器ゼロの使い魔   作:垂直抗力

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3 これ以上ない呉越同舟

 

 

 魔法も碌に使えない『ゼロのルイズ』。

 そう呼び声高い(低い)少女が、召喚した使い魔に飛び蹴りを喰らわせた。

 白昼堂々、大勢の生徒たちを前に行われたこの蛮行は、当然彼らの注目を浴びた。

 

 だが、少女よりも人目を悪い意味で惹いたのは、使い魔の男である。

 曰く、「話が長い」。曰く、「ボケ老人を相手しているようだった」。曰く、「癇癪がうるさい」。だの、様々な評価が生徒たちから寄せられた。

 そんな中で多かったのは、「平民か貴族か分からない」という評価だった。

 

 自尊心の高さは貴族。話し方の品のなさは平民。そんなちぐはぐな存在のレグルスは、生徒たちには異質に見えたという。

 それにもし、レグルスが他国の貴族だった場合、平民のように冷遇した瞬間、他国との問題に発展することになる。そんな爆弾のような男に、深く関わろうと考える者はいなかった。

 もっとも、蹴りを入れた時点で手遅れだと思うが。

 

 そんな生徒たちから絶対の不審を買ったレグルスは、『レビテーション』という、物体を浮かす魔法によってルイズの部屋に運ばれていった。

 魔法を使えないルイズの代わりに、部屋に運んだその生徒は後にこう言った。

 

「精神的な意味でも、物理的な意味でも、この使い魔は軽すぎる」と。

 

 

 

――百年ぶりの目覚めは、レグルス史上、最低最悪の体験だった。

 

 最初に目に映ったのは冷たい地べただ。頬に自身の体重が乗った圧迫感を覚え、自分がうつぶせになっているのだと認識する。

 瞬間、後頭部の忌々しい痛みと共に全てを思い出し、レグルスはかつてない屈辱感に全身を支配された。

 慎ましやかで平穏な妻との団欒を突如として邪魔され、見たこともない所に連れ出されたかと思いきや、二十も下らないであろうクソガキに謂れのない中傷をされ、最後には哀れな被害者でしかない自身の顔を足蹴りなんてしやがった。

 

 そしてどういうわけか、権能の上を軽々といき、完全たる自分を昏倒させる始末。これほどまでに非人道的な扱いをされたのは初めてだ。今すぐ、踏みにじられた権利に報いるべきだろう。

 

「やっと目を覚ましたわね、セミ男。じゃ、さっさと使い魔としての役割を全うして頂戴」

 

 居た。

 声のする方向に目を向けると、噂の張本人が腕を組んでこちらを睥睨していた。

 彼女が飛ばした指示は曖昧で具体性がなく、本人の頭で考えさせるもの。

 当然、飛ばされてきたレグルスに世界の常識なんてものはなく、動きようがない。

 もっとも、レグルスとしては動く理由が存在しないが。

 

 彼女の自身を軽んじる言い方に、レグルスの脳内は嚇怒に染まった。

 

「君さあ、どこまでも礼儀ってものを知らないよね。そもそも、さっきも言った通り僕と君は初対面な訳。いきなりこんな辺鄙な場所に引っ張り出されてきて、哀れな被害者でしかない僕は右往左往する始末。そんな人間を見たらさ、手を差し伸べるくらいはしてくれてもいいんじゃないの? それで君は何? 新参者の僕にあれしろこれしろと命令を下すなんてさ、思いやりの心が欠如しているとしか思えないんだよね。当然ながら、僕にはこの場所で上手くやっていくための情報が全然ない。それを知りながらも何故、独善染みた行動ができるのか? 僕には到底理解できないよ」

 

 急に今住んでいる場所から切り離され、初対面の相手に奉仕しろ。そんな状況はレグルスでなくても理不尽さを感じるだろう。

 ちなみに彼は、自身の妻たちの現状が似たようなものであることは自覚していない。

 だが、彼の不満の吐露はさらに続き、

 

「そもそもの話、僕の権能をないかのように僕の自由意志に関係なく、この場所に召喚とやらが行われるのがおかしい。それは世界に間違いが生じているのだと思う。この世界にも数えるのも馬鹿らしいほどの人間が住んでいる訳でさ、世界に間違いなんてものが生じていたらちっぽけな彼らは混乱に陥ってしまうだろう。僕としてもそんな事態は避けたい。間違いの元を正す。それは当然のことなんだ。だから――」

 

 一拍おき、不変の真実を説くようにレグルスは言った。

 

「その間違いの元である君を殺すってのは、当然のことだよねえ」

 

 『獅子の心臓』。レグルスの身に宿る権能がどういうわけか、機能停止していたことに気づく。

 試しに再発動。――問題なく機能した。今、レグルスの肉体の時間は、一滴の血液の例外もなく停止している。

 

 それなら後はもう簡単だ。

 急に殺意を向けられ警戒を露にする少女を目に入れ、レグルスは嗤う。

 散々手痛い目に合った分だけ、復讐する権利を行使するだけだ。

 どんなボロ雑巾にしてやろうかと、考えているうちに――、

 

 ありもしないはずの、『制限時間』が訪れた。

 

「――ッ! ぐあああ――ッ!?」

 

 百年に渡って機能停止していた生存本能が、レグルスの脳内に警鐘を鳴らした。

 思わず権能を解除させると、待っていたのは到底耐えられない地獄。

 その地獄が、レグルスを地べたに這いつくばらせた。そんな自分の姿を認識し、堪えられない屈辱が凶人を焼き焦がす。

 だがそれと同等に、胸の当たりの焼けつくような痛みに意識を奪われた。

 燃えるような痛みが、心臓付近に集中している。権能の効果によって止まっていた血液を一気に送り出すために、心臓が負荷を超えた過剰労働をしているのだ。

 

 そんな原理など知りようもないレグルスだが、自分の権能が何らかの形で侵害されているという事実だけは分かった。

 そして先ほど自分が少女に一撃喰らわされたのも、権能が未完成になってしまったからだということも、分かった。

 だが、分かったことと納得することは、まるで別物であり、

 

「――どういう、ことだ。僕は個人で完結している人間だ。その完成された僕のもつ権能もまた完成されているのが道理だろうが。――こんな不条理が許されるはずがないだろ! 誰がこんな事態を許すものか! そもそもこんな世界に呼び出した張本人が悪いよねぇ! なら、目の前のお前をバラバラにすれば話はおしまいだ! せいぜい身の程を弁えるような人格を持てなかった自分を後悔しながら朽ち果てなよぉ!」

 

「ッ――いちいちうるさい!…………それにわたしを殺したら、もう元の世界には戻れないけどいいわけ?」

 

「――は?」

 

 少女を消し去ろうと動き出したレグルスの動きが止まる。

 元の世界に戻れない。それはつまり、最愛の妻たちとの満たされた生活が遠のくわけで。

 急に現れた看過できない事実に、レグルスが思考を停止している内に――、

 

「いい? 呼び出したのはわたし。それは事実。でもね、呼び出した者を戻すのもわたししかできないの。呼び出された使い魔は、召喚した人物の使命を全うしなくちゃ帰れないわけ。…………言いたいことは分かるわよね? アンタがわたしを殺したら、永遠にここにいなきゃいけなくなるのよ」

 

「…………随分と命乞いの仕方が板についているじゃないか。そんな回りくどく言わなくてもいいよ。安心しなよ。感謝はしなくていいけど。痛みは与えないから。僕はさ、変に痛みとかを与えて悦に浸りながら凌辱するなんて陰湿な奴らの手口が嫌いなんだ。君のことは憎たらしく思わないでもないけど、静かに逝かせるくらいの甲斐性を僕は持っているつもりなんだよね」

 

「話の分からない奴ね。わたしを殺したらもう元の世界の……元の世界の人たちと会えないって言ってんのよ」

 

 散々苦労して集めてきた見目麗しい妻たち。目の前の自身の権利の簒奪者。

 天秤に掛けるまでもなかった。

 

「ぐぐぐ…………女狐がぁ!」

 

 非常に不本意で、限りなく不愉快な状況だったが、レグルスは矛を収めた。

 今の状態で少女を殺し、それで最愛の妻たちとの再会が遅れるのは馬鹿らしい。

――この少女抜きに元の世界に戻れる手段を手に入れた暁には、たっぷりと権利を行使してやろう。

 そう行動方針を固めたレグルスは、

 

「僕の気まぐれに感謝しろよ。今の時点で、君を手に掛けることに何の障害もないというのは、忘れないでいてほしい。ここで今君が呼吸をできるのは、僕自身の慈悲だ。僕が君を生かしているんだ。そのことを念頭に入れて、次からは慎ましく生きることをお勧めするよ」

 

「そ。それならいいわ」

 

 相も変わらず気に入らない態度で、少女は話を終わらせに掛かった。

 にも関わらず、レグルスの腕が振るわれることはなかった。

 

「……はなから出任せだったけど、それに気付かない頭で助かったわ……」

 

 疲弊した様子の少女から漏れ出た声は、レグルスの耳に入ることはなかった。

 

 

 

 

「で、ここはどこなわけ? 僕が知らない場所なのは確かだし、君の魔法の使い方も初めて見た。それに僕がここに呼び出されたわけも知りたい。それくらいの説明責任くらい、果たしてよね」

 

「質問は一つずつになさい。……とりあえず、ここはトリステインって国よ」

 

「とりすていん? 今まで訪れてきた国にそんなものはなかったね。何、とてつもなく小国ってことかい?」

 

「ぶっ飛ばすわよ」

 

 レグルスの揶揄するような言い回しに、少女は気を悪くする。

 それに気づかないレグルスは窓に向かって歩を進める。

 彼の気絶していた時間は長く、昼に行われた儀式から数時間が経ち、すでに月が出ている時間帯だ。

 だが、窓の外をみたレグルスが声高々に喚き始めた。

 

「おい桃髪女! 月が二つあるんだけどさあ、僕を馬鹿にしているわけ!? いくら夜空に浮かぶ月に趣きを感じるとは言っても、増やすのは違くない? 何でもかんでも二つ目を欲しがるなんて、この世界は丸ごと『強欲』なのかなぁ!?」

 

「アンタ何言ってんの? 月が二つあるのは当然でしょ」

 

「……………………は?」

 

 レグルスが呆けた面をするので、少女としては理解できなかった。

 夜空を見たことがないのだろうか。それならどこまで、この使い魔は常識知らずなのだろうか。

 だが、しばらく固まっていたレグルスは、何かを思い出した顔をすると、

 

「ああ、ここがパンドラ様が言っていた異世界か。馬鹿らしいと思って話半分に聞いていたけれど、事実だったらしい。まったくもってふざけている」

 

「異世界? ここはハルケギニアって世界だけど……まだ妄言を吐き散らかすの?」

 

「つくづく癪に障る女だよね、君。…………っていうかいい加減名乗りなよ。君とかお前とか、名前じゃない呼び方を使わせて、僕を名前も覚えられない馬鹿扱いさせるつもりか!? この礼儀知らずがぁ!」

 

「うっさい叫ぶな! ……いいわ、一回しか言わないからよく聞きなさい」

 

 少女は自身を睨むレグルスに真っ当から目を合わせ、誇るように胸を張り、名乗った。

 

「公爵家、ヴァリエール家の三女。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ! アンタみたいにほぼ平民の男がそうそう呼び捨てにしていい名前じゃないわ!」

 

 そう言って指を突き付けると、レグルスは顔を歪め、

 

「何て長くて配慮の欠片もない名前なんだ。僕の頭を要らないことに使わせやがって。それってある種の肉体的強要だよね。名前を覚えなきゃ失礼なんて一般論を振りかざして、一体何人の人間を礼儀知らずにしてきたんだ? 本当、君みたいな暴力女にうって付けの名前だと思うよ」

 

「アンタが名乗れって言ったんでしょうが! そんなんせいぜいルイズ様とかで良いわよ!」

 

「僕が君みたいな女を名前で呼ぶわけないだろぉ! 身の程を弁えろよ!」

 

「言ってることがさっきと違うじゃない!」

 

 そんなこんなで、どこまでも不毛な自己紹介と、現状確認は終わったのだった。

 

 

 

 トリステイン魔法学院。ルイズが言っていたトリステインという国の、貴族の子供たちが魔法を学ぶ場所である。

 今、ルイズとレグルスが居るのはその学生寮。そこのルイズの部屋である。

 

「で、身の程知らずに僕を呼び出したのは君なわけだ。当然、衣食住は確保してくれるよね?」

 

「……当たり前でしょ。わたしはアンタのご主人様なんだから」

 

 数瞬の躊躇いがあったものの、レグルスのある種横暴な、ある種当然の要望は、ルイズによって受理された。

 

 それから、彼らの奇妙過ぎる共同生活が始まったものの、その話し合いがスムーズに行くことはなかった。

 プライドの高さは折り紙つきの二人。そんな二人が意見を曲げるはずもなく、

 

「は? 雑用? 僕が君のために? 冗談じゃない。何のために、何のつもりで、何の権利があってそんなことを言ったのか簡潔に教えてくれない? 僕は寛大だからさ」

 

「アンタは使い魔、わたしはそのご主人様。それだけで十分だと思うんだけど」

 

「僕と使い魔を等号で結び付けることにも目を瞑れないけどさあ、そこからどういった経緯で僕が君のために世話を焼いてやる必要があるのかを説明する義務があると思わない? それを放棄して相手に思考を強要するなんて、それって一種の心理的虐待だよねえ?」

 

「使い魔がご主人様に尽くすなんて自明の理でしょ!」

 

「ああ、むしゃくしゃするなあ! ここまで話の通じない奴は初めてだ! いかに僕が女性に恵まれていたかを実感するよ。見目麗しい僕の妻の中には、こんな生き物はいなかった!」

 

——雑用の件では揉めに揉めて。

 

「使い魔は主人の目となり、耳となる能力が与えられるはずなんだけど……アンタじゃ駄目ね」

 

「人の能力不足をこれ見よがしに言い放つのってさあ、人の心を傷付ける見えない暴力だと思うんだよね。普通に教育を受けていれば、そんな愚行を犯さない真っ当な人間に成長する。それが、世間の理ってものさ。にも関わらず、君の体たらくを見ると、貴族の教育がいかに破綻しているかが垣間見え――グホッ」

 

 ひとたび口を開けば、殴り合いの大ゲンカとなる。これほど相性の悪い組み合わせは、ハルケギニアを探しても滅多に見つからないに違いない。

 否、レグルスのような人間と馬が合う人間が、この世に存在するはずがないのだ。

 当然、口喧嘩は肉弾戦へと発展するのだが――、

 

「ま、まあ。僕は寛大な人間だからね。君に一方的に殴られ続けてあげたのは僕に女の子を慮る器量があるから。決して僕の能力不足で君に拳が当たらなかったわけではない。それだけは分かってほしい」

 

「あんな無様な野蛮さを見せておきながら、よくそうも偉そうに言えるものね」

 

 殴り合いなんて平等性に満ちた表現ではなく、レグルスは一方的なサンドバッグであった。

 権能と言う無敵砲台に、百十数年に渡り胡坐を掻いていた人間の戦闘技術。それが杜撰でないはずがなく、少女相手に良いようにされるばかりだ。

 そんなこんなで、レグルスにとってもルイズにとっても、非常に不愉快で不本意で、同居人を殺してやりたい程に憎たらしい共同生活が幕を開けた。

 

 

 

「君は床で寝ろよ。僕がこの薄汚いベッドを使ってやるからさぁ。当然の権利だよね?」

 

「はぁ? ご主人様舐めてんの? アンタが床で寝なさいよ」

 

 

 幕が、開けた。

 

 





「僕は魔女教大罪司教『強欲』担当、レグルス・コルニアス。個で完結した心身ともに確立した人間だ。ごてごてと余計な飾りのない慎ましやかな名前だから、安心して覚えるといいよ」

「なんか気に食わない言い方ね。というか魔女教? 大罪? 何、怪しげな宗教結社の一員だったの? そんなところあったかしら」

「……本当に、ここは僕の知っている場所じゃないんだろうね。些細な環境変化程度じゃ動じない僕だけど、それでも許容できる範囲を当に超しているよ。まったく、どいつもこいつも、ふざけきっている」
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