しみったれた店の中で私は優雅なティータイムを満喫する。
隣には我が助手が座っており、その隣にも助手“二号”が座っている。
あっちの広いソファーにも“三号”と“四号”と“五号”と“六号”が座っていた。
今現在、ハゲの店には人間は私一人で。彼女たち助手らは一杯のコーヒーだって飲めない。残念だったなハゲ、ははは!
「おい! 今碌でもねぇ事考えたな!! 違法な充電代をお前に請求してもいいんだぞ!?」
「ふふ、よさないかハ……マスター」
「おい、今ハゲって言いかけただろ」
「被害妄想も此処まで来ると愉快な物だ。そうだろ、アンジェラ」
「えぇ全くです。客観的に見てもこの男はハゲです」
「上等だこらぁぁぁ!!! 表出やがれぇぇぇ!!!」
「もぉ!! 止めてよ父さん!! また食器を壊す気!? お母さんに言いつけるよ!」
バンと扉を開けて出てきたのは学生服を着た小さな女性だった。
長い黒髪に丸眼鏡を掛けていて、可愛らしい顔立ちをした少女だった。
彼女はこのハゲの娘であり名を凛ちゃんという。
どう見ても遺伝子操作を受けていたとしか思えないほどにこの二人は似ていない。
ファンタジーの世界で例えるのなら、このハゲがゴブリンで彼女はエルフだろう。
お母さんに似て良かったと思いつつ、視線が合った彼女に対して軽く手を振り微笑む。
すると、凛ちゃんは一気に顔を真っ赤にしながらトレーで顔を隠した。
「い、いらしてたんですか……父さんのバカ!」
「り、凛。何だよお前。何時もみたいにもっとこうクールな感じで振舞わないのか? 何だその恥じらいは? お父さんは知らないぞ?」
「黙っててよ! もぉ……か、カズさん。今もっと上等なコーヒーを淹れますね。あ、それとクッキーも」
「ふふ、頂こうか。凛ちゃんのクッキーは絶品だからね」
「――っ! お、お待ちください!」
彼女は大きくお辞儀をしてから奥に戻って行く。
ゆっくりとハゲを見れば、世界に絶望したブルドックのような顔をしていた……ウケる。
「まぁ今後ともよろしく頼む……お義父さん」
「殺すぞ」
底冷えするようなどすの効いた声でハゲは殺気と共に呪詛を吐く。
ハゲは顔中に血管を浮かび上がらせながらアーミーナイフを取り出していた。
強面の顔であるからかシャレになっていないくらいに怖い……え? 冗談だよな?
ハゲからの濃厚な殺気を無視して最後の一口を胃に流し込む。
黒々としたインスタントコーヒーは夜更かしをした翌日にはかなり来る。
眠気が一気に吹き飛ぶようであり、私は早速、本題に入ろうとした。
「それで? コーヒーを飲ませる為に呼んだ訳ではないだろう……凛ちゃんが来る前に話せ」
「……ッチ。ムカついてるが、そっちの方が大事だ……お前、三年前の”エーテル適性”に関する事件を憶えているか」
「……そうだな。記憶通りならば……エーテル適性を科学的アプローチによって底上げする事が出来ると提唱した団体がいて、それが多くの支援者から莫大な資金を集めるだけ集めて行方をくらましたという事件だったか……まさか、団体のリーダーが見つかったと?」
「そのまさかだよ……団体のリーダーとして拘束された男の名前は“ミール・ワタンスキー”。年齢は三十七……団体を組織していた時代は別の名前で活動していたって奴らは言ってやがった……治安官のダチから貰った情報によればワタンスキーは今の今まで十四分街にて廃品回収の仕事をしていたらしいな……俺は知らなかったが」
「ほぉ、それは奇妙だ……少なくとも支援者から奪った金額を考えるのであれば豪邸に住み何不自由ない暮らしを送っていると思ったが。まさか廃品回収とは……裏があるんだろ?」
私はカウンターに膝を突きながら顔の前で手を組む。
品定めする様にハゲを見ればニヤリと笑う。
「ご名答……十中八九、ワタンスキーはこの件には無関係だ。奴が犯人として拘束された事には理由がある。それは奴が何時も通り廃品の回収に向かった場所で大金が詰め込まれたバッグを見つけちまった事が全ての始まりだ。あのバカは目の前の大金で我を忘れちまってな。後先考えずにぜーんぶ女やギャンブルで使っちまいやがった……が、治安局が流通した金を調べた結果、それが三年前の事件で強奪された金の一部だって分かっちまってな。後はとんとん拍子に奴が犯人になっちまった訳よ」
「……不運とも言えないな。素直に通報していればこうはならなかっただろう」
「だな……だが、金の無い奴にとっては一生かけても手に入らない大金が目の前にあったら。リスクも何も考えずに飛びついちまうのさ」
ハゲはそう言いながら胸ポケットから煙草を出す。
そうしてマッチで煙草に火をつけた。
本来であれば客の前で吸うなと言いたいところだが。
何やら深刻そうな顔をしているからこそ、それを指摘するのは止めた。
それにしても十四分街か……もしかして。
「……マスター。これは私の勝手な予想だが……彼と知り合いなのか?」
「……別に、知り合いって程じゃない。アイツとは酒を飲んだ事だって一度もねぇからな……ただ、アイツの親父には世話になった……バカやってた頃にな、親父さんが怪我をしていた俺を無償で治療してくれた。それも何度もだ。当時の俺は馬鹿で見栄っ張りで、こんな事したって善人になる事も鶴みてぇに自分の毛を抜く事だってしねぇって言っちまったんだ……親父さんは笑いながらテメェの汚ねぇ毛なんざいらねぇって言ってな……それっきりさ」
ハゲは昔を懐かしむように呟く。
私はそんな過去があったのかと思いつつ、コホリと咳払いをする。
見ればキッチンへと続く扉が少し開いていた。
ハゲは気が付いたようで「ま、俺の世話になった人なんだよ」と大きな声で言う。
扉がゆっくりと開かれる。
すると、浮かない顔でトレーを持った凛ちゃんが現れる。
「凛。どうした? そんな顔をして……まさか、聞いてたのか?」
「……うん……父さんが昔やんちゃしていた時にお世話になっていた人の話でしょ……私知ってるよ」
「え? いや、こんな話、お前には一度も」
「……母さんから聞いた。父さんが酔っぱらった時は毎回、同じ人の話をするって……毎月出掛けているのも、その人に会いに行ってたからなんでしょ? いつも酒屋で普段は飲まないような高いお酒買ってたから」
「……何だよ。隠れて盗み見なんて……お前も父さんの娘って事かぁ」
「……っ! 何でそんな話になるの! 私はただ父さんが」
「――気にすんな! 娘に心配されるほど俺はおちぶれちゃいねぇ。親父さんには恩を返せなかったが、俺は別の形で恩返しをする事に決めたんだ」
「……? それって何? 私にも協力できるなら」
「お? 言ったな! それじゃ先ずは――商店街に行ってこれぜぇぇんぶ買ってきてくれ!」
「……は? いや、これただのお使いじゃん」
凛ちゃんは呆れたように手渡されたメモ紙と紙幣を見つめる。
ハゲは笑みを浮かべながら「協力しろよ?」と言う。
凛ちゃんは複雑そうな顔をしながら大きくため息を吐く。
そうして、トレーを俺の元まで運んでてきぱきと丁寧に注がれたコーヒーとお茶菓子を置いていった。
「熱いので気を付けてください……父さん! 帰ったらきちんと説明してよ!」
「あぁ分かった分かった。ほらさっさと行け。日が暮れちまうぞぉ」
「……っ!」
凛ちゃんは助手四号から買い物鞄を受け取る。
そうしてぷんぷんと怒りながら出掛けて行った。
ハゲなりに娘との接し方は心得ていたらしい。
感心しながら見ていればハゲは舌を鳴らす。
「……何となく依頼は分かった……要するに私が交渉人として治安局に掛け合い。彼の無罪を証明し早急に解放させればいいんだな?」
「あぁそうだ……今回の依頼人は……俺だ。だから、その……そんなに大した額じゃねぇから」
「あぁそれは気にしていない。そもそも、君から搾り取れるなんて微塵も思っていない。私に支払う金があるのであれば少しでも凛ちゃんや奥さんの為に投資をしろ。いや、マジでだ。先ずは意味の無い植毛剤の購入を止める事から始めようか」
「――何でお前がそれ知ってんだよ!?」
「……え? マジで買ってんの?」
ジョークのつもりで言えばガチな反応が返って来た。
思わず素で驚いてしまい、アンジェラが大きく目を見開いて私を見ていた……あぁいかんいかん。
「んん……兎に角だ。君は私に対価を払う必要はない。何せこれほどまでに美味しい話を提供してくれたんだ……もう既に十分すぎるほどの対価になっているよ。ふふふ」
「……お前、まさか……いや! やめておけ。悪い事は言わねぇ。アイツ等から搾り取ろうとすれば」
「――案ずる事は無い。私を誰だと思っている? 大船に……いや、戦艦ヤマトゥに乗った気でいたまえ。ははは」
映画館で見た戦争映画。
そこで見た超ド級戦艦ヤマトゥ。
どんな攻撃であろうともびくともしない不沈艦で。
その主砲は遥か彼方の敵であろうとも一発で沈めてしまう。
私が今回の依頼での成功確率を表したとても上手い表現だった。
我ながらセンスがあると思いつつ、優雅に凛ちゃんのコーヒーを飲む……美味い!!
さきほどの濃すぎるほどのジャンクな味とはまるで違う。
優しい味わいであり、ほのかな酸味があってあっさりとしていた。
薄いという訳では無く、コーヒー本来の味が楽しめる。
熱いからと言っていたがほどよい温かさに調整されていて……パーフェクトだ。
バタークッキーも頬張りつつ。
不安そうにジト目で見て来るハゲに対してその眼は何だと無言の圧を掛ける。
「……なぁヤマトゥって……お前、何処まで見た?」
「勿論、最新作の2だ……ふふ、アレは凄かった。五十隻の艦隊を相手にしてたった一隻の戦艦で挑む様は正に世界一位だ」
「はい。私も見ました……まるで、戦場を支配する王者。カズ・コヒーレント様の伝説の一部の様でした」
「ふふ、そうか。それは良い表現だ……さて、美味いコーヒーと茶菓子も堪能した。早速、準備に取り掛かろう」
私は立ちあがり、助手たちは光学迷彩を発動させた。
風景に溶け込む彼女たちを確認しつつ、コーヒーの支払いを多めに済ませた。
そうして、次に会う時には恩返しが終わっているだろうと伝えた。
「敢えてもう一度言おう。ヤマトゥに乗った気で」
「沈むぞ」
「……はえ?」
「いや、だから沈むんだよ……3で」
「――」
ハゲが何かを言った。
しかし、私には毛ほども理解できない。
口を小さく開けながら固まって……あぁそうか!
「ふふ、先ほどの仕返しと言う訳か……見事だった、とだけ言っておこう。ではな」
「……まぁそれでいいならいいけど……本当に大丈夫なのか?」
ハゲの無礼な呟きは無視する。
扉を開けて外に出て歩いて行った。
そうして暫く歩いてから立ち止まり、スッとポケットから端末を出して操作し情報を手に入れようとする。
カタカタと操作をしながら検索ワードを入力し――
「ヤマトゥ3は……あ、あった! え、公開日は……に、二ヶ月前!?」
自分が最新作だと思っていたのは既に過去のものだった。
今の最新は3で……ほ、本当に沈むのか?
えも言わぬ不安に襲われながら身震いする。
そうして、これは気のせいであると思い込み。
私は3の事を一時的に頭の中から消した。
今は依頼に集中しなければ……あぁでも気になるぅぅ!
依頼と映画の単語を交互にぶつぶつと呟く。
近くを通る人間は私を不審そうに見ていた。
私はそんな視線を無視して、必死になって依頼に集中しようと努力した。