仮面のお兄さんと感情激重ボンプ   作:オタリオン

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第12話:メイド・ワン・グランプリ

「……ふぅ」

 

 この前の一件で私は初めてクライアントに対して不義理を働いてしまった。

 アンドーは友人であり、金だって貰ってはいなかったが。

 それでも申し訳なさは感じていた。

 だからこそ、彼にお詫びの印……とは言えなかったが、プレゼントとして最高級のメンテナンスオイルをプレゼントした。

 

 彼は嬉しそうに「これで兄弟も!」と何か言っていたが無視した。

 依頼は達成できなかったようなものだったが。

 彼は律儀に約束を守って、後日、私を社長であるベロボーグさんに会わせてくれるらしい……はぁ。

 

 こう純粋な行為に嘘で答えてしまえば、流石の私も少しだけ落ち込みそうになる。

 いや、仕方なかった状況だ。

 誰だってあの場では嘘をつく選択以外取れる筈がない。

 如何に修羅場を潜ってきたとはいえ、私は自分の力を過信したことは一度だってない。

 だからこそ、生き残れる最善の選択を今までもしてきた。

 

 言い訳のように聞こえるだろう……いや、実際言い訳だ。

 

 見苦しい事このうえない。

 スマートさの欠片もない発言であり、私は猛省した。

 出かける前にアンジェラが私の事を心配してくれていた。

 彼女は私のパートナーとして尽くしてくれていたが。

 今はこんな情けない私の姿を見せたくは無かった。

 

 だからこそ、気晴らしにと外へと出てきてしまった。

 予定はあった。だから、不貞腐れてと言うではないんだが……。

 

「……ま、今更考えても仕方ないけど」

 

 私はそう呟きながら、路地裏から出ていく。

 端末をちらちらと確認しながら、私は今日開催される一大イベントに参加するべく足を動かしていた。

 このイベントに関しては毎年恒例行事のように行われている。

 何でも、新エリー都のサブカルでの盛り上がりを期待して都自らが運営をしているらしい。

 最近では産業分野や食産業でも陰りが見え始めていたからな。

 今一番熱い業界はエンタメであり、中でもサブカルチャーが激熱だ。

 アニメに漫画にラノベに、最近では配信者なる業種も盛り上がっているらしいじゃないか。

 実に良い事であり、中でも私の激推しであるメイド事業においては絶好調だ。

 最近でも新店舗が五件も出来ており、勿論、私は初日に来店している。

 

 ……話が逸れたな。

 

 兎に角、今年もサブカル祭りは大盛況間違いなしだ。

 今日は二日目であり、私が待ち望んでいた“メイド・ワン・グランプリ”が遂に始まる。

 今年も最前列で鑑賞するつもりであり……さぁ今日は何処のメイドさんがグランプリを受賞するのか。

 

 私は友人への不義理を頭から飛ばす。

 そうして、スキップでもする勢いで走っていった。

 

 

 +++

 

 

「お、お願いします!」

「……ふむ」

 

 困った事になってしまった。

 私は会場へとたどり着く前に、とあるメイドさんと遭遇してしまった。

 彼女とはまだ一度も自己紹介を交わしていなかったが。

 私は彼女の事を一方的に知っているつもりだった。

 

 目の前でウルウルとした瞳を私に向けるウサギ――いや、メイドさん。

 

 彼女の名前はカリンちゃん。

 あのヴィクトリア家政に所属している特別なメイドさんだ。

 華奢な体つきに、外見年齢は十代前半の可能性もあるが。

 働いている事から少なくとも……ダメだ。女性の年齢は考えてはいけない。

 

 新緑のような綺麗な髪をツインテールし、庇護欲を掻き立てる仕草をする彼女。

 広い会場の中で不安そうな顔でさ迷っている彼女をすぐに私は見つけた。

 声を掛けてみれば、彼女は暫く私を見つめてから花の咲いたような笑みを浮かべた。

 

 話を聞けば、彼女は今回のグランプリにヴィクトリア家政の代表の一人として参加する予定だったようで。

 一緒に参加する筈だった常連の客は何故か体調不良で来られなくなってしまったらしい。

 本来であれば代役を立てる事であったが。

 何でも、その常連客は絶対に自分が出ると周りを威圧していたようで。

 当日はそいつが出るだろうと考えた他の常連客は既に別のメイドさんのパートナーとなってしまったらしい。

 彼女は慌てながらも必死になって会場中を駆け回り一緒に参加してくれる人を探していた。

 そんな時に、偶々話で聞いていたサングラスを来た胡散臭い男を見つけてこいつがあのカズ・コヒーレントだと……はぁ。

 

 ……いや、別にいいよ?

 

 確かに、ずっと顔を隠すようにサングラスしてるしさ。

 話し方だって胡散臭い詐欺師みたいに思うだろうよ。

 けどさ、交流のあるお客様に対して胡散臭いって……因みにこう説明していたのはあのサメイドさんらしい。

 

 まぁ彼女ならいい。

 彼女の性格からしてそう説明するだろう。

 もしも、あの格好いいお兄さんなんて説明していたら解釈違いだ。

 私はそう心の中で僅か0.2秒の内に納得する。

 そうして、ゆっくりと手を差し出し彼女に協力したい事を申し出た。

 

 彼女はまたしてもひまわりのように温かな笑みを浮かべる……可愛い。

 

「ありがとうございます! これで怒られずにすみます!」

「不束者だがよろしく頼むよ。カリンちゃん」

「はい! 此方こそよろしくお願いします。コヒーレント様!」

 

 彼女はその小さな両手で私の手を優しく包む。

 とても温かくとても柔らかで。

 私は夢心地のようになりながら、時間も無いから早速向かおうと伝えた。

 カリンちゃんは少しだけ緊張した顔になりながらも、私を控室まで案内しようとしてくれた。

 私は彼女の行為を素直に受け入れついていきながら、今回のグランプリの内容について考えた。

 

 ……確か、グランプリは全部で四つのブロックに分かれて行われていたな。

 

 AからDまでの四ブロックにそれぞれ企業の代表メイドが二人ずつ参加する。

 予選は既に終わっている事から、カリンちゃんともう一人のメイドさんは無事に勝ち上がって来たのだろう。

 本選となる今日からはそれぞれの企業で選ばれしメイド好きも参加し様々な試練に協力して立ち向かっていく。

 何でも、その店の客の質でその店のランクは決まるだったか……良くは分からないけどな。

 

 毎年、変わった試練が用意されて。

 その度に過酷な試練を恐れて出場を辞退する客が続出している。

 メイドさんにはほぼ負担がない分、客の方はかなりの負担が掛かるのだ。

 主催者の意図としては、本物のメイド好きであれば如何なる苦行も愛で乗り切れるらしい……まぁその通りだな。

 

 こう見えても、私も多くの店からスカウトされていた。

 しかし、私は全てのメイドさんを愛しているんだ。

 何処か一店舗に肩入れしてしまえば、それこそ私の平等な愛が揺らいでしまう。

 だからこそ、参加したい気持ちを抑えて今までは鑑賞する事で気持ちを抑えていた。

 

 だが、カリンちゃんが困っているのに放置はできない。

 彼女も立派なメイドさんで私が愛する人の一人だ。

 このまま彼女を見捨てて悲しませる事は私のメイド道に大きく背くことになる。

 例え、これで他のメイドさんたちから失望されようとも――悔いはない。

 

 カリンちゃんの後をついていく。

 そうして、大きなステージの裏へと回る。

 扉を開けて中へと入れば、広い室内には既に多くのメイドさんとパートナーとなる客たちが待っていた。

 彼らは室内に入って来た我々を一瞬見て――もの凄い勢いでもう一度見てきた。

 

 カリンちゃんはびくりと怯える。

 私は彼女の肩にそっと手を置き小声で大丈夫だと伝える。

 彼女は小さく頷きながら部屋の隅の席まで歩いていく。

 その間も数名はひそひそと話をしている。

 

「あ、あれは……あの伝説の“メイド卿”では?」

「そんな、うちも頑張って声を掛けたのに……あのメイドは誰なの?」

「ふ、ふふ……昂る拙者の闘争心に火がついた」

「……大丈夫。大丈夫。タナカさんは元アスリート。体力勝負なら誰にも負けない」

 

 それぞれの思惑が渦を巻く。

 参加者を見れば、そのどれもが中々に優秀そうだった。

 近年はオタクと呼ばれる人間たちも能力が高いものが多い。

 元アスリートにミュージシャンであったり……相手にとって不足はない。

 

 私は荒事は嫌いだ。

 戦いになればすぐに負けてしまうだろう。

 ゲームなどであれば勝算はあれど、“メイドさんが関わらない”勝負事であれば勝てる自信はない。

 

 

 

 だが、そんな私でもこの会場の誰よりも負けない要素がある――“愛”だ。

 

 

 

 私のメイドさんに向ける熱い心。

 これだけは他の誰にも負けてはいない。

 これさえあれば私はどんなに過酷な試練であろうとも乗り越えられる。

 そう、例え神が私を雷で射貫こうとも私は決して倒れない。

 

「……ぅぅ……頑張れ。頑張れ、私……ぉぉ」

「……その意気だよ。カリンちゃん」

 

 精神を集中させている彼女を小声で応援する。

 私の声は彼女の耳には届いていないが関係ない。

 声が届かずとも気持ちは通じ合っている。

 それだけでメイドさんとご主人様は十分なんだ。

 

 彼女へと温かい視線を送っていればコツコツと足音を響かせて誰かが歩いて来る。

 チラリと視線を向ければ、そこには大きな尻尾を揺らす氷のような眼差しをした女性がいた……そうか、彼女か。

 

「……見つかったんだ……はぁ、アンタか」

「やぁ、あの時以来だね。エレン・ジョーさん」

「ふふふ。某もいますぞ。メイド卿」

「…………あぁ、そうだね」

 

 ――知らん。お前は誰だ!?

 

 腕を組みながら飴を舐めているジョーさん。

 その傍らでくつくつと笑うしゃべり方に反して異様にガタイのいい色黒の男。

 何処か映画の俳優でこういう筋肉スキンヘッドのマッチョマンを見た事がある。

 まぁ多分気のせいだろうが、名も知らない男はこの会場の人間の中でも一番強そうなオーラを放っている。

 やはり、ヴィクトリア家政ほどの大企業ともなれば人材も精鋭ばかりのようだ。

 もしも、カリンちゃんのパートナーとなる男がいれば彼くらいの存在だったのか。

 

 いや、いい。この場にいない人間の事を考えても時間の無駄だ。

 

 私はゆっくりと片手を筋肉ダルマに差し出す。

 彼はにやりと笑ってから、私の握手に快く応じてくれた。

 筋肉は遠慮なしに私の手を握り潰さんほどの力で握ってきた。

 私もそれに全力で応えながら、彼に対して挑戦を叩きつける。

 

「決勝で会おう。我々が勝つ」

「えぇ決勝で会いましょうぞ。勿論、私とジョーさんが勝ちますがね」

「「ふ、ふふふ、ふふふふ!!」」

 

 男同士の燃えるような闘争心。

 それを見ていた他の人間たちは威圧されていた。

 

「……馬鹿ばっかり」

「あ、あわわ」

 

 ジョーさんの呆れたような呟き。

 そして、カリンちゃんの戸惑いの声。

 それを受けながら、私と筋肉は互いに視線をバチバチと向け続けた。

 

 初出場であるが、負けるとは微塵も思わない。

 何故ならば、此処には私の大好きなメイドさんがいる。

 今日だけは私はカリンちゃんのナイトとして――全力で彼女をサポートするんだ。

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