【完結】ギャルに優しいオタク君   作:138ネコ

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ここまでがファミ通文庫様から出版している『ギャルに優しいオタク君』の2巻部分となります。


第77話「もしかして、私の名前覚えてないですか?」

 春休み。

 学校は休みだが、部活動はある。

 と言っても、運動部や大会を控える一部の文化部くらいだが。

 グランドや体育館からは運動部の力強い掛け声が。

 音楽室からは吹奏楽部の演奏が聴こえてくる。

 そんな中、オタク君は朝から第2文芸部にいた。 

 

 別に大会に出るわけでもなければ、運動するわけでもない。

 ただ何となく来て、何となく来た皆とだべっているだけである。

 だが、この日はオタク君以外誰も来ていない。そもそも約束をしているわけではないので来るメンバーはいつも違う。

 そして、今日はたまたまオタク君以外は来ていない。

 

「うーん。今日は誰も来ないのかな」

 

 部室で一人、パソコンをカチカチするオタク君の姿はやや哀愁を感じる。

 パソコンも一昔前の物なので、オタク君が自分用に持っているパソコンよりも性能が低い。

 検索をかけたり、画像を表示するだけでもワンテンポ以上遅かったりする。

 

 誰かと一緒にワイワイ喋りながらやるなら気にならないが、一人でやるには相当苦痛に感じる。

 これでは自分の部屋でやってる事と変わりない。むしろ部屋にある道具がない分こちらでやれる事の方が少ないまである。

 

「帰ろうかな」

 

 オタク君が部室について一時間以上経っていた。これ以上待っても誰も来ないと判断したようだ。

 とりあえず、今の調べものをキリが良い所で終わらせて、パソコンの電源を切ろうとした時だった。

 控えめな音で部室のドアが開かれた。

 

「あれ。今日は小田倉君だけですか?」

 

 ドアを開けたのは、派手なドピンク頭に地雷系メイクの委員長である。

 部室の中を見渡しながら、オタク君に近づいたと思ったら掃除用具入れを開ける。

 当然誰もいない。そこに入るのは委員長くらいである。

 そんな委員長の様子を見て、苦笑い気味のオタク君。

 

「はい、今日は僕しかいないですね」

 

 帰ろうとしていたオタク君だが、パソコンの電源を切るのを一旦やめる。

 委員長が来た瞬間に帰るのは、避けていると思われかねないので。

 

「いつもより来るの遅かったですね」

 

 チラリと時計を見ながらオタク君が言う。時計の時間は十時を回った所である。

 普段の委員長なら、一番最初に部室に来ている事が多い。

 なのに、今日に限っては遅い時間である。

 

「先生に用事を頼まれていたので。用事が終わったので、誰かいないかなと思って」

 

「そうでしたか、残念だけど僕以外は誰も来てないかな」

 

「全然残念じゃないですよ」

 

 そう言って、オタク君の隣に座る委員長。

 

「最近は小田倉君と二人きりで話す事が少なかったですから。今日はいっぱい話せます」

 

 日直になる機会が少なく。そのまま春休みに入ってしまい、朝早くに教室でオタク君と話す事が減った委員長。

 隠れオタクな委員長も、第2文芸部の部員たちとそれなりにオタク会話が出来るようになっては来たが、オタク君と話すように深くはあまり話せていない。

 チョバムとエンジンが委員長にビビりまくっているからである。それとリコも。

 

 委員長としては普通に振る舞っているつもりだが、口下手なせいもあっていまだに「ヤバい奴」の印象が強い。

 なので、地雷を踏まないようにと、オタク君と優愛以外は一歩引いた感じになってしまうのだ。

 地雷系な委員長ではあるが、地雷は少ないというのに。

 

 そして、オタク君と話していても、優愛が最近はオタク会話に興味を持つようになってきたので、会話に割り込んでくることが増えた。

 そのまま優愛に教える感じになるので、オタク君と優愛と会話してるというよりも、オタク君と一緒に優愛に教えている感じである。

 興味持った人間に語るのも嫌いではないが、やはり踏み込んだ会話もしたい委員長。

 

「そういえばそうですね。そうだ、昨日委員長が好きだったラノベのアニメ化決まりましたね!」

 

「そうなんですよ。聞いて下さいよ。ついにアニメ化が決まったんですよ。見た時に思わず叫んじゃいました」

 

 待ってましたと言わんばかりに、鼻息を荒くしながら作品を語り始める委員長。

 オタク君も相槌を打ったりしながら、誰が声優を務めるのか、どの辺りまでやるのか等、話すネタは尽きないようだ。

 気が付けばアニメ化の話だったのが、そのラノベの最新刊の話になり、別作品の話になり、そしてまた別の作品になりと話題がコロコロ変わっていく。

 今まで話せなかった分を話すかのように、次々話題を出す委員長。

 だが、オタク君も負けじと話題から次の話題へ繋げていく。

 

 委員長としては、数少ないオタク会話が出来る友達なので、オタク君は貴重な存在である。

 だが、オタク君としても、こうして素直に好きな物を熱く語れる委員長は、貴重な存在だったりする。

 チョバムやエンジンは逆張りオタクな面があり、リコは好きと言ってもディープな話題が出来るほどではないので。

 

 夢中になると、時間はあっという間に過ぎて行くものである。

 昼を告げる予鈴がなる。二人は既に二時間以上も語り続けていたのだ。

 

「あっ、もうこんな時間か。委員長はお昼どうする?」

 

 そんなオタク君の言葉に、委員長がフフッと軽く笑う。

 

「えっ、僕何か変な事言った?」

 

「いえ、小田倉君が私の事を委員長って呼ぶけど、もう委員長じゃないんですよ」

 

 そう、終業式が終わったので、委員長はもうクラス委員長ではない。

 なのにいまだに委員長と呼ばれている事が、少しだけおかしくて笑ってしまったのだ。

 まるであだ名が「委員長」みたいだなと。 

 

「あっ、そっか。委員長はもう委員長じゃなかったね」

 

 そう言って、オタク君は「あっ」と言う。

 委員長じゃないと言いながら、また委員長と呼んでいるオタク君に「ほらまた」と言って笑う。

 

「もしかして、私の名前覚えてないですか?」

 

「そ、そんな事ないですよ」

 

「じゃあ、言ってみて」

 

 ジーっと無表情でオタク君を見る委員長。

 

(もしかして、本当は私の名前を憶えていないのかな)

 

 そんな不安がる委員長に、オタク君が笑いかける。

 

雪光(ゆきみつ)彩輝(あやか)。ですよね」

 

「ちゃんと覚えててくれたんですね」

 

「勿論ですよ」

 

 だって雪光なんて珍しい苗字ですから。そんな無粋な事は言わないオタク君。

 見事な気遣いである。

 

「小田倉君」

 

「どうしました雪光さん」

 

「小田倉君」

 

 返事をしたのに、まだ呼んでくる委員長に対し、一瞬だけ頭に「?」を浮かべたオタク君だが、すぐに意図に気づく。

 ただ単に、名字で呼んで欲しいだけだと。普段とは違った呼ばれ方するのが楽しいのだろうと。

 

「雪光さん」

 

「小田倉君」

 

 その後、何度かお互いに苗字を呼び合うオタク君と委員長。

 

「浩一君」

 

 すると突然、下の名前で呼ばれるオタク君。 

 あまり、というか全く女の子に下の名前で呼ばれた事がないので、思わずドキリとする。

 

「あ、彩輝さん」

 

 律儀に名前で呼び返すオタク君。

 委員長、分かっていたが、下の名前で呼ばれドキリとしてしまう。

 

 苗字はともかく、名前で呼び合うのは、少し気恥ずかしかったようだ。

 気まずい沈黙が場を包む。

 

(僕のようなオタクに名前を呼ばれて、周りに勘違いされたら迷惑かけそうだな)

 

「やっぱり委員長は、委員長がしっくりくるかな。いきなり苗字や名前で呼んでたら変に思われるかもしれないしね」

 

 オタク君。鈍感と気遣いの見事な合わせ技である。

 

(私のような陰キャと名前呼び合って、周りに勘違いされたら迷惑かけちゃうかな)

 

「確かに、今までずっと委員長でしたからね」

 

 委員長。鈍感と気遣いの見事な返し技である。

 

 どちらも陰属性の似た者同士なだけに、フラグが立つ事がない。

 相性自体は良いので、少しでも踏み出せば、関係は変わるかもしれないというのに。

 

「あの、小田倉君」

 

「はい?」

 

「それなら、二人きりの時だけ苗字で呼ぶのはどうです?」

 

 オタク君を見つめる委員長。

 変な噂が立ったらオタク君に迷惑かけるかもしれない。そう思う心とは裏腹な言葉が口から出た。

 

「うん。良いよ雪光さん」

 

 もしオタク君が一秒でも迷えば、委員長はすぐに発言を撤回していただろう。 

 だが、オタク君は迷う事なく返事をした。

 

「雪光さん。お昼ご飯、一緒に食べに行きませんか?」

 

「はい。行きましょうか。小田倉君」

 

 ぎこちない呼び合いをしながら、部室を後にする二人。

 少しにはまだ満たないが、それでも関係性に一歩踏み出したようだ。 




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