器ゼロの使い魔   作:垂直抗力

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2 虫のような男

 

 

「あんた誰?」

 

 美しい顔の最愛の妻が、やかましい顔をしたただのガキに変わった。

 そんなあってはならないふざけた現象に男の思考が空白に染まり――、耐え難い憤怒が男の目に暗澹な光を灯した。

 

「あのさあ、君と僕って初対面のはずだよね。なのにその言い方はどうかと思わない? 顔を合わせたもの同士、まずは自己紹介からするのが世間一般の常識だと思うんだよね。それとも何? もしかして君の中では、出会い頭に礼を失するのが日常なわけ? その常識観と僕はとてもじゃないけど相容れないなあ」

 

 そう言われた少女は面食らったかのように目を見開き、徐々にその顔に怒りが生じ始める。

 桃色掛かったブロンドの髪に鳶色の瞳。男の好みではないが、絶世の美少女である。それでも男の『嫁候補リスト』から真っ先に弾かれたのは、彼女の表情がうるさすぎたからだ。

 大きく笑い、うるさく泣き、烈火のごとく怒るのだろう。女性の『顔』の審査眼だけは一丁前な彼は、一目で彼女の習性を判断した。

 案の状、少女は体を震えさせながら、

 

「あ、あんたねえ! そんな聖職者みたいな恰好してるけど、言葉は長ったらしくて一かけらも気品が感じられないわ。あんた、平民でしょ」

 

「はあ? もしかして君って人間の一部分だけを見て、それを全てだと思っちゃう人なわけ? やめてほしいなそんな言いがかりは。第一僕が平民だとして、それを蔑むように言われるのは心外だな。確かに僕は限りある財産に満足できる一市民ではあるけどさ、人を身分で呼ぶなんてどうかと思わない? 時代錯誤のしがらみにしがみ付くしか『能のない』愚図め」

 

「――っ! 殺されたいの!?」

 

 男の発言に引っかかるところがあったのか、少女の憤怒が爆発直前になる。だが、そんな彼女が放っておかれることはない。 

 

「ミス・ヴァリエール、落ち着いて。このまま口論していても切りがない。使い魔の儀式を進めなさい」

 

「――え? ミスタ・コルベール。この男を使い魔にしろと言うのですか?」

 

「サモン・サーヴァントの儀式は一度きり。やり直すことはできません」

 

「そ、そんなあ! あまりにもあんまりじゃない!!」

 

 コルベールと呼ばれた髪の毛の乏しい男が少女をなだめ、それに納得のいかない少女が叫び声を上げた。

 使い魔だの、さもんなんとかだのよくわからなかったが、自分に都合の悪い方向に話が行くのが分かった。

 このとき、周囲の『ゼロのルイズ』だの『ルイズが何か長話野郎を召喚したぞ』とかいった揶揄する声が響いていたが、男の耳には入っていなかった。

 

「聞けよ欠陥女、僕を誰だと思っている? 僕は魔女教大罪司教『強欲』担当、レグルス・コルニアスだ。個人で完結し、心身ともに揺らぐことのない存在! そんな僕とは違って、個人で完結できない君たちが使い魔とやらを持つのは勝手さ。でも僕の都合を無視して話を持っていくなんてどういう思考してるの? それに聞くからに、僕をこのまま使い魔にするって流れだよねえ? 常識がないにも程がある。強欲な畜生共と無欲な僕を同列視するなんて目玉が腐ってるとしか思えないなあ」

 

 そう叫ぶ男――レグルスだが、すでに少女には届いていない。

 彼女の声に耳を澄ませば、やれ虫みたいだの、やれ品性がないだの、レグルスの名誉を貶める発言ばかりだ。

 自分が居ないかのようにコルベールと話し、聞こえていないかのように貶める彼女に、レグルスのタダでさえ低い沸点を怒りが超えた。

 

「こっちの話も聞かずに一方的に話を進めるなよ、無神経め! そこまであからさまに無視を続けると、逆に君の余裕のなさが垣間見えてくるよね。ま、そんな小さな体をしていたら仕方がないか。寸胴みたいな体じゃ、満たされているとはとても言えないしね」

 

「――何ですって?」

 

 聞くも堪えない下劣な暴言に、少女が話を止めこちらに目を向ける。

 誹謗中傷を繰り返した少女を振り向かせ、湧き上がる心地よい感触と共にレグルスは少女の顔を目に入れつつ、

 

「聞こえなかったの? もしかして自覚がなかったのかな。それは自身を客観的に見れてないとしか言えないよね。っていうか現実逃避の域まで行ってるよね。ま、君の精一杯の懇願に折れて何度だって言ってやるよ。……胸部が足りない。これは下世話な悪口なんかじゃなくて、ただそこに存在する事実さ。そのことを胸のように足りない君の頭でも分かってほしいな」

 

 瞬間、少女の目が激情に燃え上がった。そのことに、レグルスは暗い笑みを浮かべる。

 レグルスにとって、少女の激昂した表情など最低レベルの顔でしかない。だが、もはや今までの屈辱と一緒に踏み潰す顔など、どうでもいいのだ。

 むしろ、不細工であるほど踏み荒らし甲斐があるものだと思った。

 

「……契約を結ぶ前に、その過ぎた口を閉じさせた方が良いわね」

 

 少女が杖のようなものを取り出し、何かを唱えた。

 聞いたことも見たこともないような魔法の使い方だが、レグルスの興味が惹かれることはない。相手の全力の攻撃を権能で無効化し、相手の心を圧し折ってから自分の権利を行使することしか考えていない。

 

「棒っきれに何を呟いているのやら。君がどんな頭のおかしな行動を取ろうと僕の権能を上回ることはない。せいぜい身の程をわきまえ――おぐぅぅッ!?」

 

 破裂音。

 そんな思い上がりに満ちた言葉を、突如起こった爆発が遮った。

 爆発の二次災害である爆風によって、グチグチと喋り倒していた凶人の体が宙を舞う。

 視界が回り、三半規管が混ぜられ、思考が打ち切られる。

 

 やがて、後頭部に壁が激突し、レグルスは地面に屈服する形になった。

 おおよそ百年ぶりの痛みという忌々しい感覚。なぜ? なぜ?…………なぜ?

 

「ぐぅっ……権能は? 僕の権能はどこ行った!? どうして、完成されつくした僕がこんなクソガキに――」

 

「うるさいわよ!!」

 

「おぶぅっ!!」

 

 少女の飛び蹴りが思い切り顔に突き刺さり、その衝撃に凶人の体が崩れ落ちた。口うるさいレグルスも、意識をつなぎとめるのに許容できる以上の攻撃を喰らえばどうしようもない。

 強制的に意識を刈り取られたレグルスは、地面と二度目の接吻をすることになった。

 

 

 

 完全に事切れたレグルスを見て、桃髪の少女――ルイズは怒りを収めた。

 座学では他の追随を許さない彼女だが、こと魔法の腕に関しては『落ちこぼれ』のレッテルを貼られている。

 先ほど、あの神官じみた服を着た平民を召喚したとき、『ゼロのルイズ』という蔑称で周囲に馬鹿にされたのも、その一環である。

 四大系統の魔法は箸にも棒にも掛からず、そして頼みの綱のサモン・サーヴァントでは、あんな虫のような男が出る始末。前世に何をやったらこんな不運が続くというのか。

 

「では、ミス・ヴァリエール。使い魔の扱いはお世辞にも良いとは言えませんでしたが、儀式を続けてください」

 

 突然のアクシデントに見舞われ、呆け気味だったコルベールがルイズに話しかける。それを聞いてルイズは、溜息をつく。

 特殊な能力もなく、はたまた伝説の種族というわけでもなく、ただただ夏のセミみたいにやかましく鳴き喚く人間がルイズの使い魔となるのである。

 本当に、気が滅入る。

 

「でも、これをやらないと留年だものね。そうなったら、エレオノール姉様が怖くて仕方ないわ」

 

 しぶしぶと、ルイズは完全に伸びたレグルスの元に近づき、

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

 気絶したレグルスの額に杖を当て、ルイズはゆっくりと唇を当てた。

 

「――ぅ」

 

 しばらくそうしていたがだんだんと生理的に受け付けなくなり、ルイズは唇を離すと、水場に口を濯ぎに行った。

 

 平民を物の数ともしない、公爵家の令嬢のルイズ。

 そんな彼女でも、レグルスとの接吻は、耐えきれるものではなかった。

 

 

 

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