【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
場に広がる静寂。
僕たちはみんな、その人のことを見たことがなかった。
この世のものとは思えないような清廉さを湛えた気配。
黒い竜は地に足をつき、その背から飛び降りた。
彼女が息をするだけで、視線を向けるだけで、意識が飛びかける。
白銀の髪。
それは神を降ろす姫と同じく、光を受けて世界に輝きを返す鏡。
白銀の瞳。
それは見つめられれば最後、彼女が
穢れを知らないような肌。
女子であれば誰もが羨む、どれだけ日光を浴びても色褪せることのない真の白さに満たされた器。日焼けという機能を排除したように。
頭部から伸びる角。
全てが銀に包まれた身体にあって、そこだけが煌めく赤金だった。
それを売れば一生を遊んで暮らせるような財を築くことが容易いのは誰にでも分かった。
外に出ているドワーフ達と、そして僕たちは一言も発することが出来なかった。彼女を前にして何かを言うことは、彼女という存在の完全性に引っ掻き傷をつけるようなものだと感じてしまった。
ドラゴンがゆっくりと僕たちを口の中に入れ、満足するまで咀嚼したとしても反抗できなかっただろう。
正体がまるで掴めない。
ドラゴンの背に乗って問題なく立っていられる身体能力。
そもそも、ドラゴンが背中に人を乗せるなんて考えられない、信じられない。
ハシュアー達を載せていたのと同じドラゴンなのかな。
そのまま世界ごと固まって、彼女が何かをするまで動くことができないんじゃないかというような緊張感だけが包み込んでいく。
『──』
地面の感触を楽しんでいるかのようなゆっくりとした足取りで僕たちの方へ向かってくる彼女の前で、まず動き出しのはアルスさんだった。
息を整えて、口を開く。
「あ……あな、た……は……?」
いつまの落ち着いた話し方は何処へやら。
息も絶え絶えに、合間になんとか言葉を吐いている。
あなたは。
当然の呼びかけだ。
まず、領地内に現れた不審者に誰何を問うのは義務のようなもの。況してや相手がドラゴンの背に乗っているならば。
『私は──』
「っ……ぁ……!」
その声を聞いただけで、また意識が飛び掛けた。
『ただの娘です』
耳から入り込んで、全身を内側から優しい手付きで撫でられているような。抗い難い感覚が襲っていた。
皆、身体を縮こまらせている。
アルスさんですら顔を赤くして、お腹の下の方を抑えてその場に蹲った。
『
「──!」
聞き捨てならないことを言った彼女の、その言葉に答えることができない。声を発しようとしても、喉元をなぞられる様なゾクゾクとした感覚が邪魔をする。
人には見せられないような恥ずかしい衝動が、収まらなかった。
『…………あの2人のドワーフもそうでしたが、何故、私が話すと蹲るのでしょう』
聞こえない、何も。
僕たちは完全に命を握られて、何もできなくさせられていた。
「んっ……あっ、はぁっ…………や……へぅ……っ!」
『おや、あなたは大丈夫ですか』
近くで、地面を踏み締める音が聞こえた。
かろうじてそちらを見ると、アリアちゃんが悶えながら、身体を抱きしめながら立ち上がっている。
そして、頭に手をやった。
「ぅ…………あなたは、どうやら特殊な力を持っているようですね」
『──同じ気配』
唐突に感覚が止んで、身動きが取れるようになった。
本当に、もう少し長く続けばどうにかなってしまいそうだった。
シエルちゃんなんかに触れてしまえば──
「──」
視線が交わった瞬間、どうしようもなく身体がまたあの感覚を思い出してしまった。きっと、お互いに。だから視線を逸らして……そうして、僕はあの人を見た。
「名前が無い……ならば、あなたは何者ですか」
『私は娘と呼ばれています』
「娘?」
『そう。ドラゴニアの娘です』
「ドラゴニア……それがあなたの種族ですか? ドワーフやヒューマンのような」
『人がドラゴンと呼ぶ私達の、真の呼び名です』
アリアちゃんが神様を降ろして喋り始めた『娘』は信じられないことを言っていた。
彼女はつまり、自分がドラゴンであると主張しているんだ。確かに人とは思えない美しさだけど、どう見てもドラゴンじゃない。
「確かに……あなたはヒトではありませんね」
だけど、イルファーレ様はそれを認めた。
『娘』はヒトじゃなくて、ドラゴンだって。
どこからどう見てもヒトの姿を持つ彼女を。
「それで、どういった御用向きですか?」
「……あんまり歓迎されてないようですね」
苦笑い。
彼女はあくまで余裕のある振る舞いを見せている。
ドラゴンが後ろにいるからだろうか。
それとも、彼女自身が──?
「彼の言う通りでした……私が人の前に姿を見せれば大きな災いの種となる。人は弱く、自らと違うものを受け入れることなどできないと」
「──ヒロさんはそんなこと言わない!」
「いえ、彼は確かに…………おや、あなたの匂いは……むむむむ!?」
「え……な、なに……?」
「すんすん…………薄いながら……」
『娘』は突然アリサちゃんに詰め寄って、その匂いを嗅ぎ始めた。まるでコマちゃんがそうするように。
そして満足するまで嗅ぐと、やや不愉快そうに言った。
「あなたはアキヒロの家族ですか?」
「…………ま、まあ? そんな感じ、かな?」
「あなたのせいで私は交尾できなかったわけですね」
「──この泥棒猫!」
「うわあ! ド、ドラゴニアです!」
アリサちゃんが飛びかかり、キャット&ドラゴンファイトが始まった。
当然、勝者は見えていたけど、退けない戦いがこの世にはある。
そして案の定、加賀美さんを連れ去ったのは彼女だった。
いや、彼女というよりは彼女の仲間か。
連れてきたドラゴン──ドラゴニアのうちの一体によって、3人を運んだんだ。
じゃあどこへ運んだのって話だけど、それはちゃんとイルヴァン王国に運んでくれたらしい。
なんで?
加賀美さんに会いに来たはいいものの、忙しいから先に運んでくれって言われたんだってさ。
どういうこと?
そもそも、この人と知り合いなのがよく分からないところだ。
どこで知り合ったんだろう。
──どこで、いつ、どうやって。
そこら辺の話は全く教えてくれなかった。
危ないから、そういう情報は全部隠せって加賀美さんに言われていたんだって。加賀美さんと知り合いってことを口に出すのが一番危ないと思うんだけど、そこは教えてくれなかったんだ。
ただ、情報を隠していても加賀美さんの知り合いであることに疑いようはなかった。
だって……こんなに綺麗でこんなに変な人、加賀美さん以外にどうにかできるわけがない。
「ガルルルル」
「どうどう」
唸って警戒するアリサちゃんをシエルちゃんが宥めている。
こうなったら最後、敵としてしか扱わないだろう。
アリサちゃんはカラッとした見た目をしているけどすごく重い。
ヒナタさんと上手くやれないのもそれが原因だ。
ミツキさんとは加賀美さんという共通点を超えて仲良くなるきっかけがあったらしいけど……今出会ったばかりで、しかも人間とは思えないような美貌の持ち主だ。
夜のアルスさんくらいエッチな格好をしている人が加賀美さんのことを親しげに呼んで、露骨に他の人間と違う扱いをしているなんてなれば、焦らないわけがない。
でも今は抑えてね。
『……』
ドラゴンはずっといる。
ずっといて、僕たちのことを睨んでいる。
もし、『娘』を本当に傷つけるようなことをすればあのドラゴンが僕たちを噛み殺すに違いない。イルファーレ様がどうにかしてくれる──というのは都合よく考えすぎだし、アリアちゃんの身体も心配だ。
アルスさんが、なんでこのタイミングで現れたのかってことに続けた。
確かにそうだ。
タイミングが良いのか悪いのか分からないけど、すごくぴったりのタイミングだ。
僕だがちょうどセクターに戻ろうとしていた、その直前なんだから。仮に1日でも遅れてしまえば、会えなかったかもしれない。
それか、もっと早いタイミングでも良かった。
ドラゴンはずっと来ていて、あれがきっと『娘』の仲間なんだろうけど……何回か目は合っていたんだから、その時に出て来てくれれば良かった。
それなのに、なんで帰ろうっていうタイミングなんだろう。狙っているようにも感じた。
だけど、少し事情が違った。
『娘』はずっと、待っていたんだって。
僕たちが支度を済ませるのを。
いつもは手ぶらで、ただ散歩をしているだけに見えたから出てこなかった。
今日は僕たちが荷物を持っていて、それで地上に現れたから急ぎで姿を現したって。
探索者達が野営地を去る時や、加賀美さんが出て行く時の格好がそんな感じだったから、それに近い時を狙ったらしい。
つまり、僕達がもうちょっと手に何かを持って地上に来ていればもっと早く会えたって事?
「なんだよそれ……」
ドラゴンはドラゴン、という事だった。
凄く力が抜けた。
何か深刻な事情があったりするのかもなんて思っていたのに、ただ見た目で判断していただけだなんて。
自分から来てくれなきゃ、僕たちがわかるわけない。
『アキヒロが言ったんですよ。もし簡単に人前に姿を現したりしたら、捕まって酷いことされるぞって。豚のお嫁さんにされて、一生閉じ込められるぞって』
でも、見てたんなら僕たちが加賀美さんの仲間だってことぐらいわかるはずだ。
……どうやって見てたのかは知らないけど。
『疲れるので、そこまで長いこと見てられないんですよ。それに……仲間だからって、信用できるとは限りませんよね? ヒトは仲間ですら容易く裏切るじゃないですか』
そんなことはない、と言えるような雰囲気じゃなかった。
『なんにせよ、私は待っていたのです。あなた方を運ばないと話が進まないので、早く行きたいのですが』
どこに?
『どこって……そんなの、あの大穴ですよ』
僕たちは、すんなりとセクターに帰れるってわけじゃなさそうだった。
僕たちを運ぶっていうのは彼女にとって決まったことで、その為だけに僕たちをわざわざ待っていた。
それを断るのは空気的に出来そうじゃないけど……引っかかることが多くある。
戦争。
それと女の人を馬鹿にするような人たち。
そんなところに2人を連れて行くのは、凄く気が重かった。だというのに、アリサちゃんとシエルちゃんは乗り気だ。
「鞍、要らないんだね」
「ヒロさんヒロさんヒロさんヒロさんヒロさんヒロさん」
気にならないのかな。
「気にはなるけど、直ぐ行ってすぐ帰れば大丈夫でしょ。それに、馬鹿にして来たら股間蹴り上げてやれば泣いて謝るじゃん?」
「レイトが守ってくれる──でしょ?」
僕に止める術はない、ということだった。
アリサちゃんなんかは既に恐れすらなくドラゴンに近付いて翼を撫でている。
「大人しい〜」
『ゴロロロロ……ゴロロロ……』
「かわいい〜!」
ドラゴンは喉を鳴らして、頭をアリサちゃんの前へ差し出した。
「よしよーし」
「……私もやる」
2人は気分的に引いているところはなかった。
シエルちゃんなんかは、凄く状況的にまずいかもしれないところに行くのに、ドラゴンの手を持ち上げて目を輝かせている。無表情に見えるけど僕にはわかる。あれは凄くワクワクしている顔だ。
僕だけが、嫌だなって思っているんだ。
「レイト」
苦笑を浮かべて僕の腰を叩くのはアルスさんだ。
2人がドラゴンと戯れているのを見て、腕組みをする。
「おかしな話になってきたな。だが、腹を括るしかないぞ」
「そう……ですよね……」
腹を括ると言っても、あの2人が馬鹿にされている時に僕は何かできるのかな。
「男だろう? 折角貴重な体験ができるんだからせめて笑顔で行ってくれ。それともなんだ、私たちに辛気臭い顔を見せてから飛んでいくつもりか?」
「…………」
「男の子なら、女の子を守るんだぞ」
──強く、肩を叩かれた。
「…………にっ!」
「──うん、良い子だ」
イルヴァン王国とは別に、一つ問題がある。
さっきのあの力だ。
ドラゴンの背中の上であんな状態になったら洒落にならない。
そこで助けてくれたのがアリアちゃん、もといイルファーレ様だった。
「これを」
渡されたのは小さな結晶の首飾り。
イルファーレ様の力を閉じ込めたアイテムで、『娘』からの影響を小さくしてくれるらしい。
信仰も捧げていないヒューマンの筈なのに助けられてばっかりな気がして、せめて感謝だけでもしたかった。
「イルファーレ様、ありがとうございます」
「私というよりはアリアの────いえ、受け取っておきます」
「うん、元気でね!」
「神に元気でとは……奇妙な……」
僕たちは、人生で初めて空を飛ぶことになった。
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない