実質異世界転生 ~二千年寝てたら世界が変わってました~   作:Schuld

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 木々が青々と茂り地衣類にて夜会服の如く身を飾った森の前で、私は臭覚フィルターを全てオフにして深々と息を吸った。

 

 この筐体にとって呼吸とはセンサーに微粒子を取り込むための仕草であり、鼻腔内にびっちり敷き詰められた素子に周囲の微細物質を行き渡らせる暖機に過ぎないのだが、当然ながら元の役割である臭いを嗅ぐこともできる。

 

 普段は不快な刺激は全て警告だけ出して――たとえば死臭とか――体感しないで済むようにしているのだけれど、たまにはこうやって生の臭いを嗅ぐのも悪くない。

 

 VRでよく体験した物と似ているけれど、圧倒的に密度が違う感覚が押し寄せてきた。

 

 朽ちた葉の湿った土臭さと青臭さが混じる独得の感じ、生きている木々が発する生命力溢れる香りにと、動物が残していく獣臭。

 

 「クッセ」

 

 端的に言って臭かった。いや、分かっちゃいるんだけどね、人工的に管理された公園の木々でもあるまいし、心地よさだけを感じられる訳じゃないことは。

 

 しかし、得られた情報は多い。

 

 森の浅い所でも多数の小動物が活動していることや、血の臭いを感じないこと。そして金属粒子や炸薬反応は一切ない。

 

 やはりこの森に住んでいるのはエルフなのだ。そうに違いない。

 

 「たのもーう!!」

 

 スピーカー音量を引き上げて大声を出し、通常言語で森に声を掛けてみる。

 

 しかし反応が帰って来ることはなかった。

 

 周囲に滞空させているドローンからの情報でも動体センサー――画像を処理させ、一定以上動く物を感知できる――には反応はなく、集音センサーともに異常なし。レーダーにもこれと言った反応はなく、熱感も小動物が声に驚いて逃げていくことだけが伝わっている。

 

 ふうむ、これは腰を据えてやる必要がありそうだな?

 

 『お頼み申す!! 誰ぞいないか!!』

 

 圧縮電波言語など、現状とれるコミュニケーション方法の全てで森の奥に探りを入れてみるが反応は一切なし。風に木々がそよぐばかりで、それが応えだと言わんばかりの塩対応である。

 

 「仕方ない、踏み込んでみるか」

 

 『危険すぎるので推奨できません。脳殻を回収できないことになったらどうするんですか』

 

 「少しは私の甲種格闘徽章を信用して欲しいものだなぁ……」

 

 近接戦では早々負けないとお国が太鼓判を捺してくれて〝サムライ〟を名乗ることが許された身分なのだ。簡単にバックスタブを喰らってホラー映画の軍人に似合いの末路を辿ることはないって。

 

 それに腐っても今の体は機械化された義体なのだ。首を割かれたり胸を突かれたりくらいじゃ簡単に死なないから大丈夫だって。

 

 私は慎重に、森の奥からの反応を探りつつ一歩を踏み込んだ。

 

 落ち葉と地衣類を踏む、まずこれだけなら勘気を買うことはなかったようで何事もない。

 

 「サンプルを回収する」

 

 『分かりました。ドローンでこっちに送ってください』

 

 無菌状態を保つよう極小機械群で維持されるピンセットで落ち葉を摘まみ、小さなサンプルケースに収める。それから掻き分けた時に出てきた団子虫も数匹捕まえて送れば、電子戦機の中でセレネが遺伝子や構造を解析してくれる。

 

 さて、次はちょっとリスキー。地面に剥がれ落ちた地衣類と木の枝を拾ってみると同時、センサーを最大感度にして警戒。

 

 ここがエルフ達の怒りを買うかどうかの第一段階だ。

 

 さて、アウレリアから見せて貰った記憶媒体の中で、騎士達は相当無遠慮に森の中に踏み入っていた。大人数なのは勿論、遠慮なく木々の根を踏みしめ、同時に進路を確保するため梢を叩き斬りながら進む。

 

 これは森の中で生きている存在にとって看過し難い蛮行と言えるだろう。

 

 エルフと言えば小枝を踏み折れば、贖いとして同じ数の骨を折ってくる存在であると太古のアーカイブより伝わっている。そんな彼等に対してあまりに無遠慮な振る舞いを繰り返したから怒りを買ったのではなかろうかと思っているのだが、問題は何処からが不敬にあたるかだ。

 

 声を掛ける、ただ森に踏み込むだけで即座にアクションを起こしてくることはなかった。

 

 では、どうすれば向こうから接触してきてくれるかを探らねばならない。

 

 そのため、最初の試験として森の物を持ち帰ってみたが、まだ反応はなかった。

 

 「静かだな」

 

 『上尉、解析完了しました。植物も分解者も惑星地球化標準パッケージの形式です』

 

 あんまり過激なアプローチをするのもよろしくないし、かといって奥まで行き過ぎるのも危ないしなぁと悩んでいると、セレネが早々に解析を終えてくれたようだ。

 

 データが送られてきたので見てみたが、確かに遺伝子型は標準地球化手順にて使われる植物と、その分解者のセット通りなのだが……。

 

 「遺伝子が綺麗すぎないか?」

 

 『二千年独自に発達したにしては普通過ぎますね。まるで新品です』

 

 当たり前のことだが繁殖によって増える生き物は、優れた個体が生き残ることで遺伝子が環境に従って収斂し、健全的な意味での偏りを見せる。

 

 二千年もあれば独自進化とまではいかないにしても、この高緯度地形に合わせた寒さに強い個体が持つ遺伝子など、ある程度の変化が起こるには十分な期間のはずであるのだが、どうにも分析された遺伝子は〝新品〟に近いものだった。

 

 つまりは、まるでプラントで生産されて吐き出されたような不自然さがあるのだ。

 

 「どういうことだ?」

 

 『弊機の予想に過ぎませんが、生きている惑星地球化拠点があるのかと』

 

 「ここに拠点はないはずだぞ」

 

 記憶違いかと地図を広げるが、この森を基点にした惑星地球化拠点は存在していなかった。

 

 いや、だとしたらプラント産と思しき動植物が存在している理由が分からんな。どっかから持ってくる理由もないし、遺伝子がそのままに保たれている説明もつかない。

 

 それに、この惑星で起きている奇妙な現象は〝機械限定〟のはずだ。恒常性を維持させる謎の力が働いているなら〝イナンナ12〟の乗員達はフリーズドライになったりはしていないはず。

 

 では、何が悪いのか……と思った瞬間、センサーが警告を発した。

 

 飛翔体が接近しているとの警報が鳴るより早く、私は腰の得物に手を伸ばし単分子原子ブレードを抜剣。飛来した物を反射的に迎撃していた。

 

 これは正しくカンと経験によって培われたものであって、ソフトや筐体の力に依るものではない。殺気とでも呼ぶべき曖昧な感覚を――厳密には言語化しづらいだけで、色々な感覚がもたらす物なので説明できなくもないのだけど――読み取った剣が切り払ったのは一本の矢であった。

 

 軌道から類推するに1km以上先から打ち込まれたと思しき矢は、不思議なことに完全に木製で、鏃には先端が鋭利な団栗めいた木の実の外殻が使われており、矢羽根は乾燥した落ち葉という異様さ。

 

 どう考えても、この長距離を飛んでこられるはずがない。

 

 『上尉!!』

 

 「……攻撃ではないな。警告か」

 

 刃を軽く払って納刀していると、鏃近くにナニカが結びつけられていることに気付いた。大きな葉っぱを折りたたんで括り付けられた物は文であろうか。

 

 「おいおい、雰囲気出てきたぞセレネ」

 

 『言ってる場合ですか。あの弾道を画くには超音速を出す必要があります。そんな形状で出せていい速度ではありませんし、普通なら自壊しているのが当然の材質ですよ』

 

 ワクワクしつつ矢文を開いてみると、中々に驚くべき物が画かれていた。

 

 血文字だ。

 

 それだけなら演出としていいなと思うだけだが、今し方流れたばかりと思しき固まりきらない血はただの血液ではなかった。

 

 真っ白なスマートブラッドなのは、もう今更驚かない。これまで戦って来た異形共は勿論、テックゴブにも流れているありふれたものだ。

 

 しかし、画かれている言語は〝圧縮文字〟だ。

 

 言うなればマトリクス型二次元コードに圧縮された文語であって、圧縮電波言語を文字にした物。

 

 機械の体がなければ読めない文字だ。

 

 「え? ナンデ? エルフなのに二進数文字ナンデ?」

 

 『だから気が早いと言ったんですよ……』

 

 混乱する私を余所に視覚を共有しているセレネは文字を読み上げてしまう。

 

 『神聖なる森を侵すべからず、ですか』

 

 二次元コードの文字が意味するのは拒絶。これ以上踏み込んでくるなと言う警告を受けても、止まれるはずもなし。

 

 何か期待していたエルフが現れる可能性は大幅に減ってしまったが、逆に少しだが別の可能性が出て来た。

 

 この奇妙な惑星で引き起こされる現象の核心に迫るヒントに。

 

 『聞こえているなら答えてくれ! 私は高次連第二十二次……』

 

 ここに来る直前、アウレリアに頼んで〝サンクトゥスギア〟と彼女達が呼んでいる〝イナンナ12〟管制系との直結を見た。

 

 その時に働いていた現象は実に不思議で、不完全な副脳しか持っていない不完全な機械化をした人間が、狂ってしまった疑似知性に不完全に働きかけているのに〝工場設備を完全に働かせる〟という奇妙な物だった。

 

 恐らく〝イナンナ12〟の疑似知性が狂ったまま放置されていたのは、正式な技師が生き残っていなかったからだろう。我々も輸出にあたって管制系まで機密化するような意地悪はしなかったけれど、専門家がいなければ機械化人と数列自我知性体が死ぬような、強烈な攻撃を受けた知性を復活させることはできなかったはずだ。

 

 だが、彼等は自分達の被造物が原理不明の外部的要因で働くことを、これ幸いと聖典に組み込んで〝ギアスペル〟にしてしまった。

 

 脳に負担が掛かることが分かっていても〝全てのセンサーが何の感も示さなくても〟動くからいいやで流せた連中の考えは理解できんが、正しく一種の魔法として成立させたことには感嘆させられた。

 

 何せ、目の前で起こったことは本当に魔法だったのだ。狂った機械に狂ったコードを入れて、正常に稼働して堪るものか。黒板に書く数式のように負に負を掛ければ正になるような簡単な話ではないのだ。

 

 それでも動いた以上、この惑星には魔法がある。

 

 だから覚悟していたはずだ。

 

 〝魔法で攻撃される〟ことを。

 

 『上尉!!』

 

 「イィィィヤァァァァ!!」

 

 圧縮電波言語を張り上げると同時に射出された三本の矢を斬り払う。

 

 全く方向も別、タイミングもずらして放たれた一撃を一刀の下に切り払うのにはコツがいるが、要は一筆書きの原理だ。全ての矢が通過する空間を認識し、なぞるように軌道を細かく変化させながら振るう。

 

 しかし、その全てが超音速、弾丸に近しい速度となると難易度が半端じゃないな。

 

 「くそっ、やっぱり聞く耳もたずか!」

 

 『分かりきっていたでしょうに!!』

 

 「可能性にかけて何が悪い!!」

 

 『可能性に殺されても文句は言えないんですよ!!』

 

 でも、だって、でもエルフなんだから期待したかったんだよ!!

 

 結構真面目な話、かなりキツいな。初速が音速を軽く超えていることもあって矢は非常に重く、しかも刃筋を立てて切り落とすのではなく、刃が入ると同時に弾き飛ばさねば切り払いは成立しない。故に腕に凄まじい負荷が掛かって肘が逝くかと思った。

 

 前の体だったら前腕から先が千切れ飛んでいたな。

 

 「それよりセレネ、センサーに感は!」

 

 『相変わらずありません!! やっぱり理不尽です、こんな矢が超音速を出せる魔法なんて!!』

 

 どうあれ、私達に〝魔法〟の発動は知覚できない。現状装備しているあらゆるセンサーに引っかからず、ただ事象だけを突きつけられる事態の気持ち悪さよ。

 

 しかし、実際に当たれば筐体が破壊されるだけの攻撃が可能なのだから対処しないといけない訳でして。

 

 さて、どうしたものか……。

 

 『ノゾム! 伏せて!! 制圧射撃に入るよ!!』

 

 「はっ!? ちょっ、ガラテア……」

 

 『撃て!!』

 

 あ、そういえば任意射撃を許可しちゃったんだっけと思うのと、森の中に凄まじい量の銃弾がブチ込まれ始めるのは殆ど同時のことであった…………。

 

 

 

【惑星探査補記】動力なしで機械が動くこと、本来直結できるはずのない機械と繋がれること、そして物理現象に反した事象を起こす技法を総合して〝魔法〟と仮称する。




明日の更新は15:00頃を予定しております。
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