【完結】ギャルに優しいオタク君   作:138ネコ

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第164話(委員長ルート)「今日は彩輝ちゃんに一つ、魔法をかけてあげる」

 クリスマスに彩られた街を行きかうカップルたち。

 そんなカップルの中に、オタク君と委員長もいた。

 仲良く手を繋ぎ、どこかぎこちなくしているあたり、初々しいカップルである。

 

(本当に、小田倉君と恋人になれた)

 

 まるで夢を見ているように、頭がふわふわする感覚を覚える委員長。

 時折オタク君を眺めては、その視線に気づいたオタク君がどうしたのと笑顔で答える。

 目が合い、嬉しさと気恥ずかしさが混じり、つい視線を落としてしまう委員長。

 委員長の態度に、ちょっとだけ不安になるオタク君だが、繋いだ手に力を込められ、流石に委員長の反応が照れ隠しだと理解した。

 なので、ゆっくりと力を入れて握り返す。壊れ物を扱うかのように丁寧に。

 単純に、オタク君が気の利いた言葉が出なかっただけなのだが。

 

 だが、そんなオタク君の態度は正解だった。

 自分の行動にすぐさま気づいた委員長が、誤解を与えたかもしれないと不安になった気持ちを一瞬で払拭させたのだから。

 普段は二人きりになると饒舌に話を続けるオタク君と委員長だが、お互いに何も発する事なく目的もなく街をフラフラと歩いて行く。

 何も言葉を発していないというのに、まるで事前に打ち合わせをしたかのように喫茶店に入って行く。

 案内されるがままに、席に座るオタク君。そしてちょっとだけ戸惑いながら、対面に座ろうとする委員長。

 その一瞬の態度で委員長がどうしたいのか理解し、自分の隣の席をポンポンとオタク君が叩く。

 対面ではなく、隣同士に座ろうと。

 相手が何を考えているのか、言わなくてもなんとなくわかる。まるで熟年夫婦のような相互理解である。

 そこまで分かっているのに、なぜ相手の恋愛感情を分からないのか。

 

(やっぱり、雪光さんって僕に、気があるのかな)

 

(小田倉君の態度、嫌がってる感じが全くない)

 

 いや、そんなものとっくに気付いている。

 

(いやいやいや、僕相手にそれはないか。クリスマスで寂しそうだからって事だよね)

 

(でも優愛さんやリコさんとか他の子も嫌がってる態度見せないし、私だけ特別なわけないよね)

 

 だが、自己評価の低さ故に、認めないのだ。相手が自分に好意を持ってるという事を。

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

 ウェイターが水とメニュー表をオタク君と委員長の座る机に置く。

 持ってきたメニュー表は、机に元から置いてある物とは別の、クリスマスシーズン限定のメニュー表。

 どれどれと二人一緒にメニューを眺める。

 クリスマスシーズンに合わせたデコレーションをしたケーキやドリンク。

 メニュー自体はありきたりである。ありきたりであるが、オタクは限定という言葉に弱い。

 そしてオタク君と委員長はオタクなので、当然、選ぶのは限定メニューになる。

 オーダーが決まり、店員を呼んだオタク君と委員長が、限定メニューのある欄に気づく。

 ドリンクサイズ『S』『M』『L』そして『カップル』。

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

「えっと、これとこれと……」

 

 注文が終えるタイミングで委員長と目が合うオタク君。

 

「それと、ドリンクのカップルサイズで」

 

「はい。かしこまりました」

 

 ウェイターが遠ざかると同時に、オタク君が小声で呟く。

 

「恋人っぽいかなって」

 

「うん。恋人っぽいかも」

 

 主語のない会話だが、ちゃんとお互いに何のことかは通じ合っている。

 数分後、ハート柄になるように変形したストローが二つ刺さったドリンクを見て、予想通りの物が来たねと、軽く笑い合うオタク君と委員長。

 だが、笑っていられるのは最初だけであった。

 いざ飲むとなると、とても恥ずかしいので。まるでバカップルを見せつけるかのような、というか見せつけるための物なので。

 ちょっと恋人っぽいかもという理由で頼むには、ハードルが高かったのだろう。

 やや急ぎで食事を終えると、そそくさと逃げるように会計を済ませ店を出るオタク君と委員長。

 店を出て、自然と手を繋ぐ。先ほどのカップルドリンクで耐性がついたのか、まるで当たり前のように、恥ずかしがる事なく。

 

 気が付けば緊張もなくなり、少しづつ会話が増え始める。

 アニメやゲーム、漫画やラノベ。いつもの会話である。いつもの二人である。そのいつもが既に、恋愛だったとオタク君と委員長は気づかない。

 あっという間に時間が過ぎて行く。

 既に陽は落ち、帰りの駅に到着し、後は帰るだけ。

 

(小田倉君と、もっと恋人っぽい事したかったな)

 

 手を繋いだ以外はいつも通りだった。

 最初はそれだけでも良かった。だがもっともっと、と委員長の中で大きくなっていく。

 それを口に出せないのは、彼女が口下手だけが理由ではない。

 繋いだ手とは反対の手で、普段とは違う自分の髪を弄る。

 そして、委員長が思い出すのは美容師の言葉。

 

『今日は彩輝ちゃんに一つ、魔法をかけてあげる』

 

『魔法、ですか?』

 

『そう。勇気が出せる魔法……ってわけわからない顔しないの。

 髪型を変えれば気分も変わるし、生まれ変わりもするのよ。本当よ?

 だから、普段とは違う髪型になった事で、勇気が出せるようになったはずだから』

 

(まだ魔法の効果、残ってるかな)

 

 立ち止まり、オタク君に声をかけようとする委員長だが、気持ちとは裏腹に、足は止まらない。

 このまま駅の構内に入れば、もうチャンスがないとは分かっているのに。

 

(魔法なんて、ないよね)

 

 委員長が、そう自嘲気味に笑みを浮かべた時だった。

 噴水が音を上げ、水を噴き上げる。

 たまたまオタク君と委員長が通りがかったタイミングで。

 そして、噴水に合わせ、ライトアップが始まる。

 目の前の光景に、思わず足を止めるオタク君。

 それは偶然であった。偶然だが、少女にとっては勇気を出せる魔法だった。

 ゆっくりと、繋いだ手を離す。

 手が離れた事に気づいたオタク君が、委員長に振り返る。

 

「小田倉君」

 

「どうしました?」

 

「ハグハグ」

 

 どうやら魔法はここで消えてしまったのだろう。

 ハグしてと上手く言えず、両手を出して恥ずかしそうに微笑む委員長。

 

「はい」

 

 そんな委員長を包み込むように、そっと背に手を回すオタク君。 

 二人の恋人の時間は終わっていく。

 

 帰りの電車内で、流れる景色を見ながらオタク君は一人呟く。

 

「今日だけ……なんだよな」

 

 先ほどまで一緒にいた少女の温もりは、完全に消えていた。

 今日だけの恋人同士の関係が終わりを告げるように。

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