実質異世界転生 ~二千年寝てたら世界が変わってました~   作:Schuld

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 端子に接続し、自我領域を開放した瞬間に覚えたのは強烈な違和感。

 

 そう、全面ガラス張りの家に放り込まれたような感覚だ。

 

 「自我障壁が一切ない?」

 

 貴方と私は違う。原初の隔たりにして個人という概念を成り立たせる基幹的な区別は、電脳世界においても有効であり、常識ある機械化人や数列自我は防壁を幾重にも張り巡らせる。

 

 そして、社交用のエントランスみたいな物を作っておいて、そこをお互いに接続して電脳内でやりとりをするのだが、ここには限定接続空間はおろか障壁の一枚もない。

 

 扉一枚隔てて魂の深奥、自我領域があるような状態だった。

 

 なんてこった、この光子結晶にはOSしか入っていないのだ。

 

 「見たことがないOSだな……それに構造的には生体脳に直結した副脳に近いのか」

 

 仮想空間を弄り回して見つかるのは膨大な記録と僅かな管制系。軍高官が入れておくような、非揮発性にしておかないと拙い記憶を入れておく〝副脳〟に近く、彼女が体験してきた全てと端子で機械と接続した時に制御するOSのみがある。

 

 のだが……肝心の接続端子を彼女が持っていない上、ソフトが殆ど入っていない。これでは副脳はただ入っているだけ、いや、やり方によっては生体脳に直接アクセスできるただのバックドアではないか。個人の魂と自我を弄ぶことさえできる脆弱性なんて、何を思って作ったんだ。

 

 しかし、大量の生データが手に入ったのは幸いだった。

 

 この人類はここまで来ることが殆どなかったらしくティシーデータにも記述がなく、言語基系が一切不明なのだ。

 

 しかし、彼女の記憶データからフォーマットを作れば会話が成立するようになるだろう。

 

 とはいえ、ご婦人の内面を覗き見るのはバツが悪いので、最低限にしておかねばならないのだが。自我領域に触れるなんて、ともすれば性行為よりも深い行為だ。相手の許可なくやることは言うまでもなく犯罪で、下手すれば自我凍結刑まである重罪。慎重に必要なデータだけ浚っていこう。

 

 それにしても、詳細な情報を得れば得るだけ彼女は普通の旧人類だと分からされるな。何故副脳が搭載されているのか、この惑星で生きているのかは全く不明だが、母親から自然分娩されて生み出される生物だというのが益々謎を深めている。

 

 我々は、この光子結晶一つ作るのにブラックホール近辺で必死こいて光子を纏めて形にしているというのに……何で代謝で作れるんだ。高次連の技術者連中が見たら、あまりの理不尽さに発狂しかねないぞ。

 

 ともあれ、最低限のデータは得られたのでお暇するとしよう。自我領域に足を踏み込むような無礼は紳士として許され……。

 

 待てよ。今見えた映像は。

 

 悪夢に魘されているのか、真っ白な空間に映像が浮かび上がってきた。現在進行形で彼女が見ている夢であろう。

 

 その中で見えたのは、聳え立つ巨大なシルエットと大量の異形。襲われ装甲を削り取られていく恐怖、味方が次々倒れていく絶望の色よりも、光景の奥に浮かぶ陰影が私に強い衝撃を与えた。

 

 遠くて霞んでいるから分からないが、あれは大型の航宙艦じゃないか! 彼女の自我領域内の記憶なので画像補正はできないし、縮尺を図るための測距も不可能だが掃宙艇や随伴駆逐艦級でないことは確実。

 

 大量の異形を吐き出し続け、テックゴブを生んだということは、やはり巨大な生産設備が積んであるんじゃなかろうか!

 

 私は早く彼女に話を聞きたくて、生理系に働きかけて意識を覚醒させることにした。身体的な不調は副脳に記されたデータベース的に問題ないので、脳内分泌物をちょっとイジっても問題ないだろう。

 

 気付けの一発をブチ込んでから、即座に自我領域から離脱。視界が基底空間に戻ってきたのは、仰向けに眠っていた彼女の目が開くのと殆ど同時であった。

 

 「聖徒……様……?」

 

 譫言と共に目を開く彼女。どうやら悪夢からの解放と同時、自我領域が僅かに触れたからか、何らかの神秘体験をしたのかもしれん。

 

 そういえば私もあったなぁ。始めて電脳空間にダイブした時に情報量の多さに酔って倒れたことが。広域情報帯ほどの情報密度がないから幻覚で済んだのかもしれないが、やはり彼女達の副脳では共有領域にアクセスするのは不可能だろう。

 

 本当に何を思い、体にあんな半端な副脳を宿して生きてきたのだろうか。

 

 「具合は?」

 

 彼女達が使う言語基系フォーマットは、不思議なことに旧地球の英語とよく似ていた。我々が使う二進数圧迫電波言語から再変換するのは少し手間でラグがかかるが、元々データベースに入っていた言語なのもあって翻訳の手間が少なくて助かる。

 

 「ここは……皆は……」

 

 「残念ながら助かったのは君だけだ」

 

 「そうか、そんな……ああ……」

 

 顔を覆って絶望の声を上げてしまう女性。まぁ、気分は分かるよ。私も無茶な作戦に突っ込まれて――あの時は義体を完全破壊されて、全身喪失名誉負傷章を貰ったっけか――戦友を多く喪った時、深い絶望に包まれた。

 

 そんな時にできるのは、黙って見守ってやるくらいのことだ。

 

 「貴方は誰だ? たしか僕は撤退戦の時に小鬼の集落まで……」

 

 「その小鬼も異形に襲われて逃げてきたんだ。ここは兎達の王国だよ」

 

 「兎……二足兎か? 彼等は決して人間を集落に入れないはず……」

 

 暫くして落ち着いたのか、彼女は腕を支えに起き上がろうとしたので首元を押して寝床に無理矢理押し戻した。内臓が破れるだけの損傷、それに伴う大量の出血があるのでまだ動いて良い体ではない……。

 

 って、待てよ?

 

 「セレネ、今得たデータから判断するに、彼女は私の身体賦活用極小機械群が使えるよな?」

 

 『肯定。丁種義体は旧人類とほぼ同規格ですからね。この遺伝子系列、細胞構造からして問題なく適応できるでしょう』

 

 となると、回復が早い方が良いか。

 

 「詳しいことは体が良くなってからだ。薬を打つから少し待ってくれ」

 

 帯革の多目的ポーチから、サインペンほどの太さがある筒を取りだした。これは生体極小機械群が充填された緊急医療用無針注射器で、生体部品が多い義体の補修に使われる。丁種義体にも対応した多用途品なので、旧人類ベースの彼女にもきちんと効くはずだ。

 

 肩口に押し当てると炭酸飲料が弾けるような音がして、一気に極小機械群が体内に送り込まれる。すると、内部で彼等は老廃物や死んだ細胞を材料に自己増殖を始め、自らを素材に傷口を塞ぎ、血液の代わりを成す。一部の個体は神経系に働きかけて鎮痛作用ももたらすため、これで随分と楽になるのではなかろうか。

 

 「痛みが、痛みが消えた……まさか、それは太古の霊薬(エリクサー)か?」

 

 「霊薬かはともかく、良く効く薬だ。だがまだ動いてはいけないよ、あくまで痛みが治まっただけで傷が完全に塞がったわけじゃない。半刻は大人しくしておくように」

 

 「半刻であの傷が……? 正しく、正しく太古の霊薬じゃないか!!」

 

 信じられないとばかりに天井を見上げる彼女をその場に残し、私はリデルバーディの下へ向かった。

 

 [リデルバーディ、少し良いか?]

 

 [どうした加護ナシ……いや、加護ある奇妙な同胞]

 

 私に光子結晶があることを納得してくれたのか、テックゴブは同胞として扱ってくれるようだ。こうなると話が早くて有り難い。

 

 我々にはあの太母が必要だ。改造された生体やドローンを吐き出せるくらいなら、内部に十分稼働する工場が残っているはず。

 

 それらを手に入れれば、テラ16thに何が起こったかを円滑に調査できるようになるかもしれん。

 

 [故あって君達に加勢したい。太母を取り戻す戦いの助力をしたいんだ]

 

 [太母を? いや、だがあるいはお前ほどの醜男(しこお)ならば……]

 

 彼は味方が次々やられていく激戦の中でも、私が次々に異形を打ち倒していく様を見ていたのだろう。顎に手をやって逡巡しているようなので、交渉を続けよう。こういう時、上手く運ぶコツは次々と相手にメリットを提示して、難しく考えさせないことなのだ。

 

 [私も太母に用ができた。あの異形を倒したのと同程度の威力を持つ武器を提供したい]

 

 [あれをか!? それは助かるが……]

 

 [戦士はどれだけ残っている?]

 

 [今は暫定で戦士長になった俺を含めて三人だけだ。だが、森中に散った生き残りは数百いる。各部族の戦士達に働きかければ、10倍は集められるはずだ]

 

 やはり彼等は分散して逃げていたのか。それならば大分勝ち目はありそうだな。私は腰元の拳銃嚢からコイルガンを取りだして、これがあの異形を叩き落とした武器だと見せた。

 

 [なんと小さな! これでアレが落とせたというのか!?]

 

 [これはコイルガンという銃だが、護身用の小型機だ。君が頷いてくれれば、もっと強力なのが日に二〇挺、弾は五〇〇発用意できる]

 

 [本当か! それだけあれば、二百年の悲願が叶うやもしれん……]

 

 [一両日中に見本を用意させる。それがあれば協力してくれるか?]

 

 [キマイラーを落とした銃だ、実物があるとなれば各地に逃げた族長達を口説き落とすのも容易かろう]

 

 キマイラー? と首を傾げれば、あの異形のことをテックゴブ達はそう呼んでいるらしい。太母を犯した奇妙な存在が、無理矢理に産み落とさせた異形ということで、小鬼達の言語で〝忌まわしき混合物〟を意味するそうだ。

 

 その中でも空を飛ぶ物はハルピュアと呼び、今まで攻撃が届かないこともあって最大の敵手であったようだ。それを易々と六機も叩き落とした私は、彼等の中で撃墜王になるのだろうか。

 

 [今までは聖槍がなければ、アレを落とせなかった。だが、戦士が使える武器で落とせるようになるのなら……!]

 

 ぐっと拳を握ってみせるリデルバーディを見て思い出した。

 

 そうえいば、今〝聖槍〟と呼んだ荷電粒子砲。アレは何処から来た物だろうか。

 

 [太母から賜った物だ。永きに渡り部族を守ってきた。如何にお前ともいえど、あれを触らせてはやれんぞ]

 

 それは残念。何と言うか、もの凄く気になっていたのだ。高次連で使っている様式ではないし、遠目に見ただけでも分かるぐらい未知の規格だらけだったので、この惑星がこの有様になった真相究明の一助になるかと思ったのだが……。

 

 とはいえ、神聖な物を踏みにじる訳にはいかないものな。彼等が私達を認めてくれて、もっと親しくなったら触らせてくれるかも知れないから、その時に期待しよう。

 

 しかし、本当になんで動いているんだろうな? 出力は50GWらしいが、小型融合炉でやっと出せるような発電量だ。少なくとも私のコイルガンに使われているマガジンを何個連結しても足りる出力ではない。

 

 〝聖槍〟の周りで踊って出力を確保していたように見えるけど、一体どのような原理で発射されているのか。本当に気になって仕方ない。こっちに来てから、物理学を鼻で笑うような光景を何度か見てるから不思議でならないんだよな。

 

 「今、太母に向かうと言ったな……!?」

 

 「って、君! まだ寝てないと!!」

 

 遠くから〝聖槍〟を眺めていると動体センサーに反応があった。

 

 って、なんで起き上がれるんだ!? まだ投与から五分も経ってない。如何に極小機械群が高性能だといっても回復しきれる代物じゃないぞ。

 

 「これくらいでマギウスギアナイトが倒れてなるものか! 仲間の仇討ちと聞いては黙っていられない!!」

 

 褐色肌の彼女はよくよくみると、随分と扇情的な姿をしていた。菱形の胸甲は下半分が抉れ跳んで臍と左端の下乳、あと鼠径部が見えてしまっている。

 

 私も300年近く稼働しているし、童貞じゃないから一々オタオタしないけれど、目には毒だな。

 

 「あー……その、ご婦人、まずは前を隠されてはどうか?」

 

 「前……? きゃあっ!?」

 

 可愛らしい悲鳴を聞いて、私は実質異世界転生したような状態であっても、女性は肌の露出を恥ずかしがるのかと、全くどうでもいいことの相似性に関心を覚えていた…………。

 

 

 

【惑星探査補記】機械化人にとって電脳上での〝直接接触〟の方が深い意味を持つようになって久しく、相手の自我領域の最終障壁以降に触れることは魂に触っているようなものである。 

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