第5錠 朽ちる命
アルゴスとの戦いから、また一月が経った。
乗っ取られていた人は警察の偉い人だったらしく大騒ぎだ。俺には関係ない話だけどな。
……一応関係あるか。無罪放免にはなったな。
それにしても、日差しが心地よい。ポチたちもはしゃいでいるのを感じる。
「お昼寝日和だね、ハニー」
「……」
「お母さん。あの人、誰と話してるの?」
「しっ 見ちゃダメ」
鳥一は気にしてないが、世論はかなり混乱していた。
人間が殺されて操られていたのだ。
誰を信じれば良いのか、隣人や家族は本当に信じられるのか、誰も分からない。
外出は減り、経済は滞り、インフラの維持も危うくなってきた。
アルゴスがバレないように振る舞っていたのは、封印されていたからだけではない。アルゴスにとって都合が良かったからだ。
他の陣営を削りつつ、素材となる人間の眼を奪う。警察の立場は最適だったから維持に努めていた。
アルゴスが封印された今、新たな動きを見せるモノが出てくるのは当然の事だった。
「我が眷属たちよ! 人間の基地を破壊せよ!」
GAoo!
GAoo‼︎
突如現れたドラゴンたちは航空機の発着所を襲い始めた。
理由は航空機はドラゴンにとって脅威だから……ではない。
ドラゴンにとって軍事用かどうかなど見分けがつかないのだ。
発着所の無い基地はこの段階では見落とされる。
いつの段階で対応されるかというと、ドラゴンに攻撃した時だ。
戦闘機の機銃程度で堕ちる種もいるが、戦闘機ごときでは落ちない種の方が多い。特別な指示がなくとも反撃は勝手に行う。
実に脳みそがちっぽけなトカゲ向けの作戦だ。
これを考えたのは、きっと名のあるトカゲなのだろう。
こんな騒ぎになれば、彼らも現れる。
巨大な鎖の渦が空を舞い、ドラゴン達を次々と封じて落とす。
ジェイラーの封印にかかる時間は対象の格に応じる。いくら硬い鱗を持つ種でも、格が低ければ一瞬だ。
けれど、奴の本命はジェイラーだ。
ジェイラーの周囲に魔法陣が現れ、炎や雷といった攻撃が放たれた。
「ぐっ……」
ジェイラーは犬の誘導でなんとか避けるが、ギリギリだ。
今のジェイラーは目が見えない。魔法はおろか、魔法陣すら見えていない。
炎上する街は流れ弾で凍りついている。
犬たちも魔法陣と魔法の関係性に気づいたのか、回避がスムーズになってきた。
魔法とて一定の法則には従っている。
魔法陣の斜め上に現れたりしないし、魔法陣が完成するまで発動もしない。見分け難いが魔法陣にも向きがある。
アルゴスの魔眼とどちらが避けやすいかは難しいところだが、コツを掴めば大差ない。
彼らにとっては簡単だ。
けれど、いつまでも避けているだけでは意味が無い。
「ポチ、アル。敵の姿は見えないか?」
主人の問いかけに応えようと、愛犬たちは姿を探す。
漂う濃厚な血の臭いで自慢の嗅覚は当てに出来ない。
攻撃を避けながらキョロキョロと周囲を見回す。すると、人影が遠方に浮いているのが見える。
きっとアレだろう。愛犬たちは主人を引っ張り誘導する。
「よし!行くぞ!」
ジェイラーはそれを信じて空を駆けると、愛犬たちが戸惑った。いつの間にか姿が消えていたのだ。
「どういうことだ?」
蜃気楼という現象を知っているだろうか?
蜃が吐く気の楼ではなく、純粋な物理現象の方だ。
上空には街が炎上した熱が、地上には魔法による冷気が漂っている。
この温度差の屈折により、地上の物影が空中に見えるのだ。
「かかったな」
下を向くと描きかけの魔法陣があった。
「まずい」と思った直後、魔法陣が完成し、魔法が放たれる。
それは解錠の魔法。攻撃力は無いが、ジェイラーが最も受けてはならない魔法だ。飛んでいたら即死攻撃となる。
オールダーと絆を紡いでなければ、の話だか。
同時に封印を解かれた夜雀は、鳥一を抱えて全力で飛行する。
飛行特化ではないとはいえ、1人分の重量程度ならどうにかなる。
けれど、周囲の警戒が薄れた。
周囲に色とりどりの魔法陣が現れる。
「ぐぁあ!」「………ッ!」
炎、雷、吹雪。絶え間ない攻撃に晒される2人。
鳥一の肉体は炭化し始め、夜雀の翼もボロボロになっていく。
夜雀は己が身を顧みず減速を試みるが、ボロボロの翼では気休めにしかならない。
2人して地上に落下した。
夜雀は血を流しながも、最愛の人に駆け寄った。
その姿は酷いものだ。夜雀が庇いきれなかった手足は炭化し砕け、呼吸も弱々しい。
急いで医療機関に運ばないと命はないだろう。
……否、現代の医療でも助かるかどうか……
そもそも、今襲われただけでも終わりだ。
鳥一は何も言わない。意識を失っているのだ。
夜雀は鳥一を恨み、決断した。
夜雀は鳥一の胴体を素手で突き刺した。