実質異世界転生 ~二千年寝てたら世界が変わってました~   作:Schuld

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 『セレネ、センサーを改めてチェックしてくれ』

 

 「……君はフュンフというのかい」

 

 声を発しながら指向性圧縮電波言語を飛ばすのは、こっちに来てから身に付けた技術だ。普段、音なんて悠長なインターフェイスを使うことがないので忘れていたが、感覚としては電話をしながらメールを打つようなものだ。義務教育で疑似就労していた頃は、よくやったもんだよ。

 

 『オールグリーン、履歴を基底現実時間で三〇分漁りましたが何もありません。どうしましたか上尉』

 

 『エルフもどきが私の前にいる』

 

 『なっ!?』

 

 陣地の中央で他のディコトムス-4に守られていたTypeIが身動ぎしたのが視界の端っこで見えた。視覚素子が輝き、此方を視認して驚いているのが分かる。

 

 まぁ、魔法でプラズマ砲をぶっ放せるんだから、センサーを欺くことくらいできたっておかしくないわな。

 

 それが体高250cmはある巨体でやられると、ギャップが凄くて脳がバグるんだけど。どう見たって斥候じゃなくてタンクだろ、このガタイは。

 

 『ウん! アたし、ヒュンフ! 外の人、個体識別コードハ?』

 

 「望だ。待宵 望」

 

 『ノゾム! 覚えタ!!』

 

 妙に稚気に溢れた振る舞いのエルフもどきに対して、セレネが遠隔操作したサシガメの砲が無音で、気付かれぬようゆっくり指向するのを止めた。

 

 この距離で撃たれたら、直撃しなくても余波で体がぶっ壊れるから待ってくれ。指呼の距離だから玉砕覚悟で組み付かれたら回避できない可能性もある。そのレイルガンが直撃したら脳殻が逝っちゃうから。

 

 「で、君はここに何をしに来たんだい?」

 

 『外の人見に来タ! アたし、ずっと興味あっタ! けど、長が外でちゃダメ言ウけど、ミーッレ助けるためなら、怒られなイと思っテ!』

 

 「ミーッレ? 昼間に捕まった子かな?」

 

 『そウ!!』

 

 ミーッレどこ? と無邪気に問う彼女に対し、私は最大限加速した思考の中で、どう振る舞うべきか最大限考え込んだ。

 

 彼女は今のところ、唯一友好的に振る舞ってきた個体であるため排撃するのは論外だ。

 

 かといって、長とやらから叱られるということは立場は決して高くないのだろう。一人で抜け出してここまで来た辺り、友人と呼べる間柄の個体も少ないと思われる。

 

 「フュンフ、君は外に興味があるんだね」

 

 『どうするべきだと思う? セレネ』

 

 『危険です。排除するのが一番安全かと』

 

 だよね、そう言うと思った。

 

 けど、今の私には彼女が森への唯一のチケットに見えている。

 

 もし、交渉が上手く言ったら平和に接触することができるんじゃなかろうか。

 

 『アたし、外でたことなイ! 外から人、アたしが生まれるずっと前から来てなイ! だから、昔から興味あっタ!』

 

 「何で外の人間に興味が?」

 

 『ガンエデン滅ぼす言ウけど、本当か知りたかっタ!!』

 

 初見のワードに私は機敏に反応し、直ぐにライブラリ検索を掛けた。

 

 旧い言葉、私達が義務教育を受けるモチーフになった時代ですらも死語となっていた言語で〝エデンの園〟を意味するワードは、少し前に聞いたばかりだ。

 

 死の渓谷で掌握した〝穢れたる雄神〟の情報庫にあった断片的な〝プロジェクト・エデン〟と合致するのは、偶然というには行き過ぎているであろう。

 

 そりゃ有り触れた、創作においては手垢がつくどころか使いすぎて擦り切れたような単語だ。私達と同じ言語基系を元に生まれたフォーマットであれば、陳腐であると分かっても使う人間がいるのは分かる。

 

 実際、将来への約束へとして新規開拓地をエデンと名付ける旧地球系国家は多かったのだ。我々からするとタグを振るのが面倒なので止めて欲しかったし、その全てが楽園には遠い物になってしまっているのだが“格好好い”の感性に従ったと言われると強く否定できないので仕方がない。

 

 ただ、エルフもどきは明らかに人が生み出した存在だ。人型ドローン……いや、光子結晶を持っているかもしれないが、ともかく人型のロボットは勝手に生まれはしない。

 

 そして、楽園を滅ぼすかもしれない外の来訪者から、森を守るように設計されたと類推することができることからして、件のプロジェクトとの由縁があることは想像に難くない。

 

 世界がこんなことになった理由に迫れるかもしれない切符を前に躊躇っていられるか?

 

 「私はガンエデンが何か分からないけど、何も滅ぼす気はないよ」

 

 『ガンエデン、えート、二進数で何だっケ……世界?』

 

 そりゃまた大それたもんだ。聖都を滅ぼす悪魔の次は世界を滅ぼす存在と勘違いされるとは。どんどん格がインフレしていって、訳が分からなくなってきたよ。

 

 私はただ帰りたいだけなんだがな。

 

 『森、荒れるト、ガンエデン終わル! だから誰も入れなイっテ!』

 

 「何故、森が荒らされたら世界が終わるんだい?」

 

 『分かんなイ!』

 

 元気でいいお返事ですねー、と園児相手なら褒めるところだが、こっちとしても分からないを増やされると困るんだよ。ただでさえ分からないことだらけなんだから。

 

 しかし、あの広大な森を守ろうとする意味はちょっとだけ分かるな。

 

 森林は惑星の大気を安定させるために必要なピースの一つだ。炭素基系生物が普通に呼吸できるようにするには樹木が必要不可欠であり、惑星上の何割かが木々に覆われていないと大気の安定性は大いに損なわれる。

 

 あれだけの面積の森が喪われたとあれば、確かに大気バランスは変動し住みづらくなるだろう。それを世界の終わりと表現するのは些か言い過ぎだが――森一つで大気組成までは変わらないし――維持しようとするのは大事だ。

 

 もしかして、このエルフもどきは森を守るためだけに製造さればら撒かれたのか。

 

 それも通信帯が崩壊した以後に。

 

 これは益々、我々を虐殺した連中の尻尾を掴むために逃せなくなってきた。

 

 『聞いたねセレネ』

 

 『情報源としては有力ではなさそうですが、核心に迫るための重要なソースであることは認識しました』

 

 「で、ヒュンフ。私達が世界を終わらせるように見えるかな?」

 

 マルチタスクで会話して時間を稼いでみれば、セレネも少し納得してくれたのか砲がそれるのが分かった。

 

 それでも機首機銃は油断なくポイントしたままなのは、過保護と言うべきかなんというか。

 

 ここは私の間合いだ。ガタイでは負けているが、腕前で劣るつもりはない。自分の身くらいは自分で守るから、情報収集に専念してくれないかな。

 

 『見えなイ! 弱そウ!!』

 

 「弱っ……いや、まぁ、それでもいいんだけど……」

 

 直截な物言いに一瞬ガックリきたけども、警戒されない見た目だと思えば良いか。

 

 「ねぇ、ヒュンフ、私は場合によってはミーッレを返してもいいと思ってるんだ。彼女を捕まえているのは、私達の本意ではないしね」

 

 『上尉!?』

 

 落ち着いてくれセレネ。何も無料で返そうって訳じゃない。彼女という通訳、そして情報のパイプを得られるならば、分解しなければ何も分からなそうな捕虜よりかは価値があるだろう。

 

 何より向こうが興味を持って接触してきてくれたのだ。ここは上手に活用しなきゃ勿体ないオバケが出るぜ。

 

 『ほんト!? ミーッレ、五月蠅くてヤナヤツだけド、仲間だから返してくれたら嬉しイ! 外の人、死なずに済むシ!』

 

 「死なずに済む?」

 

 『長がネ、夜襲を掛ける言ってタ!!』

 

 って、何か凄くしれっと味方の超重要情報をバラしたなこの子。ちょっと無垢というか、まだ経験蓄積が足りていない若い個体なのか? 色々と明け透け過ぎる。

 

 「ミーッレを返したら、夜襲は止まるかな?」

 

 『ウン! ミーッレ取り返すカ、死なせてやる言ってたかラ、きっト!』

 

 センサーを誤魔化して接近する術がある相手に集団で夜襲を掛けられるのはキツいし、ここで防げるなら捕虜一人はかなり割に合うな。今から逃げても追いかけてきそうだし、敵の最大行動可能半径が分からない以上、鬼ごっこはしたくないところだ。

 

 何より彼女を通して友好を示せれば、態度が軟化することも考えられる。

 

 『セレネ、どう思う? 私は捕虜を返して、長への繋ぎを頼むのが一番だと思うんだけど』

 

 『弊機としては、このヒュンフという個体、ちょっと頭が足りていない気がして大丈夫か心配なんですが。分解する個体が二つに増えるのもお得感ありますよ』

 

 『君ね、もうちょっと手心というかだね……』

 

 確かに小学生かよと思う発言とかもあって微妙な感じはするが、そこは手紙とか持たせるから幾らか信用してやってくれ。

 

 悪意があってここに来た訳ではなく、純粋な好奇心で来ている分、話をまったく聞く気がない連中より大分マシなんだから。

 

 まぁ、彼女が長の一人娘で、溺愛されておりお願いが簡単に通ったらなぁ、なんて高望みはちょっとしていたんだけどね。雰囲気や立ち振る舞い、戒律を興味だけで破っていることからして、そういうことはなさそうだ。

 

 というより、このエルフもどきがどうやって増えているか分からないから、家族の概念があるかも怪しいしな。

 

 『それより外の人! アたし、森の外初めて来タ! これ何!?』

 

 話し込んでいる間に興味がディコトムス-4に移ったらしい彼女は、べしべし装甲板を叩き始めた。凹むようなことはないが、静かな夜に硬質な音が響き渡って誰かが目を覚ますかもしれない。

 

 「……色々教えてあげるし、ミーッレも返してあげるから、一つ約束してくれないか?」

 

 『ほんト!? 何でもするヨ!』

 

 ん? 今何でもって……と太古より続く冗談はさておいて、話が早くて助かった。

 

 私は腰のポーチからメモを取り出し、二進数マトリックスでの手紙を認める。こちらに害意はないこと、森の中にどうしても必要なものがあること、それを回収する目処さえつけば森を守ることを手伝うことなど、こちらの都合だけでなく利点も示して話を少しでも聞いて貰えるように工夫する。

 

 そして、ただ渡しただけだと破られそうなので、フュンフから直接読み聞かせるように頼んだ。

 

 [何? 捕虜を引き渡す?]

 

 「う、うわ、大きい……」

 

 それから捕虜を返還するべくガラテアとリデルバーディを呼べば、二人はフュンフのデカさに気圧されているようで武器に手が掛かりっぱなしだった。

 

 まぁ、自分より頭一個分、戦士長殿に至っては倍近い身長差があるんだからこうもなるか。

 

 「彼女は夜襲の情報を与えてくれた。一応信頼できる」

 

 [まぁ、これだけの警戒を掻い潜って来たんだからな……]

 

 今夜の警備主任であったリデルバーディは悔しそうに歯噛みした後、どうやったらこんなの見逃せるんだというほどに恵まれた肉体を持つフュンフを見上げる。

 

 彼女並みの手練れが侵入してきた場合の危険性を正しく理解してくれているのだ。聡い副官がいることより有り難いことってのは、この世にそうないもんだよな。

 

 [すぐ移動の準備をさせる。どれくらい退く?]

 

 [そうだな、もう倍は下がろう。そして、返事を待つ]

 

 『フワフワいル! わぁ、凄イデカイフワフワ!!』

 

 〔おわー!?〕

 

 リデルバーディと予定を詰めていると悲鳴のような地面を叩く足音が聞こえたので、何事かと思うとヒュンフがピーターを捕まえていた。

 

 あ、あの反射神経に優れるシルヴァニアンを容易く捕まえたのか。しかも、装甲板は外していたとはいえ、外骨格を着込んでいた我が侍従長を。

 

 『森にこんなのイなかっタ! デカイ! 外凄イナ!!』

 

 〔はなっ、離せっ! ノゾム様ーっ!!〕

 

 「あっ、ああ!? 僕ももふもふさせてもらったことないのに!?」

 

 ぺしぺし装甲板を蹴ることで助けを求める声を上げるピーターを引き離してやるのに少し苦労した。ガラテアは少し的外れなことで怒っているが、そうか、まだ誰からもモフらせてもらえていなかったのか。今度帰還したら、交流の場をもっと広げてみるとしよう。

 

 大人からするとモフられるのは相当な屈辱なのか、コイルガンの安全装置に手を掛けようとするピーターを止めるのにかなりの労力が必要だったが、根気よく説得すると何とか怒りを収めてくれた。

 

 ああ、多種族を纏めるって大変だ、本当に。

 

 私はもっともふもふしたいというフュンフに拘束していた捕虜を引き渡し――片手で持ち上げられて凄く不満そうにしていた――見送ったのだが、どうにもさっき相談した時よりも心配が増していくのを止められなかった…………。

 

 

 

【惑星探査補記】旧地球圏系の言語で使われなくなった言葉も命名規則などで現役であるものも多いため、標準言語パッケージに可能な限り内蔵されている。

 

 因みにこれは機械化人の感性的に〝格好良いから〟という点が大きく、未だに種族命名をラテン語で行っている理由はそれだけでしかない。 




2024/08/28の更新も18:00頃を予定しております。
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