器ゼロの使い魔   作:垂直抗力

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10 ノミでも分かる魔法講座

 

 

 筆舌に尽くしがたい一時間の口喧嘩が収まると、ルイズは疲労で息をついた。

 レグルスの言うことは聞き逃したくなるくらいに長く、薄っぺらいものばかりだ。

 彼が来てから四日と経っていないのに、今までで一番聞いた声の持ち主になりそうである。

 二人の姉にも、両親にも、幼馴染にも、同級生にも、ここまで多くの言葉の嵐をぶつけ、ぶつけられたことがあっただろうか。

 否、絶対ないと確信できる。

 

 嫌味ったらしくねちっこいレグルスの言い回しはルイズの神経を的確に刺激し、いつのまにかディベートの熱を呼び覚ますのだ。その結果、不毛なやりとりに一時間を費やすことになるのだが。

 

 だが、彼の罵倒はルイズの肉体から精神まで、あらゆるものを凌辱していったが、あることだけは言わなかった。

 

 

「どいつもこいつも『ゼロのルイズ』って言うけどさあ、君に欠けているものは他にあると思わない? それらに一切の言及がないなんて、見る目のない奴らだよ」

 

「……は、はぁ!? アンタに言われたくないわよ。平民とか貴族とか言う前に、アンタは人に接するときの態度ってのを知るべきじゃない?」

 

——レグルスは、ルイズが魔法を使えないことを笑わなかったのだ。

 

 家柄よりも、人柄よりも、何よりもルイズを打ちのめすことを、レグルスは言わなかった。

 数々の罵詈雑言を浴びせ合った、不毛がすぎる一時間の中で唯一それだけ。

 本当にそれだけのことだったが、ルイズには救いに思えたのだった。

 

 代わりにレグルスに提案されたのは、魔法の講義。

 実演ではない口での説明なら、ルイズも本腰を入れて臨むことが出来る。

 

 しかし、自分は守らない癖に人には交換条件を突きつけるなんて——、

 

「ほんと、身勝手な奴ね」

 

「おい、笑ってないで早く取り掛かれよ! 僕の時間と君の時間を等価値だと思わないでほしいんだけど。もう一時間も浪費してるんだからさあ」

 

「うるさいわね。アンタは貴族の貴重な時間を使ってるのを自覚しなさいよ」

 

 そうこぼしつつ、ルイズは脳内で授業内容を真剣に吟味するのだった。

 

 

 

 そんな一幕を挟み、第一回魔法講座が寮の一室で始まった。

 ベッドの上のレグルスは体を起こし、珍しく真剣な表情で講義を聞く体制を取っている。

 そんな彼に対し、ルイズは当たり障りのないことを尋ねた。

 

「まずアンタ、魔法の四大系統って知ってる?」

 

 ハルケギニアに存在する者なら誰もが知っていることだ。

 しかし、ベッドの上のレグルスは異世界から来た人間だ。

 これすら知らないのなら、お手上げ状態に近いことになる。一から説明するとなると、その概念を彼は理解できるものだろうか。

 そんなルイズの心配を他所に、レグルスは間違いを見つけたように首をかしげると、

 

「六つじゃないのか? 四つとするなら僕が知っているのは『火』『水』『土』『風』の四つだけど、違う?」

 

「そうよ。それに加えて伝説の系統魔法の『虚無』を加えて五つの系統があるわ」

 

「『虚無』? 『陰』と『陽』はないわけ?」

 

「ないわ。そっちの世界ではあるの?」

 

「僕に向かって撃ってきた魔法の中にあったんだよ。ま、全部意味のないことだったけどね。こうして今、僕が生きている訳だし」

 

 どれだけ彼は人に恨まれて生きてきたのだろうか。

 何てことのない様子のレグルス。そんな彼の突拍子もない返答に、ルイズは渋い顔になる。

 彼が嫌われる理由を考えに考え——普通に納得したけれど。

 

「あと『アル』『ウル』『エル』の順で強い魔法になる。僕の世界では、こんな感じかな」

 

「分かったわ。でも後でね」

 

 レグルスの異世界知識披露は止まる様子を見せない。

 彼の話に興味はあったが、ルイズは軌道修正を試みた。

 そしてレグルスの言葉から、その糸口を掴むことに成功する。

 

「魔法を強力にしたければ各々の系統を重ねるしかないわ。『火』と『火』のようにね。系統は足せば足す程強くなるの」

 

「ふーん。ただ単に多く重ねればそれでよいわけか。簡単な理屈だな」

 

「でもそう簡単にはいかないの。系統を重ねることはとても難しいのよ。二つ重ねられれば『ライン』メイジ。三つ重ねれば『トライアングル』メイジ。『トライアングル』以上のメイジは、そういないわ」

 

 当たり前のように話すルイズを見て、レグルスは訝しげな顔をすると、

 

「ていうか、『めいじ』? 君の中では当然のように使っているけどそんな言葉、僕は聞いたこともない」

 

「…………メイジは、魔法を使える人間のことよ。アンタこんなことも知らずどうやって……そうね、異世界人だったわ」

 

 こちらの一般常識が通用しない程、遠い世界から来たらしい。

 レグルスが異世界格差による世間知らず振りを披露しても、ルイズはとりあえずスルーすることにした。

 不満を露にし、こちらを睨みつけるレグルスを無視し、更に魔法講義を続行する。

 

「そして貴族は全員メイジよ。まあ、メイジの中には貴族じゃないのもいるけどね」

 

「つまり、魔法は使えるけど貴族じゃない奴が居るってことだろ? そいつらに圧し掛かる理不尽な肩身の狭さに、僕は同情を隠せないね」

 

 そうレグルスは言うが、ルイズからしたら、貴族の家系に生まれながら貴族の名を捨てる存在が理解できない。

 魔法を使えない自分には、もはや貴族であることしか誇れないのに。

 

「まあ傭兵とか盗賊とかに成り下がっているのばかりよ。みんな、貴族の名を捨てたことを後悔しているんじゃないかしら」

 

 そんなルイズの言葉に、苦い物を噛んだような顔をしたレグルスが口を歪ませ、

 

「君の口から出る『貴族』って言葉に、何だか吐き気を感じてきたよ。同じ言葉なのに、シエスタってメイドが言う方が響きが良い。これが君の人徳のなさを証明しているんだろうね」

 

「……人徳のなさならアンタも負けてないわよ」

 

「群がってでしか個を確立できない奴らの支持なんて、僕には必要ない」

 

「あっそ」

 

 そう会話を打ち切った瞬間、部屋にノックの音が響いた。

 扉の方を向いたレグルスが口を開く前に、

 

「入りなさい」

 

「——あのさ、今のこの部屋の主は僕と言っても過言じゃな——」

「失礼します! ミス・ヴァリエール、レグルスさん!」

 

 食事の皿を乗せたワゴンを引き連れ、快活とした笑みのシエスタが姿を現した。

 魔法講義は、一回中断。

 もはやレグルス専属の料理人となりかけているシエスタ。そんな彼女による昼食の時間だ。

 

 

 

「じゃあ何? 君が言っていた『サイレント』というのも四大系統の魔法なわけ?」

 

「そう。風属性の魔法よ」

 

 シエスタの料理に舌鼓を打ちつつ、レグルスはルイズの話を聞く。

 どうやら彼女は系統魔法とやらとは違う、ただの魔法すら使えないらしい。

 もっとも、そんなことは顔の悪い女の処女性程度にはどうでもよいのだが——。

 異世界の魔法知識の一端を理解し、レグルスは満足気に頷くと、

 

「なるほどなるほど。大体は理解した。それで参考までに聞かせてほしい。今まで出会った貴族共はどんな魔法を使うんだい?」

 

「キュルケは『火』の魔法を使うわ。使い魔としてサラマンダーを連れていたでしょ? 使い魔は、召喚主の使う魔法の系統によって決められているの」

 

「あの話の分かる赤髪の女か。そして『さらまんだー』とやらは記憶にないね。彼女ばかりを視界に入れていたし」

 

「……まあいいわ。そしてアンタと決闘をしたギーシュは『土』の使い手よ」

 

 レグルスは反吐が出るような気分になった。せっかくの料理が台無しだ。

 ギーシュという人物名は、もはや嫌悪の対象でしかない。

 

「…………『土』か。底辺を這いつくばることしかできない、根暗者に相応しい系統だと思うよ」

 

 一昨日の決闘騒ぎで、元々良い印象のなかった『土属性』の魔法に総じて嫌悪を覚えるくらいにはなった。

 そんなレグルスの脳裏によぎるのは、『嫉妬の魔女』とかいう何の足しにもならない存在を崇めたてる、気色の悪い邪精霊の姿。

 人の神経を逆撫でする笑い方。接する人間のことを微塵も考慮しない不潔な見た目。

 あの勘違い精霊の存在理由が、レグルスには本気で分からない。

 

「愚図のペテルギウス、傲慢クズのギーシュ。本当、最悪の系統だ」

 

「ぺてるぎうす? どんな奴なの?」

 

「常に情緒不安定の正真正銘の狂人だよ。失うものが何もない人間っていうのは、あんな奴に近いのを言うんだろう。ああはなりたくないね」

 

 けらけらと笑いだすレグルスに不吉さを感じたのか、ルイズは「そう」とだけ返した。

 嫌な空気を変えるようにスープを飲み、ルイズは唇を濡らすと、

 

「『火』『土』の次は『水』ね。アンタの怪我を治した女子はモンモランシーと言って、『水』の使い手よ」

 

「へえそう。随分と思いやりに満ちた女性じゃないか。気に入ったよ、その子の顔を是非とも見たいね。更に気に入るに違いない」

 

「まあそのうちこの部屋に顔を出すんじゃない? 経過観察くらいはしに来てくれるかも」

 

 そう返すルイズに、ますますレグルスの機嫌が上向きになる。

 ここまで、ろくな人間に出会わなかった。

 特筆すべきなのは、吞気に目の前でメインディッシュを頬張っているルイズ。

 すぐ人を罵倒する欠陥少女。

 そんなゲテモノみたいな女に穢された自分の心を、浄化してくれるかもしれない未知なる女性。

 

 そんな女が来てくれるというのなら、この入院生活も無駄ではなかったのかもしれない。

 充足していくような心地良さに、ついレグルスは言ってしまった。

 

「いっそのこと、その女に召喚されたらよかったものだな」

 

「…………は?」

 

 部屋の中の時間が止まった。

 否、間違いなくこの世界全ての時間が停止した。

 焦燥感を露にしたシエスタが、レグルスを制止する。

 

「レグルスさん、それ以上は——」

 

「口を開けば罵詈雑言、気に食わなければ暴力三昧。僕が相手してるのは女の皮を被った魔獣じゃないだろうね? やめてくれ、魔獣に使役される人間なんて聞いたこともない。そんな悪夢みたいな夢物語が僕で実現したというんだったら、てんでお笑い話にもならないなあ」

 

 徐々に不満が湧いてきたレグルスの罵倒は止まらなかった。

 興が乗ってきたレグルスが、更なる言葉を紡ごうとすると、

 

「——こ、ここここ……!」

 

 何やらルイズが声を出し始めた。

 訳も分からず鶏の真似をし始めるルイズに、脳内で少女を痛めつける言葉を検索していると——、

 

「こ、ここここの! ノミ男ぉぉ——ッ!!」

 

 レグルスの想像をはるかに超える罵倒文句が、顔を怒りで真っ赤に染めたルイズから出力された。

 空白に染まった思考から抜け出し、ルイズと同じようにレグルスが顔を赤くすると、

 

「この女! 言うに事欠いてノミだと!? どこまで人をこき下ろせば済むんだ! いや、僕を罵倒したくなる気持ちは分かるよ。何もかもが欠けている不良品の君からすれば、僕の存在は満たされ過ぎている。足りない自分を受け入れられず、醜い嫉妬を僕にぶつけたくなるのは当然の理だからね。でもそのぶつけ方にも考慮の余地があるよねえ? 動物どころか人に害をもたらすしか能のないノミと僕が同類だと? これほどの侮辱を僕は知らないね。知りたくもなかった!」

 

「何度だって言ってやるわよ! このノミ。ノミ男。ノミ夫! ノミみたいに厄介ごとしか持ってこない害虫男! アンタが食堂で貴族を侮辱した時、わたしがどれだけ肝を冷やしたと思ってんのよ! 少しはそのノミくらいの大きさの頭で考えてみればいいんだわ!」

 

「おい今、僕に続いて僕の脳みそまでノミ扱いしたな? 僕を構成する臓器が全部ノミになったらどうしてくれるんだ。そんなことになったら僕は名実ともにノミになってしまうじゃないか。君のせいで、僕は偏見の目で見られるんだ! 見下されるんだ! 虫と同等まで落ちぶれてしまう僕を想像して、君は心が痛まないのか!? 君が僕をノミ扱いすることで、僕から人としての幸せを根こそぎ奪いつくすんだとしたら、それは許せないよねえ…………!?」

 

「あ、あのレグルスさん。言っている意味が全然分からな——」

 

 理解不能に染まり始める空間の中、シエスタが声をかけるも、

 

「安心しなさい! アンタは十分ノミよ! そして寛大なわたしはノミが使い魔でも気にしないわ! だからノミらしくぴょんぴょんと跳躍して、わたしという優秀なご主人様についてきなさい! わかったわね、ノミルス!」

 

「——ッ! 虫のように解体して殺されたいならそう言えば良いんじゃないかなぁ!?」

 

「わあああ——! レグルスさん落ち着いて! ミス・ヴァリエールも焚きつけないでくださいよ!」

 

 シエスタの制止を完全に振り切り、突出したプライドを持つ二人が激突する。

 論争なんてものは優に超え、ベッド上での肉と肉がぶつかり合う戦闘が始まった。

 

 だが、喧嘩もしたことない上、動けないレグルスは一方的にサンドバックとなり、入院時期が一日伸びたとか、伸びてないとか。

 

 

 

 

「『風』と言えば、マリコルヌが居たわね」

 

「…………『風』も嫌いになったよ。今の君のせいで」

 

 

 

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