実質異世界転生 ~二千年寝てたら世界が変わってました~   作:Schuld

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 ガラテアが泣き止むのにどれくらい掛かっただろうか。多分、三〇分は掛かっていないはずだ。

 

 それでも私に額を預けていた右肩がベショベショになっていたことからして、相当の涙を流したのだろう。彼女は腫れぼったい目をして、恥ずかしそうに私から目線を背けた。

 

 「そ、その、恥ずかしいところを見せたね」

 

 「涙するのは恥じることではないよガラテア。それは弔いだ。とても尊い物だ」

 

 肩をポンと叩いてやると、彼女の頬に朱が差して顔が背けられる。

 

 ふむ、と私は顎に手をやり、復讐を手伝ってやるとは言ったが、改めて彼女のことを何も知らないなと思った。

 

 「改めてよろしく、ガラテア。私のことは気軽にノゾムと呼んでくれ」

 

 「あ、うん、分かったよノゾム……僕もガラテアでいい。ただのガラテアで頼む」

 

 「分かったガラテア。さて、まずは着替えだな」

 

 布で隠したままご婦人をフラフラさせておく訳にもいかないので、私は封印されていたティシーがいる中央管制室の区画へと彼女を案内した。

 

 ここには管制室以外にも総括主任の私室と補佐の私室、即ち没したティシーと相方の部屋があるのだが、他にも来客時用に用意されている客間が備えられているので使わせて貰っていた。

 

 流石に毎日ここまで歩いてくるのもしんどいからね。貸して貰っているのさ。

 

 「私の部屋だ。着替えを貸そう」

 

 「た、助かるよノゾム。まさか、僕らのギアアーマーがここまで壊されるだなんてね」

 

 何となくだが、彼女達はギアという言葉が好きなのだなと会話を交わすことで翻訳の精度が上がり分かってきた。

 

 どうやら高度な機械、普通なら才能がなければ扱えないものを〝ギア〟と呼び習わしているようで、そうでない普通の機械との間に明確な差を付けている。

 

 そして、それはテックゴブ達の〝祈祷によって発動する聖槍〟のように、私には理解不能な原理で動いている物品達なのだろう。

 

 「しかし、暗いねここは」

 

 「この遺跡を作った人間は、きっと目の性能が我々より良かったんだろう。明かりは外付けしてあるんだ」

 

 パチリとセレネに頼んで作って貰った電灯を付けると、あまりの殺風景さにガラテアは少し驚いたようだった。

 

 「本当にここで暮らしているのかい?」

 

 「物を持ちすぎないようにしていてね」

 

 合金張りの床と壁だけの部屋には物が二つしかない。一つは寝台。これはメンテ用の〝揺り籠〟とも呼ばれる義体用のベッドに布をかけただけのもので――丁種義体には対応していないのだ――飾り気は全くない。そのまんま長方形の豆腐じみた簡素さだ。

 

 そして、もう一つは施設内で見つけた多目的コンテナで、一抱えほどある大きさの灰色をしたシンプルな箱。ARタグで消耗品製造資材と書いてあった空の物を見つけたので、私物入れに使わせて貰っている。

 

 尤も、私の私物なんて着替えの服とタオルが数枚、あとコイルガンの予備弾倉くらいのものなんだけどね。

 

 ほら、必要な物って基本的に全部〝頭の中(電脳)〟に入ってるから。

 

 殺風景な理由はそこなんだ。やろうと思ったらバロック調だろうがロココ調だろうが、ARで幾らでも上書きできるから元を豪華にする必要がないんだよ。

 

 「しかし、絵画の一枚もないなんて、あまりに寂しいな……」

 

 「元々、兎達が住んでいるだけの場所だったからね」

 

 適当な言い訳をしつつ行李を漁って灰色の作業用ツナギを取りだした。まぁ、体格が近いから着られないことはないだろうけど……これ、男性用だから胸が入るかな。

 

 あと、下着どうしよう。男性用のシャツとパンツしかないんだが、これで我慢して貰おうか。ないよりはマシだろうし。

 

 「これ、肌着と着替えだ。使ってくれ。あ、肌着は使ってない物だから安心していいよ」

 

 「何から何まですまない」

 

 「着方は分かるかい?」

 

 「馬鹿にしないでくれ! そこまでお嬢様じゃないよ!!」

 

 ツナギを見たことがなかったらどうしようと思って聞いたのだが、妙にぷんすこ怒られてしまった。

 

 ただのガラテアと呼んで欲しいと言うあたり、もしかして実家にコンプレックスのあるご令嬢だったりするのだろうか。

 

 「それより、その甲冑は一人で脱げるのかい?」

 

 「あ、その……壊れてしまったようで、ギリギリ動けているんだけど……」

 

 なるほど、機能が全部落ちて自前の筋力だけで凄まじい重量の甲冑を動かしてきた訳か。装備頼りではなく自前の肉体も鍛えているとは、彼女は本当の戦士なんだな。

 

 「分かった、手伝おう。紳士の誇りに掛けて、余計な物は見ないと誓うよ」

 

 「もっ、もう!!」

 

 恥ずかしそうにするガラテアに外し方を聞いて、万能工具で鎧の各所を止めているボルトを抜いていく。本来なら装着者の意志に従って自動で開閉するらしい背部構造をイジれば、着ぐるみのようにばっくりと開いて尾てい骨のあたりまで背中が覗く。

 

 艶めかしい背だった。傷一つない蜂蜜色の肌はどこまでもなだらかで、匙を差し入れればそのまま沈み込んでしまいそうな艶と瑞々しさがある。筋肉も適度に発達して皮膚の下で隆起し、脊柱起立筋から広背筋のラインがしっかり浮かび上がっていて、かなりの鍛錬を匂わせる。

 

 『上尉』

 

 「純粋に軍人的観点で観察していただけだよセレネ」

 

 どこか刺々しい無線にそしらぬ顔で答え、私は工具をしまった。

 

 「背中は開いたよ」

 

 「ありがとう、後は自分で脱げるよ」

 

 「じゃあ、タオルと着替え、ここに置いておくから。扉は〝開け〟と声をかければ開くようになっている。前で待っているから、終わったら教えてくれ」

 

 邪魔にならぬようさっさと部屋を出て、脇の扉に背を預けてしばし待つ。

 

 「セレネ、スキャンを」

 

 『……スケベ』

 

 「君ねぇ!?」

 

 『冗談ですよ冗談』

 

 際どいジョークはやめてくれ。

 

 私がスキャンして欲しいのは脱がれた甲冑だ。

 

 あの甲冑には見たところ〝主機〟が存在していない。いわばエンジンがないのに何故か走っている車のようなものだ。関節部に筋力増強用のサーボモーターや簡素なセンサーが備わっているのだが、言うまでもなくそれらは何らかのエネルギーなしに動くはずもない。

 

 我々の装備であったなら、短時間稼働前提の物ならバッテリーが、長期稼働前提装備であれば低温融合炉が搭載されており、そのための空間が設けられている。

 

 しかし、あの甲冑は、あまりにものっぺりし過ぎている。人間の体にフィットするように作られていて、装甲の合間にそれらを仕込む場所(ハウジングスペース)がまるでない。

 

 これでは最初から動力なしで稼働するよう設計されているようではないか。

 

 『上尉、スキャン完了しました。やはり動力らしい動力は見つかりませんでした』

 

 「やっぱりか」

 

 それがセレネの精査によって証明されてしまい、私は頭を抱えて蹲りたくなった。

 

 いやいや、どういうこったよ。装甲厚20mm、総重量約200kgはありそうな強化外骨格が動力なしで動いて堪るか。よしんば着てギリギリ動けるとこまでなら許すが、戦闘行動が可能なんて世界がバグってんじゃなかろうな。

 

 「やはり、彼女やテックゴブ達に〝副脳〟があることが関わっているのか?」

 

 『その公算は高いですが、弊機のセンサーでは如何なる波長も捉えられていません』

 

 まぁ百歩、いや千歩くらい譲って生まれながらに光子結晶を宿した人類がいるのはいいとしよう。宇宙には摩訶不思議な知性体が山ほどいるのだから今更だ。

 

 それで機械と無線、あるいは有線で繋がって管制(コントロール)しているまでは納得するのだが、動力がどこから捻り出されているか謎すぎる。我々が何百年もかけて洗練させていった固体バッテリーや低温核融合技術をつま先で転がし、送電のためにのた打ち廻って洗練させた回路や接触給電を発展させていった歴史を嗤われているようで気分が良くなかった。

 

 クソッ、これじゃVRで燃料無限チートを使われているようなもんじゃないか。こっちは一々思考領域の何%か割いて整合性合わせるのにひいこら言ってるってのによ。

 

 もしかして、私は高度なVR空間にそのままいて、目覚めていない可能性が微粒子レベルで存在する……?

 

 『上尉、そんな趣味の悪いVRは条約で禁止されています。寝起きドッキリと同じで銀河間仮想空間条項でご禁制になったでしょう』

 

 「分かってる、分かってるよ……私だってそんな遊びをして喜ぶ気質じゃない……」

 

 『それより、むしろあのガラテア本人に動力炉はなかったのですか?』

 

 「心臓を炉と呼んで良いなら搭載されてたな」

 

 『では乙種以上の義体のように本体に融合炉が積んである訳でもないと……ああ、あまりの理不尽さに思考回路の論理演算機能がエラーを吐きそうです』

 

 「私もだよ」

 

 この世界の理不尽さに首を傾げながら投げていると、扉が開いた。そして、そこから顔だけを出したガラテアが恥ずかしそうにこちらを見ている。

 

 「あの、その……借りておいてなんだけど、もっと大きいのはないのかい?」

 

 「すまない、男一人で暮らしてるもんで、人間用はそれだけなんだ」

 

 「うう……」

 

 顔を真っ赤にして現れた彼女は、何と言うか()()だった。

 

 恐らく胸はタオルで潰したのだろう。不自然な起伏が浮かぶ胸元は黒いシャツがはち切れそうになっていて、ツナギの前は締められなかったのか胸の下でジッパーが止まっていた。彼女は気付いているのだろうか、それが豊かな双つの丘を却って強調していることを。

 

 そこはかなり扇情的であるが、恥ずかしがるような物だろうか。割とファッションというかデザインの一つとして完成されているような気がする。

 

 いや、当人が恥ずかしがっているなら見るべきではないな。私はそっと視線を外し、近いうちに換えを用意すると約束した。

 

 「で、田舎者の私に教えて欲しいことが一杯あるんだが」

 

 「辺境と言ったことは謝るよ……」

 

 質問は淡々と、しかし確実に消費されていった。

 

 まず彼女は〝天蓋聖都〟と呼ばれる宗教国家から来たようで、それはここから高速移動手段を用いて二月は離れた遠方にあるという。

 

 そして、その国家は首都たる〝天蓋〟とそれを一夜にして生み出した〝機械神〟を崇めており、自分達は機械神が自分の閨を整備するために生んだ子供であると信じているようだ。

 

 国家の発生は約一千年前。〝機械聖教(ギア・レリージョ)〟も同時に生まれ、発足と同時にギアを扱える特別な人間を基幹人員として発展していったという。

 

 「それが君のような魔法機械騎士(マギウスギアナイト)と……」

 

 「聖別機械神官(ギアプリースト)だよ。僕らは魔法と呼ばれる才能で動く機械、マギウスギアを動かし、ギアプリーストは祈祷でサンクトゥスギアを動かすんだ」

 

 マギウスギア、魔法機械とやらは才能があれば身に付けたり持ったりするだけで動く物であり、これを使える人間は人口の一割ほどと限られており、その中でも秀でた者が騎士階級にあたる。

 

 一方で特別な祈祷や真言を必要とする聖別機械ことサンクトゥスギアは、より才能を持つ者が少なく一万人に一人もいれば良い方で〝天蓋〟の機能を使える特別な人間として聖職者階級にあたる。

 

 そして、それ以外の機械はマキーネ、普通の道具として大別されるが、一応機械神の残滓ということで聖堂の管轄下にあるらしい。

 

 宗教なんだか機械なんだかハッキリしてくれと頭が痛くなってきた。

 

 「僕はどっちの才能もあったんだけど、国のために戦いたくてマギウスギアナイトに志願してさ」

 

 「なるほどなるほど。それで、才能があれば機械が動く原理は……」

 

 「機械神のご加護だよ! 加護を通して機械内部の機械精霊や妖精と協力するのさ」

 

 ……ああ、うん、そう。

 

 ちょっと色々投げやりな気分になりたくなった私だが、ここで一つ実験をしてみることにした。

 

 腰からフラッシュライトを取りだしバッテリーを引っこ抜く。

 

 「それは?」

 

 「ライトだ。ボタンを押してみてくれないかい?」

 

 「こう?」

 

 そう言ってガラテアが点灯ボタンを押すと、バッテリーが抜かれて〝つくはずのないライト〟が点灯した。

 

 「なんでやねん!!」

 

 「のっ、ノゾム!? どうしたの急に!?」

 

 私はあまりの理不尽さに何もかもが嫌になって寝床へと倒れ込んだ。

 

 あーもー、有り得ないよぉ、ふざけんなよくっそ。

 

 銃とか爆弾とか持ち込んで〝科学なめんなファンタジー〟と標榜する創作が一時流行ったことがあるけれど、まさか逆に〝ファンタジー甘く見んなよギーク野郎(技術オタク)〟と中指を立てられるとは思わなかった。

 

 「今日はもう寝る! 不貞寝する!!」

 

 「だからどうしたんだいノゾム! 僕なんかしたかい!?」

 

 困惑するガラテアには悪いが、今日はもう不貞寝したい気分だ。色々やってられない。

 

 事後処理は長老に任せて、この部屋は暫く彼女に使って貰おう…………。

 

 

 

【惑星探査補記】現状、高次連の主要エネルギー源は固体バッテリー及び低温熱核融合炉、そして大型艦船などの動力炉に用いられる縮退炉(ゼロポイントエンジン)であるのだが、完全な無動力で作動する機械というのは実現されていない。 

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