【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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44_小さき少年はそれでも

 走る。

 霧と赤い空。

 恐れていた筈のモノを今は微塵も気にしていない。

 古い感情を押しつぶすほどに激しくて熱いものが彼女を突き動かしていた。

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

 走るのが下手だ。

 一生懸命に腕を振ろうとするから体が流れて、無駄に体力が消費される。直ぐにすり減って、荒い息を吐きながら道のど真ん中で立ち止まった。

 少女の心で受け止めるには、あまりにも性急が過ぎた。

 制止の言葉をかけるよりも先に、魂が暴れ出しておかしくなりそうだった。

 視界もどこか色がおかしい。

 震える体を抱きしめていなければ、身を襲う未知の感覚でおかしな声をあげそうで怖いのだ。

 

「……ハ…………ハシュアーのバカアアアアア!」

 

 誰が聞いているかもわからないのに大きな声をあげて、少年への気持ちを吐露した。

 献身は時として毒になる。

 特に、思春期のそれは脳みそに染み入って構造を根本から変えるほどに劇的だ。

 

 ハシュアーはレイトやシエルのように顔面で勝負するタイプの人間ではない。しかし、有り余った活力というものが溢れ出ている少年である。

 ドワーフの世界から1人飛び出していることが保証する彼の探究心。そして朝からレイジに師事して、ヘトヘトになるまで動き続ける。日によってはそのまま探索に──そんな姿を最も近くで見てきたのがアオイだった。

 

 近くでなくとも、姿を見るだけで活力を分けられたように思える。だからこそ、今日のような振る舞いをされたのは晴天の霹靂だった。

 未だに鳴り止まない心臓は、動揺しているだけ──自分の心にそう言い聞かせながら、抱っこされていた時の彼の顔が焼きついて離れない。

 

 男の子に抱きしめられた。

 それだけで少女の回路は暴走しかけていた。

 

「おーい!」

 

「!」

 

 半ば予想していたこと。

 ハシュアーはトコトコと走ってきた。

 道も多くない為、彼女が行きそうな方向は絞られていた。それに、最近の治安を考えると放置というのは選択肢にはない。

 

 というわけで、2人の追いかけっこが始まった。

 

 アオイが逃げる。

 ハシュアーが追いかける。

 アオイが逃げる。

 ハシュアーが追いかける。

 

 スタミナ勝負となれば軍配がどちらに上がるかは見えていて、ハシュアーに確保されておしまいだった。

 

「アオイちゃん、なんで逃げるのさ! ここ……もうセクターから出ちゃいそうだよ!?」

 

「だってハシュアー君が変なことするから!」

 

「あ、あああれはアオイちゃんがいつまでも俺のお腹に頭くっ付けてるからだろ!」

 

「…………バカ!」

 

 それじゃない。

 しかし、それを口に出してしまえば負けを認めたも同然だ。察しの悪い男の子に若干苛立ち、しかし取り合われない。

 

「ほら! 帰るよ!」

 

 完全にお兄ちゃんモードになっていた。

 言うことを聞かない妹へそうするように、無理やりに抱えて持ち上げる。

 

「どこ触ってんのー!?」

 

「え? 背中でしょ……」

 

 そうだけどそうじゃない。

 アオイは尚も抗議を続けた。

 

『あら、仲良しね』

 

『ハシュアーがアオイちゃんを誘拐してる……』

 

 窓越しにそんな声が聞こえる。

 外を出歩いている人間は最小限だ。

 そんな彼らにハシュアー達の様子を見て面白がる余裕はない。あくまで、家の中から外を恐る恐ると見ていた人の中にそんな感想を漏らす人間がいたというだけ。

 

「離してよ! もう、自分で歩くから!」

 

「よし」

 

 商工会の前でやっと下ろした。

 頬を膨らませて怒る少女に、ハシュアーはニヤリと余裕を見せる。

 

「やっといつも通りに戻ったな」

 

「…………」

 

「あんな暗いアオイちゃん、見てたくないからな! ほら飯食おうぜ!」

 

「……奢りだよ!」

 

「まかセロリ!」

 

「なにそれ」

 

「アキヒロさんが教えてくれたギャグ!」

 

「ふーん……面白くないね」

 

「まあな!」

 

 酒場ではナナオが職務を放棄してディーンのパーティーに絡んでいる。珍しい光景にハシュアーは話しかけた。

 すると、先ほどまではアキヒロたちがいたということを知らされる。

 既に出たということだが、ハシュアーはすれ違っていない。どこに行ったのかと考えながら席に着く。

 何を食べようとメニューを眺めていたら、俄かに酒場内が騒がしくなった。

 その源泉に目を向けて──視線が固定される。

 

「やっべ……!」

 

「わああ!? またー!?」

 

 慌てて、アオイを抱きしめた。

 気を強く持つことで一瞬だけ視線を外せた故の結果。

 二度目だから耐性がついたんだとハシュアーは分析した。

 抱きしめたと言うと変な意味も含まれるが、実際の意図としてはアオイがアレを見ないようにする為の必要措置だ。

 

『──』

 

 そこにいたのは、まごう事なき美人。

『娘』──アキヒロを追いかけてきた異形だ。

 大人しく彼の家にいればいいものを、出てきて探索しているらしい。服装は彼のものを勝手に着ているのかブカブカだが、あの痴女としか言い表しようのない薄着に比べればなんだってマシだ。

 

 しかし、そこにいるだけで絶頂の光景というのを作り出す。あまりにもタチが悪い。

 

「ねー!? ほ、ほんとうに! なに!?」

 

 アオイだけが喚いていたが、それもやがて収まり困惑に変わった。騒いでいるのが自分だけで、周囲が静かで仕方ないのだから。

 同じように黙り、ハシュアーの服を握る。

 何から自分を守ろうとしているのか、知りたくなって。

 

「は、ハシュアー……くん……?」

 

「う……あ……」

 

「…………ハシュアーくん?」

 

「っ……!」

 

「い、痛いよ……」

 

 必死にこらえているが、頭に血が昇っていく感覚にハシュアーは無意識に力を込めていた。

 探索者の中には精神抵抗を持つ者がいるが、このセクターにも幾人か属している。この場に居合わせた中でそんな1人が、必死に争っていた。

 

 こんなところで女を襲うなど洒落にならない。

 なまじ意識が剥離していないだけに、欲情がそのまま体に出てきそうだった。

 

『!』

 

 女は何度も左右を確認して、見たことのない物に目を輝かせていた。

 椅子、掲示板、書物、テーブル、服。

 その他全てが彼女にとっては新鮮だったのだ。

 そして、薄いとはいえ知己であるハシュアーに話しかけようとしたが、自分が話すとどうなるかということを思い出して辞めた。

 

 正しい。

 

 しかし、彼女が去った後の酒場はどよめきで覆われた。

 酒も入ってシモの話しかしたくないまである探索者たちは、彼女がどこからやってきたかの話で持ちきりだ。

 アレほどに美しいのだから、一度見れば忘れるわけはない。

 しかも探索者たちは目敏いので、ハシュアーに手を振ろうとしていたことにも気付いていた。

 

「さっきの人との関係は!?」

 

「紹介しろ! してください!」

 

「親戚か!?」

 

「教えてくれれば、この魔石あげちゃうよお!?」

 

 ハシュアーはただ一言。

 

「アキヒロさんの友達」

 

 解散。

 世の中には関わってはいけない人間がいるのだ。

 一般人から見れば探索者がそれに該当するが、彼ら自身に言わせてみればとんでもない。私たちなど普通も普通でごぜえやすといった具合である。

 

 しかも、アキヒロの『友達』と言った。

 友達とは基本的に対等だ。

 つまり牛バカ(アレ)と同等な可能性がある。

 顔が良くても、一旦様子見に回ろうと考えるのも当然の話だった。

 

「私も見たかった!」

 

「アオイちゃんはまだ早い」

 

「むー!」

 

「暴れないでよ……ほら、これあげるから」

 

「そんなので私が釣られるわけ……あ」

 

 アオイの横に影が一つ。

 一気に気まずい顔をして、距離を空けようとした。

 だが、そうは問屋が卸さない。

 

「アオイちゃん……大丈夫だった?」

 

 純粋な心配は時として罵倒よりもクリティカルに追い詰めてくる。

 駆け回っている間に回復はしたが、いきなり心がダメになって仕事に行きたくなくなったなどと言えるわけもない。大好きな先輩だからこそ特に。

 酔い潰れかけだが。

 

「ナナオさん、仕事中に酒飲んでんの?」

 

「いーへひょ。空がまっちゃでおしまいなんだふぁら!」

 

「真っ赤ね。支部長にまた怒られるんじゃない?」

 

「こんな時になーんれ真面目におしごひょしなきゃいけないんよ!」

 

「……まあ、それもそっか」

 

「それよりにょ、ハシュアー君こそお母さんたちのところにいにゃくていいにょ?」

 

「数日前に顔は見たし……うん、今はレイト君たちを守ってあげなきゃいけないから」

 

 戦争が歪めるものの大きさをその身に強く刻まれて、それに巻き込まれつつある2人のことを守れるのは自分だけだと拳を握っていた。

 しかしナナオは指を突きつける。

 

「アオイちゃんは!?」

 

「え?」

 

「アオイちゃんは守ってあげないわけ!? あーんにゃにお世話ににゃっチェチェ!」

 

「…………」

 

 本人を目の前にして言うのは癪だったが、さっきの不安定な様子を見ては否定するのも違う。

 アオイを全く見ずに、守るよと小さく呟いた。

 ヒューヒューと口笛に茶化されるとジョッキを叩きつけるが、一つおかしなことに気づいた。

 ナナオがやけに静かだ。

 見上げると目が据わっている。

 

「私は?」

 

「…………?」

 

「私は守ってくれないの?」

 

 お前は誰なんだよ。

 思わず、そう言いたくなる。

 アオイまではまだ分かる。

 仲が良いし、何より1人だと可哀想だ。

 そこに何故この成人女性が入ってくるのかが、全く理解できない。

 

「なんで俺が守るの?」

 

「わらひだけ1人にゃんだけど」

 

「……レイジさんとか」

 

「きれた」

 

「え」

 

「どいちゅもこいちゅもレージレージレージレージレジレジ…………ぐぎぎがが……あの人、顔がいいだへにょ源田さんだかりゃ! ──うぷ」

 

 ハシュアーはその意見に概ね賛同だった。

 今もカウンターで酒を呷っているおっさんは、よくセクハラをしているが、師匠もまたセクハラをよくするタイプだ。

 自分はああはならないと覚悟を決めつつ、最近、レイジの良くないところを吸収しているなんて言われたので内心は戦々恐々としていた。

 

 それはそれとして、ナナオを守らなければいけない理由はよくわからない。

 

「わたひだけいつも1人……」

 

「でもほら、アキヒロさんに頼めばいいんじゃない?」

 

「アキヒロ君は手が広すぎてダメ!」

 

 こんなわがままな大人にはならないように気をつけよう。

 ハシュアーは胸に刻んだ。

 

登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か

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