【完結】ギャルに優しいオタク君   作:138ネコ

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第87話「これってもしかして恋ですか!?」

 暖かくなってきた4月の後半。だが早朝はまだ冷え込む。

 まだ人気もまばらな通学路を歩いていく、一人の女生徒。委員長である。

 カーディガンでは肌寒いのか、制服の上からコートを着こんでいる。

 

 彼女が学校に着くと、朝練の準備を任された運動部の1年生が、先輩たちが来る前に朝練の準備を済ませようとグランドをせわしなく走り回っているのが見える。

 そんな彼らの邪魔にならないように、距離を取りながらゆっくりと校舎へと歩を進める委員長。

 

 職員室へ向かい、教室の鍵を受け取るとまっすぐ2年E組と書かれた札のある、自分の教室へ向かって行く。

 委員長が教室の鍵を開ける。当然教室には誰もいない。

 暖房をつけ、時間まで自分の机でお気に入りのラノベを読むのが彼女の日課である。

 

 だが、この日は違った。

 次に来る人の為に暖房をつけると、そのまま教室を後にした。

 階段を降り、向かった先は保健室である。

 こんな早朝だというのに、保健室には人影があった。

 控えめな音を立てながら、委員長が保健室のドアを開く。

 

 保健室に居たのは、白衣を着た女性。保健師である。

 湯気が立ち昇るコーヒーカップを片手に、椅子に腰かけている。

 派手なドピンク頭に地雷系メイクの委員長に、保健師が一瞬驚きの表情を見せる。

 驚きの表情はすぐに温和な表情に戻り、まるで世間話でもするかのように委員長に話しかける。

 

「おや、珍しい。確か雪光さんだっけ」

 

「はい」

 

 委員長自体は保健室を利用した事はない。

 体調が悪くなったクラスメイトの付き添いで、何度か足を運んだことある程度である。

 その時に保健師は委員長と数度話した程度ではあるが、これだけ派手な見た目なので、名前も顔もバッチリ覚えられていたようだ。 

 

「良かったら雪光さんもコーヒー飲むかい?」

 

「いえ、良いです」

 

「そうか、それで今日はどうしたんだい?」

 

 椅子に腰かけたまま、委員長の出方を窺う保健師。

 こんな時間にわざわざ保健室に来る生徒というのは、何か特別な理由がある事が多い。

 もし本当に体調が悪かったりケガをしたなどであれば、自ら申告するだろう。

 

 逆に、相談事だったりする場合、こちらから変に何か言えば、委縮してしまい「何でもないです」と言って帰ってしまう事がある。

 なので、時間がかかったとしても、こうして相手の口から直接言うのを待つべきだ。というのが保健師を務めてきた彼女の経験則である。

 視線を委員長に向けたまま、コーヒーカップに口をつける。

 

「実は相談があるのですが……」

 

「ふむ」

 

 やはり相談か、内心でそう思いながらコーヒーを啜る。

 保健師が初めて委員長を見た時は、どこにでもいるちょっとだけ堅物そうな少女だった。

 それがド派手なピンク頭にドリルのツインテール。極めつけは地雷系メイクである。

 ちょっとイメチェンをした程度ではない。

 

 高校生といっても、まだまだ子供である。

 そんな少年少女が何もなくここまで変わる事は早々ない。家庭か、ストレスか、なんにせよ理由があるはずだ。彼女はそう考えていた。

 だが、理由が分からないまま、むやみに触れてはやぶ蛇になりかねない。

 なので、今までずっとタイミングを待っていた。

 

 一体この少女の心には、どんな闇が潜んでいるのか。

 口に含んだコーヒーをごくりと飲み干す。

 

「ある男の子を見ると、胸がドキドキするんです。これってもしかして恋ですか!?」

 

「ゴホッ!!」 

 

 コーヒーを飲み干した後で良かった。

 むせ返りながら保健師はそう思った。

 身構えていたら、出てきたのは恋の相談。むせてしまうのも仕方がない話である。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

「いや、コーヒーが変なところに入っただけだ、気にしないで」

 

 保健師は何度かせき込み、やっと落ち着いたようだ。

 必死に余裕の笑みを作り「それで?」と言って委員長に話を続けさせる。

 

「今までは風邪かなと思ってたんですけど、ある人にその男の子の事が好きなんですねと言われて、もしかしてこれって恋なのかなと思って」

 

「……そう」

 

 委員長に目を合わせず、思わず遠い目で天井のシミを数え出しそうになる保険医。

 

「もしかして、その髪型って、その男の子に合わせて変えたとか?」

 

「はい、そうですけど?」

 

 確かに高校生はまだまだ子供だ。 

 子供だが、ここまで子供ではないだろう。

 保健師が心の中ではツッコミの限りを尽くしている。

 

(そんなもん恋に決まってるだろ)

 

 喉まで出かかった言葉をコーヒーと共に飲み込み、一息つく。

 そして、保健師がキリっとした表情で答える。

 

「そうね。それが恋かは私には分からないわ」

 

「そう、ですか」

 

 誰がどう見ても恋である。

 だが、保健師はあえてそれは言わない事にした。

 もし保健師が委員長と同年代の友達だったなら、それは恋だと言って茶化したりしただろう。

 しかし、今は相談を受ける大人と、相談をする子供の関係だ。

 

 答えを教えるのは簡単だが、これは委員長自らが考えて乗り越えて欲しい問題であると保健師は考えた。

 たとえ結果がどうなろうとも。

 

「自分で考えて、答えを出してみなさい」

 

「分かりました」

 

 委員長はそう言って一礼し、保健室のドアに手をかける。

 

「そうね。ただ一つだけアドバイスしておくわ」

 

「?」

 

「ちゃんとゴムはつけるのよ」

 

 とても下世話な話である。

 委員長は見た目でいえば良い方である。自ら恋に気付き告白すれば、恋人がいない相手なら成功するだろう。

 そして恋人同士になったらそういう行為に発展する場合もある。なので先にクギを刺しておいたのだ。 

 たとえ行為を咎めても、若いカップルには無駄な事は分かっている。だから、最悪の事態にだけはならないようにするためのアドバイスである。

  

「はい。分かりました?」

 

 来た時と同じように、控えめな音を立てドアが閉められる。

 分かりましたと答えた委員長だが、頭には「?」マークが浮かんでいた。

 

 何故か?

 その手の話とは無縁だったからである。

 ぼっちとまでは言わないまでも、委員長はその手の話を同年代の女の子とあまりしていない。

 

 もし保健師がちゃんと「コンドーム」と名称を言っていれば、委員長も察していただろう。

 だが、その手の話に疎い委員長は「ゴム=コンドーム」に結びつかず、ずっと「?」マークを浮かべたままだ。

 分かりましたといった手前、聞きなおしづらい。

 それは保健室から離れれば離れるほど余計にである。

 

「あっ」

 

 階段の踊り場にある大きな鏡。

 そこに映った自分を見て、委員長は何かに気付いたようだ。

 

 放課後の第2文芸部。

 

「あれ、チョバム達はまだ来てないのかな」

 

 オタク君と委員長が部室に来ていた。

 優愛とリコは教室で村田姉妹達と談笑中である。

 

 オタク君は狭い部室を見渡すが、チョバムとエンジンの姿はない。

 

「まだホームルーム中なのかもしれないですね」

 

「そうだね。待ってようか」

 

 椅子に座り、パソコンの電源を入れるオタク君。

 その隣に委員長が座る。

 一昔前のパソコンが低い音を上げながら、起動画面を開く。

 

「そういえば雪光さん、今日はヘアゴムにしてるの?」

 

 パソコンが起動するまでの間、オタク君が今日一日気にしてた事を委員長に聞いてみた。

 ツインテールをヘアゴムで留めているのだ。

 

「うん。先生にゴム付けた方が良いって言われたから」

 

 委員長、ゴム違いである。

 

「髪が痛むから、ヘアゴムはやめておいた方が良いんじゃないかな?」 

 

 オタク君、やや困り顔である。

 ただでさえ美容師に痛んでると言われた髪なのに、ヘアゴムで縛れば余計にダメージが増える。

 なんなら変な癖だってついてしまうだろう。

 

「そう?」

 

「うん」

 

「そっか……」

 

(小田倉君がそう言うなら、外そうかな)

 

 委員長、好きな相手に合わせるタイプである。

 外そうとヘアゴムに手を伸ばし、ハッとして手を止める。

 ヘアゴムの代わりに縛るリボンがないからだ。

 どこにしまったかなと考え込む委員長に、オタク君が声をかける。

 

「そうだ。前に優愛さんが制服に可愛いリボンをつけたいって言った時に、余ったリボンをいくつから貰ったのがあるんですけど」

 

 自分のカバンをガサゴソと探り、リボンテープを取り出すオタク君。

 委員長がヘアゴムに伸ばした手が止まったのを見て、リボンがないと察したのだ。気が利く性格なので。

 

「これとか、リボンにどうですか?」

 

「……良いの?」

 

「はい」

 

「ありがとう」

 

 器用にリボンを同じ長さに切り揃えるオタク君。

 髪型が崩れないように丁寧にヘアゴムを外し、切りそろえたリボンでツインテールを縛っていく。

 

「こんな感じだけど、どうかな?」

 

 委員長の前に鏡を置いて、出来を確認してもらう。 

 

「うん。ありがとう」

 

 笑顔でお礼を言う委員長に、オタク君が照れたように後頭部をかく。

 

「あっ、そうだ。もし気に入ったなら予備の分も用意するけど。いります?」

 

「うん。いる」

 

「はい」

 

 同じように、長さを合わせたリボンを用意し委員長に手渡す。

 その時、ピンポンパンポーンと呼び出しの音が鳴った。

 

『2年E組の小田倉浩一君。まだ校内に居ましたら、至急生徒会議室に来てください。繰り返します』 

 

「そうだ。今日は部長会議があるんだった!」

 

 第2文芸部の部長はオタク君という事になっている。

 本日は各部の部長が集まる部長会議の日だったが、それを忘れてオタク君は委員長と部室に来ていたのだ。

 

「ごめん雪光さん、ちょっと部長会議に出てくるから」

 

 慌てて部室から飛び出し走っていくオタク君。

 部室に一人残った委員長。手には先ほどオタク君から貰った予備のリボンがツヤツヤと光沢を輝かせている。

 

 オタク君からプレゼントされたリボンに視線を落とすと、委員長の鼓動が速くなった。

 またいつものドキドキだ。そんな風に思いながら視線を上げると、不意にそれと目線が合った。

 

「えっ」

 

 目線があった相手は、鏡に映った自分である。

 大切そうに両手でリボンを握りしめ、顔を赤らめている。

 その瞬間、彼女はやっと気づいた。

 

(こんなの、一目瞭然じゃないですか)

 

 鏡の中に居る少女は、どこからどう見ても、ただの恋する少女だった。

 自分では分からないが、こうして鏡越しに見て初めて分かる。

 

(こんな簡単な事に今まで気づかないなんて)

 

 ふふっと思わず笑みを零す委員長。

 そっと鏡に顔を近づける。

 

「そうか、貴女()、小田倉君に恋してるんだ」

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