器ゼロの使い魔   作:垂直抗力

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20 不埒な輩共の再起

 

 

――予想だにしなかった言葉に、張り詰めていた空気が凍り始めた。

 

 

「何、を……?」

 

 緊迫感という言葉が飽和するような空間に、一人の貴族教師の声が情けなく響いた。それを皮切りに、押さえつけられていた思考が時間共に動き出す。

 同時に、彼らの抑圧していた感情が周囲に充満し始めた。

 

「何を言っているのかね君は! 混乱の元を新たに生じさせるなと言われたばかりだろう! そんな与太話を流して場を惑わせて、一体何が目的なんだ!」

 

 雰囲気に充てられて激昂する教師を見ると、レグルスは呆れを隠さず、深いため息と共に、

 

「……人の意見を頭から押さえつけて封じるなんて、いずれ他人の意見に足元を掬われる前振りだと思わない? 別に君の人生の転落劇なんて興味はないけど、僕の意見を通そうとしないのは許せない。いや、もはやどの角度から見ても間違っているよね。仮にも教育者がそんな物腰じゃ、この場所の程度も知れるものだな」

 

「話の論点をすり替えるな! 今はお前の行動の話をしているのだ!」

 

 のらりくらりと真意を明かそうとしないレグルスに、また別の教師が歯をむき出しして怒鳴り散らす。彼らの持つ特大の悪感情の根源――それは、レグルスの身元の不明さであった。

 最近、学院に召喚された使い魔――コルニアス家という『トリステインに在在しない家系』の男。そもそも人間が使い魔になること自体が前代未聞だったが、見た目から推測できない以上、彼を平民として扱うこともできない爆弾である。

 

 だが、ここにきてある疑いが浮上した。トリステイン中が盗賊という脅威に混乱している中、冗談のような情報を流すことで犯人の姿を隠すようなかく乱行為。それもよりによって、国中の貴族の子どもを預かる学院長の秘書が盗賊だなんて、冗談にも程がある冒涜だ。   

 良からぬことを企てているのでは、という疑いがより強まる。

 

「先の発言の証拠だ! 証拠を見せろ!」

 

「証拠? 僕が見たからとしか言いようがないよ。あの女の直接の被害者が僕だからね。そんな人間に寄り添って話を聞くって言うのは、社会の在り方として当然のことでしょ。 それを一蹴するなんて、人間の社会を作る一員として、いやもう人として間違っているんじゃない?」

 

「いくらでも言えるじゃないかそんなの!」

 

 互いの意見を通さない平行線をたどる話し合いの中、埒が明かないと判断したのか、一人の少女が動き出した。

 そのままレグルスに相対する。タバサだ。誰かの息を殺したような声を背景に、凍え切った目をレグルスに向ける。

 そんな彼女の瞳を見ると、レグルスは分かりやすく表情を歪めた。

 

「迂闊なことは言わないで」

 

「いや、君もあの場にいただろ? 人の顔を深く見ない環境で生きてきたとしても、明らかな同一人物は判断がつくでしょ。その上深く考えもせずに、人の意見を跳ね除けるなんて行動を、思いやりを持てる君にはしてほしくないなあ」

 

「近くで見てない。証拠にならない」

 

「……君は一体何のためにあの場に居たのかなぁ?」

 

 レグルスの瞳に不穏な気配が生じ始める。だが、彼の意見は独りよがりな感情論でしかなく、客観的事実を提示しない以上、それは本人の妄言から域を出ることはない。

 そんな彼を目の当たりにして、教師たちは薄々ながら結論を固め始める。――レグルスは他国からの工作員だと。

 

「一体どこの国の出身の貴族だ。ふざけたことを口走りやがって」「いや、貴族の名を捨てたメイジなのかもしれん。それなら、この下賤な振る舞いにも説明が付く」「どちらにしろ、まともな神経をしているとは思えんな」「工作員に違いない」

 

 タバサの台頭に賛同するかのように、教師たちが節々にレグルスを罵り始める。

 一体どういう原理でミス・ヴァリエールの召喚魔法に割り込んだのかは分からないが、他国の中にはレグルスを送り込み、トリステインを内部から崩壊させようという思惑があるかもしれない。そして最近ではどうもアルビオン国の動きが怪しい。もしかしたら、そこからの刺客なのかもしれない。

 不穏因子のような行動を続けるレグルスに、耳を傾けようとする人間などいるはずもなく――。

 

 

「信じるわ」

 

 

 その流れを、少女の声が一瞬で終わらせた。

 当然のように教師たちの顔に驚愕が浮かぶ。だが、彼らの存在など眼中にないかのように、桃髪の少女――ルイズは学院長のオスマン氏の元に足を進める。

 迷い無き足取り、それは不完全ながらも彼女の復活を表しているようで。

 やがて学院長の前に立つと、絶対不変の事実を告げるように言い放った。

 

「アイツの言うことをわたしは信じます。だって、アイツは――レグルスは、わたしの使い魔だもの」

 

「ミ、ミス・ヴァリエール?」

 

 オスマン氏は、困惑に満ちた声を漏らす。

 

――恐らく、この場にいる誰もが彼女に正気を尋ねたくなる衝動に襲われた。

 

 何を言っているのだろうか。疑う余地しかない男の戯言に耳を貸すなど、正気の沙汰ではない。どこの国の者か分からない人間に加担したら、国家への反逆行為とみなされても文句は言えない

 現実が見えてない少女を説得しようと動き出すのを――、

 

「……馬鹿が」

 

 場の混乱の元であるレグルスが鼻で笑い、説得を試みた教師の足を止めた。

 そのままレグルスは、心から馬鹿にしたような笑みを少女に向ける。万人が腹立たしいと評する表情を浮かべる彼の瞳からは、殺意は既に消え失せていた。

 

「何だよ。今更そんなこと言ってこれで庇ってやったつもりかな? どうかこれでお目こぼしをって? いつからその自己満足に、僕を使える立場になったのか教えてほしいな」

 

「馬鹿を言いなさい。アンタこそ自分に酔ってるだけじゃない。もっと人と会話するってことを覚えなさいよ。」

 

「自分が出来ているって言い方はやめろよ、主観人間が。大体、個で完結した人間に、何もかもが欠けたお前が居て何になる? 新しく埋める場所のない僕に、未完結通り越した性悪女が入る隙があると思ってるのか?」

 

「それでも! アンタが拒んでも、わたしだけはアンタを一人にしない。――それだけは覚えてなさいよ、バカノミ」

 

 鋭い、ルイズの感情の発露にレグルスが眼を見開く。

 そんな彼の意見に賛同する者はルイズ一人。だが、あの公爵令嬢のミス・ヴァリエールの意見となると、教師達は無下にするわけにもいかない。

 説得する隙を、彼女はまるで見せないのだから。――そして、そんなことを考えていたから、次の行動への対処が遅れる。

 

「……不本意な人選だけど、僕の意見を支持する者が現れたんだ。だから、」

 

 不穏な響きが、レグルスの声に生じ始める。だが、その声には先のような不安定さはどこにもなくて、

 

「少しは状況を考えたほうがいいんじゃないかなあ!」

 

 そう言うと、レグルスは顔を凶悪に変化させ、腕をミス・ロングビルに向けて振りかざした。

 

「――ッ!」

 

 衝動的に、突発的に実行された殺意にロングビルが飛びあがる。それは、教師達には感じられないような一転集中のもので、反応できたのは彼女一人。飛びずさると窓を突き破り、外に飛び出す。

 無傷の盗賊女と壁を見て、権能の制限を思い出したレグルスが、憎たらし気に地団駄を踏む。

 

「煩わしいなあ! 万全であれば今ので吹っ飛ばせたものを――!」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 早く追うわよ!……タバサ、『レビテーション』をお願い」

 

 タバサの方を見ないまま、ルイズが指示を飛ばす。それにタバサが頷くと、レグルスとルイズが割れた窓からロングビルを追うように浮かびだす。

 急な展開についていけない教師たちが硬直するも、ルイズが飛び出すのを見ると立場を気にして『レビテーション』で追いかけ始めた。

 

 

 

「……何がなんやらだけど、あたしたちも行くしかないわね」

 

「同意」

 

 

 

 

 

 

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