【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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100_ご帰宅願います

 次の日の朝、目を覚ますとテッサがちょうど部屋に侵入してくるところだった。しかし、少し様子がおかしいので話を促したら村の入り口に行けと言う。事情も教えられずに向かうと──

 

「あるじゃん」

 

 あった。

 扉が。

 べべんと屹立している。

 何が起こっているんだ! 

 

 しかし、俺には分からない事でも雪女達には理解できているようだった。すげえや。

 

『お母様……』

 

 そう、つまりはお母様が何かしたのだろう。

 ……なんでこのタイミング!? せっかく旅に出ようって気分になってたのに! 良いことのはずなんだけど、釈然としない! 

 

「…………」

 

 ミレーヌ達も消沈してるよ! 

 そりゃそうだよ! 俺だってちょっと思うところあるよ! 

 

「あのね……」

 

 アナが理由を教えてくれるという。

 言いづらそうにしているが、やんごとなき理由があるのだろう。それでも俺は受け止める所存だ。

 

「お母様が、あなたの存在が気に食わないって……」

 

 すごく失礼な理由だった。

 

「アキヒロが善なる者であることは分かるから追放で済ませてあげるって……殺すわけには行かないから最初は無視決め込もうと思ってたけど、旅して自分の元に辿り着かれるって思ったらこうする方がマシなんだって……」

 

「いやいやいや……いやいやいやいやいや! おかしいってそれ!」

 

 お母様ってこんな感じなのか!? 

 酷いな! 

 ソフィアのお父さんに対してもそんな感じだったのか!? 

 

「ウィルの時はこんなことなかったのに……お母様、どうしちゃったのかしら」

 

「マジでか……いや、帰れるなら帰るけどさ……」

 

 だけど、ある意味ではこのタイミングで良かったのかもしれない。中途半端に仲良くなったところでこうなるよりは、今、出かける前に流れを切ってしまった方が気も楽だ。

 

「急げ急げ……」

 

 お母様の気が変わって俺を抹殺しようなんてことになる前に防具を着て、アイテムを身に付け、リュックを背負った。やっぱ専制君主制は恐ろしいな……

 

「あ、ちょっと待って…………」

 

 しかし、扉を開けようとしたらまた何かあるらしい。アナはこめかみに指を押し当て、顰めっ面で何かに集中している。

 

「…………はぁ」

 

 もう分かる。

 あまり面白くない話だ。

 

「扉を全部閉めちゃダメだって。ソフィアちゃんも寒さへの耐性は持ってるから、全部閉めなくても大丈夫って」

 

「でも、ソレだとまた開いちゃうだろ?」

 

「……………………あれは……本来起こらない筈のことが……起こった…………あとは……アキヒロが……余計なことをしなければ動かない…………って、お母様が言ってる」

 

「なんか俺のせいにしようとしてない? まあ、ソフィアが苦しまないなら良いけど……」

 

「うん、大丈夫だと思う」

 

「そか……アナ、ちゃんと二人に会ってあげてな」

 

「…………」

 

「家族を大事にしろ」

 

 扉に手を置くと、軽く開けることができた。

 開けるのは簡単で閉めるのは難しいとかそういうこと? というか、そもそもなんで俺は大丈夫だったんだろう。

 

「なあアナ、俺だけ扉を自由に動かせる理由は教えてもらえるのか?」

 

「…………内緒だって!」

 

「しょうがねえな……じゃあ、みんな元気でな!」

 

『ああ〜……』

 

 なんだかんだで名残惜しんでくれる人がいるってのは嬉しい。また会えるといいな。今度は純粋に友達として。

 

「良い男見つけろよ!」

 

 またしても一瞬で、気付けば俺はあの洞窟に──

 

「あだっ!」

 

 ではなかった。

 尻から落ちたのは岩の上。

 暗く深い奈落に囲まれた浮島じゃなくて、霧に包まれた見通しの利かない地上だ。

 

「ふぅ……あっ」

 

 振り返ると、奥底まで続く大地の割れ目がそこに続いていた。見た覚えのある景色だ。

 

「サービスってやつか」

 

 正直、すごくありがたい。

 あの道程を一人で戻るのは事実上不可能だ。そもそもあの浮島から出ることすらできない。

 お母様は、俺に対する嫌悪感というか不快感はあるけど、親切な方らしい。

 そんな有情な存在でも受け入れられない俺ってどれだけ低俗な存在なんだろう……

 

「……今はそんなこと考えても仕方ないか」

 

 みんなは今どこら辺にいるのだろうか。

 宿にもう戻っているのか、それともまだダンジョンの中で彷徨っているのか。

 ソフィアのお父さん(ウィル・エメリッヒ)は高位探索者だが、相当に傷つき、疲弊していた。あの場で休んでから出発したのか、あの状態でも帰ることを優先できたのか、ソレによって変わる筈だ。

 

「俺は帰ろう」

 

 元気いっぱいでも、ここは危険地帯だ。何かの拍子に中からモンスターが出てきたら引き摺り込まれて終わり。さっさと離れるに限るね。

 

「──またスラムか」

 

 前回は追い回されて散々だった海沿いに広がるスラム。しかし、今回は一人でも問題なかった。防具を着けているからだ。モンスターの凶悪な素材をふんだんに使ったコレは、そこにあるだけで人間に対して威圧感を放ってくれる。難なく通り抜け、最初に泊まっていた宿に戻ることができた。

 しかし、部屋は引き払っている上に金はない。

 金目のものにしたって、道中で適当に拾っといた素材類だ。彼らはこの宿に再び泊まることは選ばなかったようなので、行くあてを探す必要がある。そうなると、やるべきことは一つだ。

 

「返そう……」

 

 帰還報告の意味もある。

 深山家を訪れて、お借りしているものを返すぞ。

 深山商会フルカスタム装備の人間に対する視線を再び味わいながら門戸の前に来たら、門番二人に止められた。

 

「熱心なファンなのは理解するが……流石にここを通すことはできない」

 

「店であればしっかりと対応してもらえる筈だ。貴殿の心中自体は理解する、大人しく店に向かうがよろしい」

 

 どうやら、以前に顔を合わせたことのある二人ではないようだ。ゴネてメイドさん達に取り次いでもらう選択肢もないことはなかったけど、普通に摘み出される可能性を排除できなかった。正直なところ、ダンジョンから街まで──しかも中心近くまで歩き通しだから、疲れていた。

 

「…………はぁ」

 

『グビィィィィ!?』

 

 街の外縁部にやってきた。

 アイテムパワーに任せてウサギを粉砕し、犠牲者の骨が近くに横たわる丸太を陣取った。

 ここらに出現するモンスターなら、単純な膂力で圧殺することができるだろう。勿論アイテムありきで。

 だけど……もう頭が回らん。

 色々ありすぎた脳みそを整理するためにも、一度睡眠を取る必要があった。

 

「…………」

 

 近くの川で組んだ水を焚き火で温め、乾燥肉をひたす。まことに美味しくないスープの完成だ。

 濡れて少しだけ柔らかくなった肉をモソモソと食べ終えたところで限界が来て寝た。

 

「……よく寝た!」

 

 目覚めると、スッキリとした目の開き具合が世界をお出迎えしてくれた。頭の重さも感じない。良い感じだ。

 そうなればやることは一つ。

 行動計画だ。

 さーて腰が重いぞー^^

 

 コウキへの連絡。

 昨日は普通にやる気があった深山家訪問。

 ネル宅訪問。

 ロイス達の捜索。

 

「…………」

 

 ピ、ポ、パ。

 

『生きてたんだな、ちなみにミツキ泣いてたぞ。じゃあな』

 

 それだけで切れた。

 アイツなんなの? 

 情報の取捨選択うま過ぎるだろ。

 俺が知りたいことだけ教えてくれたわ。

 だけど、もう少しは狩り背景情報がないと……そこはかとない不安が湧き上がってくるからな。ちょっと短すぎだ。とはいえ、取り敢えずの生存報告はできたからいっか。

 

 そしたら深山家だ。

 昨日と同じ門番がいて、角から顔を出しただけで気付かれた。一応話はしてみたけど、露骨に不審者に向ける態度であまり芳しくない。あんまり深い話もできないから難しいところだ。

 防具持ち出しの話とか、ソフィアの話とか、そういうのは部外者に話せない。

 それとなくフブキちゃんとかコユキちゃんのことは伝えたしメイドさんのことも言ってみた──ら、武器に手をかけるくらいヤバい感じになったから流石に引いた。

 

「うーん……なかなか上手くいかないな」

 

 想像はしていた。

 大抵のことは嫌な予感通りに進むから落ち込むことはないけど、徒労感は否めない。

 

「ネルさーん。おーい、ネルさーん」

 

 ネルさんの家の扉をノックしたけど、案の定出てこない。普通に働いてるからだな。もしかしたら休暇をとってるかな、なんて考えたけど有給とかないからな。そこらへんはうまぁくやって身体を壊さないように働いて欲しい。

 

「……あんた、何してるんだい」

 

 諦めたところで隣のおばあちゃんが睨んでいることに気付いた。女の子が住んでいる家の前に厳つい探索者がいたら不審に思わないわけはない。でも、探索者に対してこうやって突っかかってこられるのは中々だぞ。

 

「ここに住んでる人にお世話になってたんです。近くに寄ったんで挨拶しようかと思って」

 

「…………名前は?」

 

「え?」

 

「ここに住んでる子の名前は?」

 

「ネル」

 

「……そうかい」

 

 ヌッ、といなくなった。

 ネルさん明るいから、普段からおばあちゃんとかと話したりしてるのかもしれない。しかし、不審容疑は晴れてもネルさんがいないという事実に変わりはない。

 

 つまり、やる事はロイス達の捜索しかない。でも一番有力な深山家は門前払いで、第二候補のネルさんも仕事中。

 

「悩まC」

 

 寂れたベンチに腰掛けてると、アイテムマニアが寄って来て話を持ちかけられる。具体的にはいくらで譲って欲しいとか。

 当然、そんな話は全て呑めるわけがないのでシッシッと追い払って時間を過ごしていたら、そのうち囲まれていることに気付いてしもうた。帰って来たと思ったらこんな事になるなんて……どう考えても、気配を消すアイテムを装着し忘れているせいだ。

 そして、素人ならともかくプロに対して今から使っても意味があるかは分からない。こういう時、慌てて何かをするよりは構えていたほうがまだマシな結果になる。

 

「お前素人だろ」

 

「…………」

 

「大人しくすれば痛い目には遭わせねえ。それを寄越しな」

 

「…………」

 

「おい──ぐげっ!?」

 

 ヘルムをガシガシと揺らす腕を弾き、腹を蹴れば面白いように吹き飛んだ。先陣を切ってくるやつには何をしても変わらない。そういうものだ。

 後ろでニヤニヤとした粘っこい笑みを浮かべている男に視線を向けると、少しだけ驚いたように目を見開いた。

 

「まず、一つ質問がある」

 

「ああ?」

 

「俺は残念な事にレベル10未満だと思うけど、あんたは?」

 

「へっ、35だよ」

 

「おー」

 

 少なくとも、生身の人間がどうこうできるレベルじゃないのは確かだ。そこまで辿り着くのにさまざまな苦難を乗り越えて来たのだろう。素直に称賛するに値した。

 それだけに残念だ。

 

「なんでそこまで頑張ったのに野盗になっちゃったんだ……」

 

「や、野党……だと……?」

 

「建設作業員やら街の拡張作業員はいつも忙しく働いてるぞ? その腕力があれば活躍できるだろうに……わざわざ道を外れるなんて、広報活動の不足が招いたミスマッチングだな。これだからお役所仕事は……」

 

「道を外れるだあ? てめえ、探索者に対して道がどうとかほざくなんて頭湧いてんのか?」

 

 言いたいことはわかる。探索者にならざるを得ないような子供時代を過ごした自分たちに対して、恵まれてる奴がナマ言ってんじゃねえって事だろう。

 でも、それは前提の話だ。

 

「こんな公衆の面前で騒ぎを起こす時点で頭がどうとかって話はナシだな」

 

「…………一丁前に防具だけ着て、気が大きくなってるみてえだな」

 

 空気感がまた一つ変わった。

 しかし、彼らはなぜこんなにも自信満々なんだろう。

 

「誰かが助けてくれるなんて思うなよ?」

 

「…………っ?!」

 

「おやおや、かわいいねえ」

 

 下卑た笑みを浮かべた彼らは帯びている獲物を手に持った。袋叩き、というやつだ。

 よくある話なので驚きもない。

 驚いたのはそこじゃなくて、彼らの中にきったない子供が混じっていることだ。どう考えてもスラム生まれスラム育ちという様子。

 

「まさかスラムの子達を……?」

 

「あ? ……ああ」

 

 気持ち悪い。

 気分が悪い。

 悪態の一つでもついてやりたくなる。

 男の顔から考えが、やって来たことが、それらが丸ごと透けて見えるようだった。

 

「色々使い道が──」

 

 聞き終わる前に地面を踏みしめた。

 それだけで、生み出された反力が推進力として体を推し進めてくれる。あり得ないほどの脚力──というよりも、力そのものが不自然なほどに増大されて伝わっている感覚だ。

 砕け、飛び散る音を背後に接近した男の正面。

 

「っ……!」

 

 見開かれていく瞳、そして息を呑んで動く喉仏がスローで見える。探索者の視界というものを初めて体験した。

 引き延ばされた時間の中で、自分の体の動きすら緩慢であっても……やることはハッキリしていた。

 

「──」

 

 握り込んだ拳は最初、力を込めすぎていた。

 感情が乗った拳は弱い。

 緩くだ。

 緩く握ってこそ力は綺麗に伝わる。

 筋肉と骨、そして腱は全て連動している。単体で動かすのではなく、流れるんだ。

 拳は確実に弱点をとらえるように──決して一般人に対して振るってはならない力だが、ヒトを喰い物にする怪物に対しては禁じられていない。

 

「ふっ……!」

 

「──がっ!?」

 

 だから、大気中を漂う霧の一粒一粒を跳ね飛ばしながら突き出した拳は男の手首を粉砕した。それだけに留まらず、砕いた手首を脇腹に叩き付け──肋骨を粉微塵にして身体を丸ごと跳ね飛ばす。

 俺の肉体はそんな一撃に耐えうる強度を有していない。それでも深山商会製、竜鱗の手甲がそれらのインパクトから保護してくれる。逆に、攻撃の際はインパクトを逃さず相手へ伝える最強の矛たり得た。

 

「あがっ……ぎっ……! がああああ……!」

 

 背後の取り巻き数人を巻き込んで倒れた男は、苦しみ、もがいていた。

 何も心配はない。

 回復薬がある。

 それにコイツで終わりじゃない。

 コイツの下について世間を知った気になっているクソガキどもも、無垢な子供から搾取を行う害虫だ。

 社会という静定構造に振動をもたらし、そのくせ自分たちの権利だけは主張する愚か者だ。

 

「なっ……なっ……一般人じゃねえのかよ!」

 

「──そうだな」

 

 その一言は確かに、熱くなったCPUをほんの少しだけ冷ましてくれた。これは明らかに俺の力じゃない。防具と、そしてアイテムにこれほどの力が秘められているとは思わなかった。単に末端神経の性能だけでなく、大元の脳みそすら底上げするのは、流石の異世界というところだ。

 

 ──関係ない。

 俺の力じゃないとか、それは知ったことじゃない。

 いずれにせよ俺が深山商会から借りているものである以上、その力をどう使うかは俺次第だ。

 

「…………」

 

 男が取り落とした、というか装着に用いていた金具が粉砕されたために背中から落ちた槍を拾った。鋒が鋭く、製作者の技量が窺える紋様が柄を彩るソレは軽く、それでいて振れば炎がこぼれた。

 アイテムの類だ。

 

「アイツ! 武器を!」

 

「……」

 

「──は?」

 

 カランという音が虚しい。

 何せ、俺には使えない。

 拳の使い方、包丁、ナイフの使い方は多少わかるけど、槍や剣なんて中世の代物を扱えるわけがないのだから。

 それなら、一番得意な拳で望むのがマシというものだ。加えて、教育に用いるのは拳と相場が決まっている。

 この場の全てが、こうなるように指し向けていた。

 

「ぐげっ!」

 

「うぎゃっ!」

 

「あがっ!」

 

 久しぶりと言っても、染みついたモノは忘れようがない。思った通りに動く拳を野盗モドキ達へ振るうと、気が付けば呻く屍達だけが残っていた。

 そう長い時間じゃない。

 どうやら彼らは、アイテムで底上げされた俺とは相当に差がある実力だったようだ──というより、アイテムが凄まじすぎた。

 

「こんな力を持ってりゃ、つけ上がりもするってもんか」

 

 くだらない。

 心底からそう思う。

 きっと、彼らは痛め付けられても学ばないだろう。

 それで学ぶようならば、最初からこんな事をしていない。

 

「……それで良いわけがない」

 

 だからといって、子供達をどうにかして良い筈がない。

 前途ある彼らの邪魔をすることは、決してあってはならない。

 この思想に共感できる人間はいないという事は分かっていた。かつての俺も、ここまで子供に対して何かを思っているような人間ではなかったのだから。

 

「さて、いいか?」

 

「く、くずり……ぐずり……」

 

 未だ苦しみ、粉砕して肌から突き出す骨が見える男の前にて胡座を組む。痛々しいが、彼自身が子供らにやったことを想像すれば、どれだけ軽い制裁だろうか。そして想像はきっと、外れていない。

 

「薬なら商工会に取りに行け。自主して、しっかりと治療と裁きを受けろ」

 

 三権分立はない。

 商工会という公権力が一方的に沙汰を下すだけのそれは裁判ではなく、判断の押し付けでしかない。

 それでいい。

 

「だけど、その前に聞け」

 

「うう……」

 

「腹が痛むだろう」

 

 拳を、丸く陥没した脇腹に押し当てた。

 

「うあああ!」

 

 すぅ、と視界が挟まっていくのを感じる。

 高揚した気分が判断力を奪っていくのを感じる。

 それに身を委ねた。

 

「いいか? お前はクズだ。子供に責任を押し付け搾取する最も腑抜けたクズ。そんな男がこの程度の痛みで赦されるなら、どれだけ優しい沙汰だ?」

 

「いぃぃいぎぃィィ!」

 

「だが、赦されない。公正に裁く公権力が無い以上、お前をなんとかするのは理不尽な痛みと理不尽な裁きだ」

 

「ぎゃああああああ!」

 

 本部の方を指差した。

 

「いいか? 今から本部に行き、自分がしたことを洗いざらい話せ。そして、子供達から搾取した金を全て返せ」

 

「わがっだ! わがっだがら!」

 

「さあ、何をするか復唱してみろ」

 

「──っ!」

 

 拳をさらに強く押し当てる。

 

「本部に行き、自分がしたことを洗いざい話して、金は全て持ち主に返せ」

 

「ぎぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

 再びやって来たのは外縁部だ。

 ほとほと縁があるというか、人がいないから都合がいい。例えば、付着した血を皮で洗い流すのには最適だ。

 集まった観衆からも完全に逃げ仰る。

 戦いながら隠密のアイテムを装着したおかげで、俺のことを認識できた人間はほぼいないだろう。

 

「…………」

 

 世界は残酷だ。

 知識がないものには等しく、その牙を向く。

 無垢であるか否か、善であるか悪であるかなど関係ない。

 ただ、知っているかどうかだけがその基準になる。

 

「ちっ」

 

 ダンジョンから帰って来て気分よく過ごせるかと思えばこれだ。生前の基準で考えるのが悪いとはわかっているけど、覆せるわけがない。

 それに、あんなチンピラの親分をどうにかしたところで頭が変わるだけだしスラムもなくならない。

 完全に自己満足だ。

 それも不完全燃焼。

 

「人に見られてなくて良かった……」

 

 力と金。

 この世界では、腕力というものが権力を超える力になっている。

 俺にとっては縁遠いものだと思っていたけど、どうやらそうでもないのかも。

 あれほどすんなり暴力を振るえたのは、日本に生活していた時の俺だったらあり得なかった。

 

「…………帰ってからだな」

 

 もう一夜、野宿を敢行した。

 

「──くぁぁぁあ!」

 

 ウサギからガンガンとヘルムを蹴られながらの目覚めだ。支度を終えて、どうするかを改めて考えた。

 

「……やっぱりネルさんかな」

 

 もしかしたら、この早朝ならばいるかもしれない。

 昨日は疲労から起きるのが遅かったので、善は急げだ。

 しかし霧をかき分けて2日連続の訪問でも、ノックに応える人間はいない。

 

「まだ寝てる?」

 

 回り込んで窓から確認しても中の様子はよくわからない。いよいよどうしたもんか。

 一日中待ってみるか? 

 

「……アンタ、また来たんだね」

 

「あ」

 

「本当に知り合いなのかい?」

 

「え?」

 

 それは昨日証明したじゃん。

 

「昨日は会えなかったんですよ」

 

「……ここ数日、帰って来てないよ」

 

「!」

 

「なんでも、パーティーだかにお呼ばれしたらしいね」

 

「パーティー?」

 

 会食で数日戻ってない? 

 だけどネルさんは下っ端だ。

 下っ端が会食に呼ばれるのは変だぞ。

 まさかお偉いさんのコンパニオンとしてあてがわれてるんじゃ……嫌だな、すごく嫌だ。

 

「何だったっかね……み……みや…………」

 

「深山商会?」

 

「ああ、そう。それだね」

 

 俺はキレた。

 通りを早歩きで進み、最早見慣れた門番の前へ躍り出る。嫌そうな顔をしていた。

 

「また来たよ……」

 

「また来ました」

 

「もう、今日はあれだぞ?」

 

「おっと! 初っ端から武器は勘弁してください! ここに知り合いがいるって明確にわかったんで!」

 

「?」

 

「ネルさんとロイスとソフィア、あとアオキさん達もいるんでしょう?」

 

「…………!」

 

「俺、あの人たちを探してうろうろしてたんですけど」

 

「その言葉が真実だって証拠は?」

 

「──」

 

 

 ──────

 

 

 深山邸。

 用意された集会室の空気は暗く沈んでいた。

 ソフィアの肉体はまるで瑕疵がなく、父親であるウィルもまた全ての負傷が治り、旅の中で傷ついたロイス達もすでに快癒している。

 何故、誰もが暗い表情を浮かべるのか。

 

「っ! …………っ」

 

 ロイスは、明るく何かを言い放とうとして顔を上げたが、周囲の様子に口が動かず、また俯いてしまった。

 ただ1匹、子犬だけはそんな状況などとんと知らぬと耳をかいているが、何の慰めにもならない。

 

 ──最後の瞬間、彼は扉を閉じると同時に空間から消滅した。

 

 呆気に取られた一行は暫く待った。というのも、冷気が彼らを苦しめる事がなくなったのであとは時間さえあれば回復が可能だったからだ。

 しかし、復調していく彼らの肉体と無関係に、時間は無意味に過ぎ去って行った。消え去った扉を開けて彼がもう一度現れる筈。

 そんな期待を裏切って、1日待っても、2日待っても何も変化はなかった。

 

『──帰るぞ』

 

 口火を切ったのはウルフだった。

 即座の危険は去ったといってもそこは一級ダンジョンの深奥。防具で抑えるにも限界があり、ソフィアとロイスの身に異変があっては本末転倒だった。

 反対する者はいなかった。

 ウィルが向こう側の世界のことを話したからだ。仮に雪女達と出会えれば生き延びることは最低限できるかもしれないが、帰って来られる保証はどこにもなかった。

 

『ああ……』

 

 戻った彼らは久方ぶりに霧に包まれた世界というものを味わって、()()()()しまった。深山商会にたどり着く頃には這々の体で──ウィルはその関係性に驚いていたが──迎え入れられた深山邸で全員が丸一日24時間眠り続けた。

 アオキに至ってはダンジョンで常に先頭を切って熾烈な戦いを繰り広げたせいで二日間ねむりこけていた。

 

 そこから起きて、ソフィアがまず行ったこと。

 それは──

 

『ネルさん!』

 

『そ、ソフィア……ちゃん……?』

 

 胸に飛び込んできた少女の暖かさに、まず成功を悟った。それと同時、少女のまなじりに浮かぶモノを見て、ネルの背筋を嫌な予感が襲う。

 

『あ、アキヒロくんは?』

 

『……』

 

 ああ、と感嘆する。

 どうか、と願う。

 その予感が外れてくれと、目を瞑る。

 

『こきゅーとす……』

 

 斜め上をいく形にはなったが、嫌な予感は外れた。

 だが、それは決して素直に喜べるモノでもない。

 それに──

 

『バカ……』

 

 ソフィアの父親を庇って、代わりに責任を取るなど……あまりにもカッコつけが過ぎる。

 彼女の言葉の通りだ。

 バカだ。

 だが、容易に想像もできた。

 確かに彼はそういう人間だと。

 そういう場面で、ソフィアとその幸せを優先するのだろうと理解できた。

 

『……すまない』

 

 頭を下げる男。

 彼こそがソフィアの父親だという。

 ──娘を助けるために、決死の覚悟でダンジョンの奥地にとどまり続けた。

 その果てがこれだとして、どうして責められよう。

 

『全ては俺のせいだ』

 

 そんな事を聞きたいわけではなかった。

 さりとて、何を聞きたいわけでもない。

 

『…………』

 

 ネルは、いつの間にか一人でベッドに横たわっていた。

 自分の家ではない。

 深山家の、フカフカ最高級ベッドだ。

 寝良く、いつまでも体が沈んでいくような心地の、一生分の稼ぎを使ってやっと買えるのではというようなソレに背を預けて、天井を見上げていた。

 

『…………』

 

 ぼんやりとしていた。

 仕事がある筈なのに、商工会に行く気にはならなかった。

 

「──あ」

 

 そこで気付いた。

 全て丸く収まるんじゃないかと、そんな期待を抱いていたことに。

 危険だ危険だと言いながらも、なんだかんだでみんなハッピーエンド──そんな風に思っていた。

 実際はそんなことなくて、こういう結果がある。

 

「あーあ……」

 

 そんな、なんともしようがない声を彼女は漏らした。

 仕事に行かず、ただ、許されるがままベッドに横たわって、過ごす日々を繰り返していた。

 

『逃げていても、何も──』

 

 コユキの教育係であるシエラがそれとなく嗜めるような事を言っていた気もするが、あまり思い出せなかった。

 そうして、その日も朝から天井を見上げていた。

 前に見た時は全てが輝いて見えた筈なのに、今見ると何も感じない。庭を彩る薔薇も、飽きることのない筈の料理も、ソフィアが良くなったという喜ばしい結果すらも。

 

「…………」

 

 また今日も何もできない。

 そんな風に思っていたネルの耳は、俄かに騒ぎを聞きつけた。

 廊下が騒がしい。

 ひっくり返したようにメイド達が走り回り、深山家の姉妹の声も少々混じっている。

 流石に、少しだけ気になった。

 廊下に顔を出すと誰もいなくて、それがまた気になった。いつもは忙しなく行き来するはずのメイド達は、先ほどの騒ぎでどこかへ行ってしまったらしい。

 何だろうとぼんやり廊下を歩いていたネルは、使用人やアオキ達が庭に集まっているのを見つけた。何をしているのかはよく分からない。

 だけど、何となく人がいるのでそちらに足が向いた。

 

「うるさい……」

 

 庭に出ると、一層騒ぎは大きく聞こえる。ガラスは壁を挟んで減衰していた音響エネルギーが生のものになったからだ。その最後尾には、冷笑系令嬢の吹雪もいる。

 

「ふふっ……」

 

 何故か、楽しそうに笑っていた。そんな彼女はネルに気づくと気まずそうに咳払いをしたが、それでもやはり笑いを抑えられないのかクツクツとした声を漏らす。

 ネルにはその理由がわからなかった。

 人だかりで、何が中心にあるのか見えないし、声も混じり合って何が起きているか分からない。ただ、とにかく楽しそうだった。

 

「っ……」

 

 結局のところ、そんな空気が耐えられなくてネルは背中を向けた。その場から逃げるように足を一歩、踏み出す──フブキが不思議そうに首を傾げたタイミングだった。

 

「…………あー!?」

 

 背中に覆い被さるような、誰に向けたモノかあまりにもわかりやすい声だった。

 

「ちょっとちょっと!」

 

 固まったように足は動かない。

 

「聞きましたよ! 俺がサキュバスなのか雪女なのか分からんやつらに囲まれて覚悟固めてる最中にニートやってたって! おかしいでしょ! 別に厳しい顔して生きろなんて言いませんけど、失職してダラダラ過ごしてるとは思いませんって! つーか、親が泣くだろ!」

 

 喉と、鼻と、目と、頬が、うまく動かせない。

 

「ちょっと、黙ってないで! お隣のお婆さんに聞きましたよ! しばらく家に帰ってないんでしょ! 深山家での寄生虫生活はもう終わりなんですから──えっ、なっ……!?」

 

 ネルは、ちゃんと睨めているのか自信がなかった。それでも、滲んだ視界の中で、目の前にいるうるさいのが驚いていることだけはハッキリと分かった。

 

「…………あー……ごめ──うーん……遅くなりま──うーん……」

 

「…………」

 

「…………いや、そうだな……これが一番ピッタリか……」

 

「………………」

 

「ネルさん!」

 

「……なに」

 

 気に入らない事を言ったら一日中問い詰める──そんな気分のネルに対してソイツは心底から嬉しそうな笑顔を浮かべ、こう言い放った。

 

「──ただいま!」

 

 半日問い詰めた。

 

 

 ──────

 

 

 結局のところ、家族は元に戻った。

 完全に元の形なのか? それは俺にも分からない。

 知る意味も、きっとない。

 大事なのは──すれ違う事なく彼らが再開できた事だ。

 何かを失う事なく全てが丸く収まる。

 それは果てしなく奇跡に近い綱渡りで……俺一人が力を持っていたとしても不可能なことだった。

 

 だからこそ、俺は自分の考えが間違っていないことを再確認することができた。

 人間の強みが神やダンジョンにすら通用し得ると、俺は信じている。個人の強さじゃないところにこそ、その真価はあるんだ。

 

「い〜〜!」

 

ちぎれふよー(千切れるぞー)みふひー(ミツキー)

 

 幼馴染を泣かせてしまったのは大いに反省しているけど後悔はない。いっぱいヨシヨシしていっぱい怒られればいいのさ。コウキさんには殴られたし母さんやミツキにも殴られた。それにネルさんにも。

 少々殴られすぎな気もするけど……まあ、いい。

 

「ア〜〜キ〜〜!!!」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 みんなとは一旦お別れだ。

 ネル、ウルフ、アオキ、ルクレシア、ソフィア、ロイス。

 楽しい旅だった。

 ……うん、間違いなく楽しい旅だった。

 この世界に来て、最も心が躍る機会を得た。

 探索者が悪意に満ちた存在ではないと、身をもって理解した。

 人々を助ける英雄にもなり得るのだと理解した。

 それに、いい人達だった。

 出来るならば一緒にいつまでも旅をしていたいと、そう思わせてくれる人達だった。

 ロイスとソフィア、そして俺というお荷物を守り抜いて、戦い抜いた。

 ウルフはきっと、家族の仇に出会えるはずだ。俺はそう信じてる。

 

 ミツキは、今回の話を聞いて激怒していた。

 土下座する勢いで謝り倒して、ようやくこの状態だ。

 

「ちぎれろっ! ちぎれろっ! ちぎれろっ!」

 

「ごめんごめんごめんごめんごめん」

 

 相変わらず内弁慶なやつだ。

 外ではこんなに感情を大きく出す事なんかない。

 信頼されてて嬉しいね。

 

 ああ、そうだ。驚くことに──ソフィア、ロイス、フブキちゃんは俺の高校に進学する事が決まったそうだ。この世界で進学先がどのようにして決まっているかは知らないけど、凄まじい偶然というのもあるものだ。きっと楽しい学生生活になるだろう。

 それと、もう一つ。

 フブキちゃんの俺に対する態度がとんでもなく柔らかくなった。

 どういう風の吹き回しかのか分からない。

 もしかしてユキさんにメッツリ怒られたとか? 

 

『よろしくお願いします──先輩?』

 

 彼女にはやりたい事? 見定めたい事? が、あるらしい。

 ついでとはいえ、悪い気はしなかったを

 

 それに、やりたい事と言えば俺も。

 

「探索者……か……」

 

 あの旅を経て、指針がある程度定まった気がした。

 危険な事だと分かっている。

 後ろ指を刺されるべき事だと分かっている。

 親を悲しませる選択であると分かっている。

 それでも、進み続ける為には選択が必要だ。

 立ち止まっているヤツには、何も選べない。

 

「か……じゃなーい!」

 

「う゛っ……お゛っ……投げるな、枕を」

 

 俺は、旅人からただの高校生に戻った。

 めくるめく虹色の時間は終わり、青い時間の始まりだ。

 それでも出来ることはある。

 この学校には生徒会があるのだ。

 

「ま、また変な事考えてる……!? ──んんー! 許さないよ!」

 

 帰ってきて、この高校にある制度をしらみつぶしに調べた。

 まず、留年はしなくて済みそうだ。

 そして──生徒会長には部活を自由に作る権利があるという。

 それならば、始めよう。

 社会の小さな縮図であるのならば、そこにたどり着くための道筋もミクロ化されているとはいえ存在するはずだ。

 それに……高校生なんて誰もやりたがらないだろう? 

 だから──

 

「話、聞けー!」

 

「分かってるよ。今度はお土産買ってくるから」

 

「お昼休み終わるって言ってんの!」

 

 




明日は、一個前の章の最後に戻るにあたっての振り返りです。100話(40万文字程度)を読んだ後に思い出せるわけがないので。

100話は長すぎだろ。

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

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