どうやら、俺の隣人はアイドルだったらしい。   作:クウト

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主人公の名前は絢瀬彼方くんです。
メインの方は結構考えてたけど今回マジで適当です。
あと彼方くんの父親クソです。もう出ません。


帰宅

退院を迎えて家に帰って来れた。

とは言っても、ここからエレベーターに乗って移動しなければならないからまだ先はあるのだが……

 

「はぁ、長かったな」

 

思わず指が無くなった手を見つめる。

……入院中、必要なものを持ってくることができない俺だったが、柄の悪い人。苺プロという芸能事務所の社長である斉藤壱護さんに頼る事で用意ができた。管理会社に連絡をしてわけを話し、代理人として部屋へと入ってもらえたのだ。

そうして持って来てもらったのがスマホに充電器、原稿用紙とペン、後は財布やその他諸々。

入院費や学校への連絡などの細かいものは父親がやってくれたらしい。……まぁ、あの人はその辺の事務手続き全般に愛人を使っていそうだが……。

 

「にしても、やっぱペン握れないなぁ」

 

小説を書けなくなるとは思わなかった。

利き手の指を二本欠損。これは俺の人生においての大きな問題になってしまっている。前時代過ぎるだろパソコンで文字書けよって自分でも思うが、文字変換に頼るせいでついつい誤字脱字を大量発生させてしまうのだ……。不器用すぎて申し訳ない。

 

「まぁそうも言ってられないよなぁ」

 

編集部がパソコンや、その他必要なものを用意してくれるらしい。文字を紙に書く俺がクソ面倒な奴だったのは自覚していたが、本人の目の前でやっとデジタル化してくれると感動したのは正直腹たった。

本人も言った瞬間にヤベェって顔したから許すけど……。

はぁ、最初の方はクソほど間違えても全部あの人に直させよう。そんな事を考えながら移動を開始。

すると……。

 

「え……」

 

エレベーターに乗り自分の部屋がある階へと到着。

エレベーターホールから通路に出て俺がまず見たもの……それは自分の家の前にいる人影。

思わず隠れた。

心臓がうるさい。

この間のことが思っているよりもずっと大きなトラウマになっているのを自覚してしまう。

部屋の前に知らない奴がいる。もしくは怪しい奴がいるのはこんなにも怖いのかと身体が震えた。

もう一度ソーッと覗き込む。

 

「…………誰だ?」

 

身長は小さめ。

大きめのフード付きの服を着てフードを被っているせいで顔がわからない……。だがフードから出る長く綺麗な髪が、小柄も相まって女だということがわかった。

……いやいや、だから?それがどうしたと?

女だから何?こわいこわい。

ナイフって思ってるより簡単に指を落とせるんだぜ?よく磨がれていたのか、俺の全体重が乗った結果なのかは分からないけど……。それでも俺は怪しいストーカーが原因で指を飛ばしてるのだ。

だがしかし、それでも家には帰らなければならないわけで……。

 

「……ふー……」

 

深呼吸。

震える足を気にしないようにして家へと向かう。

そんな俺に気がついたのか女は俺の方を見た。

思わず顔を下に伏せてしまう。

 

「あ!」

 

ビクリッと身体が震える。

やめてください本当に。

なに?マジで俺に用?本気でこわい。

早く、早く家に入らないと……!

 

近づいてくる。

 

心臓がうるさい。

 

息が早くなる。

 

無くなった指が痛む。

 

汗がブワッと吹き出す。

 

眩暈がする。

 

吐き気がする。

 

来ないで。来ないでくれ!!

 

やめ……て…………。

 

「アイッッ!!!」

 

向こう側から声がした。

それも子供の様な高い声だ。

俺の家のさらに向こう側。はて?あそこに誰か住んでいただろうか?俺の家の手前側にいたアイドルはもう引っ越しているだろうし。

 

「ん?どうしたのアクア。出てきたらダメでしょう?」

 

「待ってアイ!本当に待って!まだダメだから!」

 

「なんで?やっと帰ってきてくれたんだからお礼言わないと」

 

前で何か言い争っている。

けれど俺にはそれを気にする暇なんてない。

痛い、苦しい。こわい。

こわいこわいこわいこわいこわ…………。

 

「え?あ、ちょっと!」

 

「ダメだって!本当に!!僕に任せて!!」

 

「でもアクアっ!」

 

ドサリと嫌な音。

ゴツンとぶつける感覚。

あ、また気を失うな……なんて、呑気な事を思った瞬間から、俺の意識は途切れた。

 

 

 

母は子供が好きな人だった……と思う。

よく子供の未来は無限大なのだ。

貴方は何にでもなれる。

私とは違うのだからと口癖の様に言っていた。

それと、部屋は多くの本で溢れていた。読書が趣味……いや、体が弱いせいで読書しかできない人だった。

絵本から小説。漫画まで幅広くあり、母の部屋に行けば必ず何かしらの物語に包まれた。

 

『今日はこれを読みましょうか』

 

そう言ってよく本を読んでくれた。

母が座るベッドの上で、横からそっと本を覗き込む。文字だらけで、漢字が多くて何が書いてあるかなんて、小さな自分にはまともに読めるわけが無い。だが、平仮名を少し読めば本当に喜んでくれた。

 

『あら、もう読めるの?えらいわね』

 

父とは違い、母には愛をもらった。

父は体の弱い母を部屋に閉じ込め、医者を呼び最低限の看病を行い、適当に本を与えて死ぬまでの時間を過ごさせていたのだ。

自分は愛人のところに向かったり、たまに家に連れてくることもあった。

愛人が来ると俺は母の部屋に閉じ込められる。

そんな時はどんなに体調が悪くとも、咳のせいでまともに声が出なくても、俺が寝るまでの間ずっと本を読んでくれていた。

 

『おやすみなさい』

 

母には愛を、確かにもらっていたのだ。

そんな時間は時期に終わりを告げる。

母が死に、葬式はとても小さく行われて……呆然としている間に、母の部屋にあった書物は処分された。

俺の手元に残った物は一つだけ。

母が父に一度だけワガママを言って買い与えてもらった宝石……オパールだ。

他の宝石よりも繊細で、簡単にひび割れてしまうその石には、純真無垢、幸運、忍耐、歓喜、希望。前向きになれる様な意味があるらしい。

母は、ソレが好きだった。

虹色に輝くそれを見ながら、貴方はどんな大人になるのかしら?と微笑んでいる姿を覚えている。

 

『…………』

 

死の間際、母が何を言ったのか思い出せない。

近くにいたのに、一番近くにいたのに。

誰よりも愛をくれたのに、俺は何も返すことができなかった。

だから、小説家になった。

母が身体が健康だったらやってみたかったと言っていた職業。その願いを代わりに……なんて綺麗な思いじゃない。

……このままだと……。

母を覚えている人はいなくなる。

そんな恐怖感から逃げるために小説家になった。

ペンネームは唯一遺品として貰ったオパールを名乗った。大きな場に呼ばれるときに少し恥ずかしくはあるが、それでも大事だと思い続けたいから。

 

 

 

目が覚めた。

 

「俺の……部屋だ」

 

ベッドに机、その上に置かれているオパール。

そして壁一面にある本棚。

それ以外は原稿用紙やペンのみ……あれ?原稿用紙が散らかっていない……俺、入院前は結構部屋が汚かった気がするのだが……。斉藤さんが片付けてくれたのだろうか?ありがたい。

 

「……」

 

身体が固まる。

向こうから声がする。

怒鳴っている様な声……何故?

俺はベッドから抜け出し、恐る恐るリビングの方へと向かう。

 

「本人に会うのは禁止だって言っただろうが!」

 

「でも!」

 

「でもじゃねぇ!!いいか!?これ以上絢瀬くんに迷惑をかけるわけにはいかねぇんだよ!!」

 

斉藤さんの声。

そして女の声。

迷惑って……いや、人の家で騒いでる時点で迷惑なのだが……。

頭痛が酷い気がして思わず頭を抱えていると、後ろから声をかけられた。

 

「あ、あの!」

 

驚いた。

驚きのあまり扉を開けてしまい転がる様にリビングへと入り込んでしまった。声の方を見ると小さな女の子。……この間見た子だ。エレベーターで隣人に話しかけられたときにいた。あの時の子供。

 

「マ、ママを助けてくれて!ありがとうございました!」

 

「あ、あぁ」

 

色々とツッコミたいが、歳のわりに流暢に話す子だと感じた。俺がこのぐらいの頃はどうだっただろうか?母に本を読めとせがんでいた記憶しかない。ワガママ放題だった気がする。

 

「だ、大丈夫か絢瀬くん!」

 

「え、あ、はい」

 

ある程度の衝撃のせいなのだろうか?

もう諦めてしまったのか……。

この人たちがこの家にいるのはもう考えない様にしよう。ため息を一つつきキッチンへと移動。

 

「あの、とりあえず何か飲みますか?」

 

もうヤケだ。

もてなしてやるからそこ座れ。と指をさ……あ、指なかったわ。

 

 

 

指が欠損した手では、いくら勝手が分かっているとは言っても慣れない事が多いのだと感じた。

 

「ルビーちゃん。ありがとうね」

 

「うぅん。いいの」

 

星野ルビーちゃん。

本当に聡明な子だ。

しっかりと受け答えができることに驚く。

それに自分と兄の分の飲み物。そして母親の飲み物は自分でと言って運んでくれた。ありがたい。

……さて、かつてこの部屋のテーブルをこの人数が囲んだことはあっただろうか?なんて思いながら俺も着席しようとすると。

 

「これ。座って」

 

星野アクアマリンくん。

この子も本当に賢い子だ。

俺が普段使用している座椅子を持って来てくれて、さらに着席するのを手伝おうとしてくれる。

大丈夫。右手の人差し指と中指がないだけだし、座るぐらいは一人でできる。小さな君に全部サポートされるわけにはいかないのだ。

 

「……えっと、まずどうしてうちに?」

 

そう聞くと斉藤さんが代表して話出した。

いや、隣の女。星野アイが話すのを止める為にってのがある様に見えるけどさ。

 

「まず、あらためて謝罪させてくれ」

 

今回の件についての謝罪。

家に勝手に入ったことへの謝罪。

そして命を助けてくれた感謝。

 

「えっと、その件に関してはもういいです。家に入った事も、気絶した俺を運び込む為だったみたいですし、それに俺が勝手に飛び出しただけなので感謝とかいいです」

 

それよりも放っておいてほしい。

知ってるぞ?星野アイは今、ストーカー被害を受けた事を理由に活動休止中だという事を……じゃあ何?その期間ずっとうちの前にいたの?こわいし関わらないでほしい。

 

「それと、これからの事について話をさせてほしい」

 

そう言って始まった話は星野家の引っ越し先の話。

俺は管理会社から不用意に不審者を通してしまった事もあり、責任を取る形で引っ越し先などを全て工面すると言われている。けれど断った。ただでさえ不自由な体になったのだから、使い慣れているところに住み続けたいと言った。

けれど、何故君たちはいるの?

それに……アクアくんは俺の部屋の手前から出てこなかったよね?俺の部屋のさらに奥から出て来たよね?なんで?

それについて聞いてみると、斉藤さんは少し苦いものを噛んだ様な顔で話し出した。

 

「……この子達を安心して守れる様なセキュリティがある部屋が他になくてな。今回の件でここのセキュリティは格段に上がってくれるらしいし、どこかに引っ越すよりも部屋を変えた方が安心だった。それでどこかに引っ越した偽装をして」

 

「本人達はこのマンションの別の部屋に引っ越したと」

 

「あぁ……すまない。憎いだろう相手が近くにいる事になってしまうんだが……どうか見逃してほしい」

 

「見逃すもなにも……こうして俺の部屋にいるわけですが……」

 

「申し訳ない」

 

ため息を一つ。

その時ルビーちゃんの肩がビクリと上がるのを見た。それを見て、少し冷静になれた。

そうだよなぁ。結局悪いのはストーカーであって、この人達も被害者なのだ。だというのにこうして謝りに来て、肩身が狭い思いを続けて……しんどいよな。

 

「えっと、斉藤さん」

 

俺は向こうが言い出している慰謝料などを全て断った。これでも稼ぎはあるのだ。もう何もかも水に流して不幸な事故だったという事にしておけばいい。そんな事に使う金があるのなら、子供達のために使ってやるべきだ。

それに今回は俺一人が怪我をした形ではあるが、これも何年もすればそのうち慣れる。幸い職業柄重労働がある様な物ではないし、ようは時間の問題なのだ。

 

「それは!」

 

「いいです大丈夫です!!」

 

相手がこれ以上何かを言う前に遮る。

 

「これからも、今まで通りの隣人でいましょう。通路で会ったら軽く会釈する程度。そんな今まで通りの関係です」

 

疲れているのだ。

 

「幸いな事に生活には困らない程度の収入はあります」

 

もう放っておいてほしい。

仕事もあるし、学校もある。

全部を忘れて今まで通りの日常に戻りたいのだ。

 

「隣人が困っているところを見たんです。それをちょっと助けただけ。でしょう?」

 

だからこの話はこれで終わり。

そう言って退室を促す。

アクアくんとルビーちゃんにできるだけ右手を見せない様にしつつ、左手で頭を撫でる。

 

「お兄さん。左利きだから大丈夫だよ」

 

そう言ってから、聡明な子達には分かってしまう様な嘘だと思った。だが言い出したからには嘘にはできない。これから頑張ればいいのだ。

 

「では、また。なにかあれば」

 

そう言って扉を閉める。

……あの子達のトラウマになっていなければいいが……。子供は何にでもなれるのだ。こんな事で思い悩んでいる暇があるのなら、違う事に目を向けてもらいたい。

自分の部屋に入り、机の上に仕事道具を出す。

左手でペンを持つが、文字はうまく書けずかろうじて読めるミミズの様な文字。自分の名前である絢瀬彼方ですらうまく書けない。

……頑張ろう。これからすれ違うたびにあんなに曇った顔をさせるわけにはいかないから。

 

「だよね。母さん」

 

オパールを見つめる。

キラリと光ったのは気のせいだろうか?

だが、少しだけ元気をもらった気がして俺はもう一度机に向かった。




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