【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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58_むわぁっ

 

 

 交渉は決裂することが決まりきっていた。

 

 故に、どうやって災禍の雲を消し去るかが問題だった。

 そして最悪なことに、商工会にはそのビジョンが存在しなかった。

 そもそも赤い雲を発生させている方法がわからない以上は、消し方もわからない。

 奔走したところで関係ない。

 所属している誰も知らなかった。

 

 ──雲隠れした職員たちを除けば。

 

 まず、調査室の主要メンバー2人が突然の失踪した。

 探索部は大いに混乱した。

 しかもそれだけではない。

 育成中だった麾下の探索担当メンバー全員に加え、幾つもの部内にて突然、職員がいなくなる事案が発生したのだ。

 日常業務すらままならない。

 突然、人員を増やすことも簡単にはできない。

 残されたメンバーは押し寄せる仕事や窓口の問い合わせに忙殺されていた。

 

 これでは育成どころではないと、会長の田辺も頭を抱えるしかない。一ヶ月どころか、一週間も経たずして商工会は瓦解しようとしていた。

 既存の形を保つ事はすでに限界だった。

 故に、命じるしかない。

 殺伐とした命令を。

 

 エリュシオンと名乗る組織とそれに与する人物を危険因子と断定し、排除する。

 

 最後の手段を最初に使わされるという最悪の事態。

 人民の心が離れかねないと誰もが分かっていながら命令を下へ下へと広めた。

 

 しかし、どうしようと変わらない。

 

 同じタイミングで攻めてきている西の部族の対処に多くの二級探索者を強制出動させている。多くの三級探索者では、捕まって慰み者か奴隷にされるだけだ。

 東西南北どこにも逃げ場所がなく、上層部が判断できることとしては鍛治師の協力を仰ぐことくらいのものだが、彼らの纏め役たる『牙』がこのタイミングで現れる事はなかった。

 鍛治師に避難先を提供して欲しいと要請しても、この件には関わらないと一蹴される。

 

 詰みだ。

 

 一ヶ月の間に鍛治師や職人の力を集結させて巨大な防護壁を天に向けて配置する──などという荒唐無稽な案や、地下ダンジョン内部を一掃してそこを避難所として活用する案も出された。

 しかし降り注いだものが流れ込んでくれば恐ろしいことになる。

 

 さらに、近々において魔素の濃度が全体的に上昇していた。建物や一部地域のダンジョン化が確認され、スタンピードも最初の一週間で総計50回以上起きている。

 空に浮かぶ妖しい雲が何かしなくても、各地の危険度は急上昇していたのだ。

 

 半狂乱の本部。

 大切な人と最後を過ごしたいということで退職者も増えた。

 最終日に至っては、残された全員が仕事すら手付かずで空を見上げるばかりだった。

 だが、そこで信じられない光景が一つ。

 

 海が裂けた。

 

 おおきくうねり、海全体が黒く染まる。

 果たして海面下から現れたのは、彼らをいつも苦しめてきたリヴァイアサン(最強のモンスター)だった。

 どよめき、苦しみと絶望から泣き声があちこちから聞こえだす。

 

 何も本部に限ったことではない。

 このタイミングで──一級探索者が各地の散発的な侵略に対応しているというのは第一セクターの皆であれば知るところだった。

 つい最近も、あのモンスターの一撃でセクターを半壊させられている。多くの人民が直接の被災者だ。

 

 空に首を伸ばす姿を見て世界の終わりを予感した者達は、膝から崩れ落ちた。

 

『あれを撃つ気だ……』

 

 リヴァイアサンは口を開け、口腔に光を収束させていた。

 

 あの日全てを消し去った一撃が、再び街へ放たれる。

 一級探索者ですら防げなかったアレを、この場にいる彼らがどうにかできるわけはない。

 歯の根も合わぬ恐怖に、自らのいる場所が罹災地にならぬことを祈るしかできなかった。

 

『──!』

 

 かくして眩い光を溜め切ったリヴァイアサンは、群青の光を解き放った。

 以前の一撃よりも遥かに巨大な光。

 球体だったのに対して、今回は同じだけの直径を持つ光の筋だ。

 もはや、直視すら躊躇われた。

 

 ──だが、祈りは届いたのか。

 

 光は街へは落ちなかった。

 斜め上──つまりは雲を向いていたのだ。

 突き進んだ光は雲に衝突すると、幾つもの細い線になって飛び散った。通り過ぎた後には雲が消え、青い空が見える。

 しかしそれは一瞬だけ。

 すぐに赤い雲で塞がってしまう。

 

 目の前で起きていることが理解できない。

 誰にも。

 止まない光。

 リヴァイアサンはビームをやめないどころか、さらに勢いを強めた。

 

『うわああ!』

 

 リヴァイアサンの頭部から町までは最短で数km離れている。しかし、関係ないと余波が押し寄せた。

 街全体が強風に襲われ、ゴミが舞う。

 子供が吹き飛ばされそうになり、親が身体を抑えつける。

 高級店のガラスは割れて、中に風が吹き込む。

 扉の建て付けが揺れ、今にも外れそうだ。

 

 そんなとき、別の方角に目を向けた人間がいた。

 

『…………あれは……?』

 

 違う光がやってくる。

 同じように雲を食い荒らす、色の違う3つの光だ。

 絡み合い、喧嘩するようにぶつかって離れながら、赤い雲を蹴散らしている。

 

 あとは、各地で同じことが起きただけだ。

 雲が完全に消え去るまで、第一セクターの暴風が止む事はなかった。

 

 最も事情を正確に把握している故に、最も絶望の深かった第一セクターの住民。彼らは、雲が消え去ったことを喜んでいいのかすらわからなかった。

 リヴァイアサンは近くの一級ダンジョンに首を伸ばし、全てのモンスターを喰らい尽くしてから海の底に消えた。

 それから一刻経って、未だに何も起きないことを確認して、ようやく歓声を上げたくらいだ。

 

 何が起きたかではなく、今生きているということ。

 それが感情に強く作用し始めるのにそれくらいの時間がかかったという話だった。

 

 しかし喜べばいいだけの彼らと違い、要因を分析しなければならない者たちも存在する。

 

『リヴァイアサンは何を……?』

 

 何が起きたのか。

 見ているだけでは判断材料すら限られる。

 以前のリヴァイアサン侵攻時の跡、今回の出現箇所、崩壊したダンジョン。

 その三つに、探索部長直轄となった調査室の残存人員が送られた。

 

『分かるわけねーだろ!』

 

 そんな悲鳴が各所から聞かれた。

 そうだ、分かるわけがない。

 

 痕跡は積み重ねることで手に入れるもの。

 まず、出現回数が限られている。

 そしてあまりの強大さと、海に出現するという特性から痕跡を手に入れる作業そのものが難度の高い依頼として発注されることもあった。

 前回の侵攻の痕跡は、地上に残された珍しいものなのだ。

 そんな痕跡だけで今回のことが分かるわけもない。

 

『もしかして……縄張りを犯されたと思ったのか?』

 

 そんな、ポソッと呟いただけの憶測が報告書に盛り込まれるくらいには、分析も迷走していた。

 

 

 ──────

 

 

「ヒロさん! ヒロさん! ヒロさん! ヒロヒロヒロヒロさん!」

 

 アリサは実家にいた。

 家の前にいる男の匂いを嗅ぎつけて飛び出してきたのだ。

 

「よしよしよしよし」

 

「…………ごわがっだよおお!」

 

 途端に泣き出す。

 顔面に張り付いて、尻尾も首に巻き付けていた。

 

「加賀美くん……キミも無事だったんだね」

 

 遅れて出てきた両親に謝罪をする。

 コマちゃんが助けてくれたという話は変わりないようだ。

 必死にくっつこうとするアリサをそのまま家の中で改めて説明を進める。

 

「聞かされていたとはいえ……本当に敵? がやってくるなんて思わなかったよ。コマちゃんがいなかったら大変なことになるところだった……」

 

 2人は、アキヒロなどよりもずっと長くアリサと過ごしてきた。親だから当然だ。

 その娘が敵に捕まって──などということになれば、舌を噛み切りかねなかった。

 

「なんでわかったんだい?」

 

「勘です」

 

「勘もバカにならないな……」

 

「お二人も無事で安心しました」

 

「いや、私達は家の中にいたんだが……アリサが止めても聞かずに飛び出したんだ」

 

「えっ」

 

 ギクリ、とアキヒロの頭の上で固まる感触。

 緊張が走り、生唾を飲み込んだ者が約1名。

 

「街の様子が心配だからって……叱ってやってくれないか。わたしたちの言葉なんか聞きやしないものだから」

 

 それは勿論、と首を縦に振った。

 若者が田んぼの様子を見に行くとは思わないじゃないか。

 

 部屋で2人きりになって、しゅんとした猫耳を見つめる。

 飛び出してきた時のビュンビュンギュンギュンした様子はどこへ行ってしまったのか。

 アキヒロは、口を開く代わりに手を動かした。

 猫耳を両手で覆い、揉み込む。

 

「あ? あへ? あえ〜…………」

 

 頭のおかしい顔で涎を流し始めた。

 次いで尻尾を根本から先まで何度も撫でると、ゾワゾワと毛並みを逆立せる。

 逃げようと腰を動かしても、どこまでも手がついてきた。

 

「ひっ! ……っ……やぁ……!」

 

 ベッドにうつ伏せで倒れ込んだアリサの尻尾をさらに追い込んでいく。

 

「にゃ……! にゃあ……! にゃああ!」

 

 天井までまっすぐに立っているソレを、ヤスリでやっていたら毛が全て抜け落ちるほどに繰り返し撫でた。

 ビクビクと身体を震わせる彼女の姿を、飲み物を持ってきた母親があらぬ事と勘違いする程度には。

 

『し、失礼しましたあ〜……』

 

 しかし、母親が来たことにすら気づいていない。

 

「ふにゃあ……にゃあ……にゃあ……」

 

 尻尾が、何かを誘うように揺れ動く。

 それに乗って、腰元を撫でながらアキヒロはやっと口を開いた。

 ここに至るまで30分、口を閉じてひたすら毛並みを愛でていたのだ。

 

「アリサ、お母さんたちの言うことはちゃんと聞きましょう」

 

 尾の付け根から指を滑らせる。

 

「にゃ……」

 

「危ない事が外にあるんだったら、見にいくんじゃなくて安全なところに篭りましょう」

 

 円を描くように何度も、軟膏を刷り込んでいるような動きだった。

 

「にゃあ……」

 

「分かる? コマちゃんは助けてくれるけど、助けなくてもいいならそれに越した事はないんだよ」

 

 そのまま背筋を人差し指でなぞった。

 

「にゃああっ! ──」

 

 走った電流に背筋を逸らした。

 そこから変わる。

 身体と雰囲気が。

 瞳孔が細くなり、犬歯が伸びていく。

 尾の毛並みが豊かに。

 息遣いは荒く。

 振り向いた顔──瞳がまっすぐに獲物を捉える。

 

「怖い思いさせてごめんな」

 

 それに対する反応は、以前とは違った。

 




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