器ゼロの使い魔   作:垂直抗力

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14 不確かな感情、確かな関係

 

 

「時間というのは有限だ。どう使うかは人それぞれだし、それを他人がとやかく言うのは筋違いだと僕は考えている。でもさあ、その使い方が他人に害をなすことだとしたら話が変わってくると思わない? 現に君の目的もない散策に僕の意志が介在する余地がどこにも見いだせないんだよね。だからさっさとどこに向かっているのか言えよ」

 

「うるさいわね! 今、考えてるのよ!」

 

 唯一の交通手段と使い魔が仲違いを起こし、完全に学院に取り残されたルイズは、使い魔を連れて当てもなく学院を彷徨っていた。

 愉快な髪色紅白コンビのルイズとレグルスに、道行く生徒たちから様々な視線をぶつけられるものの、本人たちが気づくことはない。

 ルイズとしては、休日中にレグルスの身辺を整理しておきたかったのだが——。

 

「アンタが生物に嫌われやすいってことが分かったくらいね。何の意味もない情報だわ」

 

「それは君の管理不行き届きのせいでしょ? 他人の不本意な欠点を貶す前に自分の過失を認めるところから始めろよ」

 

「アンタねえ……」

 

 平行線の口論の再来を予感し、ルイズは話を打ち切る。

 だが、話をなかったことにしても、彼女の抱える問題点が消えてなくなるわけではない。

 

 本来の目的地だった武器屋のある町まで馬で三時間。徒歩で歩くには途方もない距離だ。

 自分ならともかく、この文句しか言ってこない使い魔が黙って付いてくるとは思えない。

 からと言ってこれを認めてレグルスを一人にすれば、どんな事件を引き起こすか分からない。

 詰みの盤面に突き落とされた現状に、ルイズは途方に暮れていると——、

 

「あいた! …………あ、す、すいません!」

 

 一人の少女がぶつかり、そのことに慌てて謝罪を入れる。茶色のマントを身に着ける彼女は、どうやら一つ学年が下の生徒のようだ。

 だが、彼女がぶつかった人間が問題だ。ルイズではなく、レグルスである。

 器の小ささが天元突破している彼が、どんな反応を返すかルイズには見当がつく。

 

 このままでは、聞くも聞かぬも不毛な、世界一薄っぺらい説教が始まってしまう。

 少女に降りかかるだろう不幸に、ルイズが悲観していると——、

 

「気にすることはない。僕も不注意だった」

 

「……え?」

 

 常識的な反応が返ってきた。

 あっけにとられるルイズの前で、レグルスはなお続ける。

 

「この物分かりの悪い欠陥女に辟易していてね。それをどうしてやろうかと思案していたら避けそびれてしまった。ほら、現状に満足することと甘んじることって違うでしょ? 僕は現状を満足できるものに是正したかっただけなんだよ」

 

 長ったらしい上、見当違いの方向に話を進めていることを除けば、レグルスは穏便に話を進めている。

 怒りに身を任せることも、地面に当たることもなく。

 恐ろしい程温厚なレグルスに、少女は一歩距離を空けると、

 

「わ、わかりました。では、お互いの不注意ということで。…………あ、でも一つ、尋ねたいことがあるのですが、良いでしょうか?」

 

「ああ、構わないよ。僕は今、少し気分が良いからね」

 

 にやにやと気色の悪い笑みを浮かべながら、不吉な上機嫌ぶりを見せるレグルス。

 その双眸に陰湿染みた執念を感じ、ルイズはとてつもない悪寒を覚えた。

 まるで、セクハラ好きの貴族から感じられる怖気を、もっと濃縮したようなもので——。

 

「ギーシュ様がどこにいるかご存知でしょうか?」

 

 瞬間、レグルスの顔が死んだ。

 怒るわけでも泣くわけでもなく、怖い程無表情な顔でレグルスが固まっているのだ。

 だが、蝋人形を思わせる程の能面の裏で、どこまでも理不尽極まりない怒りが生じているのがルイズには見える。

 当然、その状態が長続きするはずもなく、爆発は目前だ。

 

「あ、あのーもしもし?」

 

「待ちなさい」

 

 急に動きを止めたレグルスに対し、少女が反応を確かめようと近づく。

 まずい。少女にはレグルスの目が激情を訴えていることに気づいていない。

 理解を拒むような彼の意味不明な怒りが、少女にぶつけられるのも時間の問題だ。

 咄嗟に間に入り込み、ルイズは少女の身柄を押さえる。

 

「な、何を?」

 

「少し来なさい。ここは危険よ」

 

 訝し気な少女を無理やり引っ張り、レグルスとの距離を開かせる。

 

 途端、レグルスの怒りが爆発し、遠くで何かを喚いている。

 耳を澄ませば「ギーシュごとき」だの「腐れ気障野郎」だの言っているので、視界から消えた少女ではない、別の方向に怒りが向いたらしい。

 だが、少女の存在は今の彼には火薬すぎる。

 

 散々喚いて勝手にストレスを発散してくれれば良いものだが、それは期待できない。

 レグルスがどこかに飛び出さないように警戒しつつ、ルイズは少女に目を向ける。

 この距離なら、レグルスに話を聞かれることもないだろう。

 彼の態度の激変を見て呆気に取られる少女に対し、ルイズは尋ねる。

 

「アンタ、ギーシュに何の用?」

 

「……は、はい! ギーシュ様とはお付き合いさせていただいています!」

 

 恥ずかしさと嬉しさが同居した表情で返す少女。

 質問を、素っとん狂な上衝撃的な事実で返され、口をあんぐりと開けるルイズ。

 ギーシュはモンモランシーに首ったけではなかったのか。

 だがふと、ギーシュの父親の女癖が悪いことを噂で聞いたのを思い出した。

 そう考えてみれば、ごく自然で無理がない話である。それが許せることかどうかを別問題としてだが。

 

「……その話、あそこの白い奴にはしない方がいいわ」

 

「?……どうしてでしょうか? まだ彼とは出会ったばかりなのに」

 

「分からないわ。でも何となくよ」

 

 ギーシュの名前を出してから機嫌が急落したので、大体の理由はルイズには推測できる。だが、レグルスと少女は初対面のはずである。

 それなのにあの怒りよう。本当にアイツはしょうもない使い魔だ。

 こんなつまらないことを話して、少女に要らぬ物を抱えさせたくない。

 

 はあ、とあまり納得していない様子の少女だったが、どうやら引き下がってくれそうだ。レグルスに固執するほどの価値がないというのもあるだろうが。

 

 さっきから遠くで「僕を無視して——」と何やら言っている気はするが、気のせいということにする。

 

「それでギーシュのことだけど、この時間ならまだ食堂にいると思うわ」

 

「食堂ですかあ……入れ違いになっちゃったな」

 

 がっくりと肩を落とす少女だが、これから食堂にいけば、更に落胆することになるだろう。

 自分の愛しの彼が、別の女と和気あいあいとしているのを見せられるのだから。

 どこまでも不憫な少女。

 それにもしこの少女がギーシュと別れたとなったら、彼女の身が危ない。

 一人身の少女。そしてレグルス——危険だ。

 

「貴方、名前は? わたしのことは言わなくても分かるでしょ?」

 

 そうルイズが尋ねると、顔を上げて少女が返す。

 

「ええ、存じています。公爵様のご令嬢のミス・ヴァリエールですよね? 私はケティ・ド・ラ・ロッタと言います。噂はかねがね聞いております。何でも、ロマリアの神官様を使い魔にして、そのご尊顔に蹴りを入れられたとか」

 

「アイツは神官じゃないし、それはロマリアに失礼だわ」

 

 この世界で信仰されるブリミル教。その総本山とされるロマリア連合皇国。

 そんな貴い場所の神官様とレグルスを同等に扱うなど、ありとあらゆる存在への冒涜である。

 ブリミル教徒全てを敵に回すようなことを言った少女に対し——、

 

「それはそうと、さっさと行きなさい。あの白いのはわたしがどうにかするから」

 

「はいっ」

 

 元気よく返事をすると、ケティは食堂に駆けていく。

 その後姿を見て、何故かルイズは声を掛けていた。

 

「ケティ!」

 

「? どうしました?」

 

「ギーシュのことで何かあったら、話を聞いてあげなくもないわ!」

 

「…………はいっ!」

 

 先に待ち受ける出来事を悟られただろうか。いや、返ってきたケティの笑顔を見ると、通じてはいなさそうだった。

 だが、そんな彼女が見せた笑顔に、ルイズは死覚から不意を突かれた気分になった。 

 

——あれほどにまで嬉しそうな顔を、最近、自分はしただろうか。

 

 幼少期ならあったと思う。

 仲良しの幼馴染の前ではたくさん笑っただろうし、昔は婚約者も居たのだ。

 魔法の使えない自分が純粋に憧れを抱くことができた、婚約者が。

 異性に恋焦がれるケティに充てられ、ルイズは彼を思い出した。

 昔から彼は人気者だったし、もう十年たった今では別の女性と過ごしているかもしれない。

 

 なら、最近になって自分が純粋に笑えた瞬間はいつだったか——。

 

 嬉しそうに走り去っていくケティを見届け、ルイズはレグルスの元に戻っていった。

 

 

 

「僕を放置してあの少女と何を話していたわけ? ま、あの傲慢男と彼女がどういう関係にあるかなんて微塵も興味が湧かないけどさ、人の知らないところで話が盛り上がるのは面白くない。当然、僕の心の平穏のためにも、君には洗いざらい話す義務があると思わないかなあ?」

 

「別にどうでもいい話だったわ。わざわざつまらないことに頭を悩ますなんて、アンタが一番嫌いそうなことでしょ? ギーシュと彼女のことにアンタの気が向かないよう、配慮しているつもりだったんだけど」

 

「何だ、少しは分かってきたようじゃないか。感心感心」

 

 そう言って機嫌を取り戻してくれる内は、とてもレグルスは扱いやすい。

 彼の器は小さく、怒りやすいし、その怒りも冷めやすいのだ。

 そんな行き当たりばったりな感情表現しかしないレグルスを、もはやルイズは子供にしか思えなかった。

 

——だからこそ、先ほど生じた感傷がルイズには疑問だった。

 

 最も身近な男を考えると、今はレグルスしかいない。

 ゼロのルイズの蔑称で蔑まれてきた自分は、公爵家の立場もあって男女揃ってまともな付き合いをしたことがなかった。

 そんな中、自分の一番嫌なことを言わないでくれて、公爵令嬢という立場を微塵も気にしないレグルスは、良くも悪くも常識外れの人間と言えなくもなくて——。

 

「……うえっ」

 

 だが、自分がレグルスと——というのは微塵も考えたくなかった。

 人として嫌いじゃないというのも語弊があるレグルスの歪み様だが、それだけが原因ではない気がする。

 もっと何か、『()()()()()()()』が想像を拒むのだ。

 

「ま、アンタはわたしの使い魔だもんね」

 

「いつまでそんな絵空事を続けるつもり? いい加減、現実を見ることを覚える頃でしょ。人間を指差して使い魔とみなす自身の異常性を、よくそこまで無視できるものだなあ」

 

「事実を述べただけよ」

 

 そうこの事実。それさえあれば、今はいいのだ。

 それ以外は何も、望まない。

 

 

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