器ゼロの使い魔   作:垂直抗力

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8 メイドと使い魔

 

 

 ギーシュとの決闘で心と体に傷を負ったレグルスは、三日間の安静を求められた。

 肉体の不調を思わせない程に、レグルスは超長文講釈を垂れ流したが、ルイズの絨毯爆撃のような口撃によって、あっけなく封じられた。

 だが、挫折を知らないレグルスは、無理やりにでもベッドからの脱出を試みたものの——、

 

「あぼぉっ!」

 

「寝てなさい」

 

 ルイズの渾身の一撃によって、ベッドに沈められたのだった。

 

 

 

 レグルスの病床生活一日目。

 彼の心境とは対照的に、窓から差す日光が眩しい朝。

 不愉快そうに外を眺めるレグルスの耳に、扉をノックする音が入ってきた。

 

「起きてるから入りなよ」

 

「失礼します、ミスタ・コルニアス」

 

 姿を見せたのは、メイドのシエスタだ。

 レグルスの決闘を学院から眺めていた彼女は、心配に胸を痛めていた。

 起き上がるレグルスを見ると、顔を綻ばせながら近づいてくる。

 

「よかったです。まさか、貴族の方と決闘なさるとは思わなくて。ずっと目を覚まさないのかと……」

 

「あんな軟弱貴族の攻撃で、僕が死ぬわけないだろ。何、そんなに僕の体が病弱に見えたわけ? 見下されるのは貴族だけで十分なんだけど。まあ、あいつらもいつか報復してやるけどね」

 

 余裕そうな態度のレグルスに、シエスタはしばらく絶句する。

 すると彼女は思い出したように首を振り、浮かない表情をすると、

 

「…………心臓らへんを手で抑えて苦しんでいるのを見たら、誰だって重症患者だと思いますよ?」

 

「あれは僕の——いや、何でもないから詮索するな。『ぷらいばしー』の権利の侵害だ」

 

「? ……よく分かりませんが、分かりました」

 

「……その物分かりの良さを、あのいばりんぼうにも分けてやってほしいね」

 

 不満気に眉をしかめ、レグルスは天井を睨み付ける。

 何でもかんでも我が物のように振舞う、あの女は一体なんなのか。

 

『アンタの体は、もうアンタだけの物じゃないの』

 

 かつて女が言った戯言が、レグルスの脳裏にこびりついて離れない。

 自分が守り通してきた財産全てが、全部アイツの所有物だというのか。

 そんな彼女の傲慢な思考を、レグルスは許容できない。

 この満たされた体も、心も、記憶も、何一つアイツにくれてやるものか。

 個で満たされた自分に、あの女の入り込む隙間なんてないのだから。

 

 そんなレグルスを見て、シエスタは思わず尋ねていた。

 

「……ミスタ・コルニアスは、ミス・ヴァリエール————貴族が怖くないのですか?」

 

「——は?」

 

 いきなり何だというのか。

 馬鹿を見るような目のレグルスに対し、シエスタは負けじと声を荒らげる。

 そんな彼女の表情は、決闘中に目の端に映ったあの女の顔に酷似していて——、

 

「だって貴族様ですよ! 魔法が使えるんですよ! そんな方々に逆らって、どうして平然としていられるのですか!? わたし、決闘で痛めつけられるミスタ・コルニアスを見て、気が気でありませんでした! ああ、やっぱり貴族様は怖いんだって。勇敢に立ち向かったミスタ・コルニアスを見て勇気づけられた自分は、何て単純だったんだって!」

 

「…………」

 

 無力を嘆き、心の内の悲壮感を叫ぶシエスタの顔を見て、レグルスは目を逸らす。

 その行動が、綺麗さを損なった不細工顔から逃げるためなのか、彼女の剥き出しの感情を直視できなかったからなのか、本人にも分からなかった。

 だが、そんなことを考える前に、レグルスはシエスタに振り向くと——、

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

「——え?」

 

 呆けた顔をするシエスタに、レグルスは大げさに溜息をつくと、

 

「僕以外の人間が、僕になれると思うなよ? 僕と君たちじゃ文字通り立っている次元が違うんだ。そもそも、僕の中に貴族と平民なんて非合理極まりない垣根なんてないんだよ。僕と僕の妻。それ以外はみんなクズだ。そいつらが生きていようが死んでいようがどうでもいい。貴族だろうが平民だろうが、他人は他人だ」

 

「で、でも! そんな考え方を持っていても、怖いものは怖いんじゃ——!?」

 

 尚も食い下がるシエスタに、レグルスは出来の悪い生徒を見るような顔で、こう言った。

 

「言われなきゃ分かんない? 作れば良いんだよ」

 

「作る?」

 

 要領を得ないと言った様子のシエスタ。

 そんな彼女にレグルスは、神から授かった天啓を口に出すように腕を広げ——、

 

「そうだよ。自分を憐れまない人間だけがいるような環境にすればいいんだ! 僕はそのためならば何だってしたよ。あの『怠惰』な出来損ないとは違うからね。僕と僕の妻の平穏を乱す存在達は全て遠ざけて、僕を見下すような奴らはみんな視界から消した。自分が自分らしく生きられるようになりたかったら、まずは環境を整えるところから始めればいいんじゃない? できるんだったらね」

 

 自身を支えてきた人生哲学を言い終え、レグルスは満足気に笑った。

 そうだ、自分にはあの傲慢女の割り込む場所なんてない。

 そう言った厚顔無恥共は、みんな殺しつくしてきたではないか。

 満たされた存在の自分の傍には、元の世界で帰りを待ち望んでいるであろう、最愛の妻たちが居ればよい。

 

 彼女たちさえいればきっと、未来永劫心穏やかな生活ができるはずで——。

 

「凄いですね……ミスタ・コルニアスなら、貴族と平民の格差なんて壊しちゃいそうですね」

 

 そんなレグルスの晴れやかな心情は、一人のメイドの感嘆によって中断された。

 心地よい気分に水を差され、レグルスはシエスタを睨みつけると、 

 

「そこまで社会に貢献するつもりはないんだけど? この世界のことは、その世界の人間が解決するのが筋だ。当然、僕が介入する必要性はない。それなのに、何? 僕に期待を煽って他人様を顎で使う気? 君も貴族並みに厚かましい女だなぁ」

 

 我儘な女の相手は一人で十分である。

 これ以上負担を被るのは、レグルスとしてはごめん被るわけで——。

 

「——ふふっ、そうなんです。わたし、結構図々しいんですよ」

 

「はぁ?」

 

 しかし予想外にも、思いっきり開き直った返事が飛んできて、レグルスの顔が固まる。

 硬直状態のレグルスに指を突き付け、シエスタは口角を上げると、

 

「貴方に比べれば、貴族様はまだ筋の通った怒り方をしますよ! だから、貴方なんてミスタ・コルニアスじゃありません! ただのレグルスさんです! 貴族なんかじゃないんです!」

 

「呼び名で何かが変わるとは思えないけどさあ、どこか勝手な格付けが君の中でされているよね。僕を評価する権利があるのは僕だけなわけで、それを君ごときに奪われるとなると許してはおけな——」

 

「それでは、これにて失礼します! レグルスさん!」

 

「人の話は最後まで聞けって親に習わなかったのかな!? メイドなら相手の気持ちくらいちゃんと汲めよぉ!」

 

 レグルスの罵倒を虫の羽音のように無視し、シエスタは慌ただしく部屋を出ていった。

 見舞いの品も持たずに、彼女は何しにここにやってきたのだろう。

 

「——話を聞かないのがこの世界の常識なのか? ますますこの世界を受け入れられないね」

 

 この世界で踏みにじられた権利は、これで何個目だろうか。

 ぶっちぎりで、あの女の犠牲となったのが多くを占めていることだけは確かだ。 

 両手で数え始めたが足りないことに気づき、レグルスはふたたび布団にもぐった。

 

 脳内で二人の女性に多種多様な罵詈雑言をぶつけつつ、眠りに落ちていくのだった。

 

 

 

 眠って体力を回復しても、肉体が時間の流れに沿って動き始めたので、当然お腹は減る。

 身に訪れた空腹感に、ベッドのレグルスは目を覚ます。

 腹の虫を意地汚く鳴らす、自身の『強欲』な肉体が恨めしい。

 

 窓の外は変わらず明るいが、魔刻結晶もない今、どの時間帯なのかが想像もつかない。

 よっていつ来るか、否、あるかも分からない食事を待つ羽目になる。

 仕方がないので怪我の痛みをできるだけ無視し、レグルスはルイズを探しに行こうとし——部屋に響いた扉のノックの音に邪魔された。

 

「…………起きてるから入りなよ……!」

 

「失礼します、レグルスさん」

 

 レグルスの葛藤が詰まった入出許可を、シエスタの呼び名を変えた返事が受け取る。

 そんな彼女の両腕にはお盆が載っており、それを見て今の時間を予想する。

 

「それは昼食? だとしたら僕は四、五時間くらい寝ていたことになる」

 

「はい、そうです。ぐっすり気持ちよさそうに眠っていたので、起こすのも忍びないと思って」

 

「人の寝顔を勝手に見て楽しんでいたわけ? 悪趣味にも程がある。腹に何を抱えているか分からないおぞましい女だ」

 

「はい、おぞましいですよ~」

 

「…………」

 

 いまいちレグルスとしてはやりづらい相手である。

 迷惑なお客人対応レベル百のようなシエスタに、レグルスはつまらなそうに舌を打つ。

 あからさまに開き直る人間を相手にするのは骨が折れる。

 何せ、そういう人種は自分の非を決して認めようとしないのだから。

 

 だがそんな不満が生じるのは空腹感も相まってであり、レグルスはシエスタに尋ねた。

 

「まさかとは思うが——、その料理は君専用のもので、僕には犬の餌のごとき塵芥を押し付けるんじゃないだろうね?」

 

「レグルスさん、食堂での扱いが相当ショックだったのですね。心配いりませんよ、これはレグルスさんの食事です」

 

「——僕、の?」

 

 目の前に置かれたご馳走に、レグルスの目線が集中する。

 自分の食事……なんて良い響きだ。

 人々に平等に与えられた権利が、ちゃんと自分にも適用されている。

 なんて素晴らしい。なんて充足した生か——。

 

「——そんなわけないよねえ」

 

「へ?」

 

 一瞬でも思い立ちそうになった結論に、レグルスの怒りが突沸した。

 その矛先は、恐るべき策を講じたとされるルイズであり——、

 

「料理を目の前で一回お預けされて、それが原因で心を塞いだ人間にメイドを使って食事を与えるなんて、悪魔みたいな女だなアイツは! 飴と鞭の使い方に人情味をまるで感じない! やはり、いつか権利を行使する相手として、彼女は申し分なかった……!」

 

「い、いえ、レグルスさんは結局、ミス・ヴァリエールの料理を半分程いただいて——」

 

「人の考えを捻じ曲げて! それで満足かクソ貴族共が! 僕は、お前らなんかに侵害されるために生きてきたんじゃないんだよ! これ以上、僕の考えを踏みにじって壊して、都合の良い形に繋ぎ直すと言った、度が過ぎた残虐行為をさっさとやめろぉ!」

 

「れ、レグルスさんだって話を最後まで聞かないじゃないですか! 貴方はやっぱり貴族じゃないです! こんな意味不明な怒り方、貴族はしませんから!! ミスタ・コルニアスなんて最初っからいません! レグルスさん、だけ!」

 

 二人の怒りの矛先はお互いに向いておらず、シエスタからレグルス。レグルスからルイズや貴族たちといった構図になっている。

 そんな世界一不毛な一方通行関係が、誕生した。

 

 

 

「食事とは人々みんなに与えられる権利がある。当然、もらえて当たり前のものをもらっても『施し』にはならない。だから、僕は権利にあやかって食事をいただく。こんなの、誰だってわかることだよねえ」

 

「………………やっぱりレグルスさんって、すごく面倒な人……」

 

 

 言うまでもないが、シエスタの用意した昼食は、完食した状態で彼女の元に返っていった。

 

 

 

 

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