器ゼロの使い魔   作:垂直抗力

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23 心臓が止まるような告白を

 

 あっさりと、仇敵は見つかった。

 百メイル程離れた風の塔に向かってゴーレムを蹴り飛ばすと、たまらず姿を現した。

 その様子を見て、レグルスは心臓の痛みに耐えながらも、笑みを浮かべる。

 

 現在、レグルスはタバサの魔法、『レビテーション』によって空を舞っている最中である。不格好に足を振り回すような愚を見せたくなかったレグルスは、早い移動を他人の補助で可能としたのだ。

 その発想を実行に移すまでには葛藤があったのだが、それはまた別の話。

 そんな自分を折るような行動をしたとしても、受け入れ難い事実は他にもある。

 

「忌々しい……ったら……ありゃしないよ。どうして、こんな痛みに……あえがないといけないんだ」

 

 五秒の制限時間の欠点は、容赦なくレグルスの心臓に牙をむく。

 この忌々しいにも程がある痛みに慣れる日は、未来永劫来る気がしない。

 こんな不条理を当たり前のように受け入れている人間たちは、全員どうかしてるとさえ感じる。

 それでも、なぜかこの身を焼くような感覚は、ルイズの元では感じないことがあり――、

 

「いや、あんな傲慢女のことは後回しだ。僕を投げ飛ばした不届き女の死体でも送り付ければ、あの傲慢さも少しは薄れるだろう。そうしたら、いよいよ桃髪女としか呼べなくなるけどね」

 

 『何か』から目をそらすような言葉とともに、レグルスはタバサによって地面へと降ろされる。

 目下には、塔の傍で惨めったらしく倒れこむフーケの姿。

 冒涜者の惨めな姿に、レグルスの口角が猟奇的に上がる。嘲るような笑みを浮かべ、地面に倒れこむ自身の権利を汚した大罪人の姿を瞳に映すと、

 

「――あのさあ、いい加減に気づけよ。君程度じゃお話にならないってことにさあ」

 

 そう、言い放った。

 

 

 

 数百どころか、数千すら消しかねない本気の殺意に対する、フーケの判断は実に単純だった。『フライ』による、空を飛ぶことによる逃亡である。

 精神力の切れた彼女には、もはや先の巨大ゴーレムを作ることができない。その上、真正面から戦った存在がどうなるかは、瓦礫の下敷きになっている土塊となった元ゴーレムが証明している。

 次にああなるのは、自分自身――、

 

「――くそっ! 次はただでは置かないわよ。いずれあんたの弱点を見破って、私のゴーレムの餌食にしてやる」

 

 身に迫る恐怖を振り払い、『フライ』の魔法で飛び上がる。

 土の魔法を使う彼女は、地面にいる方が有利である。そんな有利さも、かつて彼が決闘で見せた高速移動を見てからでは、何の役にも立たないことが分かっている。

 下級のメイジであるギーシュのゴーレムとはいえ、鉄でできたそれを紙屑のように裂いていたのを見ると、もはや意味がないように見える。

 また、飛び上がったところで、その先には使い魔の韻竜がいる。それでも、残った精神力で対処は可能なはずだ。白髪男を相手するよりはよほど勝算がある。

 そんな空を飛ぶことができない彼は、自分を追う手段などどこにもなくて――、

 

「――?」

 

 だが、戦闘のエキスパートの彼女は、ある違和感を覚える。

 先の戦闘で吹っ飛んできたゴーレムの残骸。そこには下半身がなく、上半身だけの姿だった。彼女のゴーレムは三十メイルの巨体。上半身部分でもかなりの高さである。

 そんな出来事が生じるのは、上半身部分に直接攻撃がぶつかったからで、その実行者はもちろんあの男であり――、

 

「威勢のいいことを言ってくれたじゃないか。でもさ、僕は常にして思うんだよね。そういうまた次があるという思考は、自身の成長を足止めする怠惰なものでしかないってさあ。無意味に自身の成長の機会と努力を放棄した怠惰のつけを、ここで払いなよぉ!」

 

 人間のジャンプでは届かない高さ三十メイル時点にて、恐ろしい声が聞こえた。

 その瞬間、心臓が命の危機に抗うかのように鼓動を激しくし、とっさに進行方向と垂直に方向を変える。が、真っ白な握りこぶしが僅かにフーケの横っ腹をわずかに掠め――、

 

――それだけで、戦いは終わった。

 

「ごはああ――ッ!?」

 

 ほんの少し、剣が触れても軽傷で済むほどの接触。ほぼ回避といっても過言ではないその一撃で、フーケは派手に血を吐きながら吹っ飛んだ。

 信じられない威力であった。これほどの攻撃力を誇る殴打を、知る機会はなかった。

 ぐんぐんと距離が迫る学院を目に入れながら、フーケは考える。

 

 あれが伝説の使い魔、『ガンダールヴ』の力なのだろうか。いや、それとはまた別の、恐ろしい何かに違いない。

 それはきっと、関わった本人以外のすべてを破滅させる、触れてはいけない禁忌に思えた。あんな化け物に相対するのは、もう二度とごめんだ。誰にお願いされても、あいつに関わる仕事だけは絶対にごめんだ。

 

 血をぶちまけながら派手に本塔――かつて彼女がレグルスを投げつけた塔に激突。しかし、新たに『固定化』がかけられた頑丈な塔は貫かれることもなく、フーケは意識を飛ばし、地面へと落下していった。

 

 

 

 そして、地面へと落下するのはレグルスとて同じである。

 五秒の制限時間が切れると、レグルスの肉体は重力に縛られ、一気に自由落下を始める。高さ三十メイルからの落下にレグルスは顔を強張らせながらも、悲鳴を上げることはしなかった。

 なぜなら――、

 

「さす、……がは、僕の花嫁候補だね……細かいとこ……ま、で気配りが、効く。それが、良妻……ってものだ……」

 

 心臓の痛みに苦しみながら言うレグルスに、タバサは無言で返す。

 タバサの魔法、『レビテーション』によってレグルスは重力から浮き、ゆっくりと降下していく。それは、信じられないことにレグルス自身が思いついた、権能のカバーだ。

 

 高速移動の欠点の一つは、『他物体の時間停止』が一部封じられたことによる、接触によるダメージだ。要らぬ傷を作りたくないレグルスには不快な状況だったが、『レビテーション』の物体浮遊魔法で、そのダメージをなくせる。

 

 もっとも、地面に接触する前に『自身の時間停止』を解除しなければ、『レビテーション』がレグルスに効かなくなってしまう。よって、地面への接触まで時間がかかる高さまで飛び上がることしかできないが。

 

 そんなレグルスは、度重なる心臓の停止によって疲労困憊である。

 かつてのギーシュとの戦いでは、執念のみが彼を動かしていたが、すでに敵を倒した今、もはや彼の中に立ち上がる必要は見いだせない。むしろ、倒した敵ごときに時間を割くのが馬鹿らしいという心情になりかけている。

 そして、彼の頭の中にあったのは、たった一人の人物だけだった。

 

 命を失いかけ、恐怖で震えたままのルイズのいる方向に、憎きフーケを吹っ飛ばした。その光景をルイズが見れば、傲慢な行動を続けた末路として、彼女の心に刻みつけられるだろう。

 きっと彼女は、二度と命を粗末にしようだなんて思い上がりな考えを持たなくなるはずだ。

 

 タバサの魔法で地面に降ろされると、意識が飛びそうになったままレグルスは、ルイズの顔を思い浮かべた。彼女に浮かべていてほしい顔を想像した。

 それは――とっても怖がっている顔だった。

 死にたくないと、命への執着と恐怖で歪ませたルイズの表情だ。先程命を落としかけた彼女が見せた取り繕う笑顔とは、大違いの顔。

 そんな顔が、レグルスからしたら不細工でしかない、素直な感情を表に出したその顔が――、

 

 まだ、変な笑顔よりはマシ。くらいの感想を、レグルスに抱かせたのだった。

 

 

 

 視界が開け、見慣れた天井が映る。

 飾り気のない周囲を見渡すことで、ここがルイズの部屋であることを把握。

 そして寝ていたのがルイズのベッドであることも把握。

 耐えられない事実に飛び出そうとすると――、 

 

「馬鹿ね。まだ寝てなさいよレグルス」

 

 レグルスの腕がつかまれた。

 もはやそんな不逞なことをしでかす礼儀知らず女は一人しかいない。

 目を細めて、予想のついた展開を蔑むような声色で返す。

 

「――また君か。目覚めたときにいっつも君の姿が見えるのって、一種の刷り込みみたいなものだよね? 無意識に洗脳を企てるとか、人を支配したいって欲望に捕らわれすぎじゃないかな。自制を試みるってのを覚えろよ」

 

「支配もなにも、もうあんたは支配されてるじゃない。このわたしに」

 

「身の程を弁えて物を言いなよ、自分の世界に閉じこもってないでさぁ」

 

「そのままそっくり返してあげるわよ、使い魔」

 

 使い魔という言葉の揺らぎのなさに、なぜかレグルスは口を閉じる。

 そうやってレグルスとの罵倒合戦が途切れたのを見計らい、「話を戻すわ」とルイズが言うと、

 

「そう、あんたは寝てないといけない理由があるの。――だから答えなさい」

 

 ルイズはベッドのレグルスとの距離を詰め、彼の胸に手を当てる。

 何がしたいのか分からなかったが、それ以上にレグルスにとっては耐え難い所業。

 突如行われた肉体接触に、レグルスは顔を歪めると――、

 

「な、なんなのかなあ君は! 人の体に惜しげもなく手を当てるなんて、どうかしているとしか思えないな。せめて、ひと声かけてから実行するってくらいの配慮を見せるところから始めた方がよくないかなあ」

 

 そんな行動に暴れ散らかすレグルスをルイズは押さえつける。自身の自由を阻害する傲慢な少女にレグルスが視線を向け――彼女の纏う空気が冷え切っていることが分かった。

 訳が分からない。彼女は自身が吹っ飛ばしたフーケの死体を見て、もっと怯え切った表情を見せるはずだ。命を無駄にしてまで価値を高めようだなんて、傲慢な思い上がり行動を自粛するような殊勝な態度をとるはずだ。

 

 それなのにルイズは、どこまでも表情をなくしきった、かつての自分が求めた花嫁たちのような冷え切った声色でこう伝えた。

 

「あんたの体の中の、心臓を含めた内臓がボロボロな理由を、洗いざらい全部ね」

 

「――は?」

 

 レグルスの動きが止まる。わめき散らすのも忘れて止まる。

 そんなレグルスの心臓付近に手を当てながら、ルイズはなおも続ける。

 

「さっきモンモランシーが言ってたの。あんたの臓器がおかしいって。きちんと動いてはいるけど、良くない傾向が見られるって。……どういうこと? 説明して」

 

 完成された花嫁たちとは違い、無表情を貫き通してもルイズはやはり花嫁として落第としか言いようがない。

 だって、レグルスの胸に当てている手が震えている。こんなんでは、夫の安寧なんて作れるわけがないじゃないか。花嫁候補にはなるはずが、ない。

 

「ちゃんと、説明して……!」

 

 だが彼女の無表情は、あっけなく陥落し、ぽろぽろと涙をこぼし始める。

 レグルスの嫌いな不細工な顔だ。泣けばどうにかなるなんて、個で完結しない未完成らしい浅ましい習性。

 そんな浅ましさを、この傲慢な少女はレグルスに見せた。

 命を捨てたのに満たされたような笑みをするのでもなく、不条理に対し涙を流し、助けを乞うような歪み切った表情を見せた。

 

――それをさっき、この満たされた自分はどう評価した?

 

 個で完結することを知らずに、不完全らしく他者に救いを求める彼女の不細工顔を想像し、自分はどう思ったか。

 それは――、

 

 

「……個で満たされた僕には、未完成の人間には持ちえない力がある」

 

「……え?」

 

「人の肉体や物体といった、ありとあらゆる物の時間を止めることができる――それが、僕の完成された権能というわけ。君でも分かるように噛み砕いてやったんだから、理解は容易だよね」

 

 

 この百十年間、一度たりとも言わなかったレグルスの禁忌中の禁忌の暴露。

 気づいたらそれを、当たり前のように行っていた。

 

 

 

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