「――わたしはあんたのご主人様だから。権利も言い訳も立場も理由も……それだけよ」
何を言っているのか、分からなかった。何を言われているのか、分かりたくなかった。
勝手に使い魔扱いされることが、許せなかった。
だがそれ以上に、守った理由がただ自分が主だからだと。
実に不自然、甚だ不合理、理解するのも悍ましいそんな前提を、我が物顔で良いように使ってくるのが腹立たしい。
自らの危険を度外視し、二週間も関わっていない人間のため命を投げ打つことも、神経を逆撫でする。
そして何よりも、死にそうだったのに、終わりそうだったのに、体が震えているのに、そんな恐怖を浮かべず、こちらに笑いかける彼女の顔が――、
――レグルスには、二目と見たくないと思うほど、『不細工』に見えた。
レグルスの拳による強大な一撃により、ゴーレムの足は砕け散った。
思わぬ攻撃で巨体を支えるものが一つなくなり、動きを止めたそのゴーレムに貴族たちの嵐のような攻撃が降り注ぐ。しかし、スクウェアクラスのメイジのゴーレムの硬さは尋常ではなく、数々のヒビができるも、破壊はその程度で止まってしまう。
その上、悪夢を上塗りするように、ゴーレムは再生能力を遺憾なく発揮した。
「――っ!」
時間が巻き戻るように、自然とそうなるように、何事もなかったかのように、ゴーレムの足が再構成。盤石の巨体が再び顕現した。苦労して作ったゴーレムのヒビも、瞬く間になくなっていく。
この巨体を再び破壊するとなると、頼みの綱はレグルスとなるが――、
「彼に協力を仰ぐのは難しいかな」
そう言うとコルベールは杖をゴーレムの巨体に向け、攻撃態勢を取る。
今もなお戦闘を続ける教師たちだったが、ゴーレムの撃退は叶いそうにない。
そもそも土系統のエキスパートのゴーレムは、やみくもに攻撃するだけで壊れるものではない。それぞれの属性魔法を闇雲にぶつけてもまるで歯が立たないことを、貴族教師たちも知らないはずもないだろう。属性のコンビネーション次第では、巨大な敵にも手が届くと。
だが、トリステインの貴族はなまじプライドが高い者ばかりなので、攻撃をやめる者が少ない。
完全に頭に血が上っている。そんな光景を見て、声を上げようとすると――、
「なに? まだあのデカブツに手を焼いてるわけ? いい加減にしろよ木偶の坊共が。何だっけ? 『下賎な振る舞い』? 『まともな神経をしてない』……だっけ? 人の粗探しばかりにかまけて、土の塊をどかすこともできないなんて、僕だったら恥ずかしくて生きてられないね。というかさっさと死ねよ、出来損ない共」
ストレートな罵声にコルベールが振りむくと、目下危険人物扱いの男、レグルス・コルニアスが歩いてきた。幸い、彼の声は攻撃に明け暮れる他の貴族たちには届かなかった。そんな彼らとの協力ができそうにない今、彼の登場は好都合ではあった。
それにコルベールの中では印象はわずかに変化している。
レグルスが歩いてきた方向には、ゲルマニアからの留学生のミス・ツェルプストーに肩を借りている桃髪少女――ミス・ヴァリエールの姿が見える。
大事な学院生徒の一人である彼女の、自身を捨て駒にするような危険行為に怒りを露わにしていたのは、彼も同じだったのを、コルベールは確認していたのだ。
もっとも、そんな行動一つでは彼の危険性を否定する根拠にはならないから、動向を探る必要はいまだに健在なのだが。
そんな危ない男と目が合ってしまった。思わず背筋を正すコルベールに、レグルスは首をかしげた後、合点が行ったように手を叩くと――、
「ああコルベール、だっけ? 人の名前なんてことに余計な労力を費やしたくなかったからすっかり忘却していたけど、この世界に来た時にあの女と僕を無視して弁論していた奴だ。まあ、そんな過去なんてどうでもいいけどさ、フーケとやらはどこに行ったわけ? ちまちまと活躍の場を死守するのにかまけて、それで本命を忘れるなんてことをしたわけじゃないよね」
「……もちろんだ。しかし、まだ学院に残っている可能性はあるが、この近くにはいない。あのゴーレムは安全に逃げるための時間稼ぎと考えるのが自然だ」
「何だよ。己の不手際を相手の作戦を賛美することで、誤魔化してるわけ? 冗談じゃない。僕はあの女に侵害された痛みの分の借りを返さなきゃいけない。これは僕一個人の感情論じゃなくて、この世界の等価交換の法則を維持するための義務だ。世界の均衡のためにも、彼女には死んでもらわなきゃいけないんだよ」
彼は根本的に話が通じない類の人間らしい。
世界の均衡とか、等価交換の法則とか、関係のない方向に話がとっ散らかっている。戦場での情報共有にこんな長話をされたら、味方でも倒してしまいそうだ。
常軌を逸した彼の人間性を再確認すると、コルベールはため息をついた。
そんな話を聞かないし、返さない凶人は、何を思ったのか肩をすくめると――、
「まあ、僕の手を煩わせるなんて不手際に、始末を付けるのは本来当然だけど、生憎君たちにそこまで期待はしてない。僕のこの掌でできることさえできてないからね。あの役立たず共は物の数にも入らない」
「確かに、平和ボケをした貴族ばかりではある。彼らも『精神力』が尽きて、魔法を使えなくなるのも時間の問題だ」
「……『精神力』?」
聞きなれないといった様子のレグルスに、コルベールは「その様子だと知らないようだね」と言った後、
「君とは違い、私たちは『精神力』というものが魔法を使う要になっている。属性の重なった大規模な魔法程、精神力はたくさん使われる。あの巨大なゴーレムを作ったのがフーケなら、彼女は精神力が回復する翌日まで、ゴーレムはもう作れないんじゃないかな?」
「……」
それで話は彼の中では終わったつもりなのだろう。
話の通じない彼は、静かに貴族たちの戦いの趨勢を見ている。
その瞳には、何か決して歪ではない、力強い光があった。
長話を聞くだに心配したくなる彼の人間性の歪みようだが、瞳の輝きだけは、不思議と『安定している』。そのある意味での歪さを、コルベールは不思議に思うのだった。
貴族共が作り出す魔法を目に入れつつも、レグルスの頭は別のことでいっぱいだった。
死すら厭わないといった様子の傲慢女。レグルスのご主人様だからという間違った前提を掲げて死にに行った傲慢女。
あの、人の心情を慮らないような、傲慢に傲慢を重ねたふざけた行動を繰り返させるのは我慢ならない。
言っても聞かないのなら――もはや、暴力しかなかった。
にやりと、レグルスは笑みを浮かべた。初めて、彼女の傲慢さが役に立った気がする。
これは、教育だ。自分という満たされた存在を歪めようとする人間が、どのような目に合うのかを、あの我儘女に知らしめてやるのだ。
自身の侵害された権利への手向けと、桃髪女への徹底した教育を目的とすれば、これから行う『フーケに対する暴力』は実に効率的、実に合理的。完結した人間の行動としてこれ以上もこれ以下もない。
――だから、自分はあの桃髪女に、歪められるわけにはいかないのだ。
ルイズに対する『直接の暴力』の選択肢は、この瞬間のレグルスの中から消えていた。
「まあ、満たされた僕はそのような手段を講じる必要はなかったけど、言っても聞かない女ならば仕方がない。僕の範疇を超えた働きに感謝するといいよ。もっとも、あの傲慢女にはそんな殊勝な真似は期待しないけど」
そう言うとレグルスは空を見上げて何かを探し出す。――目的のタバサを見つけた。
前に見た、見知らぬ青い生物に乗り、空の上から攻撃を仕掛けている。だが、彼女の放つ氷の矢は、ゴーレムの強靭な体と再生能力を前に、無駄な攻撃となっている。あのままでは、前にレグルスが捕まったときのように、タバサも捕まりかねない。
そんな行動を続ける花嫁候補に、レグルスは大きく息を吸い込むと――、
「いつまでそんなにちまちまやっているんだ! 僕という存在を無視してそんな無益な行動を続けてるなんて割に合わないことをするなよ! 一回僕の元に来て、その思考停止の行動を見直す機会を作るべきじゃないかなあ!?」
普通に名前を呼ばず、しゃべり倒すも、反応は返ってこない。聞こえていないのか、それともあえて無視しているのか、レグルスにはどちらか分からない。だが、彼女の行動を変えることができていないのは事実だ。
しかし、近くにいたコルベールが呪文を唱え、合図となる魔法を出した。
この行動により、タバサは攻撃をやめて、コルベールの近くにいるレグルスの元に竜を向かわせる。レグルスの意図を汲み取ったのか、彼女の目線はレグルスに向いている。
それを見ると彼は口角を吊り上げ、わざわざタバサの方向に足を進めることもなく、タバサの到着を当然の権利のように待つのだった。
脳内で、『権利行使への道』を鮮明にイメージしながら、待つのだった。
――そんな彼の行為は言い換えれば、作戦を立てるという行動にほかならない。
拙いながらも、今のレグルスはそれを無意識に始めていた。
敵の戦いを真っ向から分析し、理解することを試みる。そんな個で完結しているという言葉と矛盾しかねないレグルスの行為。
何よりも彼らしからぬそんな変化を、『指摘できる』者はいなかった。
どうやら戦闘は膠着しているらしい。
学院の風の棟の片隅で、女盗賊――フーケが肉眼で遠目に戦闘の様子を見ると、ため息をつく。
学院に潜入し、秘書の地位に就いたまま、思わぬ財宝の話を聞き、その上あの使い魔を上手く利用できたところまではよかった。否、今思えばとんとん拍子に進み過ぎていた。
そこから『ロングビル』という仮の名を使い、嘘の証言を用いて即席の隠れ家まで少人数をおびき寄せ、『破壊の杖』の使い方を聞き出す手筈だった。しかし、あの使い魔のせいで全てがご破算だ。
あの使い魔が自分の顔を見破ったのはきっと、ゴーレムの腕で彼を生け捕りにしたときに見られたからであり――、
「あの距離で、よく私の顔が見えたものね」
それを知っていて、あの使い魔はこの日まで泳がせていたに違いない。
学院室にて向けられた殺意、あれは何十――否、何百を葬ってきたような信じられない程絶対の物だった。あの場で彼が何もしなかったのが信じられないほどで、演技にしては本物過ぎた。
メイジの持つような杖もなく、平民が使うような銃や剣もなく、ただ手を振るうだけであの感覚を味わわせる存在は、明らかに危険だ。とてもこの世に存在してはいけない人間だ。
そんな怪物みたいな彼が、一撃でゴーレムの足を粉砕するのを遠くから見ていた。一度、『固定化』のかけられた分厚い扉を破壊したのを見たので驚きは少なかったが、脅威には間違いなかった。
主の女が独断専行して、彼を足止めしてくれたのは確かにありがたい。が、それでも脅威には変わらない。
目撃者を今まで通り、全員始末することを考えていたが、さすがに戦闘は長くなりそうだ。そんなことを考えていると――背後から風音が聞こえた。
思わず振り向くとそこには、青い生物がいた。
「なっ!?」
空を滑空する青い生き物――韻竜と目が合い、フーケは声を上げる。ひっそりと人が住んでいない山の奥や森に住む伝説の生き物だ。そんな存在がここにいるということは、使い魔となっていると考えられ、つまり視界が主と共有されているということ。
居場所を把握された――それを認識した直後、凄まじい衝撃が塔を襲った。
石でできた塔の頑丈さを物ともしないような破壊。それによる局地的な大風が、塔の建物に隠れていたフーケを襲い、宙を舞う。
大規模な魔法攻撃を受けたような爆音が鳴り響く。それを耳にした後地面に打ち付けられ、ガラガラと崩れる塔の瓦礫を目に入れると、フーケはその衝撃の根源を見つけた。――見つけてしまった。
「私の、ゴーレム……?」
上半身だけとなった巨体の土人形は、この世のものとは思えない事実を明らかにした。
スクウェアメイジの自分の三十メイルにも及ぶ巨大なゴーレムが、戦闘場所から百メイルも離れたここまで吹っ飛ぶなんてありえない。その上、韻竜の登場で振り返る前まで、ゴーレムは互角以上にやりあっていたはずだ。
膠着状態から脱し、『精神力』の切れた貴族たちをまとめて口封じする――その目論見が一気に崩壊した瞬間だった。
そんな絶望に暮れていると――、
「――あのさあ、いい加減に気づけよ。君程度じゃお話にならないってことにさあ」
――声が、聞こえた。
何十何百をまとめて粉微塵にする絶対的な殺意が。
人をおもちゃ箱に入れて振り回すような無秩序な殺意が。
場違い染みた声とともに、フーケの全身に響いたのは、その後の話だった。