【完結】ギャルに優しいオタク君   作:138ネコ

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第145話「虫刺されじゃないかな? ほら、この時期多いじゃん?」

 窓を打ち付ける豪雨、鳴りやまぬ雷鳴。

 そして時刻はまだ夜の九時を過ぎたばかり。

 当然、こんな時間に寝ようと言われて寝られるわけもなく、優愛は何度目かの寝返りを打つ。

 

 優愛が眠れないのは時間や台風だけのせいではない。

 好きな男の子と一緒の部屋で寝ている。こんな状況で寝られるわけがない。

 今まで優愛の家に、優愛の両親がいない時にオタク君が来て二人きりだった状況は何度もある。

 しかし、一緒に寝た事は一度たりともないのだ。当然だが。

 

 オタク君が隣にいる事を意識しないようにしようとすればするほど、余計に意識してしまう優愛。

 余計に意識した結果、先ほど抱き合った時の感覚がよみがえる。

 

(オタク君、思った以上にガッシリしてた)

 

 普段からふざけて女友達と抱き合ったりする時は、いつも柔らかい物に包まれるような感覚だった。

 だが、オタク君は全然違った。腕も、胸も、お腹も、全てが硬かった。

 力強く抱きしめるオタク君の腕は硬く、どちらかと言えば締め付けているのに近い感覚だというのに、何故か安心感を優愛は感じていた。

 

 オタク君の事を考えないようにしていたはずが、オタク君の事ばかり考えていた優愛。

 そんな自分に赤面し、オタク君にバレないようにと、布団を鼻まで被りなおす。

 寝返りを打つ振りをして、隣で眠るオタク君をコッソリ見る。

 電気を消した室内では、オタク君の様子が見えるわけがない。

 雷の光で一瞬だけ見えたが、オタク君がどうなっているか分かる程ではない。

 

(……雷が怖いから一緒に寝て欲しいって言ったら、オタク君の布団に入れてくれるかな)

 

 轟く雷鳴が、まるで優愛の考えを後押しするように鳴り響く。

 もぞもぞと、ゆっくり布団から這い出ようとする優愛を急かすように、雷は音を立て光を放つ。

 

「ねぇ、オタク君」

 

 オタク君の布団に近づき、耳元でそっと囁いた瞬間だった。

 

「えっ!?」

 

 オタク君の布団の中から左手が出てくると、そのまま優愛の腰に手を回し抱きしめように掴んだ。

 そして、オタク君は右手で布団を払いのけ、左腕だけでなく、右腕も使い、何なら足まで使い優愛をホールドした。

 

(ど、どうしよう……)

 

 暗い部屋の中、男女の二人きり。

 オタク君が手を出してくる事を、優愛は想定していなかったわけではない。

 ただ、それでもオタク君は手を出してこないだろうという諦めのような考えをしていた。

 それが、こうも大胆に攻めてくるなどとは思っていなかった。

 身動きが取れないほどにガッチリと抱きしめられた優愛。

 例え身動きが出来たとしても、優愛は動く事は無かっただろう。

 

(こういう時って、どうすれば良いんだっけ)

 

 恥ずかしさのあまり、オタク君の顔が見れず俯いてしまう優愛。

 脳裏に浮かんだのは、去年村田姉妹たちと図書館に行った時の思い出だ。

 

『ねぇねぇ、キスは雰囲気が大切ですって、その雰囲気にするにはどうすれば良いのかな?』

 

『そりゃあ、キスしても良いって感じにするんだろ?』

 

『でも相手がキスして良い感じか分からなかったりするじゃん?』

 

『あー、確かにな』

 

『そういう時は『良いよ』とか言うべきだったんじゃね?』

 

 今の状況は、誰がどう見てもキスしても良い雰囲気だろう。

 だが、もしかしたらオタク君はキスしても良い雰囲気か分からないかもしれない。

 そう考えた優愛は、目を瞑ったまま、ゆっくりと顔を上げ、くちびるを震わせそっと呟く。

 

「……良いよ」

 

 ゆっくりと、オタク君の顔が近づく感覚を覚える優愛。

 もう少し、あと少しでオタク君のくちびるが触れる。

 ……などという事は無かった。

 

「……はっ!?」

 

 目を開けた優愛は思わず声を上げた。

 目の前では、オタク君が規則正しい寝息を立てているからである。

 多分優愛が感じたオタク君の顔が近づいてくる感覚は、オタク君の寝息だったのだろう。

 

「オタク君?」

 

 優愛が呼びかけるが、当然オタク君は反応しない。寝ているので。

 お約束である。

 お約束であるが、今回は仕方がないと言える。

 なぜならオタク君は最近夜更かし気味で、なんなら本日も夜更かしして寝不足状態だったのだ。

 朝早くから連れ出され、海に到着したと思えば台風が直撃し、なんとか見つかった旅館でお風呂に入り、中を探索し、美味しい料理をお腹いっぱいに食べる。

 たとえ自分の隣で美少女が寝ていたとしても、そんな状態では寝てしまうのは仕方がないだろう。

 

 先ほどとは違う意味で恥ずかしさがこみあげてくる優愛。

 完全な一人相撲だった事を思い知り、オタク君の腕の中でうずくまる。

  

(いっそこのままの状態で朝になったら、オタク君どんな反応するかな)

 

 目の前で、寝息を立てるオタク君を見る優愛。

 起きた時に慌てふためくオタク君を想像して楽しむ優愛だが、そんな余裕も段々と消えていく。

 スース―とオタク君が寝息を立てるたびに、優愛の余裕がドキドキへと変換されていく。

 もしこのままオタク君に抱かれたまま一夜を過ごそうものなら、朝が来る前に優愛の限界が来てしまうだろう。

 

(流石に自分の布団に戻ろうかな)

 

 そう思うが優愛の身体は上手く動かない。

 寝ているオタク君の抱き着く力が強いからではない。

 この状況から抜け出そうと思いつつも、もう少しこのままでいたいという相対した気持ちがあるからである。

 優愛がオタク君の腕から抜け出る決意をしたのは、それから数分後の事だった。

 

「そうだ」

 

「……最後にちょっとくらいイタズラをしたって良いよね」

 

 優愛が力を入れると、すんなりオタク君の腕から解放される。

 そして、無言のまま自分の布団に戻ると完全に頭まで布団にかぶる。

 優愛が眠りについたのは、日付が変わる頃だった。

 

 翌日。

 何事も無く起きたオタク君と優愛。

 旅館の朝食を食べ、着替えようとしたところでオタク君はある事に気付く。

 

「あれ?」

 

「ん? どうしたの?」 

 

「いえ、首のところに何か痣みたいな跡が出来てて」

 

 オタク君は鏡を覗き込み、自分の首をさする。

 そこには真っ赤な跡が出来ていた。

 

「虫刺されじゃないかな? ほら、この時期多いじゃん?」

 

「あぁ、そうかもしれないですね」

 

「虫よけあるけど使う? もう刺された後だけど」

 

「そうですね。これ以上虫に刺されても困りますし」

 

 優愛がカバンから取り出した虫よけスプレーを受け取り、首周りに吹き付ける。

 

「優愛さん。この後ですけど、ちょっと早いですがチェックアウトして海に行きませんか?」

 

「お、良いね! ちょうど今水着だし、上着羽織ってこのまま行けるじゃん!」

 

「あっ、でも台風の後なので波が高くなったりするので泳いだり出来ませんけど良いですか?」

 

「えー」

 

「それに漂流物とか色々落ちてるので、基本サンダルとか穿かないと危ないですね」

 

「むぅ……」

 

 それでは海の楽しみが半分以上なくなってしまう。

 が、今回の目的はオタク君と仲良く二人きりで遊ぶ事である。

 二人きりになれるのだから、海のコンディションには目を瞑るしかない。 

 

「うん。良いよ」

 

「それじゃあ、準備して行きましょうか」

 

 そもそも泊りを想定していなかったオタク君も優愛も荷物が多いわけではない。

 あっという間に荷物をまとめると、部屋を出た。

 オタク君と優愛が部屋の外出ると、それを見かけた年老いた女将声をかける。

 

「おや、チェックアウトまでまだ時間はありますが、もうお帰りでございますか?」

 

「はい、海を見てこようかなと思っているので」

 

「そうですか、台風の後の海は危険なので気を付けて行ってらっしゃいませ」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 綺麗にお辞儀をする年老いた女将に、オタク君がぺこりと頭を下げ横を通り過ぎる。

 オタク君に続き、頭を下げお礼を言いながら横を通り抜けようとした優愛に、年老いた女将がこっそり耳打ちをする。 

 

「昨晩はお楽しみでしたね」

 

「ッ!?」

 

 年老いた女将の言葉に、優愛が思わず背筋を伸ばし立ち止まる。

 

「優愛さんどうしました?」

 

「ん、なんでもないよ」

 

 優愛が付いてこない事を不思議に思ったオタク君が声をかける。

 その様子から、年老いた女将の言葉はオタク君には聞かれていなかったと、ほっと胸をなでおろす。

 

「あれ?」

 

「優愛さん?」

 

「ううん。なんでもない」

 

 まさか、昨日の事は見られていたのかと思い年老いた女将を見ようとした優愛だが、そこにはもう年老いた女将の姿はなかった。

 そのままカウンターでチェックアウトを済まし「台風でロクにおもてなしも出来なくて済みません」と申し訳なさそうにいう若い女将に、そんな事は無いですよとお礼を言ってオタク君と優愛は旅館を出た。

 

「うっわ、波すごっ!」

 

「いきなり大きい波が来たりするから、下手に近づくと危ないかもですね」

 

 波打ち際を歩くのも危険だと判断し、波打ち際から少し離れた場所を歩き始めるオタク君と優愛。

 海に来た他の人達も同じ事を考えているのか、波打ち際を歩く人はほとんどいない。

  

「なんかクラゲがいっぱいいるね」

 

「これって去年の文化祭で、リコさんのクラスで見た奴じゃないですか」

 

「あー、確か触手に毒があるんだっけ?」

 

「はい。死んでても毒が残るので触っちゃダメですよ」

 

「子供じゃないんだから、なんでもかんでも触らないよ」

 

 そう言う優愛に「そうですか?」と言って笑うオタク君。

 そんな事ないしと頬を膨らませ、オタク君と同じように優愛も笑う。

 

「あ、これって電気クラゲって言われてるやつだよね」

 

「そうですね」

 

 去年リコのクラスで見たクラゲの生態の話で盛り上がるオタク君と優愛。

 そんな二人を遠巻きから見ている者達がいる。

 金髪色黒のどこにでもいるチャラ男たちである。

 

「なぁ、あれってカップルかな?」

 

「ワンチャン姉弟(きょうだい)の可能性もなくね?」

 

 海に男女二人きりで来ているのだから、カップルだろう。

 だが、もしかしたらカップルじゃないかもしれない。

 女々しい発想ではあるが、そう思いたくなるほどに、優愛は美少女なのだ。

 

「とりま、声かけてみっか?」

 

 どうせダメ元、声をかけるだけなら無料(タダ)なのだから、声をかけた方がお得だ。

 そう思い勇み足を踏み出そうとしたチャラ男を、何かに気づいたもう一人のチャラ男が肩に手をやり止める。

 

「あーだめだ。あれ見てみ」

 

「あーあー、ありゃワンチャンねーべ」

 

 オタク君の首元を見て、納得したような顔でニヤっと笑うとチャラ男たちはオタク君たちとは反対方向へ歩き出した。

 ナンパする相手を探すために。

 

「ねぇねぇ、あの子ヤバくない?」

 

「でも女の子連れてるよ。どう見てもカップルじゃない?」

 

 注目を浴びるのはなにも優愛だけではない。

 若いマッチョであるオタク君も、一部の筋肉フェチから注目を浴びていた。

 

「あー、でもよく見たらお手付きじゃん」

 

「やっぱダメじゃん。他いこー」

 

 どうやら優愛の虫よけは、悪い虫を寄せ付けない効果が十分にあったようだ。

 オタク君と優愛は夕暮れ時まで海を楽しんだ。

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