怒りに身を任せていたのか、破れかぶれだったのかは分からない。
そんなごちゃごちゃとした精神状態で、いつもできない魔法が成功するはずもなく、結果として自分も爆発に巻き込まれることになった。まさか、他の生徒のように机の下に隠れることもなく、アイツが棒立ちでいるとは思わなかったが。
そんな共感性もなく、周りに合わせることも知らない世間知らずな彼を、自分は——。
なんてことを考えても、目の前のレグルスは眠ったままだ。そんな彼を見て少女——ルイズは重い気分になる。
眠るレグルスを眺めるのは今朝ぶりで、既視感を覚えるには期間が短すぎる。唯一違うことと言えば、レグルスが地べたの布団ではなく、自分のベッドを占領していることだろうか。このことに文句を言うこともできたが、今回に至っては原因がルイズにあるので、何も言わなかった。
自分の爆発をまともに受けるまで、立ち尽くしていたレグルス。あのとき、彼がどんな気持ちでいたのかはルイズには分からない。そして、そんな彼に言う言葉がまだ見つかっていない。
自分自身の気持ちすら、理解できていないのだから。
「それでここにいらしたと」
「そうよ、悪い?」
悶々とした考えを回すため、レグルスの部屋を出てしばらく歩き、厨房にたどり着いた。ここで待っていれば、いずれ腹を空かせたレグルスが来るのを待ち伏せできる。
あの部屋で目覚めた瞬間に出くわすよりも、ある程度考える時間が与えられる方が良いと思った。それを理由にし、調理場に入ったはいいものの、
「浮かない顔ですね。どうなされたのですか?」
「放っておいて」
ルイズの冷たい反応に、残念そうな顔ですごすごと下がり、調理に戻るシエスタ。
それを見届けると、ルイズは近くにあったテーブル付きの席に腰掛けた。食堂での振る舞いから出禁となったレグルスがご飯をもらうため、日常的に通っている厨房。入ったことはなかったが、厨房のあちこちが忙しそうで、見ているだけで目が回りそうになる。
だが、しばらく見ていると飽きてしまい、ルイズは先ほどの情景を思い出す作業に入った。
ルイズへの罵詈雑言を周囲に喧伝するレグルス。それを泣きながら止めようと試みるルイズ。
本当に酷い内容だった。
誰がどう見ても、ルイズがレグルスによって虐げられ、大衆の中辱めを受けているように見える。真っ先にレグルスは裁かれ、貴族への侮辱罪として連行されるのが想像できる、そんなイメージだ。
「――でも」
あのとき、言いたいことは山ほどあった。余計なことをするな。使い魔に慰められる主がいるものか。大体使い魔は本来人間じゃないのだから、周囲からの主への中傷に言い返すなんてあってはならない。
結局言葉にできたのは、「アンタの主でいられなくなる」、この身を切るような恐怖の一点だけだ。彼からすれば、突拍子もない言葉。もうちょっと言葉を付け加えられたのでは――、
「いえ、それはないわ。みんなの面前で、わたしの嫌がることをしてきたアイツが悪いのよ」
そもそもルイズを侵害するような悪口なんて、レグルス自身が山ほどしている癖に。ルイズの心を辱めようと口を開いているときに、一番生き生きとした顔をしている性悪の癖に。何で、周囲からのルイズへの中傷にあんなに反抗したのだろう。一般論を都合の良いように捉えて罵るのがレグルスなのだから、一緒にルイズを馬鹿にすればよかったじゃないか。
それをあんな表情の消えた顔で、ルイズには向けないような、本気で人を虫でも見るような表情で。
「……自分勝手よ」
自分はしていいのに、周りはしてはいけない。
自己中だ。横暴だ。アイツは世界が自分を中心に回っていると錯覚しているに違いない。
周囲の中傷を勝手に一掃して、公衆の面前であんなに『愉しそうな顔』で主を辱めて、どれだけ面の皮が厚いのだろうか。これはご主人様として、アイツを教育してやらなければ——。
「ミ、ミス・ヴァリエール」
「……あによ」
調理に戻っていたはずのシエスタが話しかけてきた。作業を誰かに代わってもらったのか、特段急いでいる様子もない。とても言いづらいそうに、ルイズから目を逸らすと、
「失礼ながら、ミス・ヴァリエールとレグルスさんは、似ている所があると思います」
「何ですってぇ!?」
「ひいいぃぃぃ! お許しになって! お許しになってぇ!」
「どこが似てんのか言ってごらんなさいよ!」
あの厚顔無恥の自己中男と、自分が似ている。シエスタはレグルスに迫るくらいの毒吐きなのかもしれない。レグルスが彼女を毒舌メイドと呼ぶのに納得しそうだ。
歯をむき出してうなるルイズに、シエスタは縮こまりながら、
「意地っ張りで回りくどくて面倒くさい所……?」
「……いいわ、続けなさい」
内心の怒りを必死に押し殺し先を促す。ルイズの込められた感情を理解したのか、シエスタはしどろもどろに続ける。
「そ、それで少し不思議に思って……そんな似た者同士の二人が、毎日のように口喧嘩するのを一番近くで聞いてきた私からすると………」
しかし、そこまで喋ると、シエスタは覚悟を決めたような表情をルイズに見せ——、
「一緒にいるのが不思議です。だってお互いあんなに相手の欠点を突っつき合って、相手の顔も見たくないと言った様子なのに、どうして一緒にいるのでしょうか?」
「……そんなのこっちが聞きたいわよ」
ルイズには使い魔を召喚した責任を取るという理由もある。それに対して、召喚された側は知ったことでないと言えるはず。ルイズの使命を果たすという目的もあるが、それだけで彼を縛れるとは思ってない。
むしろレグルスの性格なら、さっさと自分に見切りをつけるのではないか。衣食住の確保という問題に直面することより、気に食わない人間と生活を共にすることを嫌がる奴だと思うから。
難問に首をひねるルイズに、シエスタは安心させるような表情を向けると、
「でも何となく私にはわかりますよ。レグルスさん、私のことは毒舌メイドとしか呼ばないんですよ。口が悪いだの、態度が悪いだの、意地が悪いだの、喋るのに関することばっかりなんです」
「たまたまなんじゃないの?」
「でもミス・ヴァリエールにはなんでしたっけ? 無神経、暴力に走る野蛮人、見る者の目が痛くなる桃髪女、耳障りな声の女、器極小の性悪女、顔に全て吸われた女、欠陥女、桃髪女、傲慢女、クソ女、胸なし女——」
「アンタわたしに喧嘩売ってんの?」
「ひいいい! 違います違いますぅ——!」
メイドが一人で毒舌大会を開催している様子に、ルイズの血管が切れそうになる。というか、言われた覚えのないのも入っていなかったか。
杖を向けると、泣きじゃくりながらシエスタがルイズから距離を取る。恐怖におびえるその姿に、「冗談よ」と言って杖を収めると、シエスタはホっと息をつく。そんな彼女にルイズは怪訝そうな顔を向けた。
「わたしが魔法使えないの、知ってるでしょ? 怖がる必要ないじゃない」
「爆発の魔法は怖いです! 危ないです!」
「それ」
レグルスと周囲の生徒の違いをもう一つ見つけた。
「どれですか?」
「アイツも魔法って言ったわ。ただの失敗なのに」
「だって、何もない所でそんなことが起きるの、魔法以外考えられませんので」
「それはそうかも、だけど……」
「じゃあそれでいいじゃないですか」
何てことのないように言うシエスタを見て、ルイズは溜息をつきそうになる。彼女に悪意なんてない。何も知らないだけだろう。
魔法は戦闘に使うだけではない。技術分野に役立つ側面もある。『水』なら治療に、『火』なら調理に、『風』なら『船』の動力源に、そして『土』なら建物の建築に役立つ。
それに対し、自分は爆発させるだけで一体何になるのかと。破壊範囲も指定できないこの無慈悲な爆発を、ルイズには魔法と呼べない。
現実を再確認し、ルイズが杖を悲しそうに眺めていると、
「————ッ!?」
瞬間、爆砕音と共に、ガラスがばらまかれるような音が天井の方から響いた。どうやら食堂と厨房のある本塔の上階で大規模な破壊が起きたようだ。『固定化』が掛かっているため、上階の破壊による揺れはここまでは届かない。
だが、『固定化』で守られた本棟の壁が破壊される事態は異常だ。何か胸騒ぎを感じ、ルイズは厨房から飛び出た。
「ミス・ヴァリエール! 危ないですよ!」
「余計なお世話!」
シエスタの忠告を背後に置いていき、ルイズは外に向かって走る。レグルスが居たはずの寮塔と、厨房のある本塔の間には、中庭に出るところがある。もし、そこに彼が居たとしたら、事件に巻き込まれているかもしれない。
しばらく時間を経て外に出ると、あったのは見慣れない土の山だけであって、不審な人物はどこにもいない。それなら一体、さっきの破壊音は何だったのだろうか。自分が居た本塔を振り返って見上げると——、
「なに……あれ?」
宝物庫があった本塔の上階に、大砲の弾でも突っ込んだような穴がぽっかりと空いていた。だが、大砲の一撃と断じるには、必要最小限の被害で済まされたような、これ以上ない程に綺麗すぎる破壊だ。
そんな惚れぼれとするような破壊痕だったが、ルイズは恐ろしい事実に気づいた。貫かれたその穴から、裏側の景色が見えるのだ。寮のある寮塔から見て、本塔の裏にあるのは、風の塔。それが、新しく出来上がった穴から見える。
敵は圧倒的かつ繊細な調整の利く魔法攻撃で、本塔を貫通したのだろうか。
「急がなきゃ——!」
相手の目的は、恐らく宝物庫の財宝だ。
近くに人影が見えない以上、本塔の裏側の風の塔か、もしくは反対側の正門から逃げた可能性が高い。だが、正門には衛兵が居るため、そっちの方に敵が向かう可能性は低い。
そして最悪の場合、目撃者のレグルスを誘拐して、姿をくらましているのかもしれない。
許せない。許しておけない。
はやる心の赴くままに、ルイズは本棟の裏側へ駆けだす。レグルスを、まだ帰してあげられていない。ルイズは、まだ自分を認めることができてない。
それが叶わないまま、レグルスをルイズから遠ざけようだなんて、考えただけで罪だ。
何て言ったって、アイツは自分の————。
「君が魔法を使ってくれてよかったよ。危うく僕の完全性に無意味な傷がつくところだった」
その声を聞いて、ルイズの足が止まった。いや、止まったのは足だけではない。自分の体の全神経が、動きを止めたように錯覚した。
本塔の陰で立ち尽くすルイズから離れた場所。本塔と風の塔に挟まれた中庭に、確かに居た。
必死に探していた使い魔と、青髪の少女の姿が。
「だけど、ゴーレム使いの彼女には逃げられた」
「あんな誰からも相手されないような晩婚女なんて気にしなくていい。君には愛されるべき表情と理性的な性格がある。それは誇るべき君の個性だ。僕が保証する」
「……何の話?」
「僕たちの未来の話をしているだけさ」
自分には向けない信頼しきった使い魔の声色、安心しきった表情。それらの要素が、あの白髪の青年が青髪少女に背中を任せるような光景を、ルイズにはっきりと想像させた。
彼を、自分の使い魔を——レグルスを、そんな風に変えたのは——、
「……『魔法が使える』…………タバサ」
レグルスの無事を喜ぶ感情より先に、確かに生じたものがあった。
「な、何と……」
変わり果てた宝物庫の光景に、駆け付けた学院長のオールド・オスマンが目を見開く。
大きくくりぬかれた壁穴、荒廃し切った内装、派手に荒らされた宝物の品々、そして——。
「何ということじゃ! まさか、『破壊の杖』が……!」
『持ち出し禁止』の看板を嘲笑うように、大切な財宝がもぬけの殻と化しているのに気づき、オスマン氏が崩れ落ちる。
そんな絶望に暮れる老人の横にある壁には、こう刻んであった。
『破壊の杖、確かに領収いたしました。土くれのフーケ』
月が二つ浮かぶ夜空の元、女盗賊——フーケによる陰謀が実行された。