【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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94_扉と心臓

 

「…………穏やかじゃねえな」

 

 それは、奈落に取り残された最後の大地とでも呼ぶべきか。細く長い地盤の上にかろうじて乗っている台座とでも呼ぶべきか。

 冥界から漏れ出たような霧が中心から溢れ出て、端からこぼれ落ちていく。その様子はまるで王冠をひっくり返したように大地を象っている。

 

 では、仮に奈落の玉座と呼ぶとしよう。

 玉座には、誰かが座っていなければならない。

 たとえ臣民がいなくても、支えるものがいなくても、冠を被るものがいなければ玉座とは呼べない。

 

 ──いた。

 

 冠を被った男が。

 磔にされた男が。

 出られない男が。

 どうしようもなくなった男が。

 

「辿り着いてしまったんだな」

 

 抗っていた。

 戦っていた。

 1人でも。

 仲間がいなくても。

 誰に求められなくても。

 

「本当は……来てほしくなかった」

 

 傷だらけで。

 ゴミまみれで。

 やつれて。

 死にかけで。

 凍り付いた腕で。

 

「恨むぞ」

 

 誰だ。

 お前は誰だ。

 こんな世界の果てに人間がいるわけはない。

 一体誰だ。

 そんな質問をする意味があるだろうか。

 

「でも…………はぁ……悔しいけど嬉しいな」

 

 瞳が口走っている。

 口元が奏でている。

 鼻が、耳が、その身の全てが表現している。

 

「ありがとう」

 

 愛しいと。

 悲しいと。

 嬉しいと。

 

「最後にこの目で見れて良かった」

 

 扉。

 大地の中心には厳しい石の大扉があった。

 中途半端に開いている。

 

「本当に……嬉しいだけでしかないけど……」

 

 扉とは開閉するものだ。

 開いていることの何がおかしい。

 扉の隙間から冷気が漏れ出ていることか。

 ソフィアの身体と同じように。

 

「ちょっとだけやる気出てくるよな」

 

 男は、開きかけている扉に手を押し当てていた。

 その指の先は赤く滲んでいる。

 血走った目は彼が満足な休息をとっていないことの証か。

 いずれにせよ、何をしているのかよく分からないというのが、男の姿を見た一行に共通した感想だった。

 

「でも……少しだけだ。少しだけなら……いいよな?」

 

 男は扉から手を離した。

 何がどうなるわけでもない。

 困惑する彼らの前で、男はゆっくりと近付いてくる。

 その目的は明らかだった。

 

「ソフィア……」

 

 震えていた。

 

「ソフィア……」

 

 揺れていた。

 

「ソフィア……ソフィア……ソフィア……」

 

 幽鬼のような頼りない足取りで、しかし確実に辿り着いた。

 

「ああ……」

 

 膝から崩れ落ちる。

 自分と同じように凍て付いた細い手を、震えながら両手で包み込んだ。

 

「ごめんな……俺が……俺たちが親だから、こんなに苦しめて……俺たちじゃなきゃ良かったんだ」

 

 そんな事を言いながら離れようとはしない。あまつさえ身体を起こし、どこまでも大事そうに抱きしめる。

 そんな男へ、ロイスが恐る恐ると質問をぶつけた。

 

「あ、あの……ソフィアのお父さんですか?」

 

「……そうだ」

 

「その、何でこんなところに……」

 

 当然の疑問だ。

 なぜボロボロになってまでこんなところに止まるのか。

 それも、彼の様子からして娘が苦しんでいることは把握していたようだ。どういう経緯か、誰もが興味津々だった。

 

「話せば長くなる──けど、わかりやすく言えばコイツのせいだ」

 

 コイツと言って指さしたのは中心にある扉。

 それこそよく分からない話でだが、まさか文字通り扉のせいということはあるまい。

 

「一体何が……」

 

「──やめろ!」

 

 近付こうとしただけで男は声を張り上げた。ロイスは硬直し、何か悪い事をしたのかと不安そうに振り返る。

 

「えっと……」

 

「絶対に扉に近付くな」

 

 断固とした表情。

 ソフィアの元を離れ、扉の前に立ち塞がった。

 

「エメリッヒさん」

 

 目を細めたアキヒロが口を開く。

 

「その扉はどこに繋がっているんですか?」

 

「……」

 

「俺たちは、ここにソフィアを助けるための鍵があると信じて連れてきました。そのものはなくても、何か……せめて手がかりがあるんじゃないかと思って」

 

 実際のところは扉だったが。

 

「その扉はソフィアと関係してるんですか?」

 

「……」

 

「教えてください、エメリッヒさん。なぜソフィアを放ってまでここにいたのか」

 

「…………この扉は、ソフィアの心臓と繋がっている」

 

 その一言が、まずおかしかった。

 全員の視線が集中したのは、倒れて動かないソフィア。早く何かをしなければすぐにでも死ぬ──というか、死んでいないのがおかしいほどの状態だ。

 男はソフィアを──自分の娘を指して、扉と繋がっているなどと宣った。

 

 そして、首を振る。

 

「いいや……逆だな。ソフィアの心臓の方が、この扉と繋がってしまったんだ」

 

「な、なにを……?」

 

「俺とアイツが境界を超えて出会ってしまったから……だから、この子は生まれた。境界を超えた、最初から人間を超越した存在として。後から成った俺たち探索者とは違って、最初から人間ではない新しい存在として生まれた。……生まれてしまった」

 

「人間を……超越した存在?」

 

「そうだ。この子は特別なんだ」

 

「……親が子供をそんなふうに言うものじゃありませんね」

 

「…………そうだな」

 

「扉がソフィアと……」

 

 男は、くしゃくしゃに歪めた顔で頷いた。

 視界にはソフィアしか映っていない。

 

「まさか!?」

 

 だからこそアキヒロは目を見開いた。

 

「……わかるのか」

 

「い、いや……そんなことが……いや、あるのか! ……あるんだな!?」

 

 アキヒロは大きく狼狽していた。

 少なくとも、彼らが見た中では最も。

 

「ソフィアが小さい頃はこんな筈ではなかった。本当に小さく、俺たちが行き来できるだけの筈だったんだ……」

 

「…………!」

 

「きっかけは分からない。誰がやったのか、何かがぶつかったのか……何故、ここまで開いてしまったのか」

 

「だから……だから、ソフィアは……!」

 

「本当は俺たちのせいなのかもしれない。世界を何の代償も無しに超え続けた罰なのかもしれない。…………それなら、俺たちにこそ罰は相応しいはずなんだ……!」

 

 一行がこの場所にやってきた時のように、男は再び扉に手を押し付けた。正しく大扉を閉じようと力を込め、しかし次の瞬間──

 

「ぐ──ああああああ!」

 

「はあ!?」

 

「はぁぁぁ……うおあああああ!」

 

「な、なにしてんだ! やめろ! ──!?」

 

 いきなり男が苦しみ始めた。

 しかも、触れたところから出血が始まって血管が浮き出る。明らかに、扉に触れたことによる異常だった。

 そして、無理やり剥がそうとしたアオキはあることに気付く。

 

「お前……やっぱり一級か!?」

 

 力のスケールが違った。

 アオキが全力で剥がそうとしてもビクとも動かない。

 そして、そんな男が全力で踏ん張って押しているにも関わらず扉は動かない。

 

「なんだこれは!」

 

 扉を見上げるアオキの声に全員が理解した。

 この扉はやはり、ただの扉ではないのだ。

 

「ぐ……が……!」

 

 エメリッヒは心臓の位置を抑え、涎を垂らして苦しみながら、それでも片手で扉を押し込もうとする。

 

 まるで動かない。

 

「あ……」

 

 男は倒れ込んだ。

 呆気なく。

 これまで1人でやってきたにも関わらず。

 人が現れたことにより腑抜けになってしまったのか、娘がいることで張り切り過ぎてしまったのか。いずれにせよ、深刻な状態だった。

 

「ぐ……!」

 

 通常、探索者の傷の治りは一般人のそれに比べて数十倍から数百倍になっている。そこに回復系の異能があるとさらに早まるが、男は全く回復しなかった。

 

「なんだよこれ……なんなんだこれ……うぐあっ!?」

 

 アオキは、興味を抑えきれなかった。

 そして触れた瞬間、全身を貫くような痛みが襲った。

 

「づあっ……!」

 

 焼けつく手の感覚に目をやれば爛れている。しかも、その痛みが最も強いのは手のひらではなく心臓だった。

 

「くっ……な……んだ、この痛み……!?」

 

 たった一度触れただけで、アオキは膝をついた。

 膿みから生まれ出でた蛆虫のように気味の悪い、ズグンズグンという鼓動の鳴り方。今モンスターが襲ってきてもなにもできないだろう。

 

「おま、えらっ……ぐっ……と、扉に……触れるなっ……!」

 

 精神をヤスリでゴリゴリと削られているような、正気を丸ごと削がれるような痛み。初めて味わう痛みは、探索者の痛みへの耐性を容易く貫いた。

 

「がぁぁぁ……!」

 

 アオキですら一歩も動けず、血管がはち切れそうなほどの頭痛に襲われている。常人であれば、間違いなく精神が擦り切れていた。

 

「俺は……お、俺は……」

 

 ロイスはその光景を見て固まってしまった。

 アオキに続くべきだと思っていた。

 

 しかし──誰か、別の人間のために命を捨てること。そんな偉業を為すには、彼はあまりにも若すぎた。

 何の覚悟もなかった。

 それでも、ソフィアのことを思って、立ちあがろうとした。

 

「……あ」

 

 肩に置かれた手。

 前に一度、同じようなことがあった。

 

「これはお前の仕事じゃない。それに……アンタらの仕事でもない」

 

「──」

 

 どう動くべきか考えあぐねていた2人は動きを止めた。

 

「ここまで連れてきてくれてありがとうございました」

 

「何を考えている?」

 

「2人のあの痛がりようは普通じゃない。おそらく、何かの条件があるんでしょう」

 

「…………それがなんだ」

 

「いくら肉体が強くなっても、変わらないものもある」

 

「?」

 

「確か、巷では魂とか呼びますよね」

 

「……つまり、なんだ、あの2人は扉に触れただけで魂をどうにかされたと? お前はそう言いたいのか?」

 

「さあ? 魂が何なのか俺にもわかってませんから。でも……そうなんだとしたら、やってみる価値はある」

 

「さっきからなんだ? お前は何を言ってる? なあアキヒロ少年、俺たちにもわかるように言ってくれないか?」

 

「こういうことです」

 

「ばっ──」

 

 アキヒロが扉に触れた。

 仮定が本当に合っていることを前提とした、賢さのカケラもない行動。ウルフはバカなことをするなと腕を伸ばし、何度目かの硬直に襲われる。

 

「やっぱり」

 

「どういう……ことだ!」

 

 少年は何事もなく扉に触れている。

 それがおかしいことは、既にエメリッヒとアオキ(2人)が証明していた。

 

「理屈は……いいんだ」

 

 少年は扉に向かい、渾身の力を込めた。

 そうすれば全ては丸く収まるからと。

 

「くっ……!」

 

 だが、重い。

 ダンジョンにある物質はいずれも重いのだ。

 一級ダンジョンの最奥にある石作りが軽いわけもない。

 アイテムを多く身につけた状態であっても、ほんの少しずつしか動かせない。

 だが、すこしずつ動かせるということは、きっと、魂を削り取る痛みさえなければソフィアの父でも動かせたのだろう。

 

「っ……ぬぐっ……!」

 

 仮に魂へのダメージがないのだとしても、動かせなければ何の意味もない。

 ここまで連れてきた少女を救う方法がそこにあると分かって、失意に沈むことだけはあってはならないのだから。

 

「このままだ!」

 

 しかし、少しずつ重くなっていく。まるでバネが扉の向こう側に用意されているかのように、動きづらくなっていく。

 

「動け……動け……!」

 

 防具が音を立てる。

 筋トレをしている男の、アイテムによって強化された全力。竜鱗製のそれが軋みを上げている。

 だが、それでも扉が単位時間あたりに動く幅はどんどんと縮まっていく。

 

「動け! ……動け!!」

 

 それでも足りない。

 アキヒロの力だけでは足りない。

 1人でできることなどたかが知れている。

 何せ彼は、ただの人間なのだから。

 

「俺もやるよ」

 

「ロイス……」

 

 少女と一緒に歩もうと決めた少年が隣にいた。

 

「アキヒロくん、俺もやる」

 

「…………お前は! ソフィアの隣にいろ!」

 

「でも、やるんだ」

 

「……扉に触れるんじゃないぞ」

 

「もしかしたら探索者じゃなければ痛くないかもしれないじゃん?」

 

「俺は助けられないぞ」

 

「でも、やるよ」

 

 ロイスが手を伸ばした。

 流石に緊張はあるのか、震えながら近付く指先。

 唾を飲み込んで、そして正に表面へ届いた。

 

「グルルアアアアアアア!」

 

「う、うわあ!」

 

 否、その直前にコマちゃんが凄まじい剣幕で飛び込んできた。絶対に、子犬の声帯から発されて良い声ではなかった。

 

「グルルルルル!」

 

「……は、はい」

 

 ロイスはコマちゃんのその主張に何かを感じたのか頷く。

 アキヒロも、それを否定しなかった。

 威勢のいいことだけ言って、犬に叱られて引き下がる情けない男を笑わなかった。

 

「ソフィアのところにいてやってくれ。今、お前があの子のそばにいなきゃ、誰がいるんだって話だな」

 

「うん」

 

 しかし、状況は依然として変わりない。

 扉は一定以上閉まらず、アキヒロは歯を食いしばって押すしかない。厄介なことに、押すのをやめれば扉は途端に開きそうになるのだ。

 

「……くそっ!」

 

「──要は、扉に触れなきゃ良いんだろ?」

 

「!」

 

 手甲に手が重ねられた。

 甘い匂い。

 男勝りな口調。

 

「ルクレシアさん!?」

 

「もう分かった。アイツを助けるためにはこうすりゃ良いんだな」

 

「危ない……ですよ!」

 

「へっ。ガキ1人に全部持ってかれたなんて、恥ずかしくて自慢できねえだろ?」

 

「…………ツンデレめ!」

 

 さて、1人加わった。

 

 どうする? 

 詩を作るために、完全な傍観者としてその場に立つか? 

 これからも、そうやって生きていくのか? 

 自らの生きる理由を明かした相手が危機に陥っても、懸命に戦っている姿を見ても外から記録するだけなのか? 

 

「そんなのは……男ではないな!」

 

「ウルフさんまで……」

 

「ときには中に入って、共に見てみなければ真の価値はわからない! そうだな!?」

 

「……そうだ!」

 

 手甲をつけているといっても、探索者の腕力がそこに集中すれば痛みもある。それを認識した瞬間にアキヒロは言った。

 

「2人とも、全力でやってください」

 

「勿論だ!」

 

「分かってる!」

 

 世界を凍て付かせる冷気を漏らしていた扉。

 どこにつながっているのか、その先に何があるのか。

 この場で知っているものはただ1人倒れ伏している。だが、意識までなくなっているわけではない。

 

「ああ……」

 

 倒れ伏したまま、その光景を前にして泣いていた。

 自らにはなし得なかったこと。1人ではダメだったのだと、今更ながら気付いた男は希望を前にして震えることしかできなかった。

 

「……そうか」

 

 ヨロヨロと立ち上がる。

 傷つき、疲れ切った体に鞭を打って、為すべきことを為すために。これから起こることを知っているのは自分だけなのだから。

 

「エメリッヒさん!?」

 

「…………ありがとう、名も知らぬ少年」

 

「寝てるんだ! 死んでしまう!」

 

「もう、いい」

 

「!」

 

「あの子はもう大丈夫だ」

 

 冷気は、消滅した。

 白く覆われていたソフィアの身体は、失われた熱を取り戻そうと息を吹き返している。肉が熱を持ち、心臓が人間として強く脈打ち、そばにいた少年が必死に抱きしめている。

 どこの誰とも知らぬ少年に取られて業腹だとしても、男にとってはその光景だけで十分だった。

 

「最後の一押しだけは俺がやる。君は離れてくれ」

 

「そんな身体で何ができるんです?」

 

「責任を取る機会を……俺にくれ」

 

「──コマちゃん!」

 

 少年の呼びかけ。

 それは、意図を込めた初めての呼びかけだった。

 

「グルァァァァ!」

 

 だが応えた。

 男は腕に噛みつかれ、思いの外の力強さに体勢を崩す。

 

「若者が、くだらない自己満足で人生を棒に振るな」

 

「な、何を! やめろ!」

 

「──2人とも! 閉めるぞ!」

 

 一瞬だけ何か違う雰囲気を纏った少年の背中。

 しかし、探索者達はその言葉に迷わず従った。

 こんなことはもう真っ平ごめんだと。

 

「やめろ! ソレを閉じ切ったヤツは──」

 

 アキヒロに聞こえたのはそこまでだった。

 

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

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