テレビをつけて画面を見つめる。
そこには顔面蒼白の一人の男と頼りない顔の弁護士がいた。
生中継に行われる前代未聞の事件。
それはかつて存在した製薬会社の“失踪した幹部役員”がクーロンの現社長を脅した事件についてだった。
被告人は裁判所にて堂々とした顔で現れた。
何も知らない彼はべらべらと自らの名前を明かし。
私が渡したプロフィールを読み込んでいたのか。
年齢や誕生日に、事細かい情報まで喋っていた。
彼は訴えを起こしたリー氏が重大な秘密を抱えていた事を裁判官に伝えていた。
その上で自らを訴えたリー氏に対して名誉棄損による多額の慰謝料を請求していた。
そして彼は悪党であるリー氏の罪の証拠は自らが手に入れた研究棟の中にあると宣言し。
この裁判が終わる前に治安局の人間たちによる調査を勝手に依頼していた。
それを聞かされたリー氏の弁護士や裁判官は頭に疑問符を浮かべながら。
再度、自分の名前を言うように彼に伝えた。
戸惑いながらも自らの名前をもう一度言った彼。
その後に裁判官は件のエーテリアス化を引き起こした事件の責任者は――イヌイ・ゴタンダであると伝えた。
彼は激しく取り乱していた。
何せ、イヌイ・ゴタンダは彼の名前だからだ。
彼はしどろもどろになりながら、必死で罪を逃れようとする。
しかし、聞かれてもいないプロフィールを自慢げに語った後だ。
誰も彼の話を信用はしていない。
《では、イヌイ・ゴタンダ氏。あの研究所は自分のものでは無く……ジャック・リー氏のものであると?》
《そうだ。いや、違う!! 俺は嵌められたんだ!! 俺はホロウ……いや、違う……俺は、別人で!》
《……はぁ、貴方はイヌイ・ゴタンダだと自分で証言していましたが……まぁいいです。貴方は最初の公判で自分があの土地の所有者であり、あそこにはリー氏の悪行を証明する為の証拠があると言っていましたが?》
《そう! リーだ!! あの野郎が黒幕で、俺は全く関係がない》
《――ですが、旧大聖製薬で最後の臨床試験の指揮を務めた役員はリー氏では無く。イヌイ・ゴタンダ氏……貴方ですが?》
《はぁ!!? そんな訳ない!! 俺が調べた時はリーだって……そうだよな!!?》
《え、いや。そのぉ……あ、あれ?》
生中継で行われている裁判の様子。
そこに映るのは黒髪に切れ長の瞳をした綺麗な顔立ちの男で。
イヌイ・ゴタンダを名乗る元大聖製薬の幹部役員だった。
彼は自らが雇った頼りなさそうな弁護士に助けを求めるが。
彼は端末に見た資料の一部が“変わっている”事に戸惑っていた。
取り乱す彼らを静かに見つめるのはリー氏の代理で現れた弁護士であり。
彼は冷ややかな目でゴタンダを見つめていた。
その時に扉を開けて誰かが入って来る。
それは治安官であり、彼女は裁判官に耳打ちをしていた。
それを聞き終えた彼は、新たな証拠が出たと告げる。
これに救いを見出した彼は、それこそがリーの悪行の証拠だと高らかに宣言する。
裁判官は研究所から見つかった映像を再生する。
その中にはゴタンダとリー氏が映っていて……ゴタンダがリーを撃っていた。
聴衆がざわめく中で、混乱しているゴタンダはこれだと言う。
最早、彼の姿は狂気に身を落としたサイコパスであり。
リー氏の弁護士は立ち上がってから証言をしていた。
《リー氏の体には銃痕があり。撃たれた箇所と一致しています。この映像は本物です》
《はぁぁ!!? ふざけんなよ!! 何でアイツの体に!!》
《何故、今まで黙っていたのですか?》
《リー氏はゴタンダ氏と古くからの友人であり。最後まで彼の事を信じていました。だからこそ、無事に戻って来れた時に彼の罪が少しでも軽くなるようにこの事実は伏せていました。が、その信頼をゴタンダ氏は裏切りました》
《ふざけんなふざけんなふざけんなぁぁぁ!!!》
ゴタンダは弁護士に飛び掛かろうとした。
が、治安官たちに取り押さえられてしまう。
弁護士は静かに涙をハンカチで拭い。
裁判官も聴衆も感極まっていた……流石だな。
やがて、裁判は終わりへと進んで……結果は有罪だった。
ゴタンダは過去の悪事を暴かれて。
実刑判決を受けてしまった。
暫くどころか永遠に出る事は出来ないだろう。
死刑じゃなかっただけでもマシな方だ。
何せ彼は違法なエーテリアスの研究をしていただけではなく。
人体実験紛いの事もしていたのだから。
ゴタンダは最後まで暴れていた。
そして、私とリー氏の名を叫びながら退場していった。
ゆっくりとリモコンを掴み電源を切る。
一仕事終えれば、すぐに電話が掛かって来た。
それは“別の”依頼主からの電話で――リー氏からだった。
「はい」
《……ありがとう。君のお陰で私は過去と決別する事が出来た》
「ん? 何の事ですか? 間違っていますよ」
《……約束は果たした……もう二度と会う事は無いと願っているよ》
リー氏はそれだけ言って通話を切る。
私は端末を操作して自らの口座を見て……ふふ。
かなりの大金が入った。
正式な依頼主であるイングリッド・アントワネット氏とジャック・リー氏の二名。
治安官を通して娘は受け渡したが、事前に流れは伝えてあった。
だからこそ、約束の金も振り込まれた。
情報屋も手数料はきちんと受け取ったが、それでも十分すぎるほどの額だ。
これほどの金が出来たのであればやる事は一つだ――メイド喫茶に行かなくては。
私は立ちあがり、スーツに着替えに行く。
すると、扉を開けて誰かが歩いて来た。
それは私の助手のボンプであり、目が真っ赤な白いボンプがそこにいた。
その耳は両耳とも半ばから斬られており、両頬にも鋭利な刃物で切り裂いたような跡がある。
何処からどう見ても傷だらけだが、彼女は一向にその傷を直そうとしない。
何でも傷は戦士の誉れであるらしいが……私には理解できない事だ。
彼女はスーツを掲げながら笑う。
「コヒーレント様。スーツの準備は整っています……今日も行かれるのですか?」
「あぁそのつもりだよ……君も行くかい?」
「……いえ、遠慮しておきます……危うく手元が滑りそうになるので」
「……そうか」
スーツを受け取りながら、床を見つめて激重発言をするアンジェラを見る。
慣れたものであり私は笑いながらそれを聞き流す。
彼女の事も大切だが、私は一刻も早くメイドさんに会いたい。
あのフリフリなメイド服に包まれた甘々な発言をする天使たちは私にとっての癒しだ。
今回の件はデカかったが。
私の事を治安局が知る事は無い。
今回は彼女たちに協力して奴のアジトを特定したりもしたからな。
嘘と真実を織り交ぜての交渉。
私の得意なハッタリは今回も炸裂していた。
ほとんどリー氏の秘密については知らなかったが。
それっぽい事を並べて見れば、彼は全く不審に思っていなかった。
最初に朱鳶に教えた情報。
旧大聖製薬とクーロンは繋がりがあった。
それは会社自体は倒産したかのように見せかけて。
勤めていた社員たちのほとんどはクーロンへと転職していたと言う事実。
これ自体は既に噂程度には知られていたが、誰もこれに関しては興味を示していなかった。
だからこそ、治安局も気づいてはいなかっただろう。
過去の役員の名簿と照らし合わせれば、数名は今でもクーロンの役員として在籍しているからな。
しかし、その中にはイヌイ・ゴタンダはいなかった。
何故ならば、イヌイ・ゴタンダは今のリー氏であり。
彼はイヌイ・ゴタンダからリー氏に成り代わっただけなんだ。
表向きにはイヌイ・ゴタンダは全ての責任から逃れる為にホロウへと逃げていったとされるが。
実際には彼はリー氏と何らかの方法で入れ替わる事に成功した。
その方法は……いや、考えたくないな。
リー氏は新たな人生をスタートさせたものの。
インターノットの中には今のリー氏について嗅ぎまわっている人間も少なからずいた。
プロキシに依頼してまでホロウ内を捜索させた人間だって確認している。
恐らくそれらの人間たちは、試験にて命を落した人間の家族か。
私の勝手な予想ではあったが、アレも当たっていたようだ。
あのホロウ内の研究所の中には大聖製薬の悪事だけでは無く。
本物のリー氏とイヌイ・ゴタンダとのやり取りが記録されていたものも保管されていた。
悪事だけならば、ゴタンダ自身の独断であったとでも言えば幾らでも言い逃れは出来るだろうが。
流石にリー氏との入れ替わりの証拠があれば、会社と今のリー氏も責任を取らざるを得ない。
……しかし、射殺した映像はあったが。入れ替わりの証拠は出なかったのか。
情報屋からの情報では、治安局内部にアンヘルと通じている者がいたらしいが……まさか、リー氏も……いや、よそう。
結果的にはゴタンダが生きていて姿を現したのだ。
今更、証拠となる映像が出たとしてもゴタンダとリー氏の過去を調べる事は出来ない。
調べたとしてもゴタンダが罪を逃れる為に用意したものだと思われるだろう。
映像では入れ替わっているように見えても、リー氏もゴタンダも生きているんだ。
ゴタンダは一度は自分がゴタンダであると証言して、リー氏は自らの潔白を説明するだけで。
片や薬物を使用していた狂人と真っ当に会社を経営する世間から評価されている社長。
何方の言葉を信じるかと言えば一目瞭然であり……まぁそもそも彼が自分をアンヘルのリーダーだと言える筈がない。
もしも、アンヘルのリーダー何て言えば。
待っているのは死であり、彼は大人しく罪を受け入れて模範囚として減刑を待つしかない。
「……ん?」
端末が震える。
見れば情報屋からチャットが来ていて……ほぉ。
どうやら、ホロウ内の研究施設が爆破されたらしい。
調査をしようとしていた治安官や調査員たちは既に建物の外に出ていたようで被害は無かったが。
完全に倒壊した建物から証拠を集めるのは困難らしい。
メディアは治安官たちを道連れにする為にゴタンダが仕掛けていた罠と決めつけているが。
これは恐らく、リー氏によるものだろう。
《……爆破前に誰かが出入りしていたって話もあるが……関係ねぇか》
そうだな。関係ない。
今までその研究施設を残していて。
今になって爆破という結論に至ったという理由も私たちには関係ない。
どんな美談があったのか。それとも、何かしらの欲があったのか。
全てどうでもいい。
私は交渉人で、依頼に見合った報酬が貰えるのであれば。
悪人にも善人にも手を貸す。
それが今の私の立場であり、交渉人としての仕事だ。
……いやぁそれにしても冷や冷やしたものだ。
まさか、あそこまでレイダーたちが短気だとは思わなかった。
すぐに発砲した時は一瞬だけ固まったが。
光学迷彩で姿を隠したアンジェラのお陰で攻撃も防げた。
そのまま相手の動揺と恐怖に勘付いて交渉を進めながら、端末を使わせて逆探知まで時間を稼いだ。
姿が見えないアンジェラと端末を直接繋いで。後は彼女のハッキング能力をフルに使えば完了だ。
まぁ相手も秘匿回線により通信を繋いでくると思ったから、それ相応の時間は稼いだが……ギリギリだったな。
此方との通話記録は既に消している。
相手も一々記録には残していないだろう。
私はただ一般人として奴の居場所をリークしただけだ。
紺色のスーツに着替えて赤いネクタイを締める。
そうしてビジネスバックを持ち、彼女に挨拶をしてから家を出た。
しっかりと鍵を閉めてから歩き出し……ん?
一瞬、扉が開いたような気がしたが……気のせいか。
私はそのまま前を見て歩き出す。
兎に角、逆探知に成功しそのまま治安局の彼女に密告して。
焦った彼は碌に考える事も出来ずに私の話に乗ってくれた。
そのまま彼にゴタンダの顔写真や身分証を渡せば、何も知らない彼はそのまま彼のフリをした。
ケースに入れていた指示書通りに行動したのか。
奴は此方が指定した医者の元で顔を整形してくれた。
もしも別のところで行っていたとしても、私が別の人間を介して金を渡し黙らせるだけだったが。
その手間を掛ける必要もなかった。
医者は裏社会の人間であり、掟がある限りは此方を裏切る事も無い。
奴が監獄でどんなに言おうが、医者が証言をする事は絶対に無い。
勿論、顔を変える前に途中で怪しんで詳しく調べる事もあったかもしれない。
真実にたどり着かないように、彼の端末にハッキングを掛けて情報を操作するのは骨が折れた。
もしも、あの端末を捨てて別の端末を使っていればもっと手間が掛かっただろう。
サインに関しての偽装も完璧だ。
彼は精神が錯乱している状態だと判断されるだろう。
おまけにサインの時の手元は震えていて、薬だってしていた事が分かっていた。
筆跡鑑定はあてにならないからこそ、自分が別人であると証明する手立てはない。
何も知らない彼はそのまま自らをイヌイ・ゴタンダとしっかりと認めてくれた。
結果、犯人自らが証拠を揃えて罪を自白したという意味不明な裁判が開かれて。
彼は今やインターノットを沸かせる大物になった。
自らを火で炙るチキン……“焼き鳥”が今の彼の異名であり……まぁ同情はするよ。
あぁはなりたくないと思いつつ。
私はそのまま駐車場に止めてある愛車の“ハチロク”に乗る。
ピカピカに磨き上げられたボディーは白く輝いていて。
黒いラインや天井も美しい。
何よりも、こうパカッと開くライトが最高であり大金を出してまで私はこれを購入した。
結果、後でマニュアル車である事が分かって、慌ててマニュアルの免許を取りに行ったのは今でも記憶に新しい。
ロックを解除し車に乗り込む。
そうして、目的地である行きつけのメイド喫茶に向けて移動を始めた。
「ふふ、楽しみだ。心の底から……存分に愛でようじゃないか」
私はくつくつと笑う。
そうして、新たなメイドさんに会える予感をさせながら道を疾走し――!!
「アレはッ!!!」
道を疾走していれば、何かが勢いよく走って行った。
誰かに追われている老人であり、彼は一台の高級車に乗り込んだ。
そんな彼を追いかけるヒットマンのような連中――いや、そこじゃないッ!!
よく目を凝らせば、そんなヒットマンへと飛び掛かり。
その鍛え上げられた四肢で眠らせる美女がいた。
何よりも目を引くのはその服装であり――メイドだ。
変わった服装ではあるが、私の心の中のメイドセンサーがびんびん反応する。
私は目が飛び出そう程に彼女を見つめて――うわあ!!
大きな音を立ててぶつかる。
ゴミ箱をぶち壊しながらぶつかり、柵に大きな穴をあけた。
メイドさんを凝視した結果、事故を起こすという初歩的なミスをしてしまう。
幸いにも周りには人はおらず。
今の衝撃音によってヒットマンたちは私の方に視線を向けた。
その隙を使って大きな武器を持った彼女はヒットマンを一気に無力化した。
「……」
「……はは」
私は頭から血を流す。
視界が真っ赤になる中で、私は呆然と此方を見つめる少女に手を振る。
彼女は小さく頭を下げてから走り去っていった……可愛い。
クール系の“サメ尻尾メイドさん”は初めて会ったが。
これはこれでかなり良いな。
私はそんな事を考えながらある所に電話を掛ける。
《はい。こちらワーグ・クリーニングセンターです》
「クリーニングを頼みたい。“頑固な汚れ”だ」
《……汚れは“赤”いですか?》
「いや、赤くはない。“黒色”で……“私の服”も汚れた」
《……時間はどう致しますか?》
「いますぐで頼む」
《分かりました。すぐにスタッフを向かわせます。場所は〇〇でよろしいですか?》
「あぁそこだ。頼むよ」
《承知致しました。少々お待ちください》
通話を切り、ゆっくりと息を吐く。
昼間であるから早めに来た方が良いと言うのは向こうも分かっているだろう。
すぐに人払いに掛かり、此処を見つける人間も少ない筈だ。
まぁ何名かは建物の中から見ているが。後はプロに任せる。
ダッシュボードを開いて、中から“銀貨”を取り出す。
死体は無いから処理は簡単であり……1枚だな。
静かに息を吐き、車から降りる。
凹んでしまったフロントを見るのは心苦しいが……仕方ないな。
事故処理は任せて、私はタクシーで向かおう。
こんな時であっても、私はメイド喫茶に行くという任務を諦める事はしない。
何せ、こんな寂れた路上であんなにも美しい天使に出会えたのだ。
これはきっと運命であり、今日から素晴らしいメイドライフが始まるに違いない。
私は両手を広げて全力で日の光を浴びる。
あぁ太陽が温かい。そして、視線は冷たい。
建物から出て来た人たちがひそひそと話している。
通報はしていないようだからまぁいい。
私は全ての視線や熱を受け入れながら、美少女メイドの姿を網膜に焼き付けた。