【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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43_真似をするのは得意

 第32セクター。

 見窄らしい家がある。

 しかし見窄らしい家などどこにでもあるが、ここは更に見窄らしく見える。

 活気がないからだろう。

 貧しくても妻と夫がお互いの手をさすりあっているわけではない。ひもじい思いをさせじと、子供のために父親が働きに出ているわけでもない。

 1人で耐えるしかないからだ。

 

「うう……うう……」

 

 言葉遣い。

 顔付きや態度。

 顔見知りになったばかりの人が、数時間後にはグチャグチャの肉味噌になって戻ってくる。

 仕事の増加。

 朝から夕方まで、休みなく働く日も。

 

 最近、誕生日を迎えて15歳になったばかり。

 そんな少女が飛び込むにはあまりにもストレスが強かった。

 アオイは気が強い性質ではなく、探索者に強く出るのが苦手だった。背も低く、ハシュアーくらいしか身長が勝てる人もいなくて常に見下ろされている。

 圧迫感を感じながらの仕事。

 しかも、最近は輪をかけて治安が悪い。

 

 アキヒロが大怪我を負ったという日の後にも、職員がエリュシオンに同調した人間に襲われて1人亡くなっていた。アオイはあまり話したことがある人ではなかったが、帰り道にお菓子をくれたことがあった。

 

 そしてこの赤い空。

 じっと見つめていると視界が定まらなくなるような不安な色を見つめて、アオイは突然に立ち上がれなくなってしまった。

 ベッドにくるまって、狂いそうな孤独に耐える。仕事に行けばナナオがいると分かっているのに、どうしても布団から出る気力が生まれない。

 ご飯を準備することすら。

 

 あの空のせいだ。

 

『おーい! アオイちゃーん!』

 

 だから、扉の外から元気な声が聞こえてきた瞬間に飛び出した。顔もまともに見ずにお腹に突撃すると、ウッと呻き声を漏らした後に困惑している。

 

「いてて……なに……?」

 

「…………」

 

「え、ええと…………」

 

 そこで気力が尽き果てた。

 抱きつくところが限界で何も言えない。

 ただ辛いという感情で心が満たされて、それ以上の行動を取ることができなかった。

 

 しかし、少しずつだが。

 

「えっ」

 

 少しずつ、少しずつ、ハシュアーを家の中に引き込む。

 アリが巣穴に獲物をやや強引に引き込むときのように、グイグイと。

 足腰の力を使って、反抗しないと分かっている相手の優しさにつけ込みながら。

 

「アオイちゃん!? なになに!? なんで家の中に連れてこうとするの!?」

 

 ドアの縁に捕まるが、しかし意外な力強さに引き込まれていく。全力を出すにはあまりにもアホらしいタイミングだった。

 中に引き込まれていくと、ベッドから引きずってきた掛け布団がそのまま落ちている。それを踏んづけて行こうとするので、寝室に引き込まれながら拾って肩にかけた。  

 

「……」

 

 何かあったのだと子供ながらに勘付いたハシュアーは、なんでもいいから話題を変えようとした。

 ここで何も知らなかったら、今日はお母さんとかいないの? なんて言っていただろう。しかしハシュアーは知っている。

 彼女の両親は列車で盗賊に襲われて既に亡くなっていた。

 

 だから、他に話題を。

 ハシュアーは考えた。

 

「俺、いいもの持ってきたぜ」

 

 リュックから取り出したのは干し肉。

 アキヒロが一口齧って絶望した、旨みたっぷりのそれをアオイの顔に近付ける。

 お腹が空いていたのだろう。ぴくりと反応を見せた。

 

 2人は今、物凄く妙な体勢だった。

 ベット上に乗ったまではいいが、膝立ちのハシュアーの腹に思いっきり頭をめり込ませ、体重をかけている。

 その体勢では食べるものも食べられない。

 故に、一旦肉を仕舞い込み、軽く肩を叩いた。

 

「お腹空いてない?」

 

「…………」

 

 グキュルル、と注意していなければ聞こえないほどの大きさで腹の虫が鳴いた。それで耳まで真っ赤にするのだからなんともいじらしい。

 しかしハシュアーはそんな様子には気付かず、身体を起こさせようとアオイの身体の下に手を差し入れた。

 そうなれば当然、身体に触れるわけで──

 

「ひゃっ」

 

 固まる心。

 砂粒のように小さな悲鳴は時の流れすら利用して少年の心臓を突き刺した。かくして少年は両手を上に持ち上げる。

 ──フリーズの姿勢だ。

 

「ごごっご! ごめん! 違う!」

 

 言葉は波。

 感情の揺れがよく現れ、視覚化されてしまう。

 この場にいるのが2人だけでよかったと言うべきだ。

 しかし実際のところ、ハシュアーは変なことなど何もしていない。体にもたれかかってきて動かない女の子を起こそうとしただけだ。

 それが正解の行動かはさておき、違うことはない。

 

 肩に触れただけで悲鳴を漏らす繊細さというものに触れたことがなかったのが悪いのか。

 だが彼はまだ14歳。

 地底世界においては既に鍛治の訓練を半分以上修了していたものの、女遊びに耽る時間はなかった。

 そもそもそんな輩は愛しの女神様に叱られてしまうのだ。

 

「……」

 

 しかも、甘い声を漏らした少女はいまだに少年に頭を押し付けている。もはや、少年は進退に窮するしかなかった。

 だが安心して欲しい。

 こんな時のために助っ人というのが存在するのだから。

 

 ──本人ではどうしようもなくなったイボのようなこう着状態に、一つの音が混ざる。

 

「わふ」

 

「…………コマちゃん!?」

 

 お互いにのみ向いていた意識が全て、別方向に注がれた。その瞬間、空間そのものが崩壊するかのように雰囲気が軽やかになる。

 軽妙、珍妙と表現する方が犬の表情には合っているかもしれないが、先ほどの重苦しさはどこにもなくなった。

 その隙間を縫うようにコマちゃんが体を捩じ込む。

 2人の密着していた身体の間だ。

 

 頭と腹に距離ができて別の柔らかな感触で埋められると、ようやくアオイは顔を少しだけ上向かせた。

 怒られる直前の子供の顔で、やはり一言も発さない。

 ハシュアーはそれに対してどんな言葉を向ければいいのか、想像がつかなかった。

 しかし、無意識に手は動く。

 先ほどの肉を再度差し出し、頬に押し付けた。

 

「美味しいよ」

 

 不服そうに受け取り、ほんの少しだけ齧ると何度も瞬きをした。

 しかし大きな反応にはつながらず、肉を両手で握ったまハシュアーをチラッと見る。

 

「食べていいよ」

 

「…………」

 

 最初こそチマチマとした食べ方だったが、食欲を刺激されたのか早くなっていく。

 一枚、直ぐに食べ終えてしまった。

 まだ食べ足りないと言わんばかりに見つめるも、流石に全てを献上する気はハシュアーにもない。

 

「だ、だめだよ? これ、俺たちみんなで取ってきたんだから……すごく高いんだから……」

 

 言う間に追い詰められていく。

 瞳の湿度が増し、凪のようだった潤みは絶え間ない白波を浮かばせているようなソレになる。

 しかし、そこに顔を──もとい鼻を突っ込むのはコマちゃん。

 すんごくいい匂いだ! と舌を出してハシュアーの手を舐め始めた。

 

「へっ、へっ、へっ、へっ」

 

 アオイの事情などお構いなし。なんなら跳ね飛んでどっか行けと言わんばかりの足蹴で場所を確保すると、お行儀良くお座りを見せた。

 

 ハシュアーも手順は習っている。

 

「お手」

 

「わふっ」

 

「おすわり──はしてるか」

 

「わふっ」

 

「伏せ!」

 

「わふっ!」

 

 なんとも洗練されていた。

 指示を出されるが早いか、言われた通りの姿勢を取る。

 少しだけ耐えて──

 

「よし!」

 

 ビーフジャーキーが差し出された瞬間、神速のダッシュで奪い取ってピューっと部屋の向こう側まで逃げていく。

 

 ──もう絶対に返さないもんね! 

 

 アキヒロ曰く、加賀美家(貧乏な家)に引き取られたから意地汚く育ったのだそうだ。

 部屋の隅に置いて、表面を舐めて楽しんでいる。

 獣に肉の良し悪しがわかるとは思えなかったが、幸せそうに舐めている。ゆっくりねっちょりと──ハシュアーが見ているのに気付くと肉を体で隠してしまった。

 

「普通の犬みたいな……」

 

 コマちゃんが普通の犬じゃないことはレイト達の態度や普段の素行から分かっている。

 しかし、普段は本当に普通の犬のようだ。

 そうは言ってもいきなり現れているあたりからして隠す気はあまり見られない。

 

「でも動物だもんな……」

 

 結局はそこに結論が行き着いた。

 

「アオイちゃん、なんで仕事休んだの?」

 

 ところでと話題変換。

 あまりスムーズではなかったが、逆にここしかタイミングがなかった。

 しかし、アオイは聞かれた途端にまた沈み込む。

 自分でも説明できない理由だったことに加え、言い方が嫌だったのだ。

 怒られているような気持ちになる言い方だった。

 

 ハシュアーの語気に責める成分は全く含まれていないが、そんなのは受け取り手次第だ。

 

「ええと……」

 

 しかし、ハシュアーには何も伝わらない。

 彼は読心能力者でもなんでもないのだから。

 戸惑い、たじろぐ。少女があまり良くない感情に身を包まれているのは感じ取れても、それをどう考えればいいのか経験が足りなかった。

 

 沈黙。

 狼狽。

 一発ギャグ。

 

 何をしても反応しない少女にハシュアーは汗を垂らす。

 これでは自分が彼女をいじめているみたいだ。

 イルファーレ様に叱られてしまう。

 何かしないといけないが、しかし何を? 

 

 ハシュアーはごく自然な発想として、身近な人を真似しようとした。

 一番に思いつくのはレイトだが、彼の真似は難しい。

 一周回って妬ましさしかない紅顔の美少年がやっていることを自分がするのは、チグハグで恥ずかしいことに思えた。

 レイトとシエルの距離感というほど、関係を築けてはいない。

 それにレイトは街で出くわす少女たちとの挨拶がてら頭を撫でるが、彼女達が頬を赤らめる様子からして反吐を吐きたくなる。

 アオイは確かに可愛いが、そういうアレじゃない──と、ハシュアーは考えていた。

 

 友達だ。

 

 ではレイジ。

 論外だ。

 思考の彼方に消え失せてくれ。

 軽率という言葉が服を着て歩いているような彼の真似をしたら、アオイに嫌われてしまう。その程度の知恵はあった。

 

 したらば……アキヒロ? 

 

「──!」

 

 そうだ。

 あの男は子供とよく触れ合っている。

 自分にとっては年上の男の人であるレイトも、アキヒロからすれば猫撫で声で接するような子供だ。

 しかし、人によってだいぶ接し方は違う。

 誰に対するものを真似しようと吟味したハシュアーは、結論を急ぎすぎた。

 

「ほーら! たかいたかい!」

 

「!?」

 

 ドワーフかつ探索者としての腕力に物を言わせてアオイを持ち上げ、そのまま抱っこする。

 身長差が無い──なんなら少し低いくらいのハシュアーがそれをすると足が地面についてしまいそうだが、足まで抱えることで回避した。

 

「よしよし」

 

「…………あ……あ……」

 

「あ?」

 

「わあああああああ!」

 

「うわああああ!?」

 

 暴れ、もがき、男の子の腕から脱出したアオイはどこかへ走って行ってしまった。

 

 その場に残されたのは、抱きしめていた体勢のまま固まったハシュアーと、興味の薄い視線を一瞬だけ向けて直ぐ肉に戻したコマちゃんだけだった。

 

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

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