【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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5_反証として立つ

 

 アリサは後で分からせるとして……とても大事なことがあることを思い出した。

 

「ぐぬぬぬぬ…………」

 

 コトというかモノというか……それはテーブルの上にあった。俺がこの世界で生きるにあたっての至上命題。

 世界の変容によって不可能になった大量生産──前提が奪われた故に、誰も養殖をやろうとしない。

 

 天然資源の尽きぬ事で誤魔化されているだけで、本質的には狩猟採集の時代から抜け出ていない未開拓文明。

 そんな奴らの中で少し恵まれているだけのウルフ(イケメン)が、金に物を言わせて俺に挑戦状を叩きつけやがった。

 見ろあの顔。得意げに俺のことを嘲笑っていやがる。

 

『ぬふふ、喜ぶだろうな』

 

 許せん。

 俺が我慢しているということを知りながら、この態度。

 仮にも友人と思っていたのに、完全なる裏切りだ。

 さっきは向こうの大事な話だったので一時的に忘れていたけど、今は俺のターン。

 懐かしき匂いを漂わせるこのテーブルが憎い。

 肉だけに。

 

「ヒロさん食べないのかな……せっかく牛肉なのに……」

 

「アキは人の力で牛肉食べるの絶対拒否だよ」

 

「初めて知った」

 

「んふふ、これも幼馴染ポイントだからね」

 

「牛って……とんでもなく高いんですよね?」

 

「うん。ウルフさん達、相当頑張ったと思うよ」

 

 ともかく、この肉がまかり間違って俺の口の中に入ることだけは防がなければ。

 

「あ、肉だけ避けて食べてる」

 

「ほらね」

 

『な、何故食べないんだ!?』

 

『最後に食べたいんじゃね?』

 

『そうだよな……食べないなんてこと、ないよなあ!?』

 

『何を発狂してんだお前は』

 

『どれだけ金をかけたと思っている! これで食わなかったらクビだぞ! クビ!』

 

『劇団員じゃねえだろ』

 

『追放だ!』

 

『パーティーメンバーでもねえだろ』

 

 ふん、俺の箸さばきを持ってすれば肉を避けることなど容易い。数十年の修練の果て、ハエすら捕まえるようになった俺の絶技をとくとご覧あれ! 

 

『んなっ!? す、すべて避けていくぞ! しかもロイスやシオンの皿に乗せるのは何故だ!』

 

『子供好きが出てるだけだろ』

 

『馬鹿の一つ覚えみたいに牛の事を宣っていた割に、なんだあの謙虚さは……!』

 

 食え、食え、お前らが食え。

 俺がまだ人語を理解できるうちに……食欲に飲み込まれた怪物になってしまう前に……! 

 

「いや、もう呑まれてるよ。なあシオン」

 

「は、はいっ」

 

「んな緊張しなくて良いのに……アキヒロくん、そんな怖い人じゃないよ?」

 

「無理です……」

 

「なんでだよ」

 

「だ、だって……夢みたいで……」

 

「夢ぇ?」

 

「──憧れた人たちが目の前にいるんですよ?!」

 

「あ、ああお……なるほど」

 

「ロイスさんは分かってくれますか!?」

 

「分かるよ」

 

 ウルフめ……どんだけ金を使いやがったんだ。こんなところに金をかけるくらいなら、もっと演出を豪華にできただろうに。それか劇場を大きくするとか……食い意地が張ってるな。

 

「俺にとって、先輩──アキヒロくんはそんな感じだから」

 

「そうなんですか?」

 

「シオン達が読んでる台本には、多分俺の話は入ってないからな。ウルフさん達に教えてもないし」

 

「き、聞きたいです!」

 

 うけけけけ! 

 人間の形に収まった化け物とか限界を超えた生命とか言っても、生理的欲求のうちの一つである食欲には勝てない! 人の形である限り、生物としての閾値を完全に破壊できるわけじゃない! 

 

 魔素の限界はそこだ! 

 定められた形があるならば、そこを超えてまで変容させることはできない! 

 

 じゃあ、なんで異形になってしまう探索者がいるんだ……? 

 

『加賀美さんがすごい顔してる……』

 

『やっぱり余人には分からない何かがあるんだろうな……』

 

『話聞きたかったけど……今は話しかけちゃまずいかな』

 

『うん、今はやめておこう』

 

 この牛肉一つとってもそうだ。

 俺が思う存分食べるためには、モーモーちゃん達を人工的に繁殖させる必要がある。でも、やり過ぎると大災害が起きる。牛からミノタウロスになったり六目の怪物になったり、羽ばたき輝く無貌の怪物になったり──どう考えてもお前は牛じゃないという奴が現れるらしい。6本脚だとか乳が多く出るとか子供を産み続けるとかってのもいるのに、そこらへんの常識的な変異のやつとどう違うのか。

 

 魔素の量は大きく関係しているはずだ。

 でも、それだけじゃ説明はつかない。

 俺だ。

 レベルが20もアップして、全く変異が見られないのは何故だ。

 

 何度も考えて、今に至るまで結論は出ない。

 俺の存在が全ての反証すぎて邪魔だな……

 

「おい」

 

「え?」

 

「おい」

 

「はい」

 

「おい」

 

 ウルフが詰め寄ってきている。

 とても。

 すごく。

 ガチ恋距離……ってやつかな。

 どれくらいが定量的にそう判断できるのか知らないけど、鼻先5mmはガチ恋だろ。

 

「なんですか? キスしちゃいますよ、もう少しで」

 

 嫌だよ俺。

 ミツキが顔両手の指の隙間から見てるんだもん。

 キスは3人とだけに決まってるっしょ。

 しかも男。

 

「何故、私が用意した牛肉をよける」

 

「…………俺が牛肉を食べるときは、俺が自分の力でそれを達成したときです」

 

「なんだそれは……なんの意味がある」

 

「中途半端なところで欲求を満たせば想いは弱くなります。常に飢えていなければ、たどり着くことはできません」

 

 腹を満たしても、女を抱いても、寝ても、子供と触れ合っても、幸福の中にいてもどこか足りなければ、それを人は原動力とすることが出来る。

 

「そんな話はしてないぞ!」

 

「痛い!」

 

 またビンタされた! 

 父さんには殴られたことないのに! 

 

「人の好意を蔑ろにするな! この薄情者!」

 

「サ、サプライズは需給が釣り合っていることが前提です!」

 

「黙れ! ……ルクレシア! こいつの口に牛肉を詰め込むぞ!」

 

「──やらせねえ!」

 

 酒が入って、程々に気分が良くなった奴らばかりだ。

 少なくとも成人組からの助けは見込めない。ミツキとアリサとフブキは壁際で座り込んで、フブキが持ってきた本を黙読している。何かを言いかけて連れて行かれたかと思ったら何をしているんだフブキ(アイツ)は。

 

「逃げんな!」

 

「ふんっ! その裾で今の俺に追いつこうなんて、100年早いな!」

 

 ルクレシアはドレスだ。

 ウルフに見せるためのものだ。

 破くことはできない。

 自然と動きは制限され、レベル20程度の探索者の動きに留まっている。厄介なのは──

 

「なるほど。お前……技能を隠してやがったな」

 

 アオキだ。

 じっくりと俺を観察して、動きを目に慣れさせようとしてやがる。

 こんなのチートだろ。

 せめて自分も参加しろよ最初から。

 

「万が一ドレス引っ掛けたらルクレシアがうるせえだろ」

 

「そのっ、通りっ、ですねっ」

 

「んのっ! てめっ! 捕まりやがれっ!」

 

 ステップでルクレシアを回避するのもなかなか辛いものがある。動き過ぎるとルクレシアを置いていけるけど、あくまで室内なので床を踏み砕いてしまうし、下手すれば半壊せる可能性もある。

 それに、人間にぶつかったらミンチだ。そんなポカをやらかす気はないけど、万が一はある。

 

「流石に女にゃ手出せねえか」

 

「あ! 気をつけて下さいね! アキは女の子の鼻を殴れますよ!」

 

「やべえな」

 

 何故、それを今このタイミングで言うんだ。そんな朗らかに。

 一番良くないだろ。

 しかも事情を全部省いちゃうから俺が普通に女殴ったみたいに思われる。

 不良更生のためだったんだから、それ言ってくれればいいじゃん。

 

「流石に意味なく殴んねえよな?」

 

「理由があってもなくても女の子殴るのってダメじゃないです?」

 

「うーん、正解」

 

「ちなみにアリサちゃんはそのうちの1人です」

 

「女を殴って言う事を聞かせるタイプだったのか……今、明かされる嫌な真実ってやつだな」

 

 冷め切った空気を感じる。

 

「えへへ……」

 

 アリサはアリサで嬉しそうに鼻を抑えている。

 アリサ……その反応は間違ってるかも。

 

「おいアキヒロ」

 

「はい?」

 

「お前、やばいな」

 

「……」

 

 流石に弁明した。

 ついでに牛肉に関しても、皆に夢があるのと同じように俺にも大事な夢があるのだということを改めて伝えた。今はみんなで分けて食べている。

 ウルフには悪いけど、こういうのは大切だから。

 だけど嘘偽りなく、気持ちはすごく嬉しかった。

 

 時間が進むと酒の消費量が増える。

 肌に朱が差している人間も1人や2人じゃない。

 

「加賀美さぁん、お酒飲みましょーよー」

 

「そーだそーだー……会長も飲め〜」

 

 ソフィア×2が揃って圧をかけてくる。

 俺が酔っ払ってるとかではなく、ソフィア(本物)とソフィア(女優)が同時に来ているだけだ。

 ロイス、早く回収してくれ。

 ……アイツどこだ。

 

「ううソフィア……うう……可愛いよお……」

 

 ロイスは泣きながら植木に抱きついていた。

 ……後でこいつら連れて帰るの俺なんだよな。

 

「ふへへ、加賀美さんお酒足りてないですよ!」

 

「ああ、じゃあはい」

 

 美女2人に注がれる酒ならいくらでも飲めるというものだ。

 

「お酒好きなんですか?」

 

「好きだよ」

 

「じゃあ、もっと飲みましょ〜! おっとっと……」

 

 酔いに任せた注ぎ方で並々と注がれた透明の液体を喉に流し入れる。穀物から作ったことはわかる。

 だけど、米じゃない。

 麦でもない。

 独特な味は、きっとこの世界特有の素材によるものだ。

 不味いわけではない。

 酒なんてのは、同じ素材を使っても大きく味が変わる。

 こういうのも悪くはない。

 

「美味しいです?」

 

 焙煎されたコーヒーのような香りがほのかに鼻腔に広がると、先ほどまで食べていた食事の味が上品に消え去る。

 なるほどこれは食事に合う。

 

「そこそこだな」

 

「おつまみに、コレ美味しいですよ」

 

「ふむふむ……」

 

 粒状の焼き物。

 噛めば薄くカリッとした外皮が裂けて中身がトロリと溢れ出す。それと同時に潮の匂いが広がり、咀嚼を繰り返すとほんのり甘く変わっていく。

 

「塩気はなあ……酒と合うんだ」

 

 後味の甘さは余計だけど、それすらも流し込める。

 

「ポセインドマグロも美味しいですよ」

 

 なんて? なんて? なんて? 

 初めて聞いたのに、絶対聞いたことのある単語が混じってたぞ? 

 

「コレです」

 

「うおおお……たしかにポセインドマグロだ……」

 

 下顎を覆うように白いイボができて、まるで豊かに蓄えられたヒゲのように見える。右脚は槍のように鋭く、返のついた構造。恐らく狩りに使うのだろう。

 このイボの部分は美味しいのかしら。

 

「そこが一番美味しいですよね」

 

 ソフィア役の彼女はナイフで綺麗に切り分けようとしたが手元がおぼつかない。怪我でもされたら大変なので代わりにやると、中は繊維状のようだった。

 寄生虫かと思った。

 普通に食欲が失せる見た目──しかし味は割とマトモだ。

 白子を薄めたような味のそうめんというのが表現として近しい。ポン酢があればよかった。

 

「おいひー!」

 

 おいひーらしい。

 悪く言う気はないけど、異世界人は貧乏舌なのであまり判断基準にならない。

 100年で日本に追いつけなくて残念だったね……とはいえ、久しぶりに白子を思い出したのはとても良かった。

 ミツキに買ってきてもらおうかな。つっても沿岸部じゃないと買えないし、ここにいるうちに一緒に買い物もありだな。

 

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

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