【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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32_竜の背中

「う、わあ……」

 

 空高く。

 ドラゴンの背に乗って見下ろした景色は、きっと他の誰も見たことがないようなものだった。霧が世界を覆い、その中で偶に、木々やモンスター、街が見える。

 世界は、上から見るとこんな感じなんだ。

 シエルちゃんも顔だけ出して、下を覗き込んでいる。

 

 これが、ドラゴンに乗ること。

 世界を見下ろすということ。

 飛ぶってことなんだ。

 

 でも、凄く乗り心地が悪い。

 

 風がひっきりなしに押し寄せて、髪をかき分けてもすぐに視界に入る。顔に当たって痛い。

 目を開けられないような強風の時もある。

 この状況でまっすぐ飛べることが不思議なくらい。

 時には雲の中に入って、雷の横を通り過ぎたり雨に打ち付けられながら進んでいく。

 

 それに、ドラゴンはすごい勢いで飛んでいる。

 強く羽ばたくから音が大きく立つ。

 風音と混じって、話し声なんか聞こえない。

『娘』が時折何か言ってて、その度にちょっとゾワっとする。だから、あの力からはちゃんと守ってもらえてるはずなんだけど何を言っているかはわからなかった。

 降りたら伝えよう。

 何も聞こえてなかったよって。

 

 気になったのは、ドラゴンの大きさだ。

 加賀美さん達を連れて行ったドラゴンの大きさは、このナイトドラゴンとそう違わなかったと思う。

 僕、シエルちゃん、アリサちゃん、『娘』の4人が乗っても大丈夫だ。

 つまりハシュアーとウォルフガングさんがいたとしてもまだ余裕はある。それなのに、なんで加賀美さんのことを鷲掴みで運んだんだろう。

 それも、一旦下に降りたら聞こう。

 

「く、苦……し、い……」

 

 僕たちが降りたのは地表じゃなかった。

 それどころか真逆の、空高く浮かんでいた島の上だ。

 暖かくて、襲ってくるモンスターがいない。

 見渡すくらいしかない大きさの島の上には柔らかくてしっかりした下草が生えて、寝転べる。それに、小さくて透明な池や果実を蓄えた木が生えているから少しの間なら生活だってできそうだ。

 見た目だけは。

 スカイホエール(成体はレベル80以上)の子供が一匹、安全だと分かっているのか日向ぼっこをしているけど、それに見入ることすら出来ない。

 

 一羽ばたきで急上昇したから、しがみつくのに必死で最初は気付かなかった。草の上に落とされた後少しして、上手く息ができないことに気付いた。

 できないわけじゃないんだけど、息を吐いて吸っても苦しいままだ。

 息苦しさが続いて辛くなり、その場にへたり込むと2人とも同じ状態なことがわかった。

 

「い、息が……」

 

「レイ……ト……」

 

 ヨタヨタと、四つん這いで僕のところまでわざわざやって来たシエルちゃんを抱き止めると、苦しそうに倒れ込む。僕も、だんだん視界が霞みがかって来た。

 それで、そんなところに僕たちを連れて来た本人はピンピンしている。

 不思議そうに僕達を見て首を傾げるばかりだ。

 

「下に……降ろし……て……」

 

『……!』

 

『娘』は目を大きく見開いて僕達の体を担ぎ上げると、もう一度ドラゴンの背中に乗り込んだ。

 って……

 

「うわあああああ!!?」

 

「ヒ、ヒロさあああああん!」

 

 落ちる。

 急降下だ。

 ドラゴンの羽ばたきが生み出す速さは、自分から落ちるそれよりもずっと速くて敵わない。

 僕たちは涙も声も枯れるくらいに叫びながら、ドラゴンの背中の上で自分たちを待ち受ける悲惨な末路に想いを馳せるしかなかった。

 

 ──というのは落ちている最中の出来事で、『娘』は僕の言葉をちゃんと聞いて地上に運んでくれただけだった。

 必死に空気を吸い取る僕たちを見てコロコロと笑う彼女は、あの息苦しい場所でも平気そうだった。

 ドラゴンの娘というのが更に信ぴょう性を増した。

 

 風に吹かれていた僕たちは、何もしていないのにかなり消耗していた。流石に弱すぎると引かれたけど、一日中あんな風に吹き曝されていれば探索者だって疲れるよ。

 ──ハシュアーとウォルフガングさんも弱かったって言うけど、これが普通なんだ。

 

『?』

 

 納得がいかないように首を傾げるので、加賀美さんがいかに常識はずれかということを説明した。

 それに、人間はあんな環境を耐えられるように出来てないってことももう一度。

 

『つまり……アキヒロはあなた方から嫌われているということですか?』

 

 そうじゃないけど、普段の(商工会にいる時の)加賀美さんを思い出すと大抵の探索者から忌々しそうに睨まれていることを思い出した。

 大学でも1人だけ貧乏の出だから浮いてるってミツキさんも言っていた気がする。

 街の人からは温和な狂人みたいに言われてるし……よく考えたら加賀美さんって嫌われてるのかな。

 

 ──アリサちゃんが大きく否定した事で、僕も正気を取り戻すことができた。

 

 そうだ。

 加賀美さんは嫌われてない。

 人とは違う考え方で生きてるから、怖がられたり不気味に見られてしまうことが多いだけ。

 話して、一緒に過ごしてみればこんなに人間らしい人もいない。

 自分の欲望に真っ直ぐで、だけどその欲望を塗り潰すくらいに何処までもお人好し。自分の命だってかえりみないで、誰かのために動ける人なんだ。

 

 大学の同級生の為に2級のダンジョンに行ったって話も聞いた。ミツキさんが、ちょっとだけ怒ってるけど喜んでもいるっていう複雑な反応だったのは、その同級生がミツキさんの親友だったからだ。

 

 そうやって自分の夢以外の為にも動ける人だからこそ、コマちゃんも一緒にいるんだと思う。

 だから、加賀美さんのことが嫌いなんてあり得ない。

 

『アキヒロは言っていました。人は自らと違うものを畏れ、忌み嫌い、除け者にしたがるものだと。あなた方の話を聞けば聞くほど、アキヒロ自身がそうなんじゃないかと思うんですけど』

 

 加賀美さんの変なところは、傍目には分からない。

 普通に話しかければ凄く丁寧に答えてくれるし、嫌われることなんかない。

 

『……残念です』

 

 アリサちゃんがそれを聞いて憤るのは当たり前だった。

 大事な人が嫌われていなくて残念だなんて言われたら怒るに決まっている。

 だけど、その憤りを軽く流した『娘』は変なものを取り出した。ドラゴンの翼下に固定していたそれは、何かの毛皮でできていて、とてもモフモフしている。

 筒状で、人がすっぽり入れそうだ。

 ちょっと匂いが気になるけど、本人は全く気にしない。

 

 その使い道が予想通りか知る前に、まずはお風呂だからって水を移動するように言われた。ドラゴンにもお風呂に入るという習慣があったらしい。

 僕たちは驚きで軽口を叩くことすら出来なかったけど、それでもお風呂に入れるならと黙して水を運んだ。

 桶は、『娘』が木をくり抜いて一瞬で作ってくれた。

 粗雑だけど、道具だ。

 彼女のお母さんとかが作り方を教えてくれたのかもしれない。

 

 お風呂に入るには、水を温めることが必要だ。

 それに、地面を掘っただけの穴に水を入れてもすぐ染み込んでしまう。

『娘』はドラゴンに指示を出して、土を焼き固めていた。

 僕たちが1回目の水汲みから戻ってくる頃にはすでに煤けた匂いが漂っているんだから、やっぱりドラゴンだ。

 そこに水を撒けば、消えることなく残った。

 その作業を何度も繰り返して、ようやく、茶色がかってはいるものの十分な水量が準備できた。

 まだ水だ。

 そうなると次は──

 

『温めて』

 

 ドラゴンは勢いよく火を噴き、大きな石を熱する。

 真っ赤になったそれが水中に投げ入れられると、すごい量の蒸気が上がって爆発みたいになった。元々霧で包まれていたあたりに、さらに湯煙が追加されたから視界は最悪だ。

 

 まあ、気分は上々だけど。

 

「イェーイ! めっちゃ湯煙〜!」

 

『イェーイ』

 

「……イェーイ」

 

 遠くから聞こえる女子3人の楽しげな声。

 僕はこの、お行儀の良いナイトドラゴン君と一緒に火の番をしていた。

 最初にお風呂に入るのは女子、ということに反論はない。

 でも、ドラゴンと2人きりはちょっぴりこわいかな。

 

 ……本当はすごくこわい。

 ドラゴンって、加賀美さんが本気で戦うようなモンスターだ。

 

 夜闇のような漆黒に紫の脈が走っているナイトドラゴンの鱗に触れると、背中周りは僕の体温と大差ないけどお腹に近づくに連れてどんどん熱くなっていく。

 モンスターの体温は基本的に高い。

 死ねばすぐに冷めるけど、この熱さはやっぱり強者の証だ。

 今、僕が持っている剣よりもよほど鋭いだろう爪や牙、一欠片でも肌にあたればスパッと断ち切られてしまう筈だ。

 

 でも、そんな僕の恐怖なんかお構いなし。

 悪意がまるでない瞳は『なあに?』とでも言いたげに僕のことを見つめている。

 この子は雄だから、雌とは一緒の場所で生活しないんだって。

 寝る場所とか狩場を共有するのはツガイや仲間の雄とだけ。

 寂しくないのかな。

 寂しくないんだろうな。

 

 ──怖いけど、撫でていると段々そんな気持ちが薄れてくる。撫でて、焼いた干し肉やお芋、そこら辺に生えていた木の実をあげていると……決して人と相入れないモンスターなのに、恐怖を抱けなくなっていた。

 

 探索者がモンスターにこんな感情を抱くのは、きっとダメだ。モンスターは人を簡単に殺してしまう。

 ライセンスを取る為に最初に受ける講義でも聞かせられた。きっとこの子も、そのうち人を殺す。それが今じゃない保証は何処にもない。

 だけど、巨体に見合わない声で喉を鳴らす姿を真正面から見続けてしまえば、すぐに絆されてしまった。

 

 ──地面を踏む、軽い足音。

 

『お風呂、上がりましたよ』

 

「────わあっ!」

 

 一瞬、あまりの美しさに視線が囚われた。

 だけど、その奥にシエルちゃんが真の真顔で立っているのを見て、慌てて逸らすことに成功した。

 あのまま見続けたら、お風呂に行くどころじゃなかった。

 

 しかも、早く服を着てくれと言っているのに全然服を着ないで首を傾げている──もちろん直視していたわけじゃなくて視界の端でそんな風にしている気配を捉えていただけだからシエルちゃんが機嫌を損ねたのは僕のせいじゃない。

 

 お風呂から上がると、聞きたかったことをぶつけてみた。

 なんで僕たちを待っていたかってことだ。

 最初に聞くべきだったのかもしれないけど、衝撃とかあのチカラとか色々あり過ぎて聞けなかった。もしも加賀美さんの指示なら、それこそ先に言ってくれれば渋る事だってしなかったのに。

 

 聞いたら聞いたで、色々と複雑な事情があることが分かった。

 複雑って言っても、裏に誰かがいるとかそういうことじゃなくて彼女自身の心の問題だ。

 いないって言うとそれもまた誤解があるかな……加賀美さんが指示を出してはいたらしい。

 裏じゃないよね、うん。

 

『ドラゴニアである私の周りには、当然ドラゴニアしかいませんでした』

 

 彼女は、自嘲気味に言った。

 同じような姿の人と一緒に過ごした経験がほとんどなかったって。

 だから、人と触れ合いたかったとも。

 一番最初に話した加賀美さんと一緒にいたいと思うのは、自然だ。

 だけど、加賀美さんはそれをダメだって。

 

『俺に付いてくるなら、まずは人を知れ。そうだな……三船君達で良い。あのとき俺たちのことを見送っていた男の子だ』

 

 だから彼女は僕たちのことを迎えに来た。

 律儀なことに僕たちが支度をするまで待って、だ。

 言いたいことが分かるような気がした。

 加賀美さんを基準に置くと、人と関わった時に色々と話がズレるんだ。

 だから、まずは僕たち(普通の人間)と話して普通を学べって。

 そういうことだ。

 

 ご飯まで終えると『娘』は寝袋の中にすっぽりと収まった。加賀美さんが持って行ったものを真似して作ったんだって。

 少しだけ見窄らしいけど、満足そうな笑みで目を閉じる彼女を見ると余計な言葉は口に出せない。それに、素材自体は超一級品なのがひしひしと伝わってくる。

 だって浮いてるし。

 浮いてるのに型崩れしてないし。

 

 おじいさまがとってくれた? 

 おじいさまって誰? 

 

 ──褪せぬ黄金の主にして、谷を治める真の竜。

 ──果てない空に威光を及ぼせし王達の一角。

 ──敵を噛み砕くもの。

 

 凄そうだけど、よく分からないや。

 




やっぱ地の文多めの方が読みやすいし楽しいな……

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

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