【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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侵略者編
1_シエル


 

 飛び出してしまったシエルちゃんは、霧にも怯む事なくどんどんと進もうとする。追いかけると、街の外にまでやってきてしまった。すれ違うみんなが驚くくらいの速さで走っていたから、ぶつからなかったのが奇跡だ……今度あやまらなきゃ、2人でね。

 

「シエルちゃん……!」

 

 土を蹴って、下草を踏みつけて、ぬかるみを越えて、木々の間を抜けて、僕たちは池のほとりまでやってきた。夜はネレイドが出るって注意された池だ。

 既にモンスターがどこにいてもおかしくない場所で、何でシエルちゃんがここを選んだのかは分からない。だけど、来てしまったものはしょうがない。

 モンスターが出る前に連れ戻すんだ。

 

「はぁ……はぁ……待って……!」

 

「……っ!」

 

 だけど、その前に──息切れが酷かった。

 こんな風に全速力で走ると、まだ未熟な僕じゃあ暫く話せない。それでも、逃げられないように声をかけると止まってくれた。

 

「シエルちゃん……」

 

「ぅ……」

 

「なんで走り出したの?」

 

「や、やだ……」

 

 首を振る姿は、駄々をこねる子供そのものだ。

 時折、町で買い物をしていると見かける光景とそっくり。普段の様子からは信じられない。

 

「教えて──」

 

「ヤダ!」

 

 どうしても知りたかった。

 いつも、ぱっと見は落ち着いているように見えるシエルちゃんが感情をむき出しにしてヤダって……その理由が。

 

「シエルちゃん」

 

「や、やめて……」

 

 シエルちゃんは怯えている。

 僕は頭が悪くて、世間知らずで、弱虫だから、何に怯えているか全然分からない。それでも、毎日一緒にいた僕だからシエルちゃんが何かに怯えている事はわかる。

 

「う……あ……」

 

 テマリさんの部屋に入って少ししてから、顔色が悪くなったことには気付いていた。その段階で、部屋を出ておくべきだったんだ。

 

「ひぅっ……!」

 

 力不足なのは分かってる。

 何ができるか聞かれても、ハッキリと答えられもしない。だっていつも、僕の方こそ助けてもらってばかりだから。

 それでも、手を伸ばしただけで泣きそうになっている仲間を──シエルちゃんを放っておくなんて事、できるわけがないんだ。

 

 

 ──1歩、踏み出した。

 

「来ないで!」

 

「っ!」

 

 それだけで怯えはさらに強くなって、僕自身がまるで悪いことをしているかのようだ。実際、女の子を追い詰めているんだから言い訳はできない。

 

 だけど、それで退いたりはしない。

 

「あっち行って!」

 

「ヤダ!」

 

「ぁっ……」

 

「僕だって嫌だ! 僕を助けてくれたシエルちゃんを放っておくなんて!」

 

「…………っ」

 

「だから──」

 

 ズカズカと距離を詰める。

 普段であればこの時点で、ディーンさん達の連携攻撃くらいの密度の口撃が飛んでくる。

 そんな状況で目を逸らすだけのシエルちゃんが、いつも通りなわけない。

 

「うぅぅっ……!」

 

 世界そのものを拒絶するかのように、目も、手も、肩も、ギュッと固く閉じてしまった。

 それでも、逃げないでいてくれるなら。

 

「シエルちゃん……」

 

 ようやくここまで近付けた。

 触れ合える距離にまで。

 

「知りたいんだ、僕も」

 

 両脇で硬く握られた拳に手を重ねる。

 本当に硬く閉じられていて、力づくで開けられるとは思えない。

 

「シエルちゃん」

 

「うぅ……」

 

 だから、せめて、辛そうにしているシエルちゃんに寄り添いたい。

 

「…………っ……」

 

 そう思ったけど、やっぱり身体が動かない。

 最後の一押しがどうにもならない。

 腕をうろうろと動かすだけの自分が情けなくて、それでもやっぱり怖かった。

 

 拒絶されたらどうしよう。

 

 逃げられたらどうしよう。

 

 また、置いていかれたらどうしよう。

 

 そんな気持ちがだんだんと、水の底から上がってきているように心を占めていく。

 

「くっ……!」

 

 いつまでもウジウジ悩んでいるのを助けてもらって、シエルちゃんとハシュアーに負けてられないと自分では心を入れ替えたつもりだった。

 そんなのは気のせいだった。

 情けない僕は僕のままで、強くなったのはガワだけ。それもほんの少しの成長。

 

 動け。

 手を取ったんだから、あと少し。

 腕を伸ばすだけだ。

 伸ばして、背中に回すだけだ。

 

 ──腕に入っていた力が抜けていく。

 

 僕が幼馴染(ヒマリやユウキ)と簡単に触れ合うことができていたのは、彼女達が幼馴染だからでしかないんだ。僕に勇気なんてなくて、慣れでしか動く事はできない。

 ハシュアーや加賀美さんみたいに、未知に自分から飛び込んでいくなんて、夢のまた夢──

 

「……ぅ……?」

 

「ぁ……」

 

 シエルちゃんが泣きそうな顔でこっちを──僕のことを見た瞬間、何かが大きく跳ねた。

 

「っ!」

 

「うぁっ……」

 

 勢い任せに、とにかく抱きしめた。

 何回かトラブル的にした事はあったけど自分から抱きしめたいと思って抱きしめたのは初めてだった。

 抱きしめた瞬間、腕の中でシエルちゃんがくぐもった声を漏らしたのだけは聞こえたけど……反応する余裕がなかった。

 

「ああ……」

 

 情けない声が漏れちゃった。

 頭がすごく熱くて、何も考えられなかった。

 抱きしめて、それで無意味に時間を過ぎ去らせてしまった。

 

 

 ──────

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 僕たちは池の畔に腰を下ろしている。

 腰を下ろすっていうか……抱きしめたまま僕の腰が抜けたせいで倒れ込んじゃって、そのまま上体だけ起こした? 

 でも、こうして時間が過ぎていけばその内モンスターが現れる。その前に話をしなくちゃいけない。

 

「シエルちゃん」

 

「……うん」

 

「僕……あ、あの、いきなり抱きしめてごめんね」

 

 まずはそこからだった。

 良く考えたら、話も何もせずに抱きしめちゃったし……

 

「……嫌じゃなかった、から」

 

「っ!」

 

 それでまた心臓が跳ねる。

 何を話すべきか飛んでいってしまいそうだった。

 嬉しくて、また抱きしめてしまいそうだった。

 

「そ、それでっ……さっきの話、何だけど……」

 

 そうだ。

 落ち着くんだ、僕。

 真面目に……真面目に……

 

「レイト」

 

「うひゃいっ!」

 

「…………」

 

「ん、んんっ! なにかなっ!」

 

「……ごめんね」

 

「大丈夫だよ、暗くなる前に帰れば──」

 

「そうじゃなくて」

 

「……?」

 

 他に、何かシエルちゃんから謝られなきゃいけないことがあったかな。

 多分ないと思う。

 なんだろう、気を遣ってるのかな。

 

「…………私たちの、せいなんだ」

 

「なにが?」

 

「あの人が友達を亡くしたの」

 

「……ん?」

 

「私たちのせいで、守護精霊であるリヴァイアサンが攻撃を仕掛けた。だから、あの人の友達は死んだ」

 

「…………?」

 

 頭に入ってこない。

 言っている意味が一つも、これっぽっちも、繋がりを持っていなかった。

 シエルちゃんはずっと一緒にいた。

 リヴァイアサンなんて関係ないのにどうしたんだろう。

 

「シエルちゃん何言ってるの?」

 

「……私は、蒼連郷の人間じゃない」

 

「ハシュアーと同じってこと?」

 

「ううん、もっと遠く」

 

「遠く……?」

 

「天命山脈のずっと向こう、エリュシアから私はやってきた」

 

 なんだか、良く分からないことを言っているなという感じだった。天命山脈の向こうとか言われても……

 

「天命山脈って向こう側があるんだね」

 

「うん」

 

「その向こう側から来たの?」

 

「……うん」

 

「うーん……ごめんね、シエルちゃんが言っている意味があんまり分からないや。リヴァイアサンが攻撃したのはシエルちゃんのせいって……そんなわけないよね?」

 

「……」

 

「っ」

 

 ゾクリと、意味不明な震えが身体を走った。

 

「だ、だってさ! 僕たちずっと一緒にいたじゃん! ずっと一緒の家で暮らして、一緒にダンジョンに潜って、一緒にご飯食べて……い、一緒に……」

 

「……ごめんね」

 

 シエルちゃんが悲しそうに微笑んでいる事を、何でこんなに怖いと思うのか自分でも良く分からなかった。

 今まで一度も見たことがなかった表情だからなのかな。

 

 何かを言わないといけない。

 そうしないと──

 

「私は、敵なんだ」

 

「待って……」

 

「ここにいるみんなの敵。蒼連郷を侵略するエリュシア帝国の先遣隊で、情報を流してたスパイ。つまり…………私は、レイトの──」

 

「待って! ちょっと……ちょっと、待って!」

 

 寒い。

 寒気がする。

 何を言おうとしてたのか想像したくない。

 

 シエルちゃんと僕が出会ったのは一年前。

 その更に前のことを僕は知らない。

 加賀美さんだって知らないだろう。

 だから、シエルちゃんが自分のことをそうだって言うなら……違う、シエルちゃんがそんなわけない。

 

「レイト…………ごめんね」

 

 違う。

 そんな顔してほしくない。

 そんなつもりでここまで来たわけじゃない。

 

 だけど、次に言われた言葉でさらに頭が塗り替えられた。

 

「ハシュアーが襲われたのだってそのせい。私が……レイトに関わっちゃったから」

 

「っ……何でそんなこと言うんだよ!」

 

「本当のことだから」

 

「本当じゃない!」

 

「ううん、本当。ハシュアーを襲ったのは上級審問官。名前はエイシャとロックス、間違いなくエリュシアの軍人だよ」

 

「な、何でそんなことがわかるんだよ!」

 

「……これ」

 

「…………指輪……それって、ハシュアーが女の子から預かったって言ってたやつだよね」

 

「うん。ここに刻まれてる紋様は……力を受け取るための呪文。精霊が私たちに力を与えるための媒体がこれ」

 

 ますます、訳のわからない単語が増えていく。

 じゅもん? 

 せいれい? 

 それがなんだっていうんだ。

 

「一斉攻撃のために。商工会を潰して、更に軍隊を送り込むために……私たちは先んじてここに来た」

 

「…………」

 

「だから、私は──」

 

「何で教えたんだよ」

 

「……」

 

「教えたら、隠れてた意味がないじゃないか」

 

 それをわざわざ僕に言わなければ最後まで隠し通せたはずなのに、何で言ったんだ。

 僕のことを……

 

「僕を殺す気だから?」

 

「──違うっ!」

 

「……じゃあ、なんでさ」

 

 本当に、理由がわからなかった。

 

「…………レイトには……逃げてほしかった」

 

「…………え?」

 

「逃げて欲しい、遠くへ。誰もいない場所とか……ドワーフの帝国とか……とにかく、エリュシアーーエルフが手出しできない場所へ」

 

「な、なんで僕が……?」

 

「…………」

 

「ねえ、なんで……そ、それならシエルちゃんも一緒に行こうよ! みんなで一緒に、逃げようよ!」

 

「……無理」

 

「なんで!」

 

「私もエルフだから……一緒にいる限り、エリュシア帝国に居場所は筒抜け」

 

「そんな……」

 

 視界が回っている。

 座っているのにぐるぐると、倒れ込みそうになるのをなんとか堪えた。

 

「何とかならないの?」

 

「…………もうすぐ、審問官達が私を殺しにくる」

 

「──はっ? えっ?」

 

「秘密を話した私を、殺しにくる」

 

「なっ……なんっ……」

 

「今ならまだ間に合う。逃げて」

 

「──」

 

「レイトだけなら逃げられる」

 

 殺しにくる。

 シエルちゃんの仲間が僕たちを。

 

 シエルちゃんはシンリャクシャの仲間で、蒼連郷を壊そうとしている? 

 だけど僕のことは逃がそうとしてて、シエルちゃんは今からやってくるシンモンカンに殺される? 

 

 なんだよそれ。

 

「──逃げれば良いじゃないか!」

 

「だから……無理なんだよ」

 

「それなら……それなら……それなら……!」

 

 僕の聞き分けが悪いんじゃない。

 シエルちゃんが意味のわからないことを言うのが悪いんだ。

 なんで、そんな、説得しようとするんだ。

 

「戦おうよ! 戦って、勝てばいいんだ!」

 

「……エリュシアにレベルって考え方はないけど……多分、私たちよりはずっと上。だから、勝てない」

 

「──」

 

 どうすれば良い。

 どうすれば助かる。

 どうすれば助けられる。

 僕の命なんかどうでもよくて、せめてシエルちゃんだけは──

 

「──くる」

 

「っ!?」

 

 風が霧を巻き上げる。

 咄嗟に、シエルちゃんを背中に隠した。

 

 

 

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