器ゼロの使い魔   作:垂直抗力

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7 使い魔の刻印と敗北者の烙印

 

 

 トリスティン魔法学院のとある一室。

 学院長室にて、その部屋の主が口を開いた。

 

「刻印、じゃと?」

 

「そうです! オールド・オスマン!」

 

 興奮に充てられ、レグルスの召喚の際にルイズをたしなめていた禿げ頭の男、コルベールが身を乗り出す。

 彼は骨董品となりそうな程に古い本を手に持ち、鬼気迫る表情をしている。

 それに対し、会話相手の白い口ひげと髭が特徴の老人——学院長のオスマン氏の反応は冷ややかだ。

 

「またぞや、古臭い文献に充てられおって。君の伝説好きにも困ったものだ。それで、どんな胡散臭い参考資料を見つけ出したのかね」

 

「私を批判するのは、これを見てからにしてください」

 

 そう言うと、コルベールは手元の本を開き、オスマン氏に見せた。

 訝しげに見ていたオスマン氏は、コルベールが指す刻印を見て——表情を変えた。

 

「ミス・ロングビル」

 

「はい」

 

「少し、席を外してほしい」

 

 「分かりました」の一言で、学院長の秘書を務めるミス・ロングビルが、学院長室から退出していった。

 彼女がいなくなり、残った二人の間に緊張が走る。

 張り詰めた雰囲気の中、オスマン氏が尋ねる。

 

「この刻印が、本当にミス・ヴァリエールの使い魔の男の左手に?」

 

「はい。彼の手の甲にあった物をスケッチし、確認したので間違いありません」

 

 コルベールが取り出した刻印のスケッチと本に書いてある刻印を見比べて、オスマン氏は頷くと、

 

「ふむ。たしかに寸分違わず伝説の使い魔『ガンダールヴ』のものじゃ。やはり、彼が『ガンダールヴ』になったのだと、君は言うのかね?」

 

「その件ですが——」

 

 それまで興奮していたのが嘘のように、コルベールの身にまとう雰囲気がより深刻になる。

 ただならぬ様子の彼にオスマン氏が先を促すと、コルベールは重い口を開いた。

 

「彼が召喚された瞬間を、ミス・ヴァリエールを除けば一番近くで見たのですが……彼からは、とても危険な気配を感じたのです。彼が平民か貴族か、そんな問題が些細になるくらいには」

 

「ほぉ……危険。君がそこまで言うのなら、彼は本当にとんでもない危険人物なのじゃろう。して、どのくらいの被害が予想される?」

 

 コルベールは天井を見上げて数秒考えると、げんなりとした様子で首を横に振り、

 

「彼が本当に『ガンダールヴ』になってしまったのだとしたら、町の一つや二つはあっさりと……そんな予感が拭えなくて」

 

「……困ったものじゃ。殺してしまうとしても彼が異国の貴族である可能性がある限り、手出しはできぬ」

 

「その些細な問題が、結果として対処を遅らせているのです」

 

 そう零すも、コルベールとしても対処手段が思いつかないのだろう。

 苦い顔をする彼を見て、オスマン氏は立ち上がると、

 

「とりあえず、王政府に掛け合ってみるとしよう。彼が言っていた……コルニアス家という貴族が存在するか。手を下すのはそれからでも良いじゃろう」

 

「お願いします」

 

 ある程度の行動方針を固めほっと息をついたところで、ドアがノックされた。

 

「誰じゃ」

 

「私です。オールド・オスマン」

 

 先ほど退出したミス・ロングビルだった。

 予想よりも帰りが早い彼女に、オスマン氏は首を傾げ、

 

「何じゃ?」

 

「ヴェストリの広場で、決闘している生徒がいるそうです。一人は、ギーシュ・ド・グラモン——そして、」

 

 どこか嫌な予感を覚え、コルベールは冷汗をかく。

 それに応えるように、ドアの向こうでミス・ロングビルは言った。

 

「もう一人は、ミス・ヴァリエールの使い魔の男だそうです」

 

 最悪の事態の到来を想像し、コルベールの顔が青くなっていった。

 

 

 

 ヴェストリの広場にて、何度目かも分からない鈍い音が響いた。

 ゴーレムの鉄の拳が、一人の人間の横っ面を殴り飛ばしたのだ。

 

「ごふぇっ!」

 

 鳥が絞殺されるような声と共に、レグルスの体が宙を舞った。

 そのまま頭から落下し地面で痙攣するその様子は、今すぐにでも緊急処置が必要に見える。目を背けたくなるような有様に、初めは盛り上がっていた貴族たちも、静まり返るばかりだ。

 そんな観客たちの目線の中、レグルスはよろめきながらも立ち上がる。

 権能の効果により、レグルスは自身のダメージと衝撃をゼロにすることができ、それが彼の決闘への継戦を可能としている。しかし——、

 

「——今ので五十三発目だ。それでもまだ、立ち上がるのかい?」

 

「————」

 

 呆れるほどに自分からは攻撃が出来ず、一方的にゴーレムに殴られ続けたレグルス。

 そんな弱小さに思わずこぼした、というようなギーシュの言葉に、レグルスは無言で返す。

 

 彼の無敵の権能には五秒の制限時間が付いており、その間隙を縫われてもろに攻撃を受けることもある。

 それはおよそ三発に一発の割合で、単純計算で彼が攻撃を『喰らった』のは十八発となる。

 ギーシュの言う五十三の数に比べれば少なく見えるも、金属製の塊のゴーレムに殴られたと考えるとかなりの回数だ。

 

 故に、今のレグルスの顔は惨状と化している。

 折れた鼻からは大量に出血し、端正な顔は腫れに歪み、全盛期の傷なしの大罪司教の姿はそこにはなかった。

 だが、その精神はまるで折れておらず、唯一ダメージを逃れた目は、仇敵でも見るような憎悪を宿している。

 

「————ぼ……に、……い…ぁ……権……ぁれ……ぁ」

 

——僕に完成された権能があれば。

 そんな叶いようのない『もしも』を抱きつつ、それを完璧に言葉をすることができない。

 それほどに体力がなく、今にも崩れ落ちそうだ。

 だが、彼の顔以上に歪んだ精神がそれを許さない。

 そんな不屈の精神を曲がりなりにも見せるレグルスに、ギーシュは息をつくと、

 

「……正直、ここまでとは思わなかったよ」

 

「…………」

 

「確かに、君は他の貴族たちとどこか違うと思っていたんだ。形ばかりのプライドだけで、肉体や精神に傷がついたら逃げ惑うような凡庸な貴族ではないともね。でも、今にも倒れそうになるまで立ち塞がるとは思わなかった」

 

 そんなギーシュの言葉は、今のレグルスに届かない。

 聴覚にも異常をきたしているのか、意識を手放しかけているのかは分からないが、癪に障る貴族の言葉も今のレグルスには右耳から左耳だ。

 

「レグルス! もう立ち上がらなくていいじゃないの! これ以上、アンタが怪我をして何になるって言うのよ!」

 

 それでも、真に耳障りな女の声は聞こえるからふざけている。

 見なくても分かるような悲しみを含んだような声で、自分の名前を呼びやがって。

 

 そんな憐れむような声色で、人の名前を呼ぶな。

 自分が負けると、そう見くびっているのか。

 それともまた『使い魔の体はわたしの体』とか抜かして、レグルスの体が傷つくことに痛みを訴えているのか。

 

 どっちでも良い。

 どっちでも良いが、思いついた。

 

「————」

 

 馬鹿の一つ覚えのように、やかましく自分の名前を呼び続ける我儘女。

 そんな風に彼女を面倒な状態に追い込みやがった元凶。

 その元凶を破壊する唯一の方法を、レグルスの本能は導き出していた。

 

「——なッ!?」

 

 ギーシュの目が驚愕に染まる。

 一方的に相手を殴り続け、破壊とは無縁と考えられていた七体の内、五体のゴーレムを一直線に『何か』が貫通した。

 砕け散った破片たちをかいくぐり、白色の塊——高速で動くレグルスがギーシュに肉薄する。

 

 もはや自分を守り抜く手段をないギーシュには、突如としてなされた高速移動に対処する手段がない。

 焦燥を露にするギーシュの顔に、レグルスの腕がしなるように到達しようとした瞬間————。

 

「そこまで!」

 

 突如飛んだ鋭い声と共に、ギーシュの姿が『レビテーション』の魔法で宙に浮いた。

 目標をなくしたレグルスの腕は宙を彷徨い、彼の体は勢いそのまま、地面に滑り込むはめになる。地面に掘削機が平行に進入したような跡が生じ、何メートルも横に掘り進んだところでレグルスは停止した。

 

 突如生じた異常現象に観衆たちはざわめき始めるが、大多数の人間の目は決闘への乱入者に向けられた。

——コルベール先生だ。

 オスマン氏とミス・ロングビルと見ていた決闘に悪寒を感じて飛び出し、ギーシュに『レビテーション』を使ったのだ。

 だが、とある一人の少女の注目の対象は、倒れ伏す白髪の男であり——、

 

「レグルス!」

 

 何度呼んだか分からない名前を呼び、ルイズが駆けだす。

 うつぶせに倒れるレグルスは微動だにせず、綺麗な印象を受けていた髪は、今は血に赤く染まっている。

 いつものような憎まれ口を叩く気配を見せないレグルスに、ルイズの中に焦りが生じ始める。

 そんなルイズを見て我に返ったギーシュは、コルベールに降ろしてもらうと、一人の少女の名前を呼んだ。

 

「モンモランシー!」

 

「分かっているわ! ほら、アンタたちも早く!」

 

 モンモランシーと呼ばれたギーシュと同じ金髪の少女が、複数の生徒を連れてレグルスの元へ向かう。

 やがて彼の元にたどり着くと、彼女は杖をレグルスに向けながら魔法を唱えた。

 顔の腫れが目に分かるレベルでなくなり、レグルスの顔色も心なしか元通りになった。

 それが終わると、彼女に連れられてきた生徒たちが『レビテーション』を使い、レグルスの体を運び始めた。

 

「モンモランシー、……アイツは?」

 

「平気よ。どちらかというと予想より軽傷だわ。あれだけギーシュにやられていたのに」

 

 解せないと言った顔をするモンモランシーから目を逸らし、ルイズはギーシュに目を向けた。

 自分の使い魔を一方的に打ちのめし、貴族たちの面前で公開処刑を行ったギーシュを睨み、ルイズは唇を噛む。

 収まりきらない感情を目に宿したルイズ。そんな彼女にギーシュは振り向くと、

 

「何だいルイズ。使い魔が傷つけられて、気に食わないって顔だね。でもこれで侮辱に憤っていた皆の気は済んだ……それになにか不満はあるかい?」

 

「分かっているわよ。アンタがアイツをこっぴどくやって、他の貴族たちの不満はどっかに行った。 ……それでも、割り切れないものはあるの」

 

「……そうだね。違いないよ。僕も使い魔のヴェルダンデを傷つけられて、そんなことを言われても納得できそうにない」

 

 ルイズはギーシュを最後に一睨みし、医務室に運ばれていったレグルスの元へ足を向けていった。

 残された広場はしばらくざわめいていたが、やがて決闘の勝利者であるギーシュの名を呼ぶコールが生じ始めた。

 最後まで無傷で立っていたギーシュ。傷だらけで倒れ伏したレグルス。

 観衆たちから見れば、どちらが勝利したかなど明らかだった。

 

 ——当の本人を除いては。

 決闘の勝利者として祭り上げられた——ギーシュを除いては。

 そんな彼の中にあったのは、貴族の名誉を挽回させた達成感ではなく——勝ち逃げされたというような敗北感だった。

 

「——この決闘は」

 

 決して、自分の勝ちではない。

 最後の瞬間、コルベール先生が自分を浮かべなければ、どうなっていたか。

 素人丸出しのはずのレグルスの手刀。あれをまともに喰らっていたら、どうなっていたか。

 

——敗北どころか、命すら危うかったかもしれない。

 

 ギーシュにはその確信があり、いまいち勝利に酔いしれることができないのだった。

 

「一体、彼は何者なのだろうか……?」

 

 貴族の勝利だと、自分のことのように湧く観衆たちに目も暮れず、ギーシュの目線は運ばれていくレグルスに向けられるのだった。

 

 

 

 惨めになるほどの痛みと共に、レグルスは目を開ける。

 体の上にあるわずかな圧迫感に、自分に布団が掛けられているのだと認識した。

 一体自分は、何回気絶すればよいのだろうか。こんな何の罪もない自分が、何故ここまで世界に嫌われなければならないのか。

 

 そうだ。自分をこれ以上ない程に見下しやがった、あのクソ貴族を打倒せねば。

 権能を不完全にした第一容疑者。いや、ほぼアイツで確定だろう。

 そんな内心の義憤に駆られ、レグルスは体を起こそうとするが——。

 

「うぐぉあ! ……何でこんな苦しみを僕が——ッ!?」

 

「——まだ寝てなさいよ。……どうせ起きててもアンタの貢献度具合は変わらないし」

 

 顔全体を刺すような痛みに喚くレグルスに、意識外から声がかかる。

 長い間眺めていると目が痛くなるような桃髪の少女、ルイズだ。

 口を開けば自分を罵ることしかしない、とんでもない悪女。

 そんな彼女の居丈高な態度が鳴りを潜めていることに気づき、レグルスは顔を向けると、

 

「偉く物静かじゃないか。何、自分の女性としての器のなさを自覚したわけ? まあ、有り余るやかましさが減ってくれて僕としては万々歳なんだけどさ、それで僕の調子を崩したりするのは良くない。君は平気かもしれないけど、僕の中では君は五月蠅い女という印象で固定されているんだよね。静かな君はとっても気色悪い。わざわざ君の人物像の再構築なんて手間を僕にかけさせないで、君は変わらない日常を提供する義務があると思わない?」

 

「……静かな方が良いのか、五月蝿い方が良いのかどっちよ。はっきりしなさい。今なら、少しくらい願いを聞いてやってもいいわ」

 

「何でもかんでも白黒つけようとするなよ。そんな風に二元論で割り切れたら、人間はもっと単純な生き物になっているでしょ。生きるか死ぬか。愛するか憎むか。好きか嫌いか。……そんな本能に従った思考停止の判断で君は生きているわけ? だとしたら、単純明快で生きやすそうでいいなあ。僕はごめんだけど」

 

「いきなり何の話? 訳わかんない」

 

 「だとしたら、それが君の限界だよ」と言うと、レグルスは布団にくるまって寝てしまった。

 彼が言った二元論云々の話を少し考えたが、時間の無駄だと判断し思考を中断した。

 レグルスの中身のない戯言を流す作業も、ルイズには慣れてきた。

 だが、彼の寝顔だけは別に見れないわけでもなかった。

 本当に、口を開かなければ、この男はマシな表情をするのだ。

 

「生意気なことを言うこの口がなければまだ良いのに……もったいない」

 

 そう、ルイズは思ったのだった。

 

 

 

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