器ゼロの使い魔   作:垂直抗力

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21 身勝手な降板は許さない

 

 

 タバサの魔法によって本塔から着地すると、レグルスは周囲を睨みつける。

 彼が降り立った広大な中庭は遮蔽物がなく、相手が身を隠すのはどう考えても不可能。にも関わらず、肝心の忌々しい晩婚女――フーケの姿はどこにもない。

 

「こそこそと逃げ回りやがってドブネズミめ。日陰者は表舞台から退場して、駆除する手間を掛けさせない位の気遣いを見せろよ。人に不必要な労力をかけさせるなんて、どこまで図々しい女なんだ」

 

 自身の権利を穢した罪人への悪感情は、レグルスの中で止まる気配がない。

 不満を露にする平常運転のレグルスに対し、同時に降り立ったルイズは警戒を促す。

 

「落ち着きなさい。無策で行っても相手の思うつぼよ」

 

「無策? 策を弄するのは不完全な人間だけだ。僕が更に手間暇をかける筋合いはないんだよ。それなのにこれ以上を僕に望むっていうのは、権利の侵害にも程がある」

 

 一時的に不完全に陥ろうが、『獅子の心臓』の脅威は未だ健在だ。

 そして権能の不完全性が、『他物体の時間停止の制限』と『五秒間のみの時間停止』の二つだということも分かっている。

 更に、ルイズやギーシュからの、レグルスの『魔法』への言及。それを散々聞かされてきたレグルスは、無意識の内に考えていた。

 認める気はまるでないが、権能を抜きにしたレグルスの戦闘はとても稚拙だ。そんな彼が二つの制限を抱えたまま、戦いに参加する方法は――。

 

「遠くからの虐殺なんて陰惨なことを、満たされた僕がするわけないだろ? 直接触れるだけで勝負が付くんだから、何もわざわざ離れる必要はない。遠回しで姑息な手を使うのは、欠点だらけの人間がやることだ」

 

――『自身の時間停止』が生きている以上、彼自身の肉体による理不尽な攻撃力は生きている。

 例えば、目の前にフーケが居たとしたら、時間停止した状態で手刀でもしてやれば葬れる。自分をコケにした報いは、あの女を『直接自身の腕で』解体してルイズの部屋にでも飾ることで、受けさせることにしよう。

 ルイズへの権利行使の先払いにもなるし、ちょうどいい。

 

「――ッ!」

 

 そんな悪趣味な考えを断ち切るように、突如として地面が隆起し、土煙が上がった。視界を遮る煙の奥で、大きなシルエットが黒々と浮かんでいる。間違いなく、あれが敵の正体だ。

 それを明らかにするべく、後から付いてきたタバサが風魔法を唱え、視界をクリアにする。空気中に消えていった砂塵の中から姿を現したのは――、

 

「ゴーレム!」

 

 驚愕を露にするルイズが、大きく見上げる程のその巨体。

 茫然とした様子の彼女を尻目に、レグルスは不敵な笑みを浮かべる。一度は苦渋を味わされたものの、無敵の権能の前に姿を現したのが運のつきだ。

 

「ハン、慎ましさを知らないデカブツめ。図体の大きさだけで圧倒できると思うなよ浅知恵女。そんな独活(うど)の大木は、大人しく伐採されたら良いんじゃないかなあ!」

 

「――っ! 待ちなさい!」

 

 突っ込もうとするレグルスの腕を、ルイズが掴む。レグルスの細腕に、彼女の指がギリギリと食い込む。

 痛みのあまり抗議しようと振り返ると、ルイズがかつてないほど焦燥に満ちた顔をしている。

 

「アンタがどんな魔法を使う気かは知らないけど、真正面から行ってどうにかなる相手じゃないわよ。死ぬ気なの!?」

 

 どこまでも、ルイズはレグルスを解放しようとしない。

 必死な表情を浮かべて、自身の行動を侵害する彼女を、レグルスは振り払いつつ、

 

「自殺志願者でも見るような顔で縁起でもない妄想をするなよ。僕が一人死にに行くだなんて、悪趣味な早合点にも限度があるだろ。それに前々から思っていたけどさ、僕がどう動くかをいちいち君に指図される(いわ)れはないんだよ!」

 

 『権能抜きの全力』を振り絞り、掴んでくるルイズの手をはたきおとす。それを目の当たりにしたルイズの目が、大きく見開かれる。

 大して痛くもない一撃だったろうが、彼女の動きを一瞬止めるには十分だった。

 

 そうして偶然できた間隙を奇跡的に突き、対象に向かって走り出した。狙いは、憎たらしい巨体の足の部分。あそこを削り取れば、ゴーレムはただの無力な土くれと化す。

 だけれど、そこに至るまでの過程が、気に食わない。百年振りに『走る』ことが出来るはずもなく、不格好に足を動かして、大した加速もせずにゴーレムに近づく。

 

「ここまで僕にやらせるなんて、ふざけてる! 一体、どれだけ傲慢に生きてきたんだよ!」

 

 こんなこと、あってはならない事態だ。

 だが、権能による高速移動は、『他物体の時間停止』が封じられていて制御が効かず、下手をこいたら地面に肌を派手にこすりつけて、再びの入院生活につながる。動けない体を理由に、花嫁を迎えるのを先送りにするのはもうごめんである。

 

 すると、次々と魔法攻撃がゴーレムに降りかかった。

 出遅れた教師たちが、背後から攻撃をしかけているのだ。ゴーレムに向かって走るレグルスなどお構いなしと言った遠慮のなさに、レグルスは舌打ちする。自身を軽んじる彼らの行いは、万死に値する行為だが――、

 

「さっさと出てきなよ権利の侵害者め! あそこで馬鹿みたいにぶっ放している無能貴族共と一緒にぐちゃぐちゃにしてやる!」

 

 敵の撃滅宣言と共に、迷いもせずに権能を発動させた。

 背後からのはた迷惑な援護射撃は、レグルスには一切通らなくなる。これにより、魔法の流れ弾を気にする必要がなくなった。彼らの絨毯爆撃によって、頑丈なゴーレムにもヒビが生じ始める。

 五秒という制限時間が迫るものの、ゴーレムまでの距離はあと十歩といったところだ。

 これなら、十分に相手を破壊する時間が――。

 

「――あ?」

 

 だが次の瞬間、巨大な土の塊が起動。

 ゴーレムの足がレグルスの進行方向の頭上に浮かび上がる。しかし、それを見たところで、レグルスの足は止まらない。

 権能が不完全の中、どのようなことが起きるかは想像もつかない。レグルスが地面に埋められるのか、はたまたゴーレムの足の方が崩壊するのか。しかし、どちらが起きようともレグルスには関係のないことだ。

 絶好の攻撃機会の到来。差し迫る衝撃に目を瞑り、接触の瞬間を待っていると――、

 

「この、バカノミ!」

 

 それよりも先に、思わぬ衝撃が横から飛んできた。権能の支配下の自分が突き飛ばされ、――ゴーレムの足の接地による土煙と破壊音を背景に地面を転がる。初見の攻撃には権能が対応できず、吹っ飛ばされる事態は逃れられない。つまり、教師たちの魔法とはちがう『何か』が、レグルスの横っ腹にぶち当たったのだ。

 思わぬ横槍を入れられ、うつ伏せになったレグルスの顔がこれ以上ない程に歪む。

 

「ぐぐぐぐ……! 一体……なに、が?」

 

 権能の代償による心臓の痛みに苦しみつつ、状況の把握を優先させる。

 地面に投げ出され、完全に視界がゴーレムから逸れた状態で、レグルスが疑問を漏らす。明らかに敵は真ん前にしか存在せず、横からの攻撃などありえない。

 そんなのありえない。だからこそ、理解できない。

 衝撃の直前の女の声、直後の破壊音、空転する視界、そして……後ろの方に居たはずの、ルイズの姿がない。

 どこいった? どこにいなくなった? 何をしでかした? どうしていなくなった?

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「………………は?」

 

 

 心臓の痛みを忘れ、あっけなく、声が漏れる。知らない。こんな結末など知らない。

 身勝手に、分不相応に、不完全なアイツが、満たされた自分に余計な物を押し付けて、

 その重さを知らないまま、あっけなく勝手にいなくなって。

 謝罪の一つもなく、権利行使を受け入れることもせず、土の塊と一体化。

 

 無敵の権能を知らずに、早合点を拭わないまま、余計なお世話を働いた結果が――これ?

 

 

「…………ふざ、けるな」

 

 

 プライドの喪失と痛みを忘れ、立ち上がることもせず、レグルスが権能を再発動する。

 今にも憤死しそうな程の感情を、全力で眼前の土の塊に叩きつける。その感情の発露先は、ゴーレムか、少女か、はたまた——。

 

「ふざけるなぁ! 君って女はどこまで身勝手なんだ!」

 

 魔法学院の教師たちでも歯が立たなかったゴーレムの足が、レグルスの拳の一撃で児戯のように爆砕した。突如として喪失した足に支えられていた、巨体が崩れ落ちる。ゴーレムの陥落を見るや否や、教師たちが一気に魔法攻撃を集中させた。

 そんな光景はレグルスの眼中になく、ただただ少女の姿を探す。一体どんな言葉で罵ってやろうと、バラバラなった土塊の欠片を、血眼でかき分けていくと——、

 

「……は?」

 

 だが、現れた光景が、レグルスの思考を止めた。

 ぐちゃぐちゃになったと思われる少女の死体がない。それどころか、血痕一つ見当たらない光景にレグルスは言葉を失う。

 訳も分からない現実を前に、権能を解除する。それと同時に、ツケとなった心臓の痛みが、レグルスを蝕んでいくも――、

 

「彼女は無事」

 

 そんな地獄のような苦しみは、ある少女の冷静な声によって、感じなくなった。

 振り返ると、レグルスを精神的にも肉体的にも救ってきた花嫁候補――タバサが居た。

 

「なにを言って……」

 

「上、『レビテーション』」

 

 見上げると、散々探した桃髪の少女が五体満足の状態で宙を浮いている。理解が追い付かない事態に固まるレグルスに、タバサが口を開く。

 

「貴方になぜか『レビテーション』が効かなかった」

 

「……それで?」

 

「貴方のいた所に彼女が割り込んだ。彼女にかけた」

 

「…………そう、分かった。不本意ながら、君にまた救われたらしい」

 

 感謝を示しつつも、どこか投げやりな様子でタバサを見ずに返す。

 彼の視線はタバサには向いてなく、その顔には安堵も感謝もなかった。身を焼くような激情は、彼女の生存を知らされてもなお、消えなかった。

 ゴーレムから離れたところに降ろされた少女の元に、レグルスは歩き始めた。

 

――足を踏み出すごとに、怒りが増幅するのが分かる。

 

 自己満足の自己犠牲で、救ってやった気になっている少女が憎たらしい。

 自分を助けて、やっと人の役に立てたと少女が跳ね回ると思うと、反吐が出る。

 

 そして、その光景を想像して、自分の中に湧き上がる『何か』も、レグルスの彼女に対する心象を悪化させる。

 どこまであの女は、他人の領域を我が物顔で侵害すれば済むのだろうか。

 不愉快、不条理、不義理で、不道徳な桃髪女。

 そんな罵倒を脳内で繰り返しているうちに、少女の前にたどり着いていた。

 

 

 

 目をつむって、やってきた終わりに涙をこらえて。

 走馬灯なんて見ないまま、あっけなく終わることに覚悟は決まっていたのだと思う。

 それでも、いつもの暴力的な態度とは裏腹に、戦うことが嫌いな一人の少女でしかなかった。『レビテーション』で命を救われたのだと気づくと、踏み潰される恐怖を思い出し、ルイズは体を震わせた。

 あそこで助けに入ったら死ぬに決まっていて、別の誰かに助けられるなんて微塵も考えてなくて。

 

――それでも、自分はアイツのご主人様だから。

 

 そう思えたから、自分は動けたのだと思う。

 こんなに震えて、動けなくなるような恐怖に支配されても、この事実があったからこそ頑張れた。

 だが、その使い魔であるアイツは、震える自分の体を一瞥すると、今までにない程に不愉快そうな顔を見せた。

 

「――気持ちが悪い」

 

 何て罵倒なのだろう、と思った。

 それでも、ルイズは言い返す気にはなれなかった。

 目の前の青年の言葉を、聞き流しがちな彼の言葉を、ちゃんと耳に入れないといけない気がした。

 

「他者のために命を掛けるだなんて、心からどうかしていると思うよ。その理由を問うなんて無粋なことはしないけど、依存するにも限度があるだろ? それを君は今のように満たされたような笑みを浮かべて、これが正しいことなんて勘違いを抱いて、そのまま命を散らそうだなんて、自身の歪さに疑問を抱いたりしないのかなあ」

 

「……否定はしないわ」

 

「勝手に命を捧げられたって重みを、一市民の僕に押し付けようと君はしたわけ。そんな自己犠牲が美談になるのは、物語の内だけって分からない? いや、君が死んだ程度で心身ともに揺らぐ余地は僕にはないけどさ、その自己満足精神が将来、何人もの人間を泣かせるんだろうと考えた結果の忠告だよ。忠告」

 

 彼が言うことは珍しく、的を射ていた。

 それでも、この口うるさい青年を死なせなかった自分を、ルイズは褒め称えたいと思ってしまった。

 

「言わせてもらうけどさ、僕以外の人間が何をしたところで、僕には些細な問題でしかないんだよ。それなのに君が命を削ってまで、何か波紋を作ろうって無意味な思い上がり行動も見過ごせない。……まったく、君は一体どんな権利があって、どんな言い訳を並べて、どんな立場で、僕に対してこんな不埒な真似が――」

 

「何回も言わせないで」

 

 そこにルイズは口を挟む。

 信じられないことに、遮られたレグルスは何も言わなかった。言葉の代わりに理解できないような瞳をするレグルスが、ルイズには迷子になった子どもに見えてしまった。

 だから、安心させるように笑みを浮かべる。――笑顔を見せてしまう。

 

 

「――わたしはあんたのご主人様だから。権利も言い訳も立場も理由も……それだけよ」

 

 

 繋がりの見えないような言葉で、レグルスの疑問に答えるのだった。

 

 

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