勢いで。

 

「止められないのか!」

 

「わかんねえ! 足が止まらねえんだ!」

 

「……下ってる?!」

 

 海が傾斜を持っているなど、あり得るのか。

 確かにあり得る。

 海というのは繋がっているが一様な高さではない。

 最も高い場所と最も低い場所では1mだったか、数十cmだったか、いずれにせよ高低差があったはずだとアキヒロは思い出した。

 だが、それで済ませられる斜度ではない。

 自分たちの先がどうなっているのか、暗闇に包まれて見えないのが災いしたということか。

 海が一面凍っているせいでもあるだろう。

 だが、それを今嘆いたところで何の意味もない。既に何もせずに立っているだけでも加速は止まらないのだから。

 

「どうすんだ! 無理やり止まるのか!? 今ならまだ間に合うぞ!」

 

「…………仕方ないか! 2人とも止まってくだ──」

 

 その時、アキヒロを掴む腕に力が込められた。

 見上げたアキヒロは、その目を見た。

 

「ダメ、だ」

 

「ウルフさん……」

 

「決めたんだろう……突き進むぞ……!」

 

「…………進め!」

 

 周りの景色が線になっていく。

 どんどんと。

 体感で数十分を短いとするかどうかは人によるが、海というマクロスケールな環境に身を置いている彼らにとっては短いと言い切っていいだろう。しかし、ソフィアを連れている仲間として、絶対的にその時間は長かった。

 ルクレシアなど、少女と直に触れ合っているからこそ永遠にも感じられた。

 

 そうして、彼らは氷の上を進み続けて終わりに辿り着いた。

 

「──やっぱりか!」

 

 暗闇が広がっていたのは、先に本当に何もなかったから。海が傾いていたのは、奈落に落ちる滝へとつながっていたから。

 終端に来たとて得られるものなどなかった。

 ここには終わりだけがあるのだ。

 

「……くそっ」

 

 だが止まらない。

 止まれない。

 彼らの加速は単に物理的な現象ではなく、何かしらの引力によって起こされているものだった。剣を突き立てようとも、その引力に逆らうだけの抗力を発生させる前に氷を切り裂いてしまう。

 

「どうすんだ!」

 

 ルクレシアは、だから、同じように問いを投げた。

 どうするのかと。

 舵取りはお前の仕事だろうと。

 ここまで導いたのだから責任を持てと。

 

 それに応えて、アキヒロは声を張り上げる。

 

「──ソフィア! 目を覚ませ!」

 

「はあ!?」

 

 この期に及んでソフィアに呼びかける少年には、流石にルクレシアも額の血管が切れそうだった。死にかけだからどれだけ酷使してもいいと思っているんじゃないだろうな、と詰め寄る前にアキヒロはさらに続ける。

 

「お前の力が必要なんだ! 起きて、あそこに道を作れ!」

 

 指差す先。

 それは奈落につながる海の終わり。

 このダンジョンと彼らの命の果てだ。

 

「今、立て! ルクレシアの背中から降りて力を使え! それで死ぬとしても、全力を出せ!」

 

「やめろって!」

 

「ソフィア! お前だけじゃない! みんな普通に死ぬぞ! 本当に死ぬぞ!」

 

「アキヒロ!」

 

「ここで使わなきゃ、いつ使うんだよ! お前だけじゃない! ロイスも死ぬんだぞ! ここまでの頑張りも全部無駄になるんだぞ! 

 

「…………」

 

「いいか!? 一度きりの初めての人生を、失望しながら終わらせるな! 80歳くらいまで生きて、悔いなく死ぬのが普通だ! それができないならせめて! 太く生きてみせろ! 辛くてもなんでも! やらなきゃダメだ!」

 

 ──ごめんなさい。役に立てなくてごめんなさい。動けなくてごめんなさい。

 

 ソフィアは、力に振り回されるばかりの己が身を呪った。

 だって動かないんだから。

 鼓舞されているって分かるのに動かない。

 どれだけ動けと命じても、身体は動かない。

 

 しかし、声は止まらない。

 

「足掻いてから死ね! こんだけやったんだって胸を張りながら死ね! 価値のある死を手に入れてみろ!」

 

 ──これだけ声を張り上げてくれるのに、応えることができない。それが恥ずかしかった。情けなくて、謝りたかった。それすらできないけど。

 

「こんな、たった一つのダンジョン如きに……こんなところで負けるなんて、やってられるのか?!」

 

「アキヒロくん……」

 

「死ぬのは仕方ない! だけどなあ! 死を前にして何もしないなんてのは諦めと一緒だ! だから、やれ! できるのはお前だけだ! 俺たちを助けてみろ!」

 

 そこには一欠片の優しさもなかった。

 優しさをかなぐり捨てていた。

 死という絶対的な終わりが待っているからだろうか。

 ロイスは呆然と見るしかない。

 

「好きな男ぐらい助けてみせろ!」

 

 その言葉が最後。

 全員の体はもう間もなく奈落に放り出され、無間の闇の中に飲み込まれる。

 そんなタイミングだった。

 

「──やっぱり俺がいねえとダメだな」

 

 怒りすら感じるほどの、あまりにも情けない剣幕を切り伏せる鋭い声が小さく響いた。

 

「……アオキさん!?」

 

「お前のくだらねえ声を聞いて安心したぜ」

 

 その声は、あまりにも忘れ去られていた。

 二級探索者としておそらく突出して戦闘技能に割り振っているはずだが、そんな彼でも──そんな彼だからこそ、この地で結晶地帯のどこかに飛ばされた状態から戻ってこれるとは思えなかった。

 結晶地帯から外れるほどに飛ばされていれば単純な戦闘能力の不足で、竜の巣に落とされていても、どちらに進めばいいかは分からないはずだった。

 

「へっ、コイツを拝借してたんだよ」

 

 大幅な遅れを完全に取り戻すために空を疾走してきたアオキが取り出したのは、ソフィアが岩穴で手に入れた小袋だった。

 

「それは…………確かあの岩穴でソフィアが……」

 

「なんか知らねえが、こっち方向以外に進むと冷たくなるんだよ」

 

「……手癖が悪いですね」

 

「けっ」

 

 皮肉へ返答する代わりにアオキは全員を持ち上げた。

 結局のところ、運びづらいというだけの話で……やろうと思えば人間を何人担いでも移動自体はできる。

 それが探索者という生物だ。

 

「……引力が消えた」

 

 海表面から離れると、奈落に引き摺り込まれるような力は嘘のように消え去った。

 なんともタイミングのいい男が、最も求められるタイミングでやってきた結果だった。

 

「どうするよ」

 

「…………進みましょう!」

 

「……マジで?」

 

 進む先にあるのは暗がりだ。

 浮いていようが、真っ暗な中では方向感覚を保つことは難しい。

 

「う、うわっ!」

 

 しかもソフィアの体が光り始めた。

 いよいよわけがわからない。

 

「何だあいつ、ホタルか?」

 

「……この先にきっと──」

 

 時間の感覚すらない闇の中で誘蛾灯のように光るソフィア。何か良くないものが蠢き、惹かれていた。

 アオキは闇を進む足を早め、どれだけ進んだかも分からない程の暗闇の中で──もはや背後に海すら見えない──別の光を見つけた。

 

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

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