【マンガ化】焼肉スコスコスコティッシュフォールド【進行中】 作:goldMg
戦場に身を投げ打つ意味。
それは平和な世界に身を預けている者にとっては、理解こそすれど共感からは程遠いだろう。
とある惑星の最も平和な国家に生まれ育った男は極めて平常に育ち、特筆すべき事なく成人となり、新たな家族を得て、やがて惑星を一周するに至った。
彼は旅を愛していた。
一時でも義務から解放され、愛する者と共に脚を動かす事を楽しんでいた。
愛娘に、呆れながらも土産をねだられる程には。
旅は平坦ではなかった。減少した天然資源によって旅行にかかる費用は膨大なものになったし、旅行中も様々な苦難があった。
しかし、それこそ望んでいた通り。
平穏に飽いた男の傲慢な願い通りだった。
最も穏やかな地に生まれた彼にとって、最早、戦争とはそこまで遠いものではなかった。
同じ国に留まり続けず別地域の風土や事情に触れる事は、基本的に血生臭い知識とセットでもあったのだ。
結局のところ平和なのは限られた場所だけで、一歩外に出れば人同士の争いに満ちている。
連綿と続く憎しみは世界から消えない。
人がそうして繁栄したのだから、繁栄した先でも更なる繁栄を求めて争い続ける。
遺伝子に刻まれた闘争本能とでも呼ぶべきサガを、2人はその目に刻んだ。
時には、その地の熱気に当てられて血迷うことすらあった。
その度に頬を引っ叩かれて
水も、空も、大地も。
繋がっているはずの世界の中で、全ては違い続けた。
男は幸せだった。
本当に幸せだったのだ。
幾つになってもバカなことをするのが好きで、それを止めてくれる優しさと──その優しさに甘えるのが好きだった。
詰まるところ、男は女を愛していた。
男は終わりを迎えた。
あらゆる生物がたどり着く終わりのベールの中へ、躊躇なく踏み込んだ。
きっと無にでも帰るのだろうと思いながら。
しかし、そうではなかった。
いかな奇跡か、彼の魂は異なる宇宙に辿り着いてしまったのだ。
未知で構成された不帰の箱庭。
魔素という法則に侵略された、かつては近かった筈の世界。
そこで生きる事の性質は、男にとって旅ではなく幽閉に近かった。
救いはあった。
救いを作った。
何をどうすれば救われるか、自分で最初に決めた。
だがそこに、世界が彼の生まれた時のまま進むならばという大前提が潜んでいる事を、彼は見逃していた。
今になって計算ミスを認めざるを得なかった。
その誤算を、修正する必要があった。
「──許さない!」
ミツキは、ハッキリと糾弾した。
糾弾して──それ以上の言葉が出てこなかった。
どこまでも進み続ける事しか出来ない幼馴染だと知っていた。
世に蔓延る、何者にもなれない人々──大衆。
その対極に位置するのが幼馴染だと
「ダメ!」
それでも声に出す。
言わなきゃ伝わらない。
言っても分からないなら、分かるまで言い続ける。
「他の人なんかどうでもいい!」
「これは誰かがやらなきゃいけない事だ」
「そんなの、アキがやる必要ない! 誰かがやればいいんだよ! 探索者だっていっぱいいるんだし!」
「ミツキ……」
「いつもそうじゃん! 誰かがやらなきゃいけない事をアキがやって! 大怪我して!」
「誰かがやらなきゃいけない事は、誰にでもできる事じゃないんだよ」
「──そうやって
ヒナタとアリサもいた。
だが、苛烈な2人共が話せないほどの剣幕でミツキは怒っていた。
明宏も初めて見るほどの怒りを、明宏だけは静かに受け入れている。
「夢の世界なんか知らない! 私の世界じゃない! 私たちは関係ない! アキだって……今、ここに生きてる!」
「生きてる……」
「そうでしょ!?」
「…………」
「っ!」
何とも似つかわしくない表情だった。
苦笑──
「子供が欲しいな」
「…………はあ!?」
とんでもないことを言い出した。
「おまっ!? な、なにっ!?」
「ヒロさん!?」
「子供が欲しい」
「い、今怒ってるんですけど!」
もうフニャフニャし始めた。
魂胆は見え見えなのに、抗えぬ空気感というものがある。
「何で出来ないんだろうな」
「しらないっ!」
プイと顔を背ける。
耳は赤い。
「火のないところに煙は立たぬし、やる事やってれば出来るのにな」
「う、うううるさい! 今その話やめてよ!」
「いや真面目に」
一時期はそれぞれ、自分が身篭れない身体なのではと悩んだりもした。しかし3人とも同じ悩みを抱えていることに気付けば、ある程度は察する。
男も同様に。
しかし、病気でない事も確定していた。
「コマちゃんに見てもらったしな」
元気におたまじゃくしがスイスイしている事は確認済みだ。
「うーん……」
「ちょっと待て」
「ん?」
やっと2人もマトモに口を開いた。
「話は終わってないぞ、私だって反対なんだから。子供1人助け出すのとアイツら全員敵に回すのじゃ話が変わってくる」
「私も反対っす。ヒロさんが危ないことする必要ないと思います。モンスターけしかけるとか、あの黒い炎で全部燃やし尽くすとかでいいと思います」
「お前えげつないな……」
「じゃあヒナタさんだったらどうするんすか?」
「神様に全部消して貰えばいい」
「私よりやばいじゃないですか……」
何にせよ、アキヒロが危ないことをする必要はないという点において3人の意見は共通していた。
天才のミツキはここに案を見出す。
「コマちゃん強いし、コマちゃんに頼んでアキが外出られない身体にしてもらうとかどうかな!」
「「お前、なんて
「え?」
ヒナタは懇々と説教をし始めた。
「いいか? コマちゃんは仮にもロイスの家の御神体みたいなもんで──」
「ひえーん……」
一方その頃。
「子供は欲しいっすけど……子供だけ作って置いてくのはナシっす」
「置いてくつもりはないぞ」
「じゃあ、何でいきなりそんなこと言い出したんですか?」
「生きた証は残しときたいなって」
「…………」
コツン、と額が肩に預かる。
「アリサ?」
「そういう言い方は……寂しいからダメです」
「ごめん」
「謝るのも、ダメです」
「…………」
「もっと考えてください」
「何を?」
「ヒロさんが怪我しなくて、それで問題も解決する方法を」
──────
「さ、流石に疲れたような気がする……」
『叙述トリックやめてね。しかも楽しんでたくせに』
ソファを踏み踏みしていた小型犬は、部屋から出てきた男に苦言を呈した。
『サナエが寝られなさそうだったよ』
「……」
男は聞こえないふりをした。
『アレだね、釣った魚に餌をやらないって本当に悪なんだね』
「…………わかった俺が悪かったよ。もうちょっと静かにするよ」
『そうしてくれると助かる。いくら生物の正常な営みって言ってもキミのは悦楽的過ぎるし……正直目の毒っていうか?』
「もういいって」
『この際、もうサナエの相手もしてあげなよ』
「いいっつってんだろうが」
犬はグルグルと周り、腰を落ち着けられるタイミングで身体を落とした。
むふーと鼻息を荒く、どこか嘲るように口を開く。
『子供が欲しい、ね』
「なんだよ」
『ヨメ作りには散々渋っといてコレなんだから、男心って複雑だなって』
「良いだろ別に。子供可愛いんだから」
『行動原理シンプル男君はさ』
「なんて? というかどっちかにしろよ」
『どっちつかず君はさ、何で子供できないかわかる?』
「……コマちゃん。お前、やっぱりなんか知ってるのか?」
『まあアレだね。出来ないとは限らないけど、出来たとしてもなんか違うってなると思うよ』
「何の話なんだか……」
ため息をつく。
男からしても、この人外の相棒の言葉は迂遠に過ぎる時があった。
答えを持っているにも関わらず、それを直接教えないきらいがあるのだ。
『大切な人に傷ついてほしくないと思うのは普通の感情だろ? そこまでして突っぱねる必要があるのかな?』
「俺がやらなきゃ、結局は探索者がやられる。そうすればダンジョンに対処出来るやつが少なくなる。見える爆弾を感情だけでスルーなんてできねえよ」
『光の彼に任せればいいじゃないか。引退したと言っても、最強であることに変わりはないんだから』
「それはあり得ない」
『何故?』
「コウキさんに押し付けるなら、最初から何もしなきゃいいんだから」
『そんな極端な話してないよ。今回だけ──キミのヨメ〜ズが五月蝿い今だけ任せるって話』
「もういい」
男は硬い表情で寝室へ戻った。
『やれやれ、頑固だなあ』
静けさを取り戻したリビングに、窓から月明かりが入り込む。
ソファーを押し潰さんばかりの巨体が反射して、部屋が白く照らし出された。
耳を細かく動かし、やがてペタリと伏せさせる。
『子供……何がそんなにいいんだろ』
考え込んでいるように、ムフムフと鼻息を鳴らす。
『未練がましい男だな。俗世なんか切り捨てても生きていけるくせに、いつまでもしがみつかせて』
『愛故に、ですよ』
『…………そんな事分かってるさ』
『であれば、彼の選択が引いてはあなたの為になる事も理解しているでしょう。
『その気になれば潰せる奴らを一々気にかけることが神なのかい?』
『では、その気にならない理由をお教え願いたいのですが』
『人の世に起きることだ。基本的に神は首を突っ込んじゃいけない』
『……困りますね。それでは私の本体がルール違反をしていることになってしまいます』
『連絡も取れない本体が何だって?』
『あちらも余裕がないのですよ。…………ちなみに、何故首を突っ込んではいけないのです?』
『これだからガキは……美学ってものがないからいけない』
『1人の人間に執着している割には美学とやらに自信がおありなのですね』
『……いつまで話しかけてくるつもり?』
『家主様がお困りのようなので気になりまして』
『じゃあ自分が助けてやれば良いじゃん。加護とかあげてさ』
『…………なるほど……美学、ですか』
『少しは分かったかい?』
『ええ、理解しました』
結局、誰が話しても同じだ。
強大な力を持つ存在はいる。
今回の件──近郊の信者たちを全滅させることを達成できる者は探せばいるだろう。
だが、彼らが手を貸す事はない。
事情はさまざまにあるだろうが、それは変わらない。
「──アキヒロくん、気をつけてね」
「早苗ちゃんも、今はあんまり家から出ちゃダメだからな」
彼女達に出来るのはせめて背中を見送ることだけ。
いつも通りに小型の犬を伴って、最後に見せた表情は気負いない笑みだった。
「ただいま」
だから、無傷で帰ってきた男を見て彼女達はいっそう悲しんだ。
ところどころについた赤いものが、起きた出来事をありありと分からせる。
安心させるような微笑みも、不安にさせるばかりだ。
アキヒロは皆に歓迎された。
街に出れば人々は手を握り、正しく英雄であると褒め称える。
依頼完遂の式まで開かれた。
支部長と並び、皆の前で誇らしげに笑う。
「加賀美さん、凄いね!」
街中の人が押し寄せた。
多くは若者が。
その中にはよく知った二人組も。
レイトは瞳を輝かせ、無邪気にシエルへ笑いかける。
純真な憧れに満ちた笑みに水を差すのも躊躇われ、少女はぎこちなく笑みを返した。
「僕もいつか……!」
「…………」
メンバーの最後の1人──ハシュアーは、街からではなく商工会から出てきた。
「うわっ!? なんだこの人だかり!?」
殊更に小柄な彼では、何が起きているのかよく分からない。
ただ、裏側から来たのでアキヒロが民衆と対面しているのは見えていた。
「アキヒロさん!」
「おお、ハシュアー」
「おおじゃなくて! 何これ!?」
「セクター解放の式典」
「なに?」
「祭りだよ。そこ、人通るぞ」
「──うおっ!? ごめんなさい!」
荷車がやってきた。
わざわざこの為に酒を集めてきたようだ。
お立ち台から降りてきた支部長は馴れ馴れしく肩を叩く。
「こんな時くらい、何もかも忘れさせてくれ」
「──」
アキヒロは、初めて支部長と一対一での飲食を行った。
「私が子供の頃は、まだ車なんてものはなかった。今でこそ車や列車が先史文明の遺産だという事は知っているが、アレが現れた時は驚いたものだよ。何かすごいことが起きるんじゃないかってな」
「わかります」
「……そうか、君が子供くらいの頃に現れたんだったな。探索者というのは見た目ばかり若いものが多いから、判別する事を諦めてしまうよ」
支部長という肩書きが示すような、海千山千というイメージは語り口からは湧いてこない。
「君みたいな冒険好きは珍しいが……多くのセクターを見てきたんだろう? ここはどうだ?」
「住みやすくて良いところですよ」
「そうなのか? てっきり、退屈だとばかり思っていた」
「家に面白さは求めないでしょう」
「……それはそうか」
酒は進む。
何も言わずとも受付嬢達が注ぎにくる。
顔に赤みを帯びた頃、ポツリとこぼした。
「待っていれば正気に戻ってくれると思っていたんだがなあ……」
本当に小さなつぶやきは喧騒に紛れた。
だが、隣の男に聞こえる程度ではあったようだ。
「俺は家族の身の安全のためなら何でもします」
「…………もっと早く、何かできていたなら……だが、何ができた? 何度私が話をしようとした? 何度槍を向けられた? 何度……」
言葉はだんだんと小さく縮こまっていく。
「私は……間違っていたのか? …………どうすれば、こんな式を開かずに済んだんだ……?」
もう、何も彼の喉を通らない。
「皆、死んだ……君が殺した……私たちが殺させた……。間違った道を歩んだから……商工会に楯突いたから……子供を誘拐したから……?」
誰もが浴びるように酒を飲んでいた。
老いも若いも、男も女も。
どこかやるせなく、それでいて明るく。
「間違えたら、生きることすら許されないのか……?」
「はい」
はっきりと是を突きつける。
男は微塵も酔っていなかった。
「致命的な間違いを犯した以上は誰かに裁かれます」
「──情はないのか?」
「情は既に見せました。その上で間違え続ける事を選んだのはあの人たちです」
「…………ああ、全くもってその通りだな」
祭りは夜中遅くまで続いた。
彼方からの『声』を掻き消して、暗く沈んだ気持ちを吹き飛ばすように。
登場したキャラクター等の名簿的なものは必要か否か
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いる
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いらない