【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】   作:goldMg

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61_実地2 階層の違う人間

 

「たすけて! たすけてええ!」

 

 少女が足に噛みつかれ、引き摺り回されている。

 あの3人のうちの1人だ。

 残りの少年2人は剣も折れていないのに及び腰でその光景を見るばかり。

 走り回る3mの巨体に対して人間ができることはあまりにも少ないと、さきほど学んだばかりだからだろうか。

 

「うあああ! 痛い! 痛い!」

 

 少女は少女で呻き声を上げながら、牙に手をパシパシと当てるばかり。あれが彼氏ならやめてくれただろうけど、そこにいるのは彼女を食べようとしている本物のモンスターなので関係ない。

 

「…………」

 

 これを探索者になって初めて見ると少々刺激が大きすぎる。

 ミツキは口を抑えているし、二人組も膝が中程まで折れている。

 

「ア、アキ……どうにかなんないの?」

 

「どうにかするのはあの3人だ。あの女の子が自分で何とかするか、あっちの男2人が何とかするか」

 

 それしかない。

 ダンジョンでは誰も助けてくれないどころか、出会う人間に背中を向けてはいけない。環境も視覚も聴覚も、今、自分が認識している全てが合っているか疑うくらいの気概で挑むものだ。

 

「でも、あの女の子!」

 

「ミツキ、あれが自分だったらどうする?」

 

「どうするって……」

 

「今するべきは、可哀想だって憐れむことじゃなくて、自分があそこにいたらどうするべきかを考えることだ。さあ、見ろ3人とも」

 

 右足に噛みつかれている。

 牙が足に食い込んで、しかも動き回っているのだから痛みは凄まじいだろう。

 出血もあるようで彼女の脚を伝っていく。

 あのままだといずれ噛みちぎられて、右足に義足をはめなければならなくなる。まあ、この世界の義足は謎に高性能だから金さえあれば問題なく生活できるけど。

 

「そ、そんなのどうしようも……」

 

 武器は落としている。

 噛み付かれた拍子に手から離してしまってからだ。

 残されたのはナイフだけ。

 何ができる? 

 

「仲間に助けを求めるとか……おえっ」

 

「たすけてっ! たすけてよ! たすけてええ!」

 

 もう、何度も助けを求めている。

 ソレでも動かない奴らに何を期待できるんだ? 

 

 そもそも根本的に勘違いしている。

 人間は凄惨な現場で体なんて動かない。

 頭の中で言葉が浮かんでは消えるばかり──あるいは、真っ白になって処理がそこで止まってしまう。

 誰も助けてなんかくれないぞ。

 

「ねえ! ナイフで刺して!」

 

「──」

 

「ナイフ! まだ腰にあるから!」

 

 まあ、それくらいだろう。

 

『──ピギィイイ!』

 

「うあっ! ……ああ……ううう……!」

 

 目を突き刺され、痛みに口を開けた拍子に少女の体はその場に落とされた。何度もその場で回転して、痛みを誤魔化すためか木々に突進を始めるとさらに手がつけられない。

 少年2人はやっと彼女の元に近付く。

 

「大丈夫か!」

 

「リリ!」

 

「うう……」

 

 声に反応すらせず、足を抑えている。

 歯形がしっかりと残り、肉を超えて骨にまで傷が及んでいるようだ。

 このままでは、止血を行ったとしても雑菌等や血管の断裂によって腐り落ちるだろう。そもそも医療が発達していないから、手術を行える人間などほぼいない。

 まだ俺がやったほうがマシなレベルだ。

 

「一旦連れてくぞ!」

 

「お前、アイツ監視してろよ!」

 

「お前がやれよ!」

 

「はあ!? お前何もしてねーだろ! 見とけよ!」

 

 そういう事してる場合じゃないんだけど……

 メンバー2人のやり取りを下から見ている少女はイライラしているようだ。ついでにミツキも。

 

 だけど手出しはさせない。

 自分たちでやるって言ったのはあの3人だ。

 3人ともが俺の言葉に逆らってあのモンスターを倒すって選択肢をとった。それでどうなろうが関係ないし、ミツキに危ないことはさせない。

 俺はできないって判断したんだから、従ったミツキと二人組は守る。

 

 あの3人は……流石に死にそうだったら助けるくらいだ。

 あとは好きにしてくれていい。

 怪我してもいいし、粘質草を取らずに帰ってもいい。

 

「で、でも痛そう……」

 

「そうだな。痛いで済んでよかった」

 

「回復薬とか……」

 

「回復薬は高価なアイテムだ。仮に怪我してたとして、ダンジョンで出会ったやつらは分けてなんかくれないぞ」

 

「でもアキはレイト君に……」

 

「それは俺が生活と心に余裕があって、人間的に成熟していたからだよ」

 

 それとモンスターが周りにいなくて、三船君1人しかいなかったからってのもある。

 他の奴らだったらもう無理だなって諦めて、見捨てるだけだ。ポケットに残されたものを漁って、あとはさよなら。

 証拠は残らない。骨の髄まで、モンスターの強靭な胃の中だ。

 

「で、でも救助はしないといけないって講習で……」

 

「それを守らなかったとして誰が責めるんだ? 仲間か? ただでさえモンスターがいて、過酷な地形が広がっていて、帰るのだって大変なのにお荷物を増やせるか?」

 

 俺は、実際に助けてもらったってやつをほとんど見たことがない。俺も助けてもらった覚えはほぼない。むしろ襲われた回数の方が多い。

 

「講習では……」

 

 もろちん講習の内容は大事だ。大前提として胸の中に置いておくのはいい。正確なこと、大事なことを教えてくれているわけだから基礎の部分としていいだろう。

 だけど、世の中は講習通りに動いてるわけじゃない。

 

 大学に行けるようなやつの人生はレール通りに進めるだろう。悪口じゃない。

 こういうやり方をすればこういう風になって、こう言えばこう返ってくるっていうのが大前提で作られている。

 勉強の結果が悪いとかはあると思うけど、それも誰かのせいじゃない。

 

 でも探索者になるなら、誰かのせいって時が必ずやってくる。手を伸ばしたら物理的に踏み躙られることが多くある。

 

「あれが探索者の姿だ」

 

 ある意味では模範例──悪いお手本の、という意味で。

 ミツキに見せたかったものをそのまま見せてくれた。

 

「でも、可哀想だよ……」

 

『ううぅ……!』

 

 もちろん。

 俺もあれを見て痛痒が全くナシに佇んでいるわけじゃない。

 ただ、それを切り離せるようにならなきゃいけないってだけだ。

 もしも、探索者を続けるなら。

 

「……分かってる」

 

 そうだ。

 ミツキに分からないわけがない。

 1級探索者の父と2級探索者で転生者の幼馴染を持ち、大学に受かる程度には頭がしっかりしている彼女が、俺が思うことを理性的に把握できないわけがない。

 だからこそ、今は動くことを許さない。

 ミツキも、だからこそ拳を握って堪えていた。

 

「助けてくれ!」

 

「……」

 

「足をやられた! 動けない!」

 

「そうなんだ」

 

「見てただろ!?」

 

「ああ」

 

「助けてくれよ!」

 

「なんで?」

 

「なんでって……俺たちを連れてきたのお前だろ!」

 

「俺は始まる前に言ったぞ、やるもやらないも自由だって。そもそも支部長があんなに頼み込んでこなきゃ断ってた」

 

「知らねーよ!」

 

「俺に声をかけてる暇があったらモンスター見てりゃいいだろ。それか手当てしてあげるとかモンスター倒すでもいいし」

 

「知らねーっつってんだろ! 何で俺がそんなことしなきゃならねえんだよ!」

 

「つまり、自分は何もしたくないけど俺にはなんかさせたいってこと?」

 

「ちげえよ! もう戦っただろ! それに話も聞いてやった! 何が不満なんだよ!」

 

 もう1人の少年は一応少女のそばにいるけど、痛いと言う少女の傷口を見て顔を顰めるだけで何もしない。

 意地が悪いのではなく、何もできないのだろう。

 例えば複雑な電子回路が目の前にあって、壊れていると言われたとしよう。何かをすれば直せると教えられて、何をすればいいと思う? 

 

「聞いてんのか!」

 

 学校に通わず探索者になるしかなかった彼に応急手当ての知識があるとは思えない。

 仮に少年と少女の立場が逆でも、きっと同じだろう。

 

「おい! リリが死んじまうよ!」

 

 出血の勢いはそこまでじゃない。

 放置してもしばらくは問題ないだろう。

 問題は動けないことと、モンスターが怒り狂った状態で狙いを定め始めたことだ。

 血走った瞳が倒れている少女を捉え、前足をかいていた。

 周囲の木々は幹が砕けて弾け、土も荒らされている。

 彼女も同じ目に遭わされることだろう。

 

「ほら、助けてやれよ。仲間だろ?」

 

「だから何で俺が──」

 

 弾けたのは少年の怒りではなかった。

 

「いい加減にしなよ!」

 

「──」

 

 頬を抑えて呆然とする少年に吠える。

 

「男の子なんでしょ! だったらあの子を助けなよ! 自分たちでやるって言ってアキ──この人の話を無視しといていざとなったら何とかしろなんて、恥ずかしくないの!?」

 

「…………」

 

「──何つっ立ってるの? 早く行きなよ」

 

 怒りのこもった低い声だった。

 きっと頭が真っ白になっているのだろう。

 今のを聞いても俯いてトボトボと歩き出すだけだ。

 

「早く!」

 

「っ……」

 

 やっと早足で少女の元に行って、走り込んできたイノセントボアに弾き飛ばされた。

 

「え──」

 

 少年の体は地面に落ちた。

 あらぬ方向に曲がった手足が見える。

 イノセントボアは途中まで少女に進んでいたけど、早足で自分の方に向かってくる少年を見て方向を咄嗟に変えていた。

 

 負傷者は2人。

 あと動けるのは少女のそばで震えていた少年だけだ。

 今も震えている。

 剣すら抜かずに顔だけ振り返って、ボアと、吹っ飛ばされた仲間を見ていた。

 

「わ、私……」

 

 結果的に少年がイノセントボアに吹っ飛ばされる要因を作ったミツキは真っ青な顔で口元を抑えている。

 あり得ないと思っているのだろう。

 前すら見ずに、モンスターすら見ずに進んでいったことが信じられなかったのだろう。

 早く行けと言われたからって、モンスターがいるのにそちらを見ないことなんてあるのかと。

 

「どうしよう……ど、どうすれば……」

 

「動くな」

 

 だとしても関係ない。

 それもまた正しい姿だ。

 ミツキの住んでいるのとは違う階層の人間。

 ネットが無いから窺い知ることすら難しい多様性の一つ。

 大学だと何があっても見ることはないだろう。

 

「あの子、助けなきゃ……!」

 

「動くなミツキ」

 

 1人残された少年は、震える手で剣を握った。

 




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