リガイシュ   作:浅葱 沼

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 一人目に亡くなった中嶋 美緒とは同じクラスだが、話したこともなく常に周りにたくさんの人が集まっている彼女とは関わる機会すらあると思っていなかった。

 

 そんな彼女の印象は、良くも悪くも騒がしいだった。常に周りにいる人は、男女問わず不良と言われるような人が多かったので自然とうるさくなっていただけかもしれないが...。

 

 

 そんな彼女とまともに話したのはちょうど一ヶ月ほど前、体育の授業中にどうも気分が悪くなったので保健室に向かった時のこと。保健室のドアを開くと、救急箱の中から取り出した絆創膏を膝に貼ろうと椅子の上に片足を置いている中嶋さんと目が合った。

 

「あれ?あなたって確か同じクラスの...えーと...」

 

日下部(ひしべ)です」

 

「そうそう日下部君!私、人の名前覚えるの苦手で...ごめんね。あなたも怪我したの?」

 

 今年初めてクラスが一緒になった、今まで一度も話したことのない人間の名前まで覚えていたら少し怖いと思いながらも、にこやかな笑顔と共に話しかけてくる彼女は、それだけで人に好かれるのだろうと思わせる雰囲気があった。

 

「いや、僕はちょっと気分が悪くて...」

 

「確かに顔色悪いね、大丈夫?でも今保健室の先生どっか行っちゃってるみたいなんだよね」

 

「大丈夫。ちょっと横になれば良くなると思うから...」

 

 そう言ってベッドに向かおうとした時、ふと足に力が入らなくなって体が沈む。

 

「おっとっと。ほんとに大丈夫?先生探して呼んでこようか?」

 

 危うく床に頭突きをかましそうになったところを、素早く動いた中嶋さんにナイスキャッチされ事なきを得たが、少し恥ずかしい。

 

「ありがとう。ただふらついただけだから、本当に大丈夫だよ」

 

 女子に助けられた自分の情けなさから顔が赤くなっていないか心配になったので、それを隠すようにベッドに倒れ込む。それを見て大丈夫そうだと判断したらしい中嶋さんがベッドから離れていく気配を枕に顔を埋めながら感じた。

 

 横になっただけで大分気分が楽になったのでうつらうつらしていると、また中嶋さんの声が聞こえた。

 

「日下部君。水ここに置いとくから、じゃあね」

 

 ここまで親切にされるとは思わなかったので少し驚いたが、ここはしっかりとお礼を言っておかないと後が怖い気がするのでベッドから少し起き上がり、水をベッドの横のサイドテーブルに置いて、その場を後にしようとする中嶋さんに声をかける。

 

「中嶋さん」

 

「なに?」

 

「色々ありがとう。中嶋さんって...思ってたより優しいんだね」

 

「思ってたよりってどーいうことよ?」

 

 中嶋さんにじとりと睨みながら指摘され、余計な一言を付けていたことに気付いた。

 

「あ、いや。決して悪い意味じゃなくて...なんていうか......ごめん」

 

「冗談冗談!周りにそう思われるのも仕方ないって思ってるから大丈夫だよ。でも...ふふっ、日下部君も思ってたより変なやつだね。元気になったらまた話そ」

 

 勝手な印象で彼女の人格を決めつけていたのを恥じ、また少し顔が熱くなった気がしたが、中嶋さんには面白かったらしく、やっぱり人に好かれそうな笑顔を見せて彼女は保健室を去って行った。

 

 

 

 

 それから三日後、結局中嶋さんとはそれ以降話すことなく、彼女は旧校舎で遺体となって発見された。

 

 

 

 

「これが、僕と中嶋さんの最初で最後の会話でした」

 

 中嶋さんとの経緯を話し終えると、熾条さんは顎に手を当ててしばらく黙り込んだかと思うと、一つ頷いてから口を開いた。

 

「......うん。参考にはなったけど、やっぱり一つのケースを聞いただけじゃ詳しくは分からないかな。もう一人の時のことも聞きたいね」

 

「そうですか。分かりました」

 

 言われるまま二人目の佐々木 拓哉と話した時について思い出し始めようとすると、熾条さんが手を前に出して止められる。

 

「でも、今日はここまでにしておこう」

 

「え、なんでです?」

 

 彼女は教室の黒板の上にかけられた古い時計を指差す。時刻はもう十二時五十五分を過ぎたところだった。予冷がなっているのにも気付かなかった。もうすぐ昼休みが終わり五時限目が始まってしまう。

 

「続きは明日の昼休みにでもまたここで聞こうかな。私は、帰って調べることができたから」

 

 それだけ言って教室を出て行こうとする熾条さんを引き止める。

 

「でも、僕はどうしたら?」

 

「とりあえず明日の昼休みまでは誰とも話さず大人しくしてること。話しかけられても無視してその場から逃げる。これだけ守ってれば大丈夫だと思うよ」

 

 手をひらひらと振って、今度こそ熾条さんは教室から出て行ってしまった。

 

 熾条さんの悠長な態度に焦りを感じたが、彼女がいなくなってしまった以上、僕にできることは何もないのだろうかと考えつつ、昼食代わりにポケットに入れていたコーヒーを取り出すと買ったばかりの頃の熱は無くなり、すっかり冷えてしまっていた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

「美緒おはよー」

 

 登校中、周りに多くの学生が並ぶ中、後ろから女友達の声と共に肩を叩かれた。

 

「...うん。おはよー」

 

「美緒どしたん?顔色悪いよ」

 

「うん。ちょっと調子悪いかも。昨日、体育ではしゃぎ過ぎたからかなー」

 

「きゃははっ。怪我して途中から見学してたのに、疲れ引きずり過ぎでしょ!」

 

 他愛のない冗談を返すとオーバーリアクションで笑われたので微笑んでおく。

 

 しかし、昨日の体育の時間の後から調子が悪いことは確かである。体が全体的に怠く、重く感じる。

 

 怠い体をなんとか動かしながら校門の前まで到着し、少し顔を上げて校舎の姿を見る。なんだかいつもより空気が澱んでいるような気がする。

 

 しんどいなら無理して学校に来ることなどしなければ良かったが、学校には行かなければならないような気がして、ここまで来てしまった。

 

 きっと、なんてことない体調不良だろう。明日には良くなって、いつも通り元気よく友達と話せるはずだ。

 

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