1話
「──きて。起きて」
ふと、どこからともなくそんな声が聞こえ、僕の夢は終わりを告げた。眠気が残る体に鞭を打って起こし、まぶたを擦りながら声の方向へ向く。すると、そこには一人の少女がいた。
「おはよう。ラウール」
「おはよう。ルナ」
ルナ・フォーン・イヴ。僕の学友兼、怪盗仲間だ。彼女との馴れ初めは今から数年前、諸々の事情があって僕の家が彼女を引き取った(というか僕が盗んだ)ことから始まっている。最初は僕を恐れ、一切会話せず、目が合えばすぐに反らして逃げ出してしまうほど怖がりな子だったが、今では僕達のチームの参謀として活躍している。
「下でヒノエがご飯を作って待っているわ。行きましょう」
そういえば、確かに香ばしい味噌の匂いがする。かつて、日本人として生きていた僕にとっては懐かしい匂いだ。
★★★
「お、ようやく起きたのかい。もう飯はできてるよ。早く食いな」
下の階へと降りると、着物の上からエプロンを着るという、なんとも和洋折衷な格好をしたヒノエがいた。
「おはよう。ヒノエ」
「あぁ、おはよう」
ヒノエに促されるがままに席に座る。目の前の机には、鮭の切り身や肉じゃが、味噌汁といった和食が並べられていた。
「「いただきます」」
この世界に【いただきます】や【ごちそうさま】などの食事の挨拶というものは存在しないのだが、前世の癖で食事時に行っていると、いつの間にかルナ達にも伝染していた。まぁ、これから食べる食材に感謝を伝えるという行為だから、やめさせる必要もないだろう。
「さて、それじゃ──」
鮭の切り身を取り、口に入れる。途端、適度な量の塩によって引き立たされた鮭の身に含まれる脂が口中に広がった。すぐさま暖かい白飯を書き込むことで、口内で鮭の脂と白飯が絡み合い、その味は言葉で表現するのは不可能な程、素晴らしいものになっている。ふと見れば、普段は冷静沈着なルナでさえも、その味に頬を落としていた。やはり、人は誰であれ、上手い飯を食えば幸せになるものだ。
「そういえば、アンタ達」
「───ん。何かしら、ヒノエ」
「今日は魔法学園の入学式なんだろ?こんなにゆっくりして間に合うのかい?」
あぁ、そうだった。すっかり忘れていたが、今日は僕達のアリウス魔法学校の入学式だ。
「えぇ、問題ないわ」
確か、アリウス魔法学校の入学式が始まるのは八時半。今の時刻は7時7分であり、ここから学園まで40分程かかる事を考慮すると、かなりの余裕があることになる。
「ならいいんだ。さ、腹一杯食いな」
ニコニコと微笑むヒノエの笑顔を見ながら、僕は肉じゃがを手に取った。
★★★
「ねぇ、ラウール。気づいた?」
入学式を終え、新入生のための施設紹介で学園内の施設を見て回っている最中、制服を綺麗に着こなしたルナが話しかけてきた。
「あぁ。アレのことだろう」
僕達が目線を向けているのは、学園の図書館内の本棚にある一つの本だった。〈魔道王グリードによる魔法解説(上級編)〉という題名とイケメンな男性が書かれたその本は、魔法に通じる学校ならばどこにでもありそうなもの。だが。
「階段が出てくるのか、扉が出てくるのか。なんにせよ、あの本に何か仕掛けられているのは確かね」
アリウス魔法学園は、僕らが生まれた帝都ナイフォールに所在し、世界中の有望な若者が集うと言われている学園だ。もちろん、その評判に間違いはなく、僕がチラリと見たクラスメートも総じて魔力量、質共に一般人を凌駕している。中には、既に学園の教師達を越えている者もいた。そんな天才達が集う学園だからこそだろうか、僕達の耳に、こんな噂が入ってきた。それは、【アリウス魔法学園の図書館に、大量の宝石、秘宝が隠されている】というものだ。調べてみると、それらは各国の富豪達が、自身の子に学歴を手に入れさせるべく裏口入学させるために送ったものらしい。もちろん、僕達は真っ向から試験を受け、合格している。
「学園の門に警備が六名。この図書館の出入口に二名ずつ。見たところ、それほど警備は厳重ではないみたいね。もし仮に仕掛けの先にいたとしても、私と貴方なら問題ないわ」
確かに、僕の目から見ても、ここの警備はザルに近い。作戦を立てなくとも、盗むことはできるだろう。だが。
「ルナ。もう少し情報を集めよう。扉の先にいるのが、人でなく魔法生物だった場合、作戦無しに勝てる相手じゃない」
それに、どこか怪しい。普段あまり使われていない図書館とはいえ、あんな噂があるのだ。そのわりには、あまりにも警備が少なすぎる。
「──そうね。ごめんなさい。私が迂闊だったわ」
その違和感に気づいたのか、ルナは申し訳なさそうにそういった。
「いや、謝る必要はないよ。その決断力は僕らにとって必要なもの────」
「こらー!!そこの二人、一体何の話をしてるんですかー!先生の話を聞きなさーい!」
僕の言葉に割り込むようにして、そんな声が聞こえた。
「まったく、最近の子達は、目を離すとすぐ勝手に行動するんだから」
見れば、小学生ぐらいの女の子がこちらに近づいてきていた。
「はい、すみませんでした。リーア先生」
ルナの言葉を聞き、僕はようやく、目の前の少女の事を思い出した。たしか、名前はリーヤ・チェルノだったはずだ。
この世界で始めて二属性、それも炎と氷という相反する属性の魔法を同等に扱えるという、まぎれもない天才。たしか、若干15歳で帝都の宮廷魔法師に任命されたとか。それにしても。
「分かればいいのよ。それに、ルナさん。貴女には期待しているわ」
小さい。最近身長が伸び、165cmに達したルナの胸辺りに顔が来るということは、135cmあたりだろうか。ルナの頭をわしゃわしゃと撫でている様子は、言い方は悪いが小学生が大人ぶっているようにしか見えない。
「ありがとうございます。先生」
先生、と呼ばれて気分が良くなったのか、どこか嬉しげな表情を浮かべる先生に連れられ、僕達は教室に帰った。