器ゼロの使い魔   作:垂直抗力

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6 欠陥に満ちた存在

 

 

 氷点下を錯覚しそうな雰囲気の朝食が終わり、食堂の中の生徒が一人、また一人といなくなっていった。

 朝の清々しさを反吐が出るような気分にした存在。そんな彼に対し悪態を付いた者もいたが、一日『百』秋の食事にありついていた本人には、まるで聞こえていなかった。

 そんな彼と彼の主を名乗る二人の人物が、食後の会話をくり広げていた。

 

「で、そのべすとり? の広場とやらはどこにあるのかな?」

 

「何で教えなきゃいけないのよ! アンタ肉食べたでしょうが!」

 

 いけしゃあしゃあと尋ねるレグルスに、ルイズは出来の悪い息子を相手するように、叱りつけた。

 決闘を受けないという条件で、ルイズから肉を受け取ったレグルス。

 だが、それを律儀に守るほど、レグルスは理性的ではなかった。

 

「いや、アイツは僕のことをコケにしている。そんな存在を生かしておいて良いはずがない。肉程度で僕から選択肢を奪ったなんて、君の思い上がりも良い所だ」

 

「コイツ……!」

 

 交換条件の概念を破壊するレグルスに、ルイズは何度目か分からない怒りを感じた。

 物を食べていたときは、少しは見れる顔になっていたというのにこの態度。

 あまりにも美味しそうに食べるので、残りの肉を半分程与えてしまった過去の自分が愚かすぎて仕方がない。

 

 もう二度と、自らの手でレグルスにご飯を与えるのはやめようと、心に決めた。

 そんなルイズの様子を、遠くから見ていた人物が居たようで、

 

「まあまあ、ルイズ。ちょっと落ち着きなさいな」

 

「キュルケ……!」

 

 話しかけてきた少女に目を向け、ルイズは不満を訴える。

 自分と使い魔の問題を、他所から口出しされるのは我慢できない。

 そんなルイズを見て、キュルケは溜息をつき、

 

「言っとくけど彼の印象、これ以上ない程に悪いわよ。決闘に参加して勝つなり負けるなりしないと、彼は学院に居られなくなるかもしれないわ」

 

「け、けど……」

 

 反論のしようのない正論を言われ、ルイズの顔が下を向く。

 ならば、黙って使い魔が傷つけられるのを見ていろというのか。

 口うるさくて、鬱陶しくて、貴族の在り方を真っ向から否定してくるレグルス。

 見捨てるには十分すぎる使い魔を、それでもルイズは見捨てたくなかった。

 

「結果的にって話だけど……ギーシュが先走ってカッコつけたおかげで、公開処刑という大義名分がついたわけでしょう? これで、みんなの溜飲を下げられそうじゃないの。そこは、あのバカのお手柄って感じかしらね」

 

「うっ……」

 

 薄々感じていた可能性をキュルケに言及され、ルイズは俯いていた顔を上げた。

 もし、あのままギーシュが名乗り出なかったらどうなっていたか。

 生徒たちの不満が爆発し、レグルスが集団でリンチを受けることになっていたかもしれない。

 そうなれば、命の保証も万全じゃなくなる。

 それどころか、彼らの矛先が主であるルイズに向かう可能性もあり――、

 

「……傷つけられるか、殺されるか、どっちかを選べってことね」

 

「あたしとしては、名誉に拘って行動を捨てるのは理解できないわね。所詮、野蛮(・・)なゲルマニア生まれですもの」

 

「黙りなさい。……使い魔を傷つけられるのは嫌だけど、アイツが殺されるよりはマシだわ……」

 

 渋々と案を受け入れると、ルイズはキュルケに向けていた目を騒動の張本人に向ける。

 彼はルイズとキュルケを交互に見ると、不満を露にし、

 

「何? さっきから僕が負ける前提で話していない? 普通ならあの貴族の命を心配するところだと思うんだけど。そんなに僕の敗北した姿しか見えないなら、その眼球と脳味噌を丸ごと変えた方が良いんじゃないかな?」

 

「だってアンタ、弱そうだし」

 

「……いつか君に権利を行使する日に、後悔しても遅いからね」

 

 

 

 ギーシュの待つ決闘場所。そこは異様な雰囲気に包まれていた。

 食堂でのレグルスの暴言を耳にした生徒たちが、ギーシュとレグルスの決闘を見届けようと集まっているのだ。

 否、彼らからすればこの決闘は、公開処刑の意味合いに近い。

 貴族の生命線ともいえる『名誉』。それを家族諸共侮辱されて、平気な顔ができる貴族はいない。

 決闘と聞くと歓声を上げる一部の生徒も、今回は真剣な顔をするばかりだ。

 

 ヴェストリの広場。

 学院の庭であるこの広場は、貴族同士の決闘が数多く行われてきた場所だ。

 その歴史は長く、決闘はとどめを刺すことで決着と言われていた古の時代まで遡る。

 もっとも、貴族対貴族の決闘は、今は禁じられているのだが――、

 

「使い魔と貴族の場合は、例外さ。……来たようだね」

 

 ルイズに連れられてきた使い魔を見て、ギーシュの笑みが深くなる。

 だが、それは友好的とは言えない。正しく、敵対者を見る笑みだ。

 『名誉』を冒涜し、平気な顔ができるあの男は、徹底的に叩きのめさなければならない。

 

 その使い魔はルイズの元からすでに離れ、ギーシュから少し離れた位置でこちらの様子を伺っている。

 

 ギーシュは、手にしていた薔薇の造花を憎き決闘相手に向け、

 

「口先だけではなかったという事実は誉めてやろう。プライドが高いだけで度胸が備わっていないつまらない男だったら、君を陽の下に一生出れない体にしていたかもしれない」

 

 普段の彼には似合わない物騒な脅し文句に、観衆たちも固唾を飲む。

 そんなギーシュの声を聞き、レグルスは両手を広げながら肩をすくめ、

 

「そんな陳腐にも程がある称賛を受けて、喜ぶ人間がどこにいる? 僕がここに来たのは僕自身の意志であって、君の浅薄な脅し文句を受け取りに来たんじゃない。それに何? 僕に君程度がどうこうできると思っている訳? 不完全な君が、個で完結した僕に? 客観的に自分を見るっていうのを、出来損ないの親から習った方が良いと思うよ」

 

「――分かった。これ以上、君との問答は期待しない。さっさと始めよう」

 

 彼との会話は無意味だと結論付け、ギーシュは決闘相手を完膚なきまで打ちのめすことに集中する。

 薔薇の花を振り、数枚の花弁を散らすと――、それら全てが人形に変化した。

 現れた人形たちは甲冑を着た女戦士の姿をしており、金属で構成されている。

 人間の身長サイズの金属の塊が合計七体。

 あの平民崩れをねじ伏せるには、過剰な戦力にも感じる。

 訝しげにそれらを眺めるレグルスに、ギーシュは得意げに、

 

「僕の二つ名は『青銅』、『青銅』のギーシュだ。今、ここに現れたのは青銅のゴーレム『ワルキューレ』。君を打ちのめす、僕の戦乙女たちさ。ご満足いただけたかな?」

 

「……でくの坊がいくら集まっても、でくの坊に過ぎないんだよ間抜け。今から君の中身のようにがらんどうのこの案山子(かかし)共を、まとめて粉砕してやるからさあ」

 

 圧倒的兵力差を目にしても動じないレグルスに、ギーシュは一瞬怖気を感じたが、それを振り払うかのように薔薇を振り、突撃命令を下した。

 それに乗じるように、ゴーレムたちが連携を組み、名誉の冒涜者に進撃していった。

 

 

 

 でくの坊がいくら集まってもでくの坊でしかない、というのは相手を挑発するわけでも、自分を鼓舞するわけでもなく、純然たる事実だ。

 地面から一掴みの砂を手にすると、レグルスは凶悪な笑みを浮かべた。

 

『獅子の心臓』を発動。

 妻たちとの別離によって『小さな王』の効果はなくなり、無敵なのは五秒間だけだ。

 だが、何もこの権能はレグルスの肉体の絶対防御だけで完結するわけではない。

 

――触れた他物体の時間停止。

 

 今、手元の砂を投げるだけで、空気中に散布していくはずの砂が相手を粉みじんにする理不尽な一撃必殺と化す。

 慣性の法則から独立した物体はあらゆる物質を貫通し、運動が止まるのは権能の効果が切れる範囲まで進んだときだ。

 

 権能の支配下の物体は、向かってくるゴーレム共やいけ好かないあの貴族も例外なく穴だらけにし、これを投げるだけで勝負が決まるだろう。

 決闘相手の命を奪えば、自分もあの女もただでは済まないだろうが、傷つけられた自身の権利の方が優先度は高い。

 

 いざとなれば、あの女を連れて学院から抜け出せばよい。

 権能さえあれば、この世界でも敗北知らずだ。

 そう考えると、レグルスは砂遊びをするかのごとく、ゴーレムに投げつけた。

 散弾銃の弾丸のごとく変化した砂粒が、ゴーレムの図体に無数の穴を――。

 

「……急に何をしているのかな? ゴーレムの目をつぶしても意味はないのに」

 

「はぁ!? ……げふぉ!!」

 

「レグルス!」

 

 ——空けなかった。

 攻撃を喰らい後ずさるレグルスを見て、ルイズの悲痛な叫びが広場に響く。

 

 あらゆる存在を絶命させる弾丸になることなく、投げられた砂粒共は空気中に散っていった。

 これ以上なく、物理法則に準じた現象である。

 当然、そのようなものでゴーレムの進撃は止まることはなく、先頭の一体の重い拳がレグルスの腹に突き刺さったのだ。

 

「うぐっ、ぐああああ――ッ!!」

 

 体から発せられる忌々しい感覚に、レグルスは倒れこむ。

 自身の肉体の時間はきちんと停止しており、ゴーレムのパンチはレグルスにはノーダメージとなっている。

 だが、『制限時間』が切れたときのこの激痛は別だ。

 肉体を鍛え抜いた人間でも、心臓の痛みには対処のしようがない。

 鍛錬とは無縁だったレグルスなら、なおさらだ。

 

 だが、それ以上に――。

 

「な、なぜだ!? どこまで侵害されれば済むんだ! こんな理不尽があってたまるか! どうして僕の権能が、僕の権利が! ここまで蔑ろにされなくちゃいけないんだよぉ!」

 

 時間停止の及ぶ範囲が、自身の肉体のみになっていることが問題だ。

 制限時間付きの無敵でもレグルスに勝ち目があったのは、相手を確殺する手段があったからに過ぎない。

 レグルスからその手段を奪ったら、残るは杜撰な格闘技術のみ。

 ルイズのような少女にすら劣る論外な動きで、ギーシュに勝てるとは思えない。

 

 制限付きの無敵の防御があっても、敵を倒す攻撃手段がなければいずれ押し負けるのだ。

 

「こんなふざけた展開、一体どこのどいつが――」

 

 悲劇に満ちた出来事に打ちひしがれ、自身の手元を眺めるレグルス。

 故に、気づいた。

 この世界と言うのは、想像以上にレグルスにとって不都合に満ちており、

 

「どこまでも、どこまでも……何だよこれは――ッ!?」

 

 自身の完全無欠の傷一つない肉体。その左手の甲にはあってはならないはずの傷が――。

 

 複雑に刻まれた傷――刻印があった。

 

 

 

「ギーシュの奴の攻撃が、アイツに当たったぞ!」

 

 貴族か平民か分からないが、貴族を侮辱してくる謎の存在に攻撃が当たり、観衆たちの一部が声を上げた。

 ゴーレムに殴られた人間が、地面に倒れこみのたうち回っているのを見たら、攻撃が効いていると錯覚してもおかしくない。

 それはルイズとしても同じで、だからこそ彼女は、使い魔の名前を呼んだのだ。

 しかし、

 

「……やはりおかしい。僕にはまるで手応えを感じない」

 

 地面で喚き散らすレグルスを見て、ギーシュは別の感想を抱き始める。

 攻撃が当たらなかったわけではない。

 素人同然の丸腰状態のレグルスに、自身の操作したゴーレムの攻撃が刺さるのを、この目でちゃんと確認した。

 視覚はこれ以上ないクリーンヒットをギーシュに示しており、確実にダメージが入っていると考えたくなる。

 

 だが、ギーシュ自身気づかなかった勘がそれを否定し、別の案を示してくる。

 まるで効いていないと。彼が痛みに悶えていたのは、別の理由があるのだと。

 突如生じた第六感にギーシュは疑問が湧く。だが再びレグルスを見て、彼は考えを改めた。

 

 見るも無様としか思えないレグルスの挙動だが、彼が手で抑えている場所に目線が移る。

 痛みに悶える彼の患部となっている場所、それは――、

 

「……心臓付近じゃないか。僕のゴーレムの攻撃は腹に当たったというのに」

 

 奇妙な場所のズレにギーシュは確信を得る。

 やはり決定的なダメージはあの男に伝わっていない。

 こちらの攻撃を無効化する何らかのカラクリがあるように思える。

 それが、ゴーレムを前にしたあの男の余裕の正体、なのかもしれない。

 

「もう終わりかい? 随分と痛がっているようだが、持病でも患っているのか? だとしたらいけない。さっさと適切な治療を受けるべきだろう。君が僕を始めとした貴族たちに謝罪し、今後一切生意気な口を叩かないというのなら、次の一撃で終わりにしよう」

 

 だが、重症患者をいたぶる趣味はギーシュにはない。

 彼の行った侮辱は到底許せないことだが、消えかけの命の灯を扇ぐようなことをするつもりはない。

 それほど彼の痛がりようは尋常でなく、わずかながら同情心が出てくる。

 そんなギーシュの慈悲に満ちた提案を聞くと、うずくまっていたその男は、こちらを見上げると――、

 

「――冗談じゃない」

 

「…………」

 

「僕の受けた屈辱が、絶望が、そんな的外れの気遣いで払拭できると思っているのなら、やはり貴族というのは頭が悪いとしか思えないね。君のその自己満足に満ちた偽善が、何人の人間を苦しめてきたのかを考えたことがないのかなあ?」

 

 一体何を言いたいのか理解はできなかったが、彼の様子を見ればやろうとしていることが分かる。

 決闘の続行。それを彼は——レグルスは望んでいる。

 病気に侵されながらも立ち上がり、執念に取りつかれたかのようにこちらを睥睨するレグルス。

 そんな彼に、ギーシュは不思議と嫌悪感を表さなかった。

 

 空っぽの器に、ぎちぎちに怨念が詰まっている。

 今のレグルスは、ギーシュにはそうにしか見えない。

 だが、自身の肉体の不調を乗り越え、プライドを優先し、自分の意志の赴くままに行動するその様は——。

 不自然なほどに好意的な解釈をすれば――、

 

――レグルス自身が忌み嫌う、貴族の在り方に他ならない。

 

 そんな皮肉に満ちた彼の在り方に、ギーシュは興味が湧いて来た。

 

「分かった、分かったよ! 君はやはりルイズの――ゼロの使い魔だ!」

 

「……はぁ? 急に何? というかそれ誰のことを言って――」

 

「粘土細工のようにねじ曲がったその歪な信念に、敬意を示そう。貧弱な体で惨めったらしくあがくその虫のような無様さに、尊敬の意を表そう。君の性根の腐り様は逆に感心するほどだ。貴族とも平民とも違う、意味不明な存在だ! こんな人間を、僕は見たことがないね!」

 

「分かった君、僕を馬鹿にしているね。称賛しているようでさらに侮辱を重ねているね。僕が言葉の裏側を読み取れない人間だと、高をくくっているんだね。何て邪悪に満ちた存在なんだ。君の方が、僕にはよっぽど理解の及ばない生き物に見えるよ……!」

 

 完全に沸点を超え顔を赤くするレグルスは、臨戦態勢に入っている。

 臨戦態勢と言ってもその立ち方は素人のそれでしかなく、吹けば飛ぶようにしか見えない。

 だが彼の持つ、攻撃を通さない『カラクリ』にギーシュは好奇心を持った。

 彼の持つ、平民にも貴族にも属さない歪な在り方も、新鮮に映った。

 

「でも今は決闘の場、貴族を侮辱した事実は君が病弱なこととは別に存在する。君を盛大に負かすというのは変わりない。それは良いだろう?」

 

「何が良いと思っているんだ、この権利の侵害者め! 僕の左手に汚らしい紋章を刻みやがって! 僕の権能をさっさと戻せよぉ!」

 

 決定的な誤解がお互いに生じていることに、二人は気づいていなかった。

 拗れに拗れた末に出来上がった意味不明な文句を言い合い、決闘はさらに続いた。

 

 

 

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